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親睦会(二年生)

 王族が卒業していなくなったため、中央の上級貴族が座っているというならば、もっと高学年の人物が座っているはずだ。だから、正面の小さな人影は王子で間違いないと思う。


 ……でも、わたし、王族が入るなんて情報は誰からも聞いてないんだけど。


 王子らしき人物を見て、わたしは首を傾げた。そんな重要な話ならば、聞かされていると思うし、パッと見た感じではずいぶんと小さく見える。

 それに、小さな人影は黒を基調とする衣装と定められた貴族院の服装規定に反して、冬の貴色である赤と白の服を着ていた。中央の黒いマントを羽織っていても、その色彩はとても目立っている。アナスタージウスも黒を基調とした服を着ていたのだから、王族ならば服装違反をしても良いというわけではないはずだ。


「こちらがエーレンフェストの席でございます」


 小広間には去年と同じように四人掛けのテーブルが等間隔に準備されていて、わたし達はエーレンフェストの席へと案内された。ヴィルフリートが左隣、シャルロッテが右隣のテーブルだ。

 ブリュンヒルデが椅子を引いてくれ、わたしはそこに座る。文官であるハルトムートが隣に座り、側仕えと護衛騎士はわたしの背後に立った。


「ハルトムートは王族が入学するということを聞いていますか?」


 わたしがひそひそと小声でハルトムートに尋ねると、ハルトムートが小さく首を振った。


「いいえ、聞いていません。……ヴィルフリート様やシャルロッテ様だけではなく、他領の者も驚いている者が多いので、存在を知られていない王族である可能性が高いです」


 どうやらわたしだけが知らされていなかったわけではなかったようで、そっと胸を撫で下ろす。城にいる期間が短いせいか、わたしには知らされていない情報が結構あるような気がしているのだが、そんなこともなかったようだ。


「……ただ、私は去年の貴族院で洗礼式を行う予定の王族の噂を聞いたことがあります。第三夫人の子で、ジギスヴァルト王子やアナスタージウス王子の異母弟だそうです。……噂が正しければ、この秋に洗礼式を終えているはずです」

「今年、洗礼式ですか?」

「はい。エーレンフェストの貴族のお披露目は冬の社交界の始めに行いますが、王族の正式なお披露目は春の領主会議だそうです。まだ正式なお披露目が済んでいないのではないでしょうか」


 道理で前に座っている人影が小さいわけだ。遠いから小さく見えるのかと思ったが、洗礼式直後なので、小さい体格で当然のようだ。

 けれど、ハルトムートの情報を聞いて、余計にわからなくなった。


 ……だったら、洗礼式を終えたばかりの王子がなんでこの場にいるんだろう?


 わたしは首を傾げていたが、全ての領地の領主候補生が揃い、小広間の扉が閉められると、中央の文官が口を開き、正面に座る小さな王子を紹介し、教えてくれた。


「こちらは第三王子ヒルデブラント様でございます。秋に洗礼式を終えられ、王族の一員として認められました。本来のご入学はまだ先ですが、今年は王族の務めとして貴族院に在るように、と王より命じられ、こちらにいらっしゃいました」


 色々と言われた説明を要約すると、貴族院には必ず王族が在籍しなければならない決まりがあるらしい。いない場合は、卒業生が貴族院へと出向くことになるそうだ。

 その慣例に従えば、卒業したばかりのアナスタージウスが貴族院に出向くはずだったが、今は王族としての務めが大変忙しいらしい。結婚のために与えられた土地に魔力を満たし、動きを止めた王族の魔術具に魔力を注ぐという役目を果たしているそうだ。


 ……早く土地や新居を整えてエグランティーヌ様と結婚したいから、貴族院に行っている暇なんてないよってことかな?


 おそらく、貴族院の駐在員より魔術具の復活の方が大事な仕事なのだろう。成人したアナスタージウスをガッツリ働かせる方を王も選んだようで、貴族院に滞在する王族として、洗礼式を終えたばかりのヒルデブラントに白羽の矢が立ったようだ。ヒルデブラントが王命により貴族院に滞在するとはいっても、入学前で講義に出られるわけではないので、基本的に自室でいることになるらしい。


 ……王族が貴族院にいなきゃダメって、もしかして、苦情受付とか、緊急時のため、かな?


 去年、シュバルツ達を採寸のために図書館から連れ出し、ダンケルフェルガーと騒動が起こった時、アナスタージウスへ連絡がすぐに入り、仲裁にやってきたことを思い出した。その後もアナスタージウスはソランジュとわたしへの事情聴取をしていたはずだ。


 ……これだけの人数が集まるんだもん。何があるかわからないよね。王族も大変だ。……それにしても、貴族院に入る前の子供が動員されるんだから、王族の人手不足も深刻ってことかな。




 文官からの説明が終わると、去年と同じように挨拶をして回ることになる。最初にガタリと立ち上がったのは、クラッセンブルクだ。エグランティーヌが卒業して、領主候補生は不在となったのか、高学年と思われる体格の男性が王族への挨拶に向かうのが見える。


 ヒルデブラントにご挨拶し、自分より上位の領地に挨拶をして回り、下位の者は挨拶に来るというのは去年と同じだ。

 クラッセンブルクの次にダンケルフェルガー、ドレヴァンヒェルと続き、9位までの挨拶が終わると、エーレンフェストの番である。ヴィルフリートとシャルロッテが立ち上がり、わたしも椅子から下ろしてもらい、挨拶に向かう。


「ローゼマイン、シャルロッテ。行くぞ」

「はい」


 ヴィルフリートがわたし達をエスコートし、わたしのスピードに合わせて正面にある王族の席の前まで歩く。その前に跪いて、胸の前で両手を交差させると、首を垂れて、初対面の挨拶だ。


「ヒルデブラント王子、命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」

「許します」


 幼い声でそう言ったのは、青みがかった銀髪に明るい紫の瞳で、可愛い感じの顔立ちをしているヒルデブラントだ。男の子に可愛いはどうか、と思うが、まだ洗礼式を終えたばかりのヒルデブラントは貴族院にいるとずいぶんと幼く見えた。

 そして、尊大に見えたアナスタージウスと違って、どちらかというとおっとりとした雰囲気で、ニコニコとしているので、一層カッコイイとか凛々しいという言葉が遠くなる。穏やかで柔らかなその表情には、王族を前にした緊張感が少し緩和される気がした。


 ヒルデブラントの許可を得て、指輪に魔力を込めて祝福を贈る。わたしはヴィルフリートとシャルロッテを見ながら、やりすぎないように慎重にほんの少しだけ魔力を込めた。

 卒業式でやらかしたような感情に任せた祝福はしないように、と神官長に何度も念を押されている。


 ……よし、完璧。


 二人とそれほど変わらぬ大きさの祝福を贈れたことに、内心でホッと安堵していると、ヴィルフリートの挨拶が続いていた。


「お初にお目にかかります、ヒルデブラント王子。エーレンフェストより、ヴィルフリートとローゼマイン、そして、シャルロッテがユルゲンシュミットに相応しき貴族としての在り方を学ぶため、この場に参上いたしました。以後、お見知り置きを」


 わたし達の挨拶を聞いていたヒルデブラントが「顔を上げてください」と声を上げた。その声に顔を上げると、ヒルデブラントは三人を順番に見た後、興味深そうにシャルロッテを見つめる。


「エーレンフェストの領主候補生は最優秀と優秀者で、領地全員の成績が上がっていると聞いています。王も期待しています。今年も頑張ってください」


 子供らしい高い声でハキハキとそう言われた。自分が思った言葉ではなく、周囲によって作られた言葉を間違えないように一生懸命に言っている感じだ。神殿長として儀式のあれこれを丸暗記させられたわたしは、ヒルデブラントがどれだけ頑張って領主候補生にかける言葉を覚えたのかわかる。

 わたしとしては「すごいよ。よく頑張ってるね」と声をかけたいところだが、王族相手にいくら何でも不躾すぎる。一言、礼を言うに止めておいた。


「恐れ入ります」


 ヒルデブラントとの挨拶は何事もなく終わった。去年はアナスタージウスに「どこが聖女だ」と言われたことを思い出し、わたしは少しばかり拍子抜けした気分で、次の挨拶へと向かう。クラッセンブルクだ。




「今年も時の女神 ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いました。こちらはシャルロッテ。私の妹で、エーレンフェストの一年生として入学いたしました。以後、お見知りおきを」


 クラッセンブルクへの挨拶でヴィルフリートが促すと、シャルロッテが初対面の挨拶をする。ヴィルフリート自身は初対面の挨拶をしなかったし、わたしにも挨拶をするように言われなかったので、どうやら、去年挨拶をした人のようだ。もしかしたら、上級貴族ではなく、領主候補生かもしれない。


 ……どっちですか? なんて聞けないし、後でハルトムートに聞いてみよう。


 後でハルトムートに聞いてみたところ、上級貴族ではなく、現アウブ・クラッセンブルクの第二夫人の息子だった。「去年もご挨拶をしましたが」と言われ、全く記憶に残っていなかったわたしはニコリと笑って誤魔化す。


 ……たった一回挨拶しただけで、その後全く関わりのなかった人なんていちいち覚えていられないよ。


「交流のあったエグランティーヌ様から改めてご紹介されていないのであれば、エグランティーヌ様ご自身と交流がないのかもしれません。第二夫人の子であれば、交流が少ないことは珍しくございませんから」


 ……そういえば、わたしもニコラウスとは全くと言ってもいいほど交流がないね。


 領主一族や上級貴族が第二夫人を娶るのは、派閥のバランスを考えた結果だったり、第一夫人に子ができないことが理由だったり、子を増やすことが目的だったりする。生まれはともかく、第一夫人の子として洗礼式をしていなければ異母兄弟と交流が少ないことは珍しくないそうだ。




 クラッセンブルクの次はダンケルフェルガーへの挨拶である。レスティラウトとハンネローレのテーブルへと向かい、ヴィルフリートが代表して挨拶をし、シャルロッテは初対面の祝福を行った。


「ハンネローレ様、この度はダンケルフェルガーの立派な本を貸してくださってありがとう存じます。アウブ・ダンケルフェルガーにもわたくしがお礼を申し上げていたとお伝えくださいませ」


 領主会議に領主が届けてくれるとは思っていなかったので驚いたけれど、おかげで時間をかけてじっくりと読むことができて嬉しかった、とわたしが礼を言うと、ハンネローレが何度かゆっくりと瞬きをした。


「アウブから本が届くだなんて、本当に驚いたでしょう? その、お父様は誰かを驚かせることがお好きなので、わたくしもよく驚かされますの。……ローゼマイン様がお困りでなくて安心いたしました」


 ハンネローレは淡いピンクとも紫ともいえる髪を揺らし、困ったように笑った。

 どうやらアウブ・ダンケルフェルガーがわたしを驚かせるために、領主会議に本を持って行くと言い出して、ハンネローレはそれが迷惑にならないか心配してくれていたらしい。アウブ・ダンケルフェルガーはちょっとお茶目だが、あんな領地の宝とも言えそうな本を貸してくれるのだから、とてもいい人だと思う。


「本を貸してくださったのに、困ることなどございませんわ。とても楽しませていただきましたもの。ハンネローレ様へのお礼にエーレンフェストの本を持参しています。お返しする時に、お渡しいたしますね」

「ありがとう存じます、ローゼマイン様。わたくし、楽しみにしています」


 ハンネローレと二人で本についての楽しい会話をして笑い合っていると、レスティラウトが疑惑に満ちた目でわたしを見た。


「エーレンフェストはあの本が読めたのか?」

「はい。ダンケルフェルガーの歴史の厚みに圧倒されました」


 ……勝つまで戦い続ける戦闘狂なところも、あれほどディッターを望むルーフェン先生のしつこさにも歴史の裏付けがあり、筋金入りだと納得いたしました。


「フン、そうだろう。たかだか200年程度の歴史しかないエーレンフェストとは違うのだ」

「お兄様」


 レスティラウトの袖を軽く引っ張って、ハンネローレがたしなめる。こちらが気分を害していないか、心配そうに見てくる可愛い赤の瞳にわたしは笑顔で頷いた。


「エーレンフェストとダンケルフェルガーで歴史の長さが違い、本の古さや厚みが大違いなのは事実ですもの。わたくし、ダンケルフェルガーの素晴らしい本をもっと色々と読んでみたいですわ」


 そこから、ダンケルフェルガーに借りた本の内容に関する感想を述べようとしたところで、シャルロッテに軽く袖を引かれ、ヴィルフリートに「では、本の貸し借りをする時にゆっくりと話すといい。挨拶の場ではじっくりと語ることもできぬだろう」とやや強引に話を打ち切られた。


 ……あ、そうだ。挨拶回りの途中だった。


 久し振りに会えた友達とおしゃべりに興じて良い場ではなかった。わたしは「お茶会をいたしましょうね」とハンネローレと約束をして、ダンケルフェルガーの前からドレヴァンヒェルの前へと移動する。




「ヴィルフリート様、ローゼマイン様、ご婚約おめでとう存じます。領主会議から戻ったお父様に伺って驚きましたわ」


 ドレヴァンヒェルの領主候補生は、今年最上級生になったアドルフィーネと同級生のオルトヴィーン、他に二人の領主候補生がいた。代表しているのはアドルフィーネだ。


 ゆるりと胸元で波を描くワインレッドの髪にはとても綺麗な艶があり、まるでリンシャンを使っているように見える。それに気が付いてドレヴァンヒェルの学生達をよく見ると、皆が艶のある髪をしていた。

 アドルフィーネがするりと自分の髪に触れ、ニッコリと笑う。


 ……もしかして、リンシャンが分析されたかな?


 お茶会で配ったリンシャンを分析されたのかもしれない。作り方自体は簡単なので、そのうちバレるだろうと思っていたが、予想以上に早かった。


 ……ドレヴァンヒェル、予想以上にマッドサイエンティスト揃いの怖い領地かも。


 わたしがアドルフィーネを見上げて、コクリと喉を鳴らしている横で、ヴィルフリートとオルトヴィーンは楽しそうなやり取りをしている。


「ヴィルフリート、今年も楽しみだな」

「あぁ、オルトヴィーン。ゲヴィンネンの練習の成果を見せよう」


 男同士では社交で行うゲームの話をしているのに、わたしに向けられているのはアドルフィーネの意味深な微笑みである。


「ローゼマイン様、領主会議に向かった文官が興奮して戻ってきましたわ。エーレンフェストには平民でも使える魔術具があるのですって? 大きな紙片へと動く紙だなんて、面白い物がございますね。それを聞いて、ドレヴァンヒェルの文官達が目の色を変えていましたもの」

「ドレヴァンヒェルの文官が目の色を変える程のことではございませんわ」


 わたしはやんわりと笑って流す。下手に関わったら、何もかも分析されそうだ。


「その不思議な紙は貴族院では拝見しませんでしたし、領地対抗戦で発表もされていませんでしたよね? 何か理由がございますの?」

「いいえ、特には。領地対抗戦で発表するような物ではないと思ったからではないでしょうか?」


 ……平民が作ってるから、魔術具だなんてエーレンフェストでは誰も考えていないからです! なんて言えるわけないよね。


「自領のことは意外とわかりにくいですものね。わたくし、本当に貴族院が始まるのを心待ちにしておりましたのよ。ローゼマイン様、ぜひ今年も仲良くしてくださいませ」


 ……色々情報が欲しいな、ってことかな? いきなり保護者達に相談案件ができたよ。


 ニコリと笑って「こちらこそどうぞよろしくお願い申し上げます」と挨拶しつつも、笑顔が引きつるのがわかる。

 アドルフィーネはその後シャルロッテに視線を止め、オルトヴィーンと見比べる。


「シャルロッテ様は一年生ですのね? 仲良くいたしましょうね」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 ……ヤバ! 何かすごくヤバい人にシャルロッテが目を付けられた気がする! ちょ、助けて、神官長!




 アドルフィーネの視線からシャルロッテをなるべく守るようにして、わたしは次へと移る。4位と5位への挨拶を終えると、6位のアーレンスバッハである。


 アーレンスバッハの領主候補生はディートリンデ一人で、ランプレヒト兄様の星結びの儀式にやってきた小さい子はいなかった。わたしと同じくらいの大きさだったし、やはり今年の入学ではないようだ。


「夏の終わりの儀式以来ですわね。皆様、お元気そうですこと。エーレンフェストに嫁いだアウレーリアはどのように過ごしていて? 肩身の狭い思いをしているのではないか、と心配していましたのよ。ねぇ、マルティナ?」


 ディートリンデが振り返った先には、トゥーリにちょっと似ているとわたしが思っていた少女がいた。立っている場所から考えると、ディートリンデの側仕えに違いない。


「もう一人の花嫁からは実家に連絡があったそうですけれど、お姉様からは何の連絡もございませんから、心配で……」


 トゥーリに似ているマルティナが悲しげに目を伏せると、わたしもちょっと悲しい気分になる。


「アウレーリアはエーレンフェストでの生活を楽しんでいます。新しいヴェールも仕立てましたし、わたくし達、一緒にお茶をしたこともございますから。ねぇ、シャルロッテ?」

「えぇ、おっとりとした穏やかな方でしたね」


 染色コンペで同席したことがあるシャルロッテも笑って同意する。

 ホッとしたように胸を撫で下ろしたマルティナと対照的に、「アウレーリアがおっとり……?」とディートリンデは深緑の目を瞬いている。


 ……なんで首を傾げるの? アウレーリアはどこからどう見てもおっとりとしてたよ?


 わたし達が知っているアウレーリアとディートリンデが言うアウレーリアに違いがあるような気がして、わたしも少しばかり首を傾げる。


「それはそうと、わたくし、星結びの儀式の時は驚きのあまりお祝いの言葉も述べていなかったでしょう? ぜひ、祝福させていただきたいわ。ご婚約、おめでとう存じます」


 ディートリンデに微笑んでお祝いの言葉を述べられて、わたしはとても不思議な気分になった。本当に祝福されているような気がするのだ。去年の態度は一体何だったのか、と問いたくなるほどに、友好的で優しい笑みだ。去年のヴィルフリートに向けられていた笑顔が自分にも向けられているというのが不可解で、逆に居心地が悪い。


「エーレンフェストの領主候補生とわたくしは従姉弟同士ですもの。仲良くいたしましょうね」




 アーレンスバッハの後、7位、8位、9位は順位を一気に上げてきたエーレンフェストを警戒しているのがよくわかる感じだった。去年は歯牙にもかけられていなかったのに、今年は遠回りな嫌味や牽制がきたのだ。


 ……残念だけど、そんな遠回りな嫌味じゃヴィルフリートには通じませんから! それに、嫌味が通じてもわたしは自重しない!


 上位領地への挨拶を終えると、下位の領地からの挨拶が始まる。これもまた面倒だった。特に11位、12位、13位の、抜いてしまったところは笑顔の中に敵意を潜ませているのがよくわかる。「偶然は長続きするものはないでしょうけれど」とか「好調な時は儚いものです」とか「今年もまた最速で講義を終えられるのでしょうか? 成績も伴うと良いですね」というようなことを貴族らしい言葉で言ってくるのだ。


 もちろん、下位領地に言われっぱなしでは沽券に係わるので、笑顔で「そうですね」と同意ながら「偶然ではないから、長続きしますね」とか「儚くならないように補強しています」と返しておく。


「激励、ありがとう存じます。結果を楽しみにしていてくださいませ」


 笑顔で嫌味合戦を交わしていると、フレーベルタークのリュディガーが挨拶にやってきた。相変わらず大きいヴィルフリートのように見える。

 初めてリュディガーに会ったシャルロッテも何度かヴィルフリートとリュディガーを見比べて、藍色の目を丸くして。二人が似ていることに驚いている。けれど、目の色が同じ藍色である分、色彩だけならばシャルロッテの方がリュディガーによく似ている。リュディガーとシャルロッテが並んでいても、兄妹で通るだろう。


 ……当たり前だけど、わたし一人だけ系統が違うんだよね。


 そんな視線に気付いたようで、リュディガーがフッと微笑んだ後に跪き、両腕を交差して、首を垂れた。


「ヴィルフリート様、ローゼマイン様、今年も時の女神 ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いました。そして、シャルロッテ様。命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」

「許します」


 シャルロッテがリュディガーの祝福を受け、挨拶を交わす。その後、リュディガーが顔を上げて、ヴィルフリートを見た。


「エーレンフェストでは土地のため、民のために領主候補生が率先して動いていると伺い、フレーベルタークでも同じように直轄地に祝福を与えたところ、収穫量が伸びました」


 神殿に向かうと言うのはかなり勇気が必要だったけれど「エーレンフェストではそうして土地に魔力を満たすことで収穫量を増やし、多少なりとも余裕ができたのだ」というヴィルフリートの言葉を伝えたところ、領主夫人が「できることがあるならば、片端から試してみましょう」と乗り気になったそうだ。


 ……リュディガーのお母様って、養父様のお姉様だもんね。ちょっと納得。


 収穫量が伸び、税収が増えたことで楽になったことも多いようだ。リュディガーは嬉しそうに微笑む。


「暗くなっていた貴族達の目に少しだが希望が戻ってきたのが、何よりも嬉しかったのです。ありがたい助言でした。母上も喜んでいます」


 政変で敵側に組した領地として領主が断罪され、おそらくそれ以外にも色々と不遇なことがあったはずだ。

 フレーベルターク出身の母親ということで、アーレンスバッハのアウレーリアが辛く当たられていたと聞いているくらいなのだから、嫁入りや婿取りにも大きく影響しているのだろう。


 図書室目当てに何も知らないまま神殿に突っ込んでいったわたしと違って、神殿が蔑まれている現状で、蔑視されている神殿をよく知った上で、よく神事に参加するようなことができたものだ。フレーベルタークが溺れる者は藁をもつかむような状態であるとは言っても、感心する。


「エーレンフェストとはこれからも変わらぬ関係を築いていきたいと思っています」


 リュディガーがそう言ってわたしの反応をじっと窺う。

 わたしに「お茶会でフレーベルタークを試してください」と言われて、リュディガーにエーレンフェストのやり方を教えたヴィルフリートもよく似た容貌を向けてきた。


「……そうですね。従兄妹同士でお隣ですもの。これからも仲良くしていきましょう」


 わたしがそう言うと、息を詰めるように反応を待っていたリュディガーとヴィルフリートが揃って安堵したように息を吐いた。




 こうして、挨拶を終え、食事をした。

 エーレンフェストのレシピが取り入れられたのか、去年と違ってスープの味がおいしくなっていた。お菓子は相変わらず砂糖の固まりだったけれど。


挨拶をして回っただけで終わりました。

去年と違って、接する人数が増えているせいですね。

一年で色々と関係が変わっています。


次は、早速講義の始まりです。

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― 新着の感想 ―
リュディガーいいなぁ。 ヴィルフリートに似てると言われてたけど コミカライズが凄い好みなイケメンで驚いた。 最近驚いたのはハルトムートの声が内田雄馬さんだったということ。 さすがの人気キャラだわ…。
この挨拶まわり、よく考えたら結構時間がかかりますよね。挨拶するシーンを全領地描写していたらとても大変そうです。
[一言] 最後のシーンはエーレンフェストの領主候補生の真のリーダーが誰かと言う認識が見えてきますね。
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