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下町との話し合い

 イタリアンレストランに関する話を終えると、わたしはフリーダからプランタン商会の面々へと視線を向けた。おそらくわたしの左背後に立っているハルトムートとフィリーネも視線を向けたのだろう、ベンノとルッツとマルクが背筋を正す。


「プランタン商会には印刷業に関するお話です。グレッシェルで印刷業の準備が整いつつあるようです」

「グレッシェルですか? 製紙工房の準備よりも印刷業の準備が早いとは思いませんでした」


 ベンノはそう言って軽く目を見張った。けれど、わたしが「グレッシェルはハルデンツェルと仲が良いようで、協力していただいたそうです」と言うと、納得したように何度か頷く。


「グレッシェルではハルデンツェルと違って、製紙工房も予定されております。印刷協会だけではなく、植物紙協会の設立準備も必要ですね」


 わたしが告げると、マルクとルッツが書字板に書き込み始めた。

 書き込みの時間を作るため、わたしは自分の右隣に立っているギルを見上げる。


「製紙工房への出張があるのですから、ギルもローゼマイン工房から出す人員を決めて、準備しておいてくださいね」

「ローゼマイン様の指示通りに班分けが終わっているので、いつ召集がかかっても大丈夫です」

「あら、さすがわたくしの側仕え、頼もしいこと」


 フフッと笑ってギルを褒めると、ギルが少しだけ得意そうに唇の端を上げる。いつもだったら、もう少し喜びの感情を出すのだろうけれど、貴族が増えたこの場ではそれも難しいようだ。


「この後、本当にグレッシェルで必要な準備ができているのか、文官達による最終確認を行った後、グーテンベルクを移動させることになります。召集をかけたら動けるように、グーテンベルクにも声をかけて準備しておいてくださいませ。今年の移動も収穫祭までの予定です」

「かしこまりました。今回の移動方法はどういたしましょう?」


 ベンノがちらりと赤褐色の目でわたしを見てきた。馬車の旅は大変だったと散々愚痴を聞かされたのだから、「できるだけ騎獣を出してくれ」と言っているに違いない。移動に日数がかかると、食費や宿泊費など、費用は何倍にもなる。印刷業を広げたいのはわたしなので、精一杯協力はするつもりだ。

 グレッシェルへはブリュンヒルデも同行することになるので、わたしも向かうことになっている。グーテンベルクを連れていくことに何の問題もない。


「移動はわたくしの騎獣で行います。そのつもりで準備してください」

「恐れ入ります。それは非常に助かります」


 ホッとしたようにベンノが謝辞を述べた。そして、後ろを振り返り、「……ルッツ、ピンの試作品を」と、指示を出した。

 ベンノの言葉に頷き、ルッツが手にしていた箱から布に包まれた安全ピンを取り出した。そして、恭しい態度でそれをわたしに向かって差し出してくる。


「ローゼマイン様、こちらがご注文されていたアンゼンピンです。ヨハンの弟子、ダニロの作品です。この試作品にご満足いただければ、ご注文くださった本数を揃えると申しておりました」


 わたしは、ルッツが出してくれた安全ピンを手に取って、あちらこちらを見回し、ピンを付けたり外したりして動きを確認する。安全ピンは注文した通り、きちんと細かいところまでできている。ヨハンの弟子という肩書は伊達ではないようだ。


「よくできています。ダニロにこの通りで、本数を揃えるように言ってください」


 わたしが「ダニロにもグーテンベルクの称号を与えようかしら?」と呟くと、ルッツがゆっくりと首を横に振った。


「ヨハンの弟子としてグーテンベルクの称号を得るのならば、金属活字くらいは作れなければ話にならない、とヨハンが申しておりました」

「さすが元祖グーテンベルク。お仕事には厳しいですね。ダニロが早く合格を勝ち取るのを心待ちにしています、と伝えてくださいませ」


 わたしがルッツに笑ってそう言うと、ルッツも目を細めて頷いた。


「かしこまりました。必ず伝えます。それから、現在ローゼマイン工房で作成されている書式の決まった用紙ですが、これは下町で先に使い始めても問題ないでしょうか?」


 他領からの商人が来た時に混乱しないように、書式を揃えるための書類だ。使い勝手についてはプランタン商会で試すとギルから報告を受けていた。なるべく早く商業ギルドにも取り入れて、他領の商人がやってくる前に、職員達がその形式に慣れなければならない。


「問題はないでしょう。わたくしも見本として少し買いあげて、城でも使ってもらえないかどうか、養父様に交渉します。マルク、プランタン商会で試しに使ってみた感触はいかがですか? 少しはお仕事が楽になりまして?」

「書類の様式が整うだけで、ずいぶんと仕事が楽になりました」


 マルクが笑みを深めると、その隣でルッツも何度か頷いた。プランタン商会で楽になったのならば、商業ギルドでも楽に取り入れることができるだろう。


「今回は他領の商人に向けた書式を作成しましたけれど、楽になるのならば、他の書式を作ることを考えても良いでしょうね」

「そのように紙を使うのでしたら、値段を下げるため、製紙工房をもっと増やしても良いかと思われます」


 自分達が便利に使うためには値段をできるだけ下げた方が良い、とベンノが目を光らせる。わたしのことを「性急だ」と言うけれど、ベンノも自分の利益を得る時はかなり性急だと思う。


「印刷業を広げるために、製紙工房が増えることは決まっていますけれど、どの程度増やせるかは、派遣できる職人の数にもよりますから、すぐに増やすのは難しいでしょうね」

「ローゼマイン様のおっしゃる通り、紙の作り方を教えるのはどうしても時間がかかります、旦那様」


 イルクナーにもハルデンツェルにも行って、現地の人達に教えてきたルッツの言葉に、ベンノが「そうだったな」と小さく呟いて息を吐いた。

 クス、と笑った後、わたしはプランタン商会からギルベルタ商会の面々へと視線を向ける。オットーとトゥーリとテオだ。トゥーリが嬉しそうな笑みを浮かべ、手にしている箱をほんの少しだけ上げた。「ここに髪飾りが入っているよ」という無言の訴えに、わたしは軽く頷く。


「夏の髪飾りができたと連絡を受けております。トゥーリ、見せてくださる?」

「こちらでございます。どうぞご覧くださいませ」


 トゥーリがそっと箱を取り出して、丁寧に蓋を開ける。わたしの背後に控えているフィリーネが興味深そうに少しだけ身を乗り出したのがわかった。


 箱の中には、夏の貴色である青を中心に使い、花弁の先に向かって段々白へと変化していくグラデーションが美しい大きめの花が二つ、目に入った。花の周囲は数種類の葉に取り囲まれていて、飾ったら垂れて揺れる黄緑に近い葉も見える。

 わたしの髪が青系なので、青を基調とする花を作るのは大変らしい。トゥーリが色々と考えて工夫したのがわかる。


「いかがでしょう、ローゼマイン様?」


 目を細めているトゥーリが「頑張ったでしょう?」と言っているように見える。わたしは少しだけ体をずらして、トゥーリに頭を向けた。


「付けてみてくださる?」

「かしこまりました」


 ハルトムートとフィリーネが数歩下がって場所を空ける。そこへトゥーリが緊張した面持ちで髪飾りを持ってやってきた。今付けている髪飾りを外して、新しい髪飾りを付けてくれる。垂れた葉っぱの部分が耳元でかすかに揺れるのがわかった。


「フィリーネ、どうかしら?」


 この場にいる女性の側近はフィリーネだけだ。わたしがフィリーネに声をかけると、トゥーリはぎゅっと手を胸の前で組み合わせた。いつもはわたしだけが決めて購入を決めるので、フィリーネの反応を待つトゥーリがひどく緊張しているのがわかった。


 フィリーネは髪飾りを覗き込んで、上からも横からも見た後、柔らかに笑う。


「とても綺麗です、ローゼマイン様」


 その言葉にトゥーリもホッとしたようだ。肩の力を抜いて、嬉しそうな笑顔になった。わたしは髪飾りを元に戻してもらい、トゥーリとオットーを交互に見ながら、新しい髪飾りにそっと触れた。


「では、夏の髪飾りはこちらを購入しましょう」

「恐れ入ります。それから、こちらの髪飾りに合わせた衣装の提案がございます。髪飾りを作るトゥーリが原案を考え、コリンナが少し手直しした物です。いかがでしょう?」


 そう言ってオットーが見せてくれたのは、初めてトゥーリがデザインした衣装の案だった。わたしの下町の洗礼式で着ていた晴れ着の豪華バージョンと言えば、わかりやすいだろうか。

 冬にお直しを兼ねて作った、裾を摘まむバルーン型のスカートが評判良かったので、それが取り入れられたオフショルダーの衣装である。胸元のタックはレースを使用することになっているようで、髪飾りとお揃いの、しかし、少し小さい花を胸元にあしらうデザインだ。懐かしい面影があるデザインをわたしは一目で気に入った。


「近いうちに城へ招くので、こちらを注文できるように、候補の布を持って来てください。わたくしは気に入りましたが、正式に注文するためにはお母様や側仕え達の意見も聞かなければなりませんから」


 わたしの衣装は流行を左右する可能性が高いので、養母様やお母様に見せる必要がある。そして、衣装選びに力を込めているリヒャルダやブリュンヒルデがどのように思うのかも大事なのだ。「トゥーリのデザインだったら、買うよ」と即決したいけれど、できないところが少しだけ不自由である。


「恐れ入ります。では、連絡をお待ちしております」


 オットーがそう言って微笑み、トゥーリが得意そうに笑う。髪飾りだけではなく、衣装にも手を伸ばそうとトゥーリが必死に勉強しているのがわかって、わたしもとても嬉しくなった。


 ……頑張れ、トゥーリ。


「それから、こちらはエラのために選んだ髪飾りです。どちらでもエラに似合うと思うのですけれど、わたくしはエラの晴れ着を見たことがございません。ローゼマイン様はご存知ですか?」


 トゥーリが出してくれたのは、白と黄色の色違いの髪飾りだった。小さなたくさんの花と、色の違う緑の葉がたくさん揺れる髪飾りだ。正直なところ、エラの晴れ着は、わたしも見たことがない。春生まれなので、貴色の緑を基調とすることだけはわかっているけれど。


 トゥーリがどんな色合いの緑の衣装でも合うように、緑に多様性がある髪飾りを選んでいることがわかったので、わたしはエラの髪に似合う黄色の花を選んだ。


「こちらに致します」


 わたしは自分のギルドカードをオットーのカードと合わせて、エラの髪飾りの精算を終える。自分の髪飾りと衣装は、神官長にお金をもらって払わなければならないので、後で支払うことになる。


「染色の方はいかがでしょう? 職人達は頑張ってくれていますか?」

「それはもう……。どの工房でも普段の仕事をなるべく早く終えて、少しでも研究の時間を作りたいと考えているようです」


 工房を見て回ったオットーがそう言うと、トゥーリも何度か頷いた。染色関係の者達は活気付き、特に若い世代が新しい技術として習得しようと必死になっているらしい。


「ローゼマイン様、少しお伺いしたいことがございますが、よろしいでしょうか?」


 ギルド長は、オットーへと一度視線を向けた後、口を開いた。


「ギルベルタ商会から染織協会への申し出がございました。ローゼマイン様からの提案で、大規模な染め物の催しを開催するそうですが……」

「えぇ、そうです。ギルド長も言っていたではありませんか。専属を増やした方が良い、と。誰を専属にするのか、決めるために染められた布を見たいのです」


 わたしは専属が少ないので、グーテンベルク以外の専属を決めろとも言われていたので、職人がやる気を出すならば、まぁ、いいか、と思っている。何となく成り行きで決まってしまった染め物コンペだが、お母様や養母様、ブリュンヒルデがやる気になっている以上、止まるはずがない。

 自分の発言を出されたギルド長が、ほんのわずかに目を細めた。


「ローゼマイン様が古い技術の復活を願っていると伺いましたが、それについては?」

「もちろん、昔に廃れてしまった技術の復活もできれば良いと存じます。一色だけの布ではなく、様々に染める方法があっても良いではありませんか。わたくしは多様性が欲しいのです」


 顎を撫でながら「多様性」と呟くギルド長の後ろに立っているフリーダは、面白がるような、困った子を見るような顔でわたしを見た。


「ローゼマイン様のおっしゃることはわかりますけれど、昔の技術の復活は簡単なものではございません。夏の終わりでは時間が足りないのです」

「わたくしは昔の技術をそっくりそのまま再現をしろと言っているわけではありません。蝋結染を使った布でこの冬の衣装を作ろうと思っているだけなのです。ギルベルタ商会から染織協会へ知らされた技術をどのように使うのかは、染色工房や職人が決めることだと思っています」


 さすがに半年もかけずに、昔の職人技が完全に再現できるとは、わたしだって考えていない。ヒントを与えているのだから、自分達が新しい技術を作り出すのでも良いのだ。


「エーレンフェストにもせっかく色々な技術があったのですから、見直すのも良いと思うのです。そして、できれば、今度は染め方を書き留めるようにして、技術を保存するということを染織協会が考えてくれると嬉しいですね」

「技術の保存ですか? また興味深いことをおっしゃいますね」


 フリーダが目を瞬き、ギルド長がゆっくりと息を吐く。


「では、どうあっても、夏の終わりに開催する、と?」


 他領の商人が来て、これまでにない混乱状態になるかもしれないという時に面倒な催しをしてくれるな、と言われているのはわかるけれど、こればかりはどうしようもない。


「わたくしだけの催しであれば、延ばすことも簡単なのですけれど、今は何に関しても報告を義務付けられております。染め物に関する催しに関しても、城へ報告した結果、わたくしの養母様を始め、上級貴族が数人、興味を持っていて、簡単に止められない状況なのです」


 目の玉が飛び出しそうなほど大きく目を見開いて、皆がわたしを見た。ベンノの顔には「聞いてないぞ」と書いてある気がする。


「……領主夫人を始め、上級貴族が数人、ですか? それは、何というか、想定外の規模になりそうですな」

「わたくしも自分の予想より事が大きくなっていることは感じているのですけれど、一度始まってしまったものは止められません」


 ギルド長は「頭が痛い」と言いたげな顔でゆっくりと息を吐き、お母様に印刷で無茶振りをされたベンノは少しばかり遠い目になった。


「事は大きくなりましたけれど、見方を変えれば、わたくしだけではなく、他の貴族にも実力を示す良い機会になりますから、わたくしが一人で拝見するよりは、職人もやる気が出るでしょう? 十人いれば、十通りの好みがあるのですから」


 カトルカールの試食会のように、それぞれに気に入った物に投票するような形にすれば、脚光を浴び、専属を捕まえられる職人は多くなると思う。


「様々な協会の動向を把握しておかなければならないギルド長は大変でしょうけれど、染織協会にある程度は任せて、ご自身は他領の商人の対応に全力を尽くした方が良いと思いますよ。催しに関しては、養母様達と話し合い、開催場所や時期など、詳しいことが決まり次第、ギルベルタ商会を通じて、ギルド長と染織協会の会長に連絡を入れるようにいたしますから」


 ギルド長もなるべく仕事は抱え込まずに押し付けちゃえ、とけしかけて、今回の話し合いは終わった。




 皆を見送り、わたしは神殿長室へと戻る。まだ夕食の6の鐘までは時間があるので、ハンネローレに借りた本の写本をしたい。フランに頼んで、紙とインクの準備をしてもらっていると、ハルトムートがわたしを見ながら呟いた。


「ローゼマイン様はずいぶんと下町の者と親しいのですね。全員が書字板を所持しておりました」

「紙が高価で気安く使えない平民にとって、書字板はとても便利なのですよ。消すこともできますから。わたくしの側仕えやグーテンベルクから下町に広がっていると思います。……文字を書ける者が少ないので、広がる範囲もそれほど広くはならないでしょうけれど」


 ハッセの小神殿に向かう灰色神官達にはわたしが与えましたし……と言うと、ハルトムートがひどく羨ましそうな顔になった。


「ハルトムートも書字板が欲しいのならば、プランタン商会を紹介しましょうか?」

「いいえ、私はローゼマイン様から下賜されたいのです。神殿の側仕えやグーテンベルクに与えられる物ならば、ローゼマイン様の信頼の証のようではありませんか」


 そう言われて、わたしは貴族側の側近達にこれといって下賜した物がないことを思い出した。


「……書字板をもらって喜ぶ側近がどれだけいるのかわかりませんし、側近に下賜するならば、別の物が良いかもしれません。神官長にも意見を伺って、何か考えてみましょう」


 嬉しそうにハルトムートが目を細める。聖女伝説で妙な方向に暴走しているけれど、ハルトムートが優秀で、助かっていることは事実だ。仕事をしてくれたらギルを褒めていたように、側近達もちゃんと褒めてあげなければならないだろう。


 下町や神殿の側仕えには必要な物を贈ったり、それこそ、言葉で褒めたりすれば通じるのだけれど、正直なところ、貴族はよくわからない。

 わたしは部屋の中にいる自分の側近達を見回した。


「どのようにすれば、貴族は褒められていると感じるのですか?」

「わたくし、ローゼマイン様の魔力が欲しいです!」

「フェルディナンド様に禁止されているではないか!」


 アンゲリカが一番に答えたけれど、シュティンルークが生まれた瞬間を知っているダームエルとコルネリウス兄様がすぐさま却下した。


「どの程度の功績で、何を与えるのが正しいのか、神官長に聞いてから決めます。勝手に決めたら、また叱られそうですもの」


 わたしの言葉にコルネリウス兄様が「大事なことですね。フェルディナンド様のお説教は長いですから」と笑った。


「わたくしはローゼマイン様にいただける物でしたら、何でも嬉しいです」


 そんな可愛いことを言うフィリーネに、わたしは何でもあげたくなった。


 ……うん、きちんと神官長に聞かなきゃダメだね。気分に任せて何でもあげてたら、絶対に怒られる。


 そんな話をしているうちに、写本の準備は整ったようだ。わたしとフィリーネはハンネローレに借りた本をせっせと写本していく。フィリーネは原本のまま、わたしは現在の言葉に直しながらだ。


「……この本は言い回しが古くて難しいですね。ローゼマイン様は何故それほどスラスラと読めるのですか?」

「わたくしは最初に読んだ本が聖典でしたし、神殿にある本の半分は古い言い回しでしたから、馴染みがあるのです。この写本はフィリーネにとって、よいお勉強になりますよ」

「頑張ります」


 わたしとフィリーネが写本をする横で、一人で何やら書き物をしているハルトムートが目に入った。


「ハルトムートは何をしているのですか?」

「自分の研究を進めております。新しい事実が色々と判明いたしましたから」


 ……それって、もしかして、わたしの研究? 止めて!


 わたしが止めようとすると、それを察したのか、ハルトムートがペンを置いて、わたしを見た。それが真面目な顔だったせいで、わたしは思わず伸ばしかけた手を止める。


「それにしても、ローゼマイン様が平民とあのような話し合いをしているとは思わなかったもので、驚きました」


 平民との話し合いは基本的に貴族側が命じて終わるものだ。文官見習いとして、城で他の文官達と仕事をしていたハルトムートにとって、平民は謁見室に来るもので、黙って命令を聞く存在であったらしい。


「城ではあのように意見を聞いたり、報告をしたりするのは、下級貴族相手にもいたしません」

「わたくしは、そのやり方に困っているのです。貴族は下の者にもう少し気を遣っても良いと思います」


 下級貴族のフィリーネは嬉しそうにわたしを見たけれど、上級貴族で、基本的に気を遣われる存在であるハルトムートはピンとこないというような顔をしている。わたしは軽く肩を竦めた。


「流行を作り出すのは貴族でも、その商品を作り出すのは平民です。せっかく作った流行を他領に広げていきたいと思うのならば、平民との連携は必要不可欠です。その部分をおざなりにするから、エーレンフェストはいつまでたっても下位領地なのですよ、きっと」

「そうでしょうか?」

「貴族が流行を考えて、平民が作るのだとすれば、貴族は考える頭で、平民は手足のようなものでしょう? 命令ばかりして無理な使い方をして平民を潰してしまえば、今度は自分が動けなくなるではありませんか」


 わたしの言葉にハルトムートが静かに考え込む。


「グーテンベルクを始めとして、本日の会合で会った者達は、わたくしの手足のようなものです。彼等がいなければ、植物紙はできなかったし、カトルカールもカルタもトランプも生まれませんでした。料理やお菓子を作るのも平民なのですよ。わたくしは考えただけで、何に関しても実際に行ったのは彼らなのです。ですから、他の貴族達にグーテンベルクが潰されるのは、わたくしにとって自分の手足を潰されるに等しいのです」


 ……だから、何があっても余計な手出しは許しませんからね。


 わたしがそういう意味を込めてニコリと笑うと、ハルトムートはしっかりと意味を読み取ってくれたらしい。「かしこまりました。ローゼマイン様の手足を文官達が潰さないように、よく見張っておくことに致します」と笑みを返してくれた。


「文官達も、平民と足並みを揃えていかなければ、大きな発展は見込めないとわかってくれれば良いのですけれど、染みついた考え方を変えるのは難しいですよね」


 わたしがそっと溜息を吐くと、ハルトムートが「確かにそうですね」と難しい顔で同意した。



ルッツもトゥーリも頑張っています。

何とか約束を果たそうとトゥーリは服作りにも手を伸ばし始めました。

今回、一番頑張っているのはギルド長ですね。

そして、貴族側の意識改革も急務です。


 次は、諸々を片付けて、イタリアンレストランに向かいます。


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― 新着の感想 ―
ロゼマに感情移入してるとハルトムートがわかってない奴に感じるが、高位貴族としてこの年齢までこれまでの常識を叩き込まれながらも柔軟な思考を持ち、ロゼマにただ心酔するだけでなく自分で考えることができる極め…
フィリーネが可愛いです。素直で真面目ですし、純粋さがあるのでフィリーネはそのまま成長して欲しいなと思いました。
[一言] ハルトムートが文官として優秀なのは元からでも、ロゼマの文官として優秀になるのはここからってことか。
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