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王子への報告

 エグランティーヌとのお茶会が終わって、わたしはまた幸せな図書館通いの日々を続けていた。この幸せな日々が続くのはあと二週間くらいだ。奉納式のために戻ることになるまでに気合を入れて読まなければならない。


「おい」


 誰かが誰かに呼びかけている声が聞こえた。図書館ではお静かに、と思いながら、わたしはページをパラリと捲る。


「こら、エーレンフェストの小さいの」

「ローゼマイン様、アナスタージウス王子がいらっしゃいましたよ!」


 バンと横から慌てた様子のリーゼレータに本を閉じられて、わたしはハッとして顔を上げた。さっきからうるさかったのは、アナスタージウスだったらしい。

 基本的に領主候補生や王族は自分の側近に必要な本を取りに行かせて、自分では図書館に赴かないらしいとダンケルフェルガーのレスティラウトに聞いた。それなのに、何故アナスタージウスが図書館にいるのだろうか。もしかしたら、アナスタージウスも図書館という空間が好きで足を運んでいるのだろうか。


 ……ちょっと王子への好感度が上がったよ。


「何か御用ですか? 必要な本があるならば、ソランジュ先生に伺うとすぐに探してくださいますよ。二階の本や資料に関してはシュバルツとヴァイスもよく知っているのです」


 わたしが普段の三割り増しくらい愛想の良い笑顔を向けると、アナスタージウスは逆に苦虫を噛み潰したような顔になった。


「何か御用ですか、ではないぞ。エグランティーヌとのお茶会は三日も前に終わっているだろう? 其方は何故報告に来ない? まさか面会依頼の手紙が行方不明になっているとは言わぬだろうな?」


 ……なぁんだ。本好き王子じゃなかったのか。残念。


 上がったばかりの好感度が一気に下がる。わたしはハァと落胆の息を吐いた。

 面会依頼の手紙が行方不明、というのは、「自分はきちんと対処したのですけれど、文官が処理を怠っていたようで……」という言い訳の常套文句である。偉い人が悪いことをした時に「すべて秘書が独断でやったことです」と言い訳するのに似ている。

 苛立ったグレイの瞳に睨まれて、わたしは何度か目を瞬きながら、首を傾げた。


「わたくしからは絶対にアナスタージウス王子に近付かないとお約束したではございませんか。王族との約束を違えるわけにもいきませんから、呼び出されるのを粛々と待っておりました」


 ……建前です。本当はアナスタージウス王子に連絡を取ろうと思ったら周囲がうるさいことになりそうなので、約束を盾に呼ばれるまで放置、と思っていました。


「こちらからは連絡を取らないとお約束した手前、どうすればよいのか、途方に暮れていたのでございます」

「私が直々に呼びかけても気付かない程に、読書にのめりこんでいたのに、か?」


 フンとアナスタージウスが鼻を鳴らしたが、わたしは素知らぬふりで「ご報告できる機会が巡ってきて、安心いたしました」と笑顔を向ける。

 アナスタージウスとの話し合いは人払いをして行われていたので、側近は誰もエグランティーヌとのお茶会の報告が必要だと知らなかった。そのため、今は皆真っ青だ。


「では、今呼び出す。すぐに報告せよ」

「手土産も何も準備できないのですけれど……」


 日を改めてほしいな、と思ったのだが、アナスタージウスはかなり焦れているらしい。「構わぬ。急げ」と言って、バサリと黒のマントを翻して、閲覧室の出口へと向かう。

 わたしは椅子から降りて、机の上の本に手を伸ばした。アナスタージウスへの報告が長引いたら、図書館に戻って来られない可能性もある。図書館を出る前に貸出し手続きが必要だ。


「この本の貸出し……」

「それはわたくしが代わりにしておきます。キャレルの鍵も返しておきますので、ローゼマイン様はアナスタージウス王子へのご報告を先に済ませてくださいませ」

「……はい」


 すぐさまリーゼレータに本を取り上げられ、リヒャルダに「姫様、お早く」と急かされた。無理やり本から引き離されたわたしは後ろ髪を引かれる思いで図書館を出る。


 ……あぁ、失敗した。


 リヒャルダとハルトムートとコルネリウスとレオノーレを伴って、わたしはアナスタージウスの後ろを歩いていく。

 王子に呼び出されて、のこのこ後ろを歩いていく結果となってしまった。少しずつ講義の空き時間ができてきた学生が増えている今、王子に連行されるわたしはものすごく目立っている気がする。


 ……おとなしく面会依頼を出せばよかった。わたしのバカバカ!


 わたしがガックリと項垂れたい気分で、しかし、外からは胸を張って笑顔に見えるように頑張って足を動かしていると、アナスタージウスが立ち止って振り返った。


「遅い。あまりにも遅いぞ、ローゼマイン」

「申し訳ございません。アナスタージウス王子はわたくしに構わず、どうぞお先にお戻りくださいませ」


 わたしが歩くのが遅いのは仕方がない。アナスタージウスとは体格が違うのだ。わたしはすでに息切れしそうなほど、頑張っている。これ以上頑張ったら、無様な姿を晒してしまう。健康にはなったはずだけれど、まだ体力があるわけではないのだ。


 ……このままのスピードで歩いたら、たどり着く前に倒れる!


 ここ最近は図書館の往復以外に歩かないから、全然体力が付いてないようだ。そういえば、最近はラジオ体操もしていない。神官長に知られたら怒られるかもしれない。


 ……まぁ、いいか。どうせ怒られるネタはいっぱいあるんだし、あと一個くらい増えても大して変わらないよね?


「ローゼマイン様、失礼いたします」

「……リヒャルダ」


 一言断ったリヒャルダがわたしをグッと抱き上げた。

 ホッとして、思わずぐてっとリヒャルダに寄り掛かり、次の瞬間、アナスタージウスの視線を感じたわたしは、少し体を起こした。


「何をしている?」

「ローゼマイン姫様は元々お身体が弱く、体力がございません。顔色が悪くなってまいりましたし、そろそろ意識を失いそうなので、こうして運ばせていただきたく存じます」

「意識を失う、だと? ルーフェンから話は聞いたが、本当だったのか?」


 シュタープ取得のために最奥の間へ行ったわたしが行き倒れていた話を聞いていたようで、アナスタージウスが目を丸くした。

 それにしても、ルーフェンは少し口が軽すぎではないだろうか。もしかしたら、王族や上位の領主候補生に情報を渡す役目でもあるのだろうか。わたしの事情がルーフェンによって筒抜けになっている気がする。


「これでも以前よりは丈夫になったのですが、姫様に無理は禁物なのです」


 リヒャルダがわたしを守るように抱き上げている腕に力を込める。それを見て、アナスタージウスは不可解そうに目を細めた。


「この程度の距離が歩けぬようでは、城の中を移動することもできぬのではないのか?」

「城や寮の中での移動に関してはアウブ・エーレンフェストから許可を得て、姫様は騎獣を利用しております。さすがに許可を得ていない貴族院内で使用するわけには参りませんから」


 王族の許可がなければ、室内で騎獣を乗り回すようなことはできない。


「では、もうそのままでよい。急げ」


 アナスタージウスは溜息と共にそう言うと、さっさと歩き始めた。

 リヒャルダに抱き上げられたまま、わたしは移動する。先程より視線が集まり始めたことに気付いて、わたしはマントをバサッと頭からかぶって、周囲の視線から逃れたくなった。本当にそんなことをしたら、一層視線が集まるだろうから、できないけれど。


「大丈夫ですか、姫様。かなりお顔の色が悪くなっておりますよ」


 真っ直ぐに前を向いて移動しながら、リヒャルダが囁くような小さな声で問いかけてくる。ちょっと頑張りすぎたようだ。リヒャルダに抱き上げられて、少し気が緩んだ瞬間、気持ち悪くて頭がくらくらしてきている。


「……フェルディナンド様の優しさが欲しいと思う程度には、気持ち悪いです」


 わたしの方から薬を飲みたいと言い出すことは滅多にない。リヒャルダは一度きつく目を閉じて、そっと息を吐いた。




「こちらにおかけくださいませ、ローゼマイン様」


 そう言って席を勧めてくれたアナスタージウスの筆頭側仕えのおじい様が、あまり具合の良くないわたしを見て、ちらりと咎めるような視線をアナスタージウスに向ける。ほとんど顔を合わせない人が眉をひそめるくらい、わたしは顔色が良くないようだ。

 しかし、アナスタージウスは軽く肩を竦めただけで、それを流し、手を振った。


「ローゼマイン、人払いせよ」

「盗聴防止の魔術具を使うわけにはまいりませんか? エグランティーヌ様のお茶会でもそのようにしたのですけれど」


 今は薬を持っているリヒャルダを側から離したくないな、と思いつつ、提案してみたけれど、即座に却下された。


「ならぬ。文官見習いには読唇術の心得がある者もいるから、盗聴防止の魔術具は役に立たぬ」


 面倒くさいと思ったけれど、読唇術を使える者が周囲にいるのが当然で、魔術具が役に立たない現場をアナスタージウスは知っているのだろう。そして、わたしのような子供相手でも警戒しなければならないくらいの用心深さが王族には必須に違いない。


 わたしは仕方がないので、リヒャルダから薬をもらって、飲んだ後、側近達を遠ざけた。

 アナスタージウスの側近だけが残る部屋で、わたしはお茶とお菓子を勧められ、少しずつ口にする。形式的なやり取りが終わった直後、アナスタージウスは本題に入った。どうやらかなり報告を待っていたらしい。


「ローゼマイン、エグランティーヌの返答はどうだった? 卒業式のエスコートは誰にするのだ?」

「卒業式のエスコートは親族の方にお願いしたいそうです」

「他の者の答えと同じではないか。役立たずめ」


 わたしの答えにアナスタージウスは軽く頭を振って、「これだけ私を待たせた結果がその答えか」とグレイの瞳で睨む。睨まれてもそれ以外の答えなどない。


「アナスタージウス王子のお役に立てず申し訳ございません。けれど、エグランティーヌ様がどちらも選べないとおっしゃったのは事実ですから」


 では、わたくしはこれで……と話を切り上げようとしたら、アナスタージウスが軽く手を挙げて、わたしを制する。


「待て、ローゼマイン。今其方は何と言った?」

「はい?」

「どちらも選べないというのはどういうことだ? エグランティーヌには兄上でもなく、私でもない想い人がいるということか?」


 ……どうしてそうなる!?


 困りきったエグランティーヌの言葉を思い返し、わたしは頭を抱えたくなった。アナスタージウスの恋愛に染まった脳内と違って、エグランティーヌは過去の政変を含めてかなり深刻に悩んでいたのだ。そう、大領地の領主候補生が青色巫女として神殿入りしようとするほどに。


「エグランティーヌ様は想い人など作れるような状況ではございませんよ。それはアナスタージウス王子もよくご存知でしょう?」


 二人の王子から求婚されている状態で、「想い人がいます」なんて言い出せば、もっと状況がややこしくなってしまう。わたしが軽く溜息を吐くと、アナスタージウスはすぅっと目を細めた。


 アナスタージウスが真剣な眼差しになると、なまじ顔が整っているだけに怖い。わたしはコクリと息を呑んで、背筋を正す。ズキズキとこめかみ辺りの鈍い痛みが気になるが、ぐってりしていられるような場所でも雰囲気でもない。


「其方は何を知っている? エグランティーヌから何を聞いたのだ?」


 エグランティーヌが第三王子の娘で、政変で家族を失っているから、自分が権力争いを引き起こす種にはなりたくない。神殿入りを狙っていることはともかく、その程度の事は、二回しか顔を合わせてお話をしたことがないわたしよりも、よほど距離が近く何度もやり取りをしているアナスタージウスの方がよく知っているはずだ。


「アナスタージウス王子ならば、ご存知のことだと思いますけれど……」

「知っていることか、知らぬことかは私が判断する。話せ」


 上に立つ者の貫録と言うのだろうか、有無を言わせずに従わせる雰囲気に押されて、わたしは口を開いた。神殿入りを狙っていること以外は、話しても問題ないはずだ。


「エグランティーヌ様はご家族を政変で亡くされたのですよね?」

「あぁ、そうだ」

「だから、選びたくないとおっしゃいました。王やアウブ・クラッセンブルクからのご命令があれば、それに従うことはあっても、ご自分ではどちらの王子も選べないそうです。エグランティーヌ様はご自分が権力争いの種になるのは嫌だと考えていらっしゃるようですけれど、これくらいはどなたでもご存知ですよね?」


 わたしが恐る恐るアナスタージウスの反応を伺うと、アナスタージウスは驚いた表情になっていた。


「エグランティーヌは王族に戻りたいのだろう? 私はそう聞いたが……」


 予想外の言葉がアナスタージウスから出てきた。わたしも驚いて目を瞬く。


「どなたから伺ったのですか? エグランティーヌ様を王族に戻したいのは、エグランティーヌ様を養女にして、王族の地位を奪ってしまったことを後悔しているおじい様だとわたくしは伺いましたけれど」


 わたしが首を傾げてそう言うと、アナスタージウスは「先代か」と呟いて軽く目を見張った。


「……では、エグランティーヌ自身は王族となることを望んでいないのか?」

「わたくしが聞いた限りですけれど、エグランティーヌ様は平穏をお望みです」

「平穏……?」


 回りくどい言い方をするのが貴族だからだろうか、こうして人を介して意見を伺おうとするからだろうか、たった二回顔を合わせただけのわたしが知っていることが通じ合っていなくて、すでにエグランティーヌとアナスタージウスはこじれている。


「これは独り言ですから、子供の戯言と聞き流してくださるとありがたいのですけれど、エスコート云々の前に、まず、アナスタージウス王子とエグランティーヌ様はお互いが望むものについて、他人を介さずに話し合った方が良いのではありませんか? お互いの気持ちや望みが全く通じていないように見受けられます」

「通じていないとはどういうことだ?」


 ムッとしたようにアナスタージウスが顔をしかめたけれど、今のこの状態で通じ合っていると思える方がおかしいだろう。


「エグランティーヌ様は二人の王子の求婚を王座に近付くためだとおっしゃいました」

「違うぞ。私はエグランティーヌを……」

「その先は結構です。無関係なわたくしではなく、むしろ、当事者であるエグランティーヌ様に直接お伝えください」


 こんなに体調が悪い状態で、他の人への愛の言葉など、わたしは別に聞きたくない。むしろ、早く帰りたい。


「わたくしが見たところ、アナスタージウス王子の思いは権力争いという壁に阻まれて、エグランティーヌ様へ歪んで届いているように思えます。エグランティーヌ様の望みを伺うところから始めてはいかがですか?」


 何を言っても王座を得るためだと思われている、という事実がショックだったのか、アナスタージウスが目に見えて肩を落としている。

 さすがに、王族を相手に「これだけすれ違っているんだから、エグランティーヌ様の幸せを願って、さっさと身を引いて諦めたら?」とは言えない。


「エグランティーヌ様は権力争いから離れ、王族の方と結婚せずにいられる方法がないか、探しておりました。アウブ・クラッセンブルクになれればよかった、とおっしゃいましたけれど、アウブ・クラッセンブルクになれば、本当に王族との結婚を回避できるのですか?」

「……少なくとも嫁ぐことはできなくなる。女性がアウブになることはどちらかというと少ないが、その場合は婿を取ることになるからだ」


 婚約していた男女でも、跡継ぎが亡くなって急遽女がアウブを継ぐことになれば、婚約破棄することは少なくないらしい。相手の男が婿入りできる領主候補生でなければならないからだ。

 逆に、アウブとなる予定だった女の弟に跡継ぎになれる者ができて婚約破棄することもあるそうだ。ゲオルギーネとジルヴェスターの関係がそれである。


「エグランティーヌ様のお気持ちを優先するのか、王位を優先するのか、わたくしには思いつかないような妙案があるのか、わたくしには全くわかりませんけれど、これから先を選択して努力するのはアナスタージウス王子だと思います」


 わたしは王族事情にも大して詳しくないので、どうすれば王座につけるのか、今からさっさと身を引くことができるのか、周囲への根回しに何が必要なのか、さっぱりわからない。


「……王族の権力争いに巻き込まれるエグランティーヌ様のお立場では難しいかもしれませんけれど、わたくしはエグランティーヌ様が少しでも心安らかに穏やかな日々が過ごせれば良いと思います」


 アナスタージウスは「私もそう思う」と呟き、何を思いついたのか、ニッと唇の端を上げた。


「ローゼマイン、予想外に良い情報であった」

「恐れ入ります」


 やる気に満ちたアナスタージウスの顔を見れば、エグランティーヌへの気持ちを諦める気などさらさらないのがよくわかる。

 どのようにするつもりか知らないが、決定的な引導を渡されるまでは頑張ればいいと思う。その結果としてエグランティーヌが幸せになるならば、それでもいい。


「アナスタージウス王子、これはおまけ情報ですし、とても無礼に近くて厳しい意見になりますが、聞きたいですか?」

「聞こう」


 少し眉を寄せたアナスタージウスが先を促すように、クッと顎を上げる。わたしはぼんやりしてきた頭を支えるように頬に手を当てて、ゆっくりと口を開いた。


「お稽古を見ればわかりますけれど、エグランティーヌ様は奉納舞にとても力を入れていらっしゃいます。釣り合いを考えるとアナスタージウス王子はもっと真剣に奉納舞のお稽古をした方が良いと思います。並んで舞うとアナスタージウス王子の方が見劣りいたしますから」

「ぬ?」


 不快そうに顔をしかめるアナスタージウスに構わず、わたしは先を続ける。


「あと、エーレンフェストで失神者も出た恋の歌をお教えいたしますから、練習してみてはいかがですか? フェシュピールに自信があれば、のお話になりますけれど。……エグランティーヌ様は芸術に造詣が深いのですから、そこから攻めてみてはいかがでしょう?」


 褒める時は単に「上手だ」と言うのではなく、どこが良いと思ったのか具体的に褒めてあげると良い。「エグランティーヌの声が綺麗」よりは「エグランティーヌの声が好きだ」と言われた方が、エグランティーヌは多分トキメキ度が高いと思う。

 わたしの言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔になったアナスタージウスがひくりと口元を引きつらせた。


「ローゼマイン、其方、ずいぶんと言いたい放題に言ってくれたな。私の側近でもそこまで言わぬぞ」

「申し訳ございません。では、聞き流してくださいませ」


 教えてあげた方が良いと思ったことはもう教えてあげた。それをアナスタージウスが実行するかどうかはわたしには関係のないことだ。

 アナスタージウスは苛立たしげにトントンと指先で椅子の肘掛を叩く。


「ローゼマイン、私からも其方に忠告してやろう。其方はもう少し感情を隠し、情報は出し渋って、情報とそれを持ち込む自分の価値を吊り上げるべきだ。無造作に出しすぎている。足元を見られて、軽く扱われるぞ」


 苛立たしげだが、それは間違いなく本心から出た忠告だろう。自分の社交のまずさには自覚があるので、わたしは感謝してその忠告を受け入れる。


「恐れ入ります。これから精進いたしますので、退出をお許しくださいませ。先程から頭がくらくらとしてきて、意識が……」


 薬を飲んで気持ち悪さは少し収まってきたけれど、鈍い頭痛はずっと続いているし、代わりに猛烈な眠気が襲ってきている。


「オスヴィン! ローゼマインの側近を!」

「すぐに!」


 ガタッと立ち上がるアナスタージウスと、リヒャルダ達が待つ控室へと早足で向かう筆頭側仕えオスヴィンの姿を最後に、わたしは椅子の肘掛にもたれかかるようにして、意識を失った。




 目が覚めた時にはアナスタージウスから体調が悪いのを知っていながら、強引に報告をさせた詫び状が届いていた。一緒にエグランティーヌからのお見舞いの言葉があったので、多分エグランティーヌに叱られて書いたのだと思う。


 ……少しは進展があったのかな? そうだったらいいけど。


 仲良く並んだ二人の名前を見て、わたしは小さく笑った。


 やるべきことは終わった。

 そんな感じですこーんと意識を失ったローゼマインにトラウマを植え付けられたアナスタージウスとオスヴィンでした。


 次回は、エーレンフェストへの帰還命令です。

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― 新着の感想 ―
体調悪そうな幼女に無理矢理報告させるとか ここの王族がいかに傲慢かがよく分かるエピソード。 善人とか悪人とか以前の問題。
魔術具使ってないと立つこともできない人間が暫くリハビリ(ラジオ体操)もサボっていたのに急に長い廊下を早歩きしてたらそりゃライフ切れ起こすのも当然
急いでたのと緊張があったとはいえ、7割がた治療終わってて、屋内の貴族院歩いただけで意識失うのは違和感… この前にかなり体力と魔力使ってたならわかるけど、ほぼ図書室にいたわけだし
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