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奉納舞

 朝食に出てこない一年生が数人いたけれど、昼食の時には一年生も全員揃っていた。どうやら全員無事に「神の意志」を同化させることに成功したようだ。


「昼食に間に合わなかったらどうしようかと思ったぞ」


 晴れがましい表情でそう言っているヴィルフリートや側近と共に、わたしは奉納舞の練習が行われる小広間へと向かう。

 領主候補生は奉納舞のお稽古があり、上級騎士見習い達は剣舞のお稽古がある。それ以外は音楽の練習だそうだ。全員がフェシュピールを演奏するのは難しいので、笛や太鼓のような別の楽器の練習をするらしい。


「……アンゲリカは剣舞のお稽古なのですか?」

「そうです。ルーフェン先生が推薦してくださいました。音楽は苦手なので嬉しいです」


 後でこっそりとコルネリウス兄様が教えてくれた情報によると、アンゲリカには上級貴族並の魔力があること、体を動かす剣舞を見事にこなすこと、見た目が美少女なので剣舞をさせると華があること、楽器を覚える気がなく一向に上達しないこと、様々な理由が絡んだ推薦らしい。


「音楽が苦手、と言っても、フェシュピールの実技もあったでしょう?」

「フェシュピールは幼い頃からずっと訓練されてきましたし、魔剣シュティンルークを持つための許可を得るために、二年生の時に死ぬ気で練習しました。あの時から大して上達していませんが、それで生き延びている感じです」


 専門コースを選ぶ時に家族と揉めて、魔剣を持って騎士見習いとなることを認めてもらうために頑張ったそうだ。自分がこうしたいという目標のためならば、アンゲリカはとても頑張る子だ。その気持ちはよくわかる。


「……そうですか。便宜を図ってくださる先生でよかったですね」

「はい。剣舞はとても楽しいので、わたくしも推薦いただけて嬉しかったです」


 アンゲリカがやる気になっているならば、それでよい。そう軽く考えていたわたしはユーディットの言葉に目を見張った。


「アンゲリカは本当に別格ですごいのですよ、ローゼマイン様」

「え?」

「上級貴族ならば誰でも剣舞に選ばれるわけではございません。特にエーレンフェストから剣舞に選ばれる者は、歴代の卒業生を見てもそれほど多くないのです。そんな中、中級騎士にもかかわらず選ばれたアンゲリカは本当に素晴らしいのです」


 (すみれ)色の目を輝かせて、得意そうに胸を張ったユーディットが教えてくれたのは、奉納舞も剣舞も、五年生の終わりに選別が行われるということだった。

 五年生の貴族院が始まる直前にローゼマイン式圧縮方法を知ったシャルロッテの護衛騎士であるエルネスタは、魔力を伸ばすには時間が足りず、本当にギリギリのラインで剣舞に選ばれなかったそうだ。次の年の最終学年になった時には魔力が十分に足りていたそうなので、ひどく悔しがっていたらしい。


「わたくしは中級貴族ですし、アンゲリカ程の強さがないので、選ばれることはないでしょうけれど、レオノーレやトラウゴットには可能性がありますもの」


 この冬の終わりに、ローゼマイン式圧縮方法を覚えて、選抜が行われるまでに魔力を伸ばすことができれば、上級貴族である二人は剣舞に選ばれる可能性があるらしい。

 トラウゴットが群青色の瞳をギラリと輝かせる。


「私もローゼマイン様の魔力圧縮方法を覚えて、アンゲリカやコルネリウスのように剣舞に選ばれたいです」

「わたくしの護衛騎士から選ばれると嬉しいですもの。頑張ってくださいませ」




「では、ヴィルフリート坊ちゃまもローゼマイン姫様も気を引き締めて、お稽古してくださいませ。……今日は全ての学年が集まるのですから」


 リヒャルダの言葉にわたしとヴィルフリートはゆっくりと頷いた。

 小広間では全学年の領主候補生が奉納舞の練習をすることになっている。わたし達、新入生から最上級生までが一緒だ。上級生と顔を合わせるのは、親睦会以来なので、少しばかり緊張する。


「一年生には前半のお稽古を見学していただきます。上級生の舞をよく見ておいてください。そして、後半では実際に舞っていただいて、どのくらい舞えるのか見せていただきます」


 先生にそう言われ、一年生の領主候補生は端に並んでいる椅子に座らされた。小広間の中をぐるりと見回すと、各学年でバラバラに練習しているのが見える。春から秋の間にどれだけ上達したのか確認するのが、最初のお稽古らしい。

 こうして見ると、二年生は誰しも似たような実力に見えるけれど、高学年では個人の技量の差が際立っていた。手首の返しや指先の動きが滑らかで美しく、目を引く人が数人いる。


 すでに選抜が終わっている最上級生は一番人数も少なく、男三人、女四人の舞手がそれぞれ神の貴色の薄衣を着せられている途中だった。薄い布を頭からかぶせられ、銀色の帯を締められている。当日は成人を祝うので金色の帯になるらしい。


 ……デザインは神殿の儀式服に似てる。


 儀式服とは違って、くるりと回転した時にふわりと舞うように、向こうが透けるような薄い素材を使っているし、動きやすいようにだろうか、回転した時に広がるようにだろうか、腰から裾にかけていくつか切れ込みが入っている。

 着付けを終えた女子生徒が腕を広げてくるりと回ると、振袖のように長い袖が大きく広がり、同時に、裾の布も柔らかな動きで翻った。


 そして、最上級生のお稽古が始められる。衣装を身に付けた七人と衣装を身に付けていない男女がいた。おそらく補欠なのだろう、ひらひらと翻る袖や動きに合わせて揺れる裾を何とも羨ましそうな目で見ている。


「我等は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」


 耳慣れた言葉から始まったのは、厳しい冬の終わりと春の訪れを寿ぐ祝詞と自分達の成人まで与えられてきた加護への感謝とこれから先の加護が得られるように祈る言葉だった。七人の声が小広間に響く。


 エーレンフェストでは時間がなかったこともあり、奉納舞の型だけを練習してきたわたしは、そのような始まりの言葉を聴くのが初めてで、目を見開いて聞いていた。

 聖典に載っていた祝詞が神官ではなく、神殿を蔑んでいる貴族達の口から出てくるのが何とも不思議な気分だ。長い歴史のうちに神殿の地位が落ちていっただけで、本来は王族と同等の地位にあったのかもしれない。


「神に祈りを!」



 両手と左足を上げる祈りのポーズから奉納舞が始まった。この姿勢で美しくバランスを取るのが難しいのだ、とエーレンフェストの奉納舞の先生は言っていたけれど、わたしは神殿で祈りを捧げることに慣れていたので、振り付けを覚える方に必死だった。

 あまりじっくりと奉納舞について考える時間がなかったけれど、この奉納舞を見ているだけで、昔はもっと神殿の力が強かったことがわかる。


 ゆったりとした動きに合わせ、振袖のように長い袖が七色ふわりゆらりと翻る。練習用とはいえ、こうして衣装をまとうと、長い袖を翻して舞う様子が日舞によく似ていた。


 ……それにしても、アナスタージウス王子が闇の神に祈りを捧げる役なんだ。こういう役に選ばれるのも、きっと領地の影響力が関与するんだろうね


 そう思いながら、わたしはアナスタージウスの舞を見ていた。明らかに光の女神に祈りを捧げる女子生徒の技量に負けているのだ。最高神に祈りを捧げる二人の技量が釣り合っていない。


 ……彼女の隣で舞えば、誰でも見劣りするだろうけど、王子様が見劣りするのは大変かも。


 光の女神に祈りを捧げる女子生徒はこの中では別格だった。指先の動きや視線の位置までうっとりするほど優雅で美しい。

 わたしは目を引かれるままに、ただ光の女神に祈りを捧げる彼女をじっと見ていた。




「まぁ、ヴィルフリート」

「ディートリンデ……」


 小休憩を取ることになると同時に、華やいだ声を上げて、アーレンスバッハの領主候補生であるディートリンデが笑顔で近付いてきた。肩にかかった金の髪をスッと払って、ヴィルフリートとよく似た色合いの緑の瞳を嬉しそうに細める。


「ヴィルフリートとエーレンフェストの活躍については聞き及んでおりましてよ。わたくしも従姉として自慢に思います。座学で全員を初日に合格させるなど、なかなかできることではありませんもの」

「恐れ入ります。ですが、それはローゼマインが……」

「あら、そのように自分の手柄を他人に譲る時は、皆に真実がわかっていることではあまり意味がなくてよ。ヴィルフリートの謙虚さが強調されるだけですわ」


 いや、違う、と言いかけるヴィルフリートを遮って、ディートリンデがヴィルフリートを甘やかすように笑って、細くて白い指先を伸ばすと、するりとヴィルフリートのこめかみの辺りを撫でた。


「よく頑張りましたね、ヴィルフリート。貴方はわたくしの誇りですわ」


 柔和な笑顔でそう言ったディートリンデを、ヴィルフリートは驚いたように目を見張って見つめる。


「どうかなさったの?」

「いいえ。……何でも、何でもありません」


 目を伏せて、首を振ったヴィルフリートだったが、その表情には突然触れられた不快さは全くなく、むしろ、昔を懐かしむような笑みが含まれていた。


「ねぇ、ヴィルフリート。こうして会える機会も少ないですもの。せっかくですから、わたくし、ゆっくりと従姉弟同士でお話がしたいですわ。お茶会にお招きしても良いかしら?」


 こちらをちらりと見ながら、従姉弟同士というところを強調するからには、血縁上従姉弟には含まれないわたしはお呼びではないと言っているのはわかる。しかし、ここで空気を読んで引き下がるわけにはいかない。鈍いと言われようと、気を利かせろ、と思われようと、わたしはヴィルフリートを見張っていなければならない。


 ……こっちとしては、また前のような廃嫡騒動が起こったら困るんですよ。


「まぁ、お茶会ですって。楽しみですわね、ヴィルフリート兄様」

「あら、ローゼマイン様。お気付きではないのかもしれませんけれど、貴女はわたくしの従妹ではなくてよ?」


 気付かない振りで、お茶会に同行しようとしたら、ハッキリとお断りされてしまった。空気を読んで引き下がる気がないのは、ディートリンデも同じようだ。


「公式にはわたくしもアウブ・エーレンフェストの娘なのですけれど?」

「公式には、ですわ。これは私的なお茶会にする予定ですの。遠慮してくださる?」


 わたしとディートリンデが、次の出方を探り合って笑顔で睨み合っていると、すっと間に割って入ってくるように大きいヴィルフリートがやってきた。よく似ているから大きいヴィルフリートに見えるだけで、フレーベルタークのリュディガーだ。


「では、従兄である私も招いていただけるのでしょうか、ディートリンデ?」

「……えぇ、そうですわね。リュディガーならば、確かに従兄ですから、よろしくてよ」


 数秒の沈黙に一体何を考えたのか知らないけれど、ディートリンデはニッコリと笑ってそう言った。


「そういうわけですから、申し訳ないけれど、ローゼマイン様はご遠慮してくださいませ」


 勝ち誇ったようにディートリンデは笑顔でそう言って、三人でお茶会の打ち合わせを始めようとする。

 確かに、血族ではないし、鈍感な振りをしてかなり食い下がったけれど、ここまですっぱりとお断りされたら、それ以上は立ち入れない。後はヴィルフリートの頑張りに任せるしかないだろう。


 わたしはお茶会の打ち合わせを始める三人から距離を取り、くるりと小広間の中を見回した。それぞれに仲が良い者と談笑しながら、休憩時間を過ごしている中で、一人だけ、光の女神の貴色をまとった女子生徒がお稽古していた。


 嬉しくて、楽しくて仕方がなさそうな彼女の表情に惹かれて、わたしはふらふらと近付き、邪魔にならない程度の距離を取って、座り込む。

 うっとりと眺めていると、背後から声がかかった。


「エーレンフェストの小さいの」


 ざわりと周囲がざわめいた。

 失礼極まりない呼びかけだが、この声の持ち主にはこれくらいの失礼は許されているのだ。王族に声をかけられた以上、無視するわけにもいかないところに腹が立つ。

 わたしは名残惜しい気分で彼女から目を離し、宮廷作法の実技の時と同じように愛想笑いを貼りつけて振り返った。


「……お声をかけてくださり恐悦至極に存じます、アナスタージウス王子」

「其方、なかなか面白いことをしているそうだな? 話が聞きたい。こちらへ来い」


 命じられるままに、わたしはアナスタージウスの方へと歩きながら首を傾げた。

 色々と聞き及んでいる、と言われたけれど、一体何を誰から聞いて、どのように思われているのか、さっぱりわからない。少なくともわたしは面白いことなど、一度もした覚えがないのだ。


「アナスタージウス王子のお耳には一体どのようなお話が入っていらっしゃるのでしょう? わたくし、面白いと言われるようなことをした覚えがないのですけれど……」


 全く身に覚えがございません、とわたしがアナスタージウスの前に跪いて答えると、周囲に女子生徒を数人侍らせているアナスタージウスが片方の眉を軽く上げた。


「魔獣を模した変わった騎獣でフラウレルムに襲いかかったのであろう?」


 何という噂が流れているのだろうか。その言い草ではまるでわたしが危険人物だ。わたしは急いでその事実を否定する。否定する時だけはハッキリとしておかなければ、曖昧にしていたら、肯定したと思われてしまう。


「わたくしは先生に襲い掛かるような危険な真似をしたことなど、神に誓ってございません。……その、わたくしの騎獣が他の方と少し違っていることは事実ですけれど」


 わたしがそう言うと、アナスタージウスは少しだけ目を細め、わたしを見下ろしながら、考えを巡らせるように視線を巡らせる。


「ふぅむ。双方の言い分が違うようでは真実がわからぬではないか。……よろしい。ならば、其方の騎獣を見せてみろ。この私が危険か否か、判定してやろう」


 ……余計なお世話です。先生でもない貴方に判定されたくありません。


 心の声を愛想笑いの中に押し込んで、わたしは「恐れ入ります」と言って、両手を胸の前で交差させた。


「では、外に行くぞ」


 すぐさまという勢いで立ち上がったアナスタージウスに、わたしはぎょっとした。こんな途中で抜け出すような目立つ真似はしたくない。

 お稽古が始まるまでに戻って来られなかったら、先生に怒られるのは王族であるアナスタージウスではなく、振り回されたはずのわたしだ。


「……アナスタージウス王子、奉納舞のお稽古が終わった後で良いのではございませんか? わたくしの騎獣のように取るに足りない物を見るよりは、奉納舞のお稽古が大事ですもの」


 わたしはできるだけ早く合格が欲しいのだ。そのためには初日のお稽古をサボるようなことはできない。

 休憩時間が終わろうとしているようで、奉納舞を担当している先生方が戻ってきているのを見たアナスタージウスは軽く肩を竦めた。


「そうだな、後でよかろう。……其方は幼い容貌をしているが、なかなかの策士だな。変わった騎獣を餌にされても、そう簡単に私は釣れぬぞ」

「……釣る、のですか?」


 ……えーと、わたしの記憶が確かならば、「見せろ」って命令されたんだよね? なんでわたしがアナスタージウス王子を誘ったみたいな言い方されてるの?


 アナスタージウスの思考回路が全く理解できないまま、わたしはハッキリと否定することにした。曖昧にしていては、入学早々、わたしが身の程知らずにも王族に言い寄ったと噂されてしまう。


「ご安心くださいませ。わたくしはアナスタージウス王子を釣ったり、誘ったりいたしません。お約束してしまった以上、後で騎獣をお見せいたしますが、こちらからは二度と近付かないと誓います」

「……そうか」


 不可解そうな顔をされたけれど、妙な誤解をされないように、きっちりと否定しておくことは大事だ。

 正直なところ、アナスタージウスを取り巻いているお姉様方の目が怖い。おそらく、卒業式のエスコートをかけて、熾烈な女の戦いが行われているに違いないのだ。明らかに対象外な外見をしているわたしにも敵意を向ける程、激しい争いなのだろう。怖い、怖い。




 アナスタージウスの前から辞去することを許可された時には、先生方の声がかかった。心配そうなヴィルフリートが待っていて、わたしは「お稽古の後でアナスタージウス王子に騎獣を見せることになった」と報告した。


「ローゼマイン、決して失敗しないように気を付けるのだぞ」


 わたしよりもヴィルフリートの方が顔色も悪く、緊張しているように見える。わたしはコクリと頷き、後半のお稽古が始まった。


「では、皆様がどの程度お稽古してきているのか、見せていただきましょう」


 合格ラインを越えていたら、一年生は終了らしい。先生は最終学年へのお稽古を優先するので、各自領地でお稽古するように、ということであった。二年生になるまでにどの程度お稽古したのか見せてもらう、と言う。


 ……絶対、今日中に合格するんだ。


 全員が並んで、今までそれぞれの領地で練習してきた通りに舞を見せる。わたしは先程見ていた光の女神に祈りを捧げる彼女の舞を思い浮かべ、なるべくあの舞に近付けるように、精一杯丁寧に舞う。


 ……図書館、図書館、図書館がわたしを待っている!


 わたしがありったけの思いを込めた奉納舞は、合格ラインに達していたようで、先生からは笑顔で「大変結構です」という言葉をもらった。これで、わたしは奉納舞のお稽古にも来る必要はない。今年の一年生は皆、合格ラインに達していたようで、全員が合格だった。


「見学に来るのは自由ですよ。上級生の舞を見るのも勉強になりますからね」


 先生はそう言ったけれど、わたしには奉納舞のお稽古よりも図書館の方が大事だ。見学のために時間を使う気はない。


 ……後は騎獣とシュタープ。もうちょっとだ。


 騎獣に関してはヒルシュールとの裏取引が済んでいるし、一人でごそごそといじっていた範囲で考えるならば、シュタープの扱いもそれほど難しい物ではないと思う。


 ……図書館まであとちょっと。


 奉納舞で合格をもらって、うきうきに浮かれていたわたしは、寮に向かって帰ろうと小広間を出る。直後、顔色を変えたヴィルフリートに首根っこを引っつかまれ、小声で怒鳴られた。


「其方、アナスタージウス王子との約束を忘れていないか?」

「……すっぽりと抜けておりました」

「これだから、其方は……」


 溜息を吐いたヴィルフリートが、小広間の外でリヒャルダと共に待っているように、と言って、寮に戻っていく。招かれていないヴィルフリートが同席することはできないそうだ。


 ……危ない、危ない。


 わたしは心の冷や汗を拭いながら、小広間の出口でアナスタージウスが出てくるのを待っていた。何人もの女子生徒と一緒に出てきたアナスタージウスがわたしの姿を見つけて、フンと鼻を鳴らして、こちらを馬鹿にするように笑う。


「なんだ、このようなところで待っていたのか? 悪いが、急用ができた。私は其方に付き合うことなどできぬ」

「アナスタージウス王子はわたくし達にお付き合いくださるとおっしゃったのです。ごめんなさいね」


 クスクスと笑う女子生徒達からは明らかな敵意を感じた。アナスタージウスの寵愛を得ようと張り合っているお姉様方の面倒事に巻き込まれたくはない。

 わたしはすぐさまその場をお暇させてもらうことにした。


「王族の方々がお忙しいことは重々承知ですわ。お気になさらないでくださいませ。さぁ、リヒャルダ。早く寮へ戻りましょう」


 普段よりも少し表情が硬いリヒャルダにわたしは声をかけた。多分、わたしが軽く扱われたことに怒っているのだと思う。


「わたくし、今朝の本の続きが早く読みたいのです」


 わたしが笑ってそう言うと、リヒャルダは仕方がないと言うように肩を下げて歩き出す。


 女子生徒の怖い視線を気にして振り返ることもなかったわたしは、この時のアナスタージウスの表情など全く見ていなかった。



色々あっても、奉納舞の合格しか頭に残っていないローゼマインです。

ヴィルフリートは従姉弟のお茶会に強制参加が決まりました。


次は、騎獣の合格です。

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― 新着の感想 ―
この時点までのやり取りを見てもちょっと慇懃には感じるけど 現代日本人なら別にロゼマの対応にそれほど問題があるとは感じない。 やっぱ生粋の貴族の感覚って理解できないし それを読者がマインと共有してるとこ…
ディートリンデのこめかみ撫でるのって、破廉恥案件にはならんのだろうか。 あと、ヴィルフリートは和んでる場合じゃないぞー。
「騎獣見せてみろ」 「それならあとでご一緒しませんか」 「(誘い方が)上手いな」 「え?そんなつもりございませんが?」 「騎獣の話は無しだ」 「全然それで大丈夫です!」 ってことですか。
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