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領主の城

「ねぇ、フラン。貴族街の星結びの儀式はどのような感じですの?」


 昼食を食べながら尋ねると、フランは困ったように眉を寄せた。


「他の青色神官はともかく、神官長の場合は貴族街の屋敷にも側仕えがいらっしゃいますから、我々の仕事は特にありません。屋敷で留守番をしているだけです。食事も普段とさほど変わりません。休憩すると良い、と神官長はおっしゃいますが、仕事がない状態も落ち着かず、結局、側仕え全員で集まって、仕事の話をしておりました」


 神官長の側仕えはどうやら全員深刻な仕事中毒らしい。ちょっとした休みをあげているつもりの神官長と、仕事がなくて暇すぎて落ち着かない側仕えのすれ違いに、ちょっとしょっぱい涙が落ちそうだ。


「私は神殿に残っている方が落ち着きます。……貴族街は灰色神官にとって、それほど居心地の良い場所ではないので」


 最後に小さく付け加えられた言葉にわたしは、そっと目を伏せた。貴族街では差別意識が強いのだろうと思われる。貴族街へと向かうのが少し億劫になった。


 くぴっと食後のお茶を飲んでいると、扉の向こうで数人の足音が近付いて来るのが、聞こえてくる。わたしの部屋より向こうには、冬の奉納式に使う部屋しかないので、わたしに用がある人が来ていると思って間違いない。

 しびれを切らしたような顔で、神官長が苛立たしげに声を荒げて入ってきた。


「ローゼマイン、いつまで食べているつもりだ? 急ぐように言っただろう!? 君が最後だ!」

「すぐに行きます!」


 わたしは急いでカップのお茶を流し込むと、椅子から滑り降りて、ロジーナと一緒に部屋を出る。神官長の怒声に、背筋をびしっと伸ばした護衛騎士の二人も一緒だ。


 今回の星結びの儀式では、領主の城で一泊することになっているけれど、お父様とお母様がすでに服や小物を送って、部屋を整えてくれているようで、わたしが持っていかなければならない物は特にないと言われている。神殿長の儀式用の衣装一式があれば良い、と。


 ロジーナは側仕え達と同じ馬車に、わたしは護衛騎士達と一緒に、神官長の馬車に乗り込んだ。ダームエルとブリギッテは身分差が原因なのか、騎士見習いとして神官長の教育を受けたことがあるためか、二人とも普段より小さくなっている気がする。


 大きく開いた貴族門を通り抜けて、城へと馬車で移動する。そして、貴族街の奥にある高い壁の大きな門を抜ければ、領主の城に到着だ。


 領主の城は門を通り抜けて、少し奥にあった。貴族街や神殿と同じ素材が使われているのだろう、白一色の建物で、清廉な美しさがあった。外から見たところ、三階建てか四階建てだ。

 下町の六階建てや七階建てのみっちりと詰まった街並みに住んでいたわたしの目には、城自体は思ったほどは大きくないように見える。多分、高さがないから、威圧感が少ないのだろう。


 ただ、広い。

 門から城まで馬車がなければ移動できないくらいの広さがあり、狭い土地にぎゅうぎゅうに住んでいる下町の皆に土地を分けてあげて、と思うくらい広大だ。この広さが富の証なのだろう。

 門から城までの間に、一体何に使われているのかわからない建物がいくつか点在している。


「庭師の住まいや森の管理人の住まいがあり、農園や果樹園もある。それに、騎士団の訓練場や茶会の庭がいくつかあるな。城の離れには騎士団の寮もあるし、君が住むことになる北の離れ、領主の第二夫人や第三夫人が住むことになる西の離れもある」


 騎士が訓練する場所や美しく整えられた庭園を横目で見ながら馬車で通り抜けて、城の北側の玄関へ到着した。南側の正面玄関はお仕事用で、文官や騎士、領主に執務上の用がある貴族が出入りする場所であり、領主の家族やごくプライベートな客人は北の玄関から出入りするそうだ。

 確かに、バリバリに仕事をしている文官に「ただいま」とは言いにくいものね。


 わたしが馬車から見ていると、ロジーナが側仕え用の馬車から出て、下働きの者にいくつかの荷物を運んでもらっているのが見えた。側仕え用の馬車から出てきたのはロジーナだけで、荷物を運び終わると、神官長の屋敷に向かって、側仕え用の馬車が走り出す。


 ロジーナの準備ができたところで、わたし達が乗っている馬車の扉が開かれて、ダームエルとブリギッテが出て行った。

 次に神官長が出て、わたしが降りられるように手を差し伸べてくれる。そういえば、ダームエルもエスコートしようとしてくれた。そんなことを思い出しながら、足元を確認しようと視線を下げた途端、神官長から他には聞こえないくらいの小声で叱責された。


「俯くな」

「無理です。足を置く場所を確認しなきゃ落ちます」


 わたしも小声で反論すると、神官長は一度軽く目を閉じた後、わたしをひょいっと抱き上げて、地面に下ろしてくれた。


「恐れ入ります」


 わたしはにっこり笑って愛想よくお礼を言ったけれど、神官長から返ってきたのは溜息だった。


 わたしが馬車から降りている間に北側玄関の扉が開かれて、数人が出迎えてくれる姿が見えた。普段ならばもっとたくさんの人がいるけれど、今日は星結びの儀式のために皆が大忙しなのだそうだ。

 先頭に立つ執事っぽいおじいちゃんが跪くと、そこに居た者が一斉に跪いた。


「ようこそいらっしゃいました、フェルディナンド様。そして、おかえりなさいませ、ローゼマイン様。火の神 ライデンシャフトの威光輝く良き日、神々のお導きによる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」

「許します」

「火の神 ライデンシャフトよ、新しき主に祝福を。……お初にお目にかかります。側仕えを束ねているノルベルトと申します。以後、お見知り置きを」


 ふわりふわりといくつもの青い光がわたしのところへと飛んでくる。それを受け取ると、先頭に跪いていたノルベルトが名乗った。執事っぽいと思っていたら、本当に執事の仕事をしている人だった。


「ローゼマインです。以後、よろしくお願いいたします」


 ノルベルトは挨拶を終えて立ち上がる。


「では、護衛騎士の交代を」

「交代、ですか?」


 何故かその場で護衛騎士の交代が行われることになった。あまりに突然のことで、わたしが面食らって、目を瞬くと、神官長が説明してくれる。


「ダームエルとブリギッテは未婚の成人なので、星結びの儀式の後に行われる夜の宴に出席しなければならない。もうそろそろ騎士寮で着替えて準備を始める時間だ」

「そうなのですか」


 多分、下町と同じで、夜の宴は未婚成人の結婚相手を探す場なのだろう。今日はこの後、成人していない騎士見習いが護衛として付くことになるのだそうだ。


「コルネリウス、アンゲリカ」


 ノルベルトの呼びかけに立ち上がって、前へ出てきた騎士見習いは二人。一人はコルネリウス兄様で、もう一人はコルネリウス兄様とあまり変わらないくらいの少女だった。淡い水色の髪に深い青の瞳。女騎士という雰囲気がハッキリとしていたブリギッテと違って、女性の側仕えならともかく、どこからどう見ても騎士には見えない。小柄で細身の少女だった。


「これから君の護衛を務めるコルネリウスとアンゲリカだ。コルネリウスは知っているだろうから、省略する。アンゲリカは貴族街にいる間の護衛だと考えてほしい。この容姿なので、茶会や宴で護衛するのに向いているのだ」


 神官長の言葉から腕が立つのだろう、とは予想できるけれど、可憐な美少女に見えるアンゲリカを女騎士だとはどうしても思えなかった。


 護衛騎士を交代して、城の中を歩く。とは言っても、見えるのは真っ白の長い廊下と階段だけだ。青のカーペットが敷かれ、タペストリーが掲げられていて彩はあるけれど、途中にある扉の向こうに何があるのか、誰も説明してくれない。

 二階へと上がり、また廊下を歩くと、窓から別館が見えた。神官長がその建物を指差した。


「ローゼマイン、あちらの建物が北の離れだ」


 二階から渡り廊下で本館と繋がっている北の離れが、これからわたしが生活する場となるようだ。その離れに続く渡り廊下へと向かうのかと思ったが、ノルベルトはその手前にある扉の前で足を止めた。


「こちらへどうぞ。側仕えを紹介いたします」


 護衛騎士の二人は扉の前に立ち、わたしと神官長はノルベルトと一緒に中に入った。

 長椅子と一人用の椅子がいくつか、そして、テーブルがある待合室のような部屋で、そこには、おば様というよりはおばあ様と言った方が良さそうな年の女性が立っている。

 その女性を見た瞬間、神官長の顔がわずかに引きつった。何だろう、珍しい反応だ。


「リヒャルダ、其方がローゼマインの……?」

「えぇ、ジルヴェスター様から頼まれまして」


 わたしが神官長とリヒャルダを見比べていると、ノルベルトがリヒャルダを紹介してくれる。


「ローゼマイン様、こちらの女性はリヒャルダ。筆頭側仕えでございます」

「よろしくお願いいたします」


 わたしがお母様から叩き込まれた礼をすると、リヒャルダは相好を崩した。


「おやまぁ、さすがよく教育されたカルステッド様のお嬢様ですこと。礼儀作法をよくご存じなのですね。ローゼマイン姫様、リヒャルダと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」

「……姫様、ですか?」

「えぇ、領主の養女となったのです。姫と呼ばれるのは当然でございましょう?」


 当然なの? 柄じゃないというか、神殿長と呼ばれる以上に反応できる気がしないんだけど。

 たらりと冷汗が伝う。本当に、こんなところで生活していけるのだろうか。

 不安に思うわたしの前で、リヒャルダはてきぱきと指示を出していく。


「そちらが姫様の専属楽師ですか? ジルヴェスター様から腕は良いと聞いています。ノルベルト」

「はい、リヒャルダ」

「楽師を連れて行ってください。今日は何人いても足りないでしょう?」


 リヒャルダの指示にノルベルトは胸の前で腕を交差させる。


「では、リヒャルダ。後はよろしくお願いいたします」


 ノルベルトに連れられて、ロジーナがその場を去っていく。宴で演奏するために、楽師が打ち合わせしている場に連れて行くらしい。


「では、本日の予定をお知らせいたします」


 リヒャルダの言葉にわたしはピッと背筋を伸ばした。


「この後、まず、湯浴みです。その髪を今の流行の髪形に結い直さなくてはなりません。湯浴みの後は着替えて、正餐です。その後、儀式用の衣装に着替えて、星結びの儀式に出席します。儀式が終了次第、部屋に戻って湯浴みをして、就寝となります。何か質問はございますか?」


 着替えてばっかり、と思っていたわたしだが、湯浴みという言葉にハッとした。リンシャンがあるかどうか、確認しておかなければならない。石鹸で髪がガビガビになってしまったことは忘れない。


「あの、リヒャルダ。わたくし、髪を洗うにはリンシャンが必要なのですけれど、お母様は準備してくださっているかしら? リンシャンがなければ、髪が傷むのです。髪が傷むくらいなら、髪型が少々流行と違っていようと、今のままが良いのですけれど」


 わたしの言葉にリヒャルダは目を丸くして、「おませさんだこと」とクスクス笑う。


「あらあら、まぁまぁ……。では、リヒャルダのお願いです。エルヴィーラ様に確認してきてくださいませんか、フェルディナンド坊ちゃま?」


 神官長にお使いを頼むんですか、リヒャルダおばあちゃま!? しかも、坊ちゃまって! 神官長が坊ちゃまって! 似合わない!


 笑いそうになるのを堪えながら、わたしはそっと神官長から目を逸らした。見たら、絶対に耐えられない。


「……リヒャルダのお願いには敵わぬ。行って来るから、坊ちゃまと呼ぶのは止めてくれないか?」

「ご結婚なさった暁には」


 神官長が完全に負けてる! すごいよ、リヒャルダおばあちゃま! 今すぐ床をゴロゴロ転がって、バンバン叩きながら笑いたい。


 神官長はわたしの心中を察したのか、何とも冷たい眼差しでわたしを睨みながら、バルコニーへと出る。そして、魔石を騎獣に変化させると、バッと飛び乗って空を駆けていった。


「すぐに帰ってくるでしょうから、お茶でも飲みながら待っていましょうか」


 リヒャルダはそう言って、手早くお茶の支度をする。


「あの、リヒャルダ。フェルディナンド様や養父様とどのような関係なのか、伺ってもよろしくて?」

「えぇ、もちろん。わたくしはカルステッド様の教育係を務め、その後、領主の乳母をしておりました。本当にお二人とも体を動かすのがお好きで、なかなかじっと座っていられなくて、苦労したものです。フェルディナンド様もこちらで養育され始めた時から存じております」


 なんと、あの三人を子供時代から知っている強者がいるとは!


 リヒャルダは上級貴族の未亡人で、すでに孫もいるらしい。ジルヴェスターの乳母としての仕事を終えた後は、側仕えとして仕えていたそうだ。今回、ジルヴェスター自らの頼みでわたしの側仕えとなったと言う。


 ……暴走領主のストッパーがなくなったのでなければいいけど。


 しばらくすると神官長が小さな壺を手に戻ってきた。バルコニーに降り立ち、騎獣を魔石に戻すと、中へと入ってくる。


「リヒャルダ」

「坊ちゃま、恐れ入ります」

「だから、止めろと言うのに……。ハァ、私はジルヴェスターの執務室に行く。ローゼマインを頼む」

「かしこまりました」


 嫌そうな顔で、逃げるようにさっさと退散する神官長という珍しいものを見ながら、わたしは離れへと案内されることになった。


 本館から渡り廊下で繋がっている北の離れは、洗礼式を終えた領主の子が住むところで、二階が男子、三階が女子と分かれている。今はヴィルフリートとわたししか、この離れの住人はいない。


 成人すれば、男子は北の離れを出ると決まっていて、次期領主ならは本館へ居室が移動し、それ以外は城の外に居を構えるそうだ。女子は嫁に行くまで一応いることが許されるとのことである。


 北の離れに入るとすぐに階段があった。ぐるりと視線を巡らせると、少し奥の扉の前に護衛騎士が立っている。おそらく、そこがヴィルフリートの部屋なのだろう。

 ランプレヒト兄様がいないか、と探しかけてすぐに、ランプレヒト兄様も成人で未婚の貴族だということを思い出した。ここにいるわけがない。きっと準備の最中だ。


 三階に上がって、すぐのところにある部屋がわたしの部屋だった。扉を開ければ、お母様が整えたのだとすぐにわかった。あちらの部屋と神殿長の部屋と同じような雰囲気で、赤やピンクのお花が可愛らしい部屋だった。


「お家のお部屋と同じような雰囲気にしておりますので、違和感はそれほどないでしょう?」


 リヒャルダはそう言いながら、風呂の支度をすると、わたしを浴室へと連れて行く。手早く衣装を剥ぎ取られ、リンシャンで髪をわしわし洗われた。

 とりあえず頭の整髪料を落としたかったらしい。リンシャンでわしわしされて、お湯で豪快に流される。口を開けたら大変なことになりそうだ。わたしは下拵えされる野菜の気分で、ざぶざぶ洗われるのに、じっと耐えた。


「ローゼマイン姫様はおとなしくて、やりやすいですね。あの子達とは大違い」


 豪快な洗い方はお父様やジルヴェスターを相手にしていたせいらしい。昔を思い出したのか、懐かしそうに目を細めている。そこには紛れもない愛情が浮かんでいて、ちょっと嬉しくなった。


「おやまぁ、本当に髪がつるつるですね。このリンシャン、という物の効果ですか?」

「えぇ、一度知ったら止められなくなってしまったのです」


 わたしの髪を拭っていたリヒャルダにもリンシャンをお勧めしておく。


「今日の正餐ではこちらをお召ください」


 お母様が準備していた衣装の中から、豪華なワンピースが選ばれる。今日は星結びの儀式がある上に、正餐だからきちんとした衣装で出席しなければならないそうだ。

 ポマードでまたもや髪をベタベタにされて整えられ、簪を挿す。この簪はお母様がギルベルタ商会に注文したものだ。


「これもまた珍しいですね」

「特注品なのです」


 リヒャルダが興味深そうに見ているところから考えても、領主の娘であるわたしが付けていれば流行るに違いない。「ベンノさん、ごめん。やっと仕事が片付いたところなのに、増えるかも」と心の中で謝っておく。


 着替えを終えたわたしはリヒャルダに先導されて食堂へと向かった。すでにジルヴェスターと神官長が席についていて、何やら話をしているのが見える。わたしは神官長の隣の席に誘導された。


「ローゼマイン、来たか」

「養父様、お久しぶりです。少し質問があるのですけれど、よろしいでしょうか?」

「あぁ」


 そこで、わたしはイタリアンレストランでの食事会の日取りと時間について質問した。ジルヴェスターの中では決まっているかもしれないが、こちらには連絡が来ていないのだ。


「……明日は儀式の片付けがあるだろう? 明後日が婚姻した貴族の出立の見送り。ならば、その次だな。3の鐘に神殿へと向かい、4の鐘には食事処に着くように移動する」

「かしこまりました。メニューについては何か欲しい物、食べられない物がございますか?」


 ベンノに確認しておいてほしいと頼まれたことを質問していると、フロレンツィアが入室してきた。


「今まで食べたことがない物が良い」

「……今までにジルヴェスター様が何を召し上がってこられたのか、わたくし、存じませんけれど?」

「祈念式で食べたような物が良い」


 ジルヴェスターが新しい物や珍しい物が好きなことは知っている。今まで決めていたメニューで特に問題なさそうだった。

 話が終わったところでヴィルフリートが入ってくる。わたしを見て、ホッとしたように表情を緩ませた。やはり、相当気に病んでいたようだ。


 ヴィルフリートが席に着くと、ジルヴェスターが立ち上がった。


「全員揃ったな。では、始めよう」


 領主らしいキリッとした顔で、ジルヴェスターは神々への挨拶やら、本日の星結びの儀式についてのあれこれやら、話し始めた。

 その間に給仕する者が忙しなく、しかし、優雅に歩き回り、大皿を運んできて、取り分けて行ってくれる。


 ジルヴェスターは全員揃ったと言ったが、この場にはヴィルフリートの妹と弟の姿がない。ジルヴェスター、フロレンツィア、ヴィルフリート、わたし、それから、客人として、神官長だけだ。


「フェルディナンド様、他のお子様は?」

「洗礼式が終わっていない者は同席できない」


 なんと、洗礼前の貴族の子供はご飯さえ家族と一緒に食べられないらしい。きちんと躾られて、マナーを覚えられるまで、大人と同席するのは許されないと言う。

 ……そんな家族は嫌だ、と思ってしまうのは、わたしが家族と一緒にとる食事が好きだったからだろう。なんか、すごく寂しい。


 しかし、それに寂しさを感じるのはわたしだけのようだ。ここにいるのは皆そういう教育を受けてきた貴族ばかりで、ヴィルフリートでさえきちんと座っている。食事が終わるまでは席を立ってはならない、と教え込まれるのだそうだ。

 わたしの洗礼式では食事が終わった途端の暴走で、惨事を引き起こしたわけだが。


 今日ばかりは6の鐘が鳴るより早い時間から、正餐が始められる。かなり早目の夕食だが、正餐である分、ゆっくりと時間をかけて行われるのだ。この正餐は結婚する者にとって、家族との最後の食事である。


 食事が終わると、シャルロッテと二歳になったばかりのメルヒオールが乳母によって連れて来られた。


「お父様、お母様、おやすみなさいませ」

「シャルロッテ、メルヒオール、おやすみなさい」


 軽い抱擁と就寝の挨拶をする。そして、すぐに退場だ。この時間がほぼ唯一の触れ合いらしい。わたしはあまりの簡素さに目を丸くしてしまった。


「父上、母上、おやすみなさいませ」


 ヴィルフリートが立ち上がって就寝の挨拶をする。彼もまたここで退場だ。わたしも真似して、就寝の挨拶をして、ヴィルフリートと共に北の離れへと戻ることになった。


 ヴィルフリートはそのまま部屋から出してもらえないけれど、わたしはすぐに神殿長の衣装に着替えて、星結びの儀式が行われる大広間に向かわなければならない。そんなことを考えていると、階段での別れ際、ヴィルフリートがぽそりと呟いた。


「……ローゼマインが元気そうでよかった。すまなかったな」

「フェルディナンド様の癒しとお薬がありましたから、もう何ともございません。ご心配おかけいたしました」


 ヴィルフリートは謝ったことにすっきりした顔で自室へと向かう。わたしも階段を上がって、自室に入る。扉を開けてすぐのところで、リヒャルダが衣装を抱えて、待ち構えていた。


「さぁ、姫様、急いで着替えましょう。新郎新婦が次々と到着しております」


 どうしても、儀式まで行きつけませんでした。

 最強のリヒャルダおばあちゃま、登場。あの三人を押さえられる強者です。


 次回は、星結びの儀式です。今度こそ本当に。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ご結婚なさった暁には」 つうことは、カルステッドもジルヴェスターも『坊ちゃま』だったか。 まぁいい歳こいて坊ちゃま呼びされるフェルディナンドが一番笑えるな。 全部ヴェローニカの所為だw
[一言] 本当にここでリヒャルダをヴィルフリートにつけなかったのダメダメだよなー。自分が小さい頃リヒャルダがうるさかったからヴィルフリートに付けるの可哀想って思ってる時点で時期領主に対して甘々だし逃げ…
[一言] 手のひらの上だな(笑)
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