側仕えという仕事
木版画で絵本を作るためには板が必要だ。ベンノに報告に行って、版画のための板を10枚注文することにした。
「おはようございます、ベンノさん」
「今度は何をするつもりだ?」
意気揚々と会いに行くと、ものすごく胡散臭いものを見るような目で見られた。しかし、本作りに燃えているわたしは、その目に構わず、ビシッと挙手する。
「はい!『版画』で絵本を作ります」
「ハンガ?」
「はい、木を彫ったらデコボコができるでしょう? それで、上にインクをザーッと塗って、紙で上から押さえたら、出っ張った部分だけインクがついて、紙に絵や文字を刷ることができるんです」
さっと石板を取り出して、木の断面図をデコボコに描いて、上からインクのラインを引いて、紙のラインを更に上から描く。石板を睨んでいたベンノがぐぐっと眉を寄せた。
「……言いたいことはわかったが、インクは高いぞ? どれだけいるんだ?」
ベンノの言葉にザーッと血の気が引いていく。
小さな瓶で小銀貨が4枚飛んで行き、羊皮紙より安く値段が抑えられるようになったとはいえ、紙もまだまだ高い。本を作るという高揚感だけで、突っ走っていたけれど、原価を考えたら、とても絵本を複数作るなんてできない。教科書ではなくプリントを作るのが関の山だ。
「げ、原価計算してませんでした」
「阿呆っ! 原価も計算しない商人がどこにいる!?」
「……み、巫女見習いだもん」
小さく反論すると無言で頬をギュウッとつねられる。幼女相手に手加減なしだ。
「いだい、いだい~!」
「うるさい」
ベンノは、時々おとなげないと思う。やっと放してくれた頬を撫でながら、わたしはベンノにインクの工房への紹介を頼んだ。
「とりあえず、量と値段を考えるためにもインクの工房を紹介してください」
「わかった」
「……最悪の場合、インク作りから始めなきゃダメかもしれませんねぇ。印刷に適したインクがあるかどうかもわからないし……」
本を作るにも、先はまだまだ長そうだ。高揚感が溜息と共にふしゅるるる、と抜けていく。
「インクも作れるのか?」
「……紙と一緒で、作り方は知ってますよ。前は材料が揃えられなかったけれど、そろそろ自力で何とか材料は揃えられそうですし、一応人手も増えてるし……。配分や実際にどうなるかという点では試行錯誤が必要ですけれど、まぁ、時間をかければ、何とかなると思います」
「ほぉ……」
店を出る際、マルクに呼びとめられて、孤児院用のカルタ板をルッツに持たせたという報告を受けた。
受け取りのサインをして、板を持って神殿に向かう。ヴィルマに届けて絵を描いてもらうのだ。頼みに行くついでに、あの聖女のような笑顔に癒されたい。
神殿に着くと、門のところにはフランではなく、ギルが待機していた。最近のギルはマイン工房の方に行っているので、ここで姿を見るのは珍しい。
わたしの姿を見つけると、ギルはホッとしたように表情を緩めた。
「おはようございます、マイン様」
「おはようございます、ギル。ここで会うのは久し振りね。何かあったのかしら?」
「……これからあるんだ。デリアがすっげぇ顔してマイン様を待ち構えていたからさ」
肩を竦めながら言われた言葉に、わたしは自分の周囲の全ての動きが止まった気がした。
「今はフランが押さえてるけど、いつ爆発してもおかしくない感じ。にょきにょっ木みたいに文句が出てくるんだ」
「……何があったの?」
「新しく入った側仕え……ロジーナだっけ? あれがちょっと、な」
ハァ、と珍しくギルが疲れたような溜息を吐いた。
昨日、わたしが森に行っていた間に、デリアとロジーナに一体何があったのだろうか。新しいペットを増やす時は昔からいる子に配慮がいるというやつだろうか。テリトリー争いでもしているのだろうか。
ペットを飼ったことはないので、本で読んだ程度の知識しかないが、正しい対処の仕方を思い出しながら足を動かしているうちに自室に着いた。
ギルが扉を開けて、いつも通りわたしを中に入れてくれる。部屋の中には優雅なフェシュピールの音が響いていた。
……二人とも犬よりは猫っぽいんだよね。例えるなら、デリアは気紛れでくるくる気分と態度を変える三毛猫で、ロジーナは気位が高いけれどおとなしい性格のメインクーンって、感じ?
むーん、と脇道に逸れたことを考えながら、わたしは階段を上がる。部屋に入ってもデリアが下りてくる気配もなかったし、何か諍いがあるような雰囲気でもなかったので、完全に油断していた。
二階に上がって目が合うと同時にデリアがいきなり怒りを爆発させた。
「もおおおおぉー!」
「ひゃっ!?」
「何ですの、ロジーナは!」
顔を合わせるなり特大の「もー!」を食らったわたしは、「デリアこそ何ですの?」とわけがわからず目を白黒させた。部屋の中を見回せば、ロジーナはデリアの「もー!」にも構わず、椅子に座ってフェシュピールを弾いている。
「……おはようございます、デリア。ごめんなさい。全くわからないのだけれど?」
「ロジーナが全く仕事をしませんの!」
ビシッとロジーナを左手で指差しながら、デリアがまたもや「もー!」と怒る。わたしはロジーナに視線を向けたけれど、やはりロジーナの視線はフェシュピールに向けられたままだ。
「ロジーナ、おはようございます」
「……マイン様、おはようございます。今日もお天気が良くて清々しい心地になりますわね」
声をかけると、ようやくロジーナは手を止めてわたしを見た。デリアのことは視界に入れていないと言わんばかりの態度に、お互いがお互いに腹を立てていることを悟る。
「ロジーナ、デリアが怒っているようですけれど、仕事をしないというのはどういうことですの?」
「まぁ、仕事をしないだなんて、人聞きが悪いこと。私はフェシュピールの練習をしているではありませんか」
おっとりとした動作で首を傾げながら、ロジーナがそう言うと、デリアは青い衣を取り出しながら、噛みつくように言った。
「楽器を弾く以外、全く何もしないではありませんか!」
「側仕えですもの。当然ではないですか」
「もー! マイン様、ロジーナはこればっかりで、全然話にならないのです! フランが言っても聞きませんもの! 何とかしてくださいませ!」
バサバサと普段より少し乱暴な動作でデリアがわたしの衣装を整える。
「マイン様、このように巫女の仕事もわかっていない者は話になりませんの。さぁ、時間がなくなりますわ。フェシュピールの練習をいたしましょう」
ロジーナはわたしのフェシュピールを準備し、デリアの怒りなど素知らぬ顔で優雅に微笑んだ。
「もー! 楽器の練習なんてしている場合ではありませんわ!」
「デリア、3の鐘が鳴るまでは練習時間だと神官長に決められているの。わたくしにフェシュピールを教えるのはロジーナの仕事ですわ。それ以外の仕事については後できちんとお話しましょう。その時までにデリアの言いたいことをよく考えておいて」
「……かしこまりました」
むすぅっとした表情のまま、デリアは自分の仕事へと向かっていく。階段を下りる直前でくるりと振り返って、「後で絶対お話するんですからね!」と念を押された。
「マイン様、あのような戯言は耳に入れる必要はございませんよ?」
「いいえ、意見が食い違う時は全員の言い分の詳細をきちんと聞かなければならないのです。わたくしはそう神官長に教えられました」
「……さようでございましたか」
不満そうに少し顔を曇らせたロジーナだったが、フェシュピールの練習を始めると途端に笑顔が戻ってくる。3の鐘が鳴るまで、わたしはロジーナに教えられるまま、フェシュピールの練習をした。
3の鐘が鳴ると、フェシュピールの練習は終了だ。フェシュピールを元の場所に戻してもらい、わたしは神官長の執務のお手伝いに行かなければならない。テーブルの上にあるベルを鳴らしてフランを呼ぶと、手伝いに行くのに必要な道具を全て揃えた状態でフランが二階へと上がってきた。
「では、わたくしは神官長のお手伝いに行ってまいりますから、ロジーナはデリアと一緒に水を運んでくださいね」
「まぁ、何をおっしゃいますの? それは灰色神官の仕事でしょう?」
わたしの言葉にロジーナは信じられないと目を見開いたけれど、わたしの方も驚きに目を見張った。
ウチの灰色神官はフランとギルだ。フランは実務全般を担っているし、ギルは工房関係のことを任せている。外を動きまわる仕事に忙しい。
今、部屋の中を整えるのはデリアしかないので、ロジーナにはデリアと一緒に仕事をしてもらうことになっていた。
成人が近いので、様子を見ながらフランの仕事を少しずつ引き継いでいってもらうつもりだが、まだロジーナにどんな仕事が任せられるかわからないし、下働きならどの灰色巫女でも問題なくできるからだ。
「灰色神官には灰色神官の仕事があります。ロジーナにはしばらくの間、デリアと一緒に仕事をしていただきます。フランとデリアにはそう伝えてあったはずですけれど?」
わたしの言葉にデリアはフフン、と紅の髪をパサリと手で払って、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「だから、二階で使う水を運ぶのも、あたし達の仕事だと言っているではありませんか」
「そのような力仕事は殿方の仕事でしょう?」
きょとんとした眼差しで、ロジーナは頬に手を当てて首を傾げる。
側仕えになっても見習いのうちは部屋の中の下働きをしながら、仕事を覚えていくとデリアが言っていたはずだ。その言葉を元に、仕事を割り振ったはずだが、ロジーナの様子を見ていると何だか不安になってくる。
「力仕事や雑用は殿方の仕事で、女の仕事は芸事を極めることではありませんか。孤児院にいる時ならいざ知らず、楽器のあるところで側仕えとなったのに、私が下働きなどしなければならない理由がわかりませんわ。下働きなどしていたら指を痛めてしまうでしょう?」
「指を痛めるって、青色巫女でもあるまいし、何言ってるのよ!」
ロジーナが本気でそう思っていることはわかったけれど、その考え方はウチの側仕えにはそぐわない。
「下働きなど、そこにいる神官にさせればよいのです。それに、ここには巫女見習いとはいえ、芸術を解さない者もいますもの」
コロコロと鈴のなるような声で笑っているが、言っている内容はとても笑えるものではなかった。デリアが噴火するのも納得だ。
「マイン様、お話の続きは昼食後にいたしましょう。神官長がお待ちです」
早急に何とかしなければ、と思っていたが、フランの言葉にハッとした。これは早急に何とかしてはいけないタイプの問題だ。
「ロジーナ、3の鐘までは音楽の時間だけれど、その後は他の側仕えと同じようにお仕事をしてもらうと言ったはずですわ。デリアと一緒にお仕事をしてくださいね」
「そんな、マイン様!? 何をおっしゃるのです!?」
信じられないと目を見開くロジーナの意見をわたしはぴしゃりと撥ね退ける。
「昼食の後、全員の意見を伺います。わたくしはまだ神殿のことに関して詳しくはないのですもの。側仕え全員の意見を伺った上で、判断いたします」
わたしの個人的な意見を言ってしまうなら、「前は前、今は今」だが、ロジーナの意見が正しいのか、デリアの意見が正しいのか、他にも意見があるのか、わからない。フランや神官長の意見を聞いてからでなければ、勝手な事は言えない。ひとまず、神官長の意見を聞くために一時撤退だ。
「フランはロジーナの意見をどう思っているのか聞いてもよろしくて?」
部屋を出て、神官長の部屋へと向かいながら、わたしはフランに問いかけた。部屋の中ではデリアばかりが怒りを噴火させていて、他の意見が全く聞けなかったのだ。何となく午後からの話し合いでも、デリアの独壇場になる気がする。
……デリアの文句はにょきにょっ木、ってギルが言っていたし。
「前の主の影響が大きいと思われます。ヴィルマとロジーナの前の主、クリスティーネ様は何人かいた青色巫女の中でも少し変わった方で、芸術を至上のこととされていらっしゃいました。詩作に励み、絵画を愛し、音楽に耽る毎日だったと伺っております。周囲に侍る側仕えの灰色巫女は、見習いも含めて誰もが貴族の令嬢のような優雅さを身につけておりました」
……詩と絵と音楽に耽る毎日って、何それ?
「ロジーナの言うように、クリスティーネ様のお部屋では芸事に秀でた者が優遇されておりましたので、フェシュピールの上手なロジーナはまるで青色巫女のような生活を送っていたのではないでしょうか」
「……道理で、お嬢様然としているわけですわね」
灰色巫女はみんな愛人を目指すのが常識だと以前にデリアとギルが言っていたので、灰色巫女とはそういうものだと思っていた。けれど、ロジーナは芸術仲間として青色巫女に優遇され、芸術に励むだけで下働きはしない灰色巫女見習いだったらしい。そういう存在もいたことに正直驚いた。
「どうした、マイン? 遅かったな」
神官長の部屋に入ると、神官長がじろりとわたしを見た。
「……不躾は承知の上ですが、神官長。側仕えの仕事とは何でしょう?」
「フラン」
神官長はわたしの質問に応える前にフランに説明を求める。フランは簡潔にロジーナの主張とデリアの主張を並べた。
芸事以外の仕事はしないと主張している部分にはさすがの神官長も絶句していた。
「……なるほど。側仕えの灰色巫女や見習いなのに、ずいぶんと品や教養がある者だと感心していたが、下級貴族の令嬢より優雅な生活を送っていたということか」
「あの、クリスティーネ様というのはどういう方ですか?」
神官長がこめかみをグリグリと押さえながら立ち上がり、扉付きの書棚から一冊の本を取り出した。どうやら書類を綴るファイルのようなもので、青色神官について書かれたものらしい。パラパラと捲られ、長い指が該当箇所を探して書面を滑る。
「これだな。クリスティーネは愛妾の娘だが、魔力が高くて、父親は正式に引き取りたいと考えていたらしい。正妻が断固として反対したことが理由で、その身を守りながら教育するために神殿に送られてきたようだな」
「教育ですか?」
パタリと書類の綴られたファイルを閉じて、神官長がアルノーに手渡し、わたしに視線を向けた。
「あぁ、いつでも父親が手元に引き取れるように、と考えていたようで、家庭教師や芸事の教師もよく出入りしていた。財力のない貴族や魔力が低すぎて預けられた青色神官とは、かなり事情も生活環境も違っていたことは記憶している」
特殊な青色巫女のもと、特殊な灰色巫女が育ったらしい。ロジーナの意見は灰色巫女見習いとしては一般的でないと考えて良さそうだ。
「あの、神官長。芸事以外に仕事ができない側仕えを養っていけるほど、わたくしの心に余裕はないのですが、わたくしがロジーナにデリアと同じ仕事をするように命じても問題ありませんか?」
正直、仕事もせずに日がな一日フェシュピールばかり弾いているような、主であるわたしより優雅な生活を送る側仕えはウチには必要ない。わたしだって一日中図書室に籠りたいのを我慢しているのだ。
「主によって側仕えに求めるものが違うのは当然だ。ロジーナにそう言えばいいだろう? フランは何も言わなかったのか?」
神官長の質問にフランは苦い顔をしてゆっくりと首を振った。
「聞き入れられませんでした。ロジーナは見習いという立場も弁えず、私にも命令口調です。彼女の中で灰色神官はずいぶん下に見られているようですね」
「……あぁ、それはダメだわ」
わたしの部屋はフランの采配で全てが回っている。フランの命令に従えない側仕えなど全く使えない。即座に孤児院にお帰り願いたいレベルで必要ない。
「一番困るのは夜遅くまで楽器を鳴らすことでしょうか。初日だけならば、久し振りの楽器に浮かれたのだろうと我慢もできますが、次の日も続けば、さすがに……。一階の私がそう思うのですから、隣室であるデリアは尚更我慢できないでしょうね」
なんと、仕事をしない上に、騒音娘だったらしい。
「神官長、どうしても無理だと思った時は、孤児院に戻してもよろしいですか? もし、駄目だと言うならば、神官長がロジーナを引き取ってくださいませ。授業料をお支払いしますから、フェシュピールの練習時間だけこちらに向かわせてくだされば結構です」
「……主の言葉が聞けぬ側仕えは必要ないな。こちらでも引き取るつもりはない」
神官長の言葉にわたしとフランは目を見合わせて、軽く頷いた。
「昼食後に側仕え全員を集めて話をすることになっております。それまでに孤児院にいるもう一人の側仕えヴィルマからも話を聞きたく存じます。大変申し訳ございませんが、本日は失礼してもよろしいでしょうか?」
「そうだな。全員の意見を聞くことは重要だ。行きなさい」
神官長の「少しは成長したか? いや、要観察だな」という呟きと共に、退室の許可を得たわたしは孤児院に向かう。
ヴィルマならば、同じ主に仕えていたということで、ロジーナに味方する意見や事情も聞けるかもしれない。
食堂にヴィルマを呼びだして話をすることにした。その間に、フランには部屋へカルタ用の板を取りに行ってもらう。成人男性であるフランがいるよりはヴィルマが話しやすいだろう。
「……そういうわけで、午後から側仕え全員の意見を聞きたいと思っているだけれど、ヴィルマは部屋に来られないでしょう? 先に意見を伺おうと思ったのです。ロジーナと同じようにクリスティーネ様にお仕えしていたヴィルマも……やはり、手が荒れるので下働きはしたくないのかしら?」
汚れていた子供達を洗うため、一番に駆け付けたのはヴィルマだった。そのヴィルマが下働きを忌避しているとは思えないが、クリスティーネ様の側仕えがどのように考えているのかを確認したい。
「マイン様、私の仕事は子供達の面倒を見ることですわ。下働きはしたくないなどと言っていては務まりません」
静かにヴィルマがわたしを見つめてそう言った。穏やかでも芯の強い瞳に、安堵の息を吐きながら、わたしはロジーナについて聞く。
「ヴィルマが仕事を放棄するような人でなくて良かったと心から思います。では、やはり、下働きをしたくないと思うのは、ロジーナだけなのかしら?」
「……そうですね。ロジーナにはその思いが他の灰色巫女に比べても強いのではないかと思われます」
ヴィルマは少し考えてそう言った。
「私は10歳の時に目をかけられて側仕え見習いとなったのですが、ロジーナは孤児院を出てすぐに引き抜かれたので、孤児院に戻るまで下働きをほとんどしたことがなかったのです。クリスティーネ様のお部屋にいる時分には、ロジーナの言うように雑務や力仕事は全て灰色神官がするものでした」
ロジーナの幼い頃は洗礼前の子供達の面倒をみる灰色巫女もいた時代であろう。それならば、本当にロジーナは下働きの仕事をすることなく、育ったに違いない。わたしよりよほどお嬢様育ちだと言える。
「……クリスティーネ様は芸事に一途な方でしたから、本来ならば年功序列になる側仕えの順位も芸事に秀でた順で優遇しておりました。あの頃の私達にとってはそれが当たり前だったのです」
だからこそ、少しでも主の歓心を買うために、いつも芸事に精を出していた、とヴィルマは語った。
「クリスティーネ様が貴族社会に戻られてから、ロジーナは孤児院の生活に愕然としていました。私もまた孤児院に戻って他の人達の話を聞いて初めて、今までの自分達の境遇こそが特殊であったと知ったのです」
それでも、10歳までの下働き経験があったヴィルマは今までが特別だったと現実を受け入れられたが、ロジーナは厳しい現実から目を逸らしたらしい。
「ロジーナは音楽のある生活に戻りたくて仕方ない様子でした。青色神官に花捧げの巫女として召されたなら、今までの生活と全く違うことも覚悟できたでしょう。しかし、クリスティーネ様と同じ青色巫女見習いであるマイン様に召し上げられました。だからこそ、ロジーナは以前と同じ生活が戻ると思いこんでしまったのではないでしょうか」
「貴重な意見をありがとう存じます、ヴィルマ」
フランが戻ってきていることに気付いて、わたしが立ち上がると、ヴィルマが両手を胸の前で交差して、軽く腰をかがめた。
「マイン様、できればロジーナに考える時間を、自分を見つめ直す時間を与えてあげてくださいませ」
「……他ならぬヴィルマのお願いですもの。できるだけ考慮いたします」
考慮はするけれど、仕事しない子は必要ないという基本姿勢を変えるつもりはない。ギルや孤児院の子供達にも言っている通り、「働かざる者、食うべからず」だ。
クリスティーネの灰色巫女は芸事が第一、神殿長の灰色巫女は花捧げ、神官長の側仕えは実務能力なしに務まらない。マインの側仕えは……?
次回は、ヴィルマ視点の閑話で、前の主と今の主です。




