第28話 テラスの聖女と、黄金のハッキング
エドモンド伯爵から第2の鍵である懐中時計を回収し、人形たちを停止させた翌朝。
王都は、昨日までと変わらぬ穏やかな光に包まれていた。
「……うん、やっぱり王城のテラスで飲む朝の紅茶は格別だね」
俺は、黄金に輝く新しいダンジョンコアが見下ろせるテラスで、アリアが淹れてくれたハーブティーを一口すすり、満足げに目を細めた。
目の前の空中に展開された黄金の【超鑑定】ウィンドウには、昨日没収したエドモンド領の穀倉地帯の管理データが、王都の食料供給システムへとスムーズに統合されていく様子が映し出されている。
「マスター、昨日回収した人形たちの解析が完了しました。やはり、彼らはクローヴィスが残した古いプログラミングによって、定期的に『封印の断片(鍵)』の魔力を探知し、回収するように設定されていたようです」
アリアが完璧なメイド服の裾を翻し、新たな報告書を机に置いた。
「なるほどな。クローヴィス自身は死んでも、彼の作った自動システムはまだ稼働し続けていた、か。……狸親父たちが夜逃げを焦ったのも、人形たちに居場所を特定され始めたからだろう」
俺は、ポケットから昨日回収した黄金の懐中時計を取り出した。
【超鑑定】で見ると、時計の内部の魔力歯車が、クローヴィスの残した『地下200階層の扉』の封印術式と、微かに共鳴しているのが分かる。
「レオン様、アリアさん、おはようございます!」
テラスの入り口から、元気な声と共にノエルが駆け寄ってきた。
彼女の腕には、リーシャが影から取り出したらしい、少し焦げ目のついた手作り風のクッキーが抱えられている。
「ノエル、おはよう。そのクッキーは?」
「はい! 今朝、リーシャお姉ちゃんと一緒に王城の厨房をお借りして焼いたんです。……ちょっと焦げちゃいましたけど、リーシャお姉ちゃんが『味は保証する』って」
ノエルが少し恥ずかしそうにクッキーを差し出す。
その背後から、リーシャが「……焦げたのは、火加減のせいじゃない」と、少し顔を赤くして影からぼそりと呟いた。
「おいおい、元暗殺者ギルドトップと聖女の手作りクッキーか。これは、どんな高級料理よりも価値があるな」
俺が笑ってクッキーを一枚手に取ると、ノエルは嬉しそうに目を輝かせた。
かつては孤独の中で傷ついていた二人が、今ではこうして笑顔で料理を作り、俺の隣にいる。
その光景を見ているだけで、この国をハッキングして手に入れた価値があったと心から思える。
『ノエルちゃんの手作りクッキー、画面越しにでも食べたい……』
『リーシャが照れてるの尊すぎるだろ!』
'底辺鑑定士から、マジで最高の王になったなレオン』
配信のコメント欄は、このあまりにも平和で尊い『家族の休日』のような光景に、完全にノックアウトされている。
だが、俺はクッキーを口に運びながら、空中の【超鑑定】ウィンドウの端に、ノイズ混じりの不可解なデータが残っていることに気づいた。
「……アリア。このデータは何だ?」
「……? どのようなデータでしょうか」
アリアが不思議そうに覗き込む。
俺の【超鑑定】には、懐中時計の共鳴データの奥底から、クローヴィスの作ったシステムのどれにも該当しない、全く別の『波長』が、微かに届いているのが見えていた。
それは、地下200階層の扉の向こう側から、俺たちを観察しているような、冷たく、そして強大な意志を感じさせる波長だった。
「……いや、何でもない。気のせいだ」
俺はウィンドウを閉じ、ノエルとリーシャに向かって笑いかけた。
「よし、お前たちが作ってくれたクッキーを全部平らげたら、今日は新しい王都の『中央広場』のシステムのハッキング……いや、最適化に行くぞ。……みんな、付いてきてくれるか?」
「はい、もちろんです! レオン様!」
「……マスターが行くなら、どこへでも」
ノエルとリーシャ、そしてアリアが、それぞれの想いを瞳に宿して力強く頷いた。
世界を大きく広げる必要なんてない。この王国の、手の届く範囲にある笑顔を守り、過去の遺産をすべて俺のルールで上書きしていく。それだけで、俺の物語はいくらでも面白くなる。
地下200階層に遺された、あの『未踏の扉』。
それがこの国、いや、この世界のどのような真実に繋がっているのかはまだ分からない。
だが、俺はこの手にある黄金のハッキング能力と、俺を信じてくれる最強の仲間たちと共に、その扉の向こうにあるすべての理不尽を、完璧にハッキングして俺たちの『おもちゃ』にしてやるだけだ。
「さあ……明日は何をしようか」
テラスから見下ろす王都は、黄金のダンジョンコアの光に照らされ、今日も平和に輝き続けている。
底辺鑑定士レオンの、新しい国家運営の日常は、ここからさらに面白くなっていく。




