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高句麗の獅子  作者: 水前寺鯉太郎


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チャリボル国の隠れ家

  雪は止んでいたが、底冷えのする霧が私たちの体温を容赦なく奪っていった。

 ガリムは斬られた右腕を布で固く縛り、顔を青白くさせて歩いている。テムジンの背に刺さった矢は抜いたものの、傷口は熱を持ち、彼の屈強な体が時折激しく揺れた。

 トムルは、彼らの肩を貸すこともできず、ただ先頭を歩くハリムの背中を追っていた。その手は、凍傷と摩擦の傷で赤黒く腫れ上がっている。

「……止まれ」

 ハリムが短く言った。

 霧の向こうから、無数の殺気が立ち上った。

「ソムラの追っ手か」

 ガリムが折れた槍を構えようとしたが、力尽きて膝をついた。

 現れたのは、黒い鎧ではない。毛皮を纏い、岩肌と同じ色の布を巻いた者たちだった。その中心に、一本の杖をついた初老の男が立っていた。

 パルチザンの首領、カムル。

 彼は仕込み杖をわずかに抜き、その鋭い切っ先をトムルの喉元に突きつけた。

「この山はチャリボル国の残党の地だ。敗残兵に分け与える糧も、憐れみもない。死にたくなければ、持っているものをすべて置いて立ち去れ」

 トムルは、喉元に銀色の刃を感じながらも、動かなかった。恐怖で動けないのではない。彼の瞳には、ただ深い、底知れぬ静寂が宿っていた。

「……持っているものは、何もありません」

 トムルの声は枯れていた。

「救いたかった命も、信じていた言葉も、すべてあの丘に置いてきました。あるのは、この傷ついた仲間たちの命だけです。……彼らだけは、助けてやってください。僕の首なら、今ここで差し上げます」

 カムルの目が、わずかに細められた。この死地に立って、なお自分ではなく他者の命を乞う男。その姿に、カムルは長年忘れていた「王」の幻影を見たのかもしれない。

 私たちは、断崖を穿って作られた彼らの「隠れ家」へと招き入れられた。

 焚き火の煙が立ち込める薄暗い洞窟の奥、そこで一人の女性が意識を取り戻した。

 雪の中で拾った、青い瞳の女性――チェリョンだ。

 彼女は周囲を警戒するように見回し、唇を震わせた。

「……Αρχή……που είμαι?」

 その響きは、私たちが知るどの国の言葉とも違っていた。西方の、遥か彼方の海の向こうから来た調べ。

 誰もが当惑する中、一歩前に出たのはテムジンだった。

 彼は背中の傷を堪えながら、たどたどしい、しかし力強い言葉で答えた。

「……Safe. Here is mountain. We are friends.」

 テムジンの出身である北方の遊牧地は、西方の交易路と接している。彼は幼い頃、商隊の言葉を耳にしていたのだ。

 チェリョンの瞳に、安堵の光が宿った。彼女はトムルを見た。トムルの、血の滲む包帯に巻かれた手を見つめ、そっと自分の手を伸ばした。

 言葉は通じない。しかし、その指先がトムルの手に触れた瞬間、張り詰めていた何かが音を立てて崩れた。

「……すまない。僕のせいで、あんなに多くの人が」

 トムルが、初めて声を上げて泣いた。

 王の涙ではなかった。ただの一人の男の、懺悔の叫びだった。

 ハリムは入り口でそれを見つめ、扇子を静かに閉じた。ガリムは苦々しく顔を背け、ソリムはそっと目を閉じた。

 その夜、私は凍える指先を焚き火で温めながら、記録を再開した。

『私たちはチャリボルの深い闇の中にいる。』

『しかし、この闇は、絶望の色ではない。』

『テムジンが繋いだ言葉、チェリョンがもたらした安らぎ、そしてカムルが差し出した温かいスープ。』

『バラバラだった「個」が、この極限の地で、一つの「意志」へと結びつき始めている。』

『トムルはまだ泣いている。しかし、その涙は彼の瞳を洗い、明日の朝には、もっと遠くを見通すための光を宿すだろう。』

『今日から、新しい旅が始まるのだ。』

 カムルが仕込み杖を傍らに置き、トムルの隣に座った。

「……若造。石を磨くのもいいが、次は心を磨け。お前が信じる道は、まだ始まったばかりだ」

 朝陽はまだ遠い。しかし、洞窟の中の焚き火は、これまでで一番明るく燃えていた。

〔チャリム・ソノの記録 第九帳より〕

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