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高句麗の獅子  作者: 水前寺鯉太郎


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15/16

平壌への道、六将の牙

平壌への道は、かつて私たちが命からがら逃げ出した、あの呪われた雪道だった。

 だが今、そこを埋め尽くしているのは、高句麗の蒼き軍旗と、大地を揺らす一万の足音だ。

「懐かしいな、チャリム」

 馬上のトムルが、白髪の混じり始めた髪を風に靡かせながら私に微笑みかけた。その腰には、ハリボルの王から贈られた名剣がかれているが、反対側の腰には、相変わらずあの使い古された皮の石袋が下がっている。

「ええ。当時は帳面を守るのが精一杯でしたが、今はあなたの勝利を刻む準備ができています」

 しかし、平壌は甘い場所ではなかった。

 ヨルム王は、この12年をただ恨みに費やしたわけではない。平壌を守る七つの要害には、彼が大陸全土から集め、地獄のような訓練で作り上げた六人の将軍――**「黒鉄六将」**が配置されていた。

 最初の難所「断頭谷だんとうこく」。

 そこを守るのは、巨大な鉄球を操る双子の猛将、エンとギだった。

「ここから先は、高句麗の血で谷を埋め尽くせ!」

 降り注ぐ巨大な岩と鉄球の雨。精鋭たちが次々と倒れ、進軍が止まったその時。

「若造ども、下がっていろ。……『剛力』の意味を教えてやる」

 老将ガリムが、赤いマントを翻して最前線に躍り出た。その手には、月影の入江から使い続けている、無数の傷がついた愛槍。

「ガリム、無理はするな!」

 トムルの制止を、ガリムは豪快な笑いで跳ね除けた。

「王よ、あんたは先へ行け。……平壌の玉座で待ってろ。すぐに行く!」

 私はその背中を帳面に焼き付けた。ガリム一人が双子を引き受け、血路を拓く。その間に、トムルは残る全軍を率いて、迷うことなくさらに北へと突き進む。信頼。12年で築き上げたその絆が、多勢に無勢の状況を覆していく。

 第五、第六の関門をソリムの神速の矢と、テムジンの決死の突撃で突破した頃、ついに平壌の巨大な城壁が霧の向こうに姿を現した。

 かつてのソムラ国の象徴。今や、狂王ヨルムの巨大な墓標のようにも見える。

 だが、軍師ハリムの顔は険しかった。

「……妙ですね。六将軍のうち、まだ一人が姿を見せていない。それに、この城から漂う空気……ソムラのそれではありません」

 ハリムが指し示した先。城壁の頂に、異様な人影があった。

 それは、チェリョンの故郷――遥か西方の意匠を凝らした鎧を纏い、見たこともない形状の長剣を構えた、蒼い瞳の騎士だった。

 チェリョンの顔から、血の気が引く。

「……お兄様?」

 その呟きは、風にかき消された。

 ヨルム王は、高句麗を滅ぼすために、チェリョンの過去さえも戦力として呼び寄せていたのだ。

 夜、平壌を包囲する高句麗軍の陣営で、私は震える指で筆を走らせた。

『平壌の門は目前にある。』

『しかし、そこに待ち受けていたのは、旧友の献身と、愛する者の悲劇だった。』

『ガリムは戻らない。ソリムも深い傷を負った。』

『トムルは今、一人で焚き火を見つめている。彼が握りしめているのは、石ではなく、チェリョンから渡された小さな銀の首飾りだ。』

『明日、この大陸の歴史は終わるか、あるいは全く新しい物語として生まれ変わる。』

『私は記録者として、その最期の一滴までを見届ける覚悟だ。』

 城内から、不気味な笛の音が聞こえてくる。

 いよいよ、最終決戦の幕が上がる。

〔チャリム・ソノの記録 第十五帳より〕

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