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第9話【訣別の夜】

 アレサが観測室から自室に戻ると、シンシアがベッドに腰かけながらぼんやりと窓の外を見つめていた。


 気配に気付いてアレサのほうを向いたシンシアが、弱々しく笑みを浮かべる。


「おかえりなさい」


「ただいま。大丈夫?」


 アレサはそう返し、シンシアの隣に腰を下ろした。


「大丈夫……では、ないと思います。でも、いつまでもめそめそしてられませんから」


 そう言うシンシアの声は枯れはてて、泣き腫らした顔に普段のあどけない印象は見る影もない。


「私、ばかでした」


 否定しようとしたアレサに、シンシアは優しく首を振る。


「ずっとぼんやり生きてきて、みなさんがずっと一緒にいてくれるから大丈夫だって、根拠もなしに思い込んでました。それがあっさり……こんなにもあっさりとなくなってしまって。それで初めて、私は何もしなかったんだって気付いたんです……」


 「ばかですよね」と、シンシアは泣き笑いの表情を浮かべた。


「いつも助けてもらってばっかりで、私は何もしてこなかった。だから、クラリスさんを止められなかった」


「そんなことないよ」


 今度ははっきりと、アレサは首を振った。


「シンシアには、色んなものをたくさんもらってるよ。私が落ち込んでる時だって、いつもシンシアがそばにいてくれた。いつもそばにいてくれて、いつも私たちのことを考えてくれてる。そんなシンシアに、たくさん助けてもらった」


「そう、でしょうか」


「うん」


 不安げに顔を伏せるシンシアの肩を、アレサは静かに抱き寄せる。


「だから、私の大好きなシンシアのことを、そんな風に言わないで」


 アレサの言葉に、シンシアがハッと顔を上げる。


「誰かさんの受け売りなんだけどね」


 アレサがいたずらっぽい笑みを浮かべると、シンシアの表情が崩れる。


「誰ですか、そんな恥ずかしいこと言ったの」


 目元を拭いながら笑うシンシアの頭を、アレサは乱暴に撫でまわした。


 ◆ ◆ ◆


 翌日、アレサとシンシアはいつものように教室の席に着いた。


 ハンナはふたりの表情を見まわし、静かに問いかける。


「決心はつきましたか?」


「わかりません」


 アレサがはっきりと答えると、ハンナは意外だとでもいうように、少しだけ眉を上げた。


「ハンナさんの話を聞いて、クラリスが出て行って。色んなことがあって、正直混乱しています。私はクラリスみたいに頭もよくないし、何が正しいことなのか、全然わかりません」


 「でも」と、アレサは続ける。


「悩むことはできます。だから、今は一生懸命悩むことにしました。ハンナさんの話を聞いた後でも、私は星に寄り添いたいと思います。それが正しいことなのか、今はわからないから……せめて、自分の気持ちにうそをつかないことにします」


 アレサの言葉を聞き、ハンナは大きく息を吐いた。


「シンシアは?」


「私も、自分の気持ちにうそをつかないって決めました。だから、ここにいます」


 ハンナの問いかけに、シンシアはまっすぐにハンナの顔を見返して答えた。


「……わかりました。私も、あなたたちの監督官として恥ずかしくないよう、励むことにします。あなたたちの選択を、間違いにしないために」


「よろしくお願いします」


 アレサとシンシアは声を揃え、ハンナに頭を下げた。


『クラリスは、いつも私の前を歩いてた。私はクラリスの背中ばっかり見てた。だけど、私も自分を信じることにするよ。次に会う時は、クラリスと向き合いたいから』


 アレサの胸には、確かな決意が灯されていた。


 ◆ ◆ ◆


 クラリスは、サリアの部屋で机の上に並べられた膨大な資料に目を通していた。


 それは、サリアが観測していた星の記録だった。こと細かく記された記録を細い指先でなぞりながら、吟味する。


「あなたなら、どの星を選ぶ?」


 傍らに腕を組みながら立っていたサリアが、静かな声を投げかける。


 選ぶという言葉に、クラリスの体が小さく震える。


『試されている』


 クラリスの喉が鳴る。鼓動が早まり、動悸の音がうるさくすら感じられた。


 価値ある星を選別し、無価値な星を【間引く】。その価値と基準は、選別者であるサリアとクラリスが決める。


 つまり、これからクラリスが選ぶのは、まだ寿命を迎えていないのに、消滅させられる星。


 クラリスは目を閉じ、静かに頭を振る。そして、しばらくじっと考え込んでから、静かに目を開き、いくつかの星を指で示した。


「これらの星を選びます」


「理由は?」


 サリアの口調は冷たいが、責めるような雰囲気は感じられない。


 クラリスは大きく息を吸い直し、呼吸を整えた。


「ほかの星に比べ、不安定な異常が多く見られます」


 クラリスの言葉を聞き、サリアの指先がひとつの星を示す。


「こちらの星を残す根拠は? この星にも多くの異常が見られるようだけれど」


「こちらの星にも異常が多く見られますが、最近の記録では改善の傾向があります。星読みの対応により改善が見られるのであれば、すぐに間引きをする必要はないと判断しました」


 クラリスはまっすぐにサリアの顔を見据え、よどみのない口調で答えた。


 それを聞いたサリアは口の端を持ち上げ、満足げに目を閉じる。


「私も同じ意見よ、クラリス」


「ありがとうございます」


 クラリスは安堵の息を吐く。緊張が緩んだ瞬間、思い出したかのように全身から汗が噴き出した。


「明日から、さっそくこれらの星を落とす準備を始めましょう」


「星を、落とす? 直接消すのではなく……ですか?」


 そう聞き返すクラリスの脳裏には、アレサが見たという星を直接握りつぶした星読みの姿がはっきりと浮かんでいた。今ならわかる。あれはサリアだったのだろう。


 クラリスの言葉を聞き、サリアは片眉を少しだけ動かした。


「そういえば、あなたのお友達だったわね。驚いたわ、まさか目撃できるとは。揺れる星を観測したのもあの子だったようだし。よほど特別な目をしているのね」


「まさか、あの揺れる星もサリア先生が?」


 クラリスの言葉を聞き、サリアはこともなげにうなずいて見せる。


「ええ。色々試してみたけれど、直接星を消滅させるのは最後の手段ね。まだ寿命が残っている星を消滅させるのは、こちらにも相応の負荷がかかる」


 淡々と話す姿が逆に恐ろしい。


「星を意図的に落とせるなんて、そんな……」


 クラリスの理解を完全に超えていた。流れ星はあくまでも自然現象のひとつであり、それを意図的に起こすことなんて考えたこともなかった。


「無価値であると事実を教えるだけで良い。たったそれだけで、星は支えを失い、揺らぎ、落ちる」


 クラリスは完全に血の気を失っていた。


 サリアの口から告げられた方法は、あまりにも残酷に感じられたからだ。


「残酷だと思う?」


 サリアの見透かしたような言葉に、クラリスは息を呑む。


 しかし、そもそも星を消滅させるという行為を考えれば、手段は大した問題ではない。どんな手段であろうとも、星の未来を奪うことに変わりない。


 手段を選べば行為が正当化されるという考えは、甘えに過ぎない。


 そう思い至ったクラリスは、首を振った。


「あなたは本当に聡明ね、クラリス」


 そう言って、サリアはクラリスの頬に手のひらを添えた。


 ひやりと冷たいサリアの手は、同時に不思議なぬくもりをクラリスに感じさせる。


 サリアはクラリスに顔を近付け、手のひらを頬からそっと胸の間に伝わせた。


「痛いでしょう? その胸の痛みを忘れてはだめ。私たちは冷静に星を選び、秩序を遂行する。しかし、同時に冷酷であってはならない。ともすれば、私たちの行いは殺戮の誹りを受けるでしょう。その胸の痛みが、あなたが殺戮者ではなく、秩序の守り人である証になる」


 サリアの確信に満ちた言葉が、クラリスのためらいや不安を少しずつ、しかし、確実に崩していく。


「さあ、聞かせて。あなたに星を落とす覚悟はある?」


 クラリスは目を閉じた。


 まぶたの裏に、アレサやシンシアとの日々が浮かんでは消えていく。


 アレサの無遠慮ながら快活な声。


 シンシアの無邪気な笑顔。


 つまらないことで言い争ったこと。


 笑ったこと。


 悩んだこと。


 素直でまぶしい、かけがえのない存在。


 クラリスは目を開く。その両目には、強い決意の光が灯されていた。


「やります」


「結構」


 クラリスの言葉に、サリアが薄く微笑みを浮かべた。


「今日はもう休みなさい。明日から忙しくなるわ」


「はい」


 クラリスはサリアに一礼し、隣にある自室に戻った。


 ドアを閉じ、机の前にある椅子に腰を下ろすと、窓の外の空を見上げる。


「アレサ……シンシア……」


 唇から無意識の言葉がこぼれる。


『空を守るためには、ほかの星を守るためには、目の前の星を切り捨てる必要がある。この痛みと恐ろしさを誰かが背負わないといけないなら……もしもあのふたりに背負わせるくらいなら……私で良い』


 クラリスは強くこぶしを握り締める。


『私が、全部背負う。私が、全部守ってみせる』


 もう後戻りすることはできない。


 クラリスにとって、最後の一線はもう踏み越えた。


 クラリスが見上げる空には、星々がいつもと変わらずまたたいている。この空を守るため、そのまたたきを絶つ。


 明日から何もかもが変わってしまうその光景を、クラリスはその目に焼き付けるように、いつまでも見つめていた。

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