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エピローグ

 岸に着いたサリアは、クラリスを連れて自らの足で査問の場に向かった。


 査問の場で、自らの理論を発表し、今回の行動はそれに基づいて必要な行為だったと説明した。その点において、サリアは一切の過失を認めなかった。


 ただし、その理論を自ら執行しようとしたことが星読みの領分を超えた行為であったことは明確に認めた。


 そして、候補生であるクラリスは、いざという時の人質にするために連行されたということになった。


 査問の場で、クラリスは黙秘を貫いた。ただ、何かをこらえるかのように、服の裾を強く握りしめていたことが記録されている。


 サリアへの処分は、星読みの資格はく奪ののち、漂流が言い渡された。


 漂流とは、星の海に取り残されるという最も重い罰だった。


 執行の日、目隠しをされた状態で舟に乗せられるサリアを、アレサたちは見送った。このまま沖合に出て、船の上で目隠しを外されてからひとりで残される。サリアはその生涯を終えるまで、ただひとり星の海を漂い続ける。


「サリア先生!」


 クラリスが叫ぶと、サリアは少しだけ立ち止まり、静かに頭上を指し示す。そこには、アレサたちがいつも見上げている星空が広がっていた。


 サリアはすぐに歩みを再開し、船に乗り込む。


 岸を離れ、小さくなっていくその姿を、アレサたちはいつまでも見送った。


 こうして、ひとりの星読みによって引き起こされた【星の間引き】は幕を閉じる。


 ◆ ◆ ◆


 サリアの追放から、それなりの時が過ぎた。


 表向きは、アレサたちの生活に変わりはない。


 星空は以前と変わりない様子で静かにまたたき続けている。


 しかし、その静けさは以前と同じではない。


 観測室の空気も、廊下を行く星読みや候補生たちの足取りも、少しだけ重い。


 サリアが残した問いは、今でも確かに存在している。


 それでも、時は止まらない。星読みたちはそれを観測し続ける。


 その日、アレサは目覚めてからずっと落ち着かなかった。同室のシンシアも、いつにも増してそわそわしている。


 無理もないことだった。今日は、特別な日だから。


 アレサとシンシアは、前日に渡された服に袖を通す。長い間、ずっと袖を通してきた候補生の制服ではない。それは、ハンナやサリアと同じ、星読みの正装だった。


「うう、ちょっと気持ち悪くなってきたかもです……」


 少し丈の長い裾を気にしながら、シンシアが青ざめる。


「大丈夫、よく似合ってるよ」


 昨日と同じはずなのに、少し大人びて見えるシンシアに、アレサが優しく声をかける。


「アレサさんも、よくお似合いですよ」


「そう、かな?」


 改めて言われ、アレサも気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


 部屋のドアがノックされ、ハンナが2人を迎えに来た。


「支度はできましたか?」


「はい」


 アレサとシンシアが声を揃えると、ハンナはにっこりと笑う。


「2人とも、とてもよく似合っています。私も2人のことを、とても誇らしく思います」


 ハンナに連れられ、2人は任命式が行われる広間へと向かう。そこには、数多くの候補生たちが新たな星読みの就任を見届けるために参列していた。


 参列者の間を通る時に、アレサは列の中にクラリスの姿を見つけた。


 クラリスはじっとアレサを見つめ、少しだけ微笑む。その口元が、ゆっくりと動いた。


『おめでとう』


 アレサの胸に様々なものがこみ上げる。


 しかし、アレサはしっかりとうなずき返し、背筋を伸ばした。


「アレサ、シンシア両名。前へ」


 アレサとシンシアはハンナの前に立ち、両手を差し出す。


 ハンナは2人の手に、自分の手を重ねた。


「両名は候補生としてすべての課程を修了したことを、監督官として認定する。したがって、ここに両名の候補生制限を永遠に解除し、これを以て正式な星読みと任ずる」


「アレサ、拝命いたします」


「シンシア、拝命いたします」


 アレサとシンシアの手から手枷が外される。


 この瞬間、新たな星読みが2人生まれた。


 拍手もない。


 喝采もない。


 しかし、その場にいる誰もが新たな星読みの就任を祝福していることは、疑いようもなかった。


 式の後、アレサとシンシアは部屋の片付けを済ませてから観測室に向かった。正式な星読みは個室になるので、もう2人が同室で過ごすことはない。そして、正式な星読みになれば一緒に過ごす時間もずっと減る。


 残り少ないその時間を惜しむように、2人は言葉を交わすでもなく、ただじっとその静けさに身をゆだねていた。


「やっぱりここにいた。変わらないわね、あなたたちは」


 聞き慣れた声に振り向くと、腕を組んだクラリスが笑みを浮かべて立っている。


 2人に歩み寄ったクラリスは、アレサとシンシアの肩を後ろから抱きしめた。


「あらためて、本当におめでとう。アレサ、シンシア。私も自分のことのように誇らしい」


「ありがとう、クラリス」


「ありがとうございます、クラリスさん」


 アレサはクラリスの手を握り、目を閉じる。クラリスの手はひんやりとしているが、確かなぬくもりが伝わってくる。


 クラリスはアレサの隣に腰を下ろし、空を見上げる。


「私はアレサを見る。この空を見続けるあなたを。あなたの選択を」


 それがクラリスの選んだ未来。


「責任重大だ」


 アレサは軽く笑った。クラリスも少しだけ笑う。


「そうですよ。私だってちゃんと見てますからね。この空も、みなさんのことも」


 3人は声を出して笑い、そして同時に空を見上げた。


 そこには星空が広がっている。


 滅びるかもしれない未来もある。


 救われるかもしれない未来もある。


 まだ観測されていない可能性が、無限に広がっている。


 そのどれが選ばれるのかは、誰にもわからない。


 しかし、見続けることはできる。


 悩み続けることはできる。


 星々は変わらずそこにあり、静かにまたたく。


 星読みは選ばれし者ではない。


 考え、悩み、見届け続ける。


 星読みとは――。


 ◆◆◆ 【星をみるひと】 終 ◆◆◆

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