第11話【選択の果て】
アレサが示した目標地点が近づいていた。
目的地に浮かぶ星が、ふいに明滅し小さく揺らぐ。アレサの読みは当たっていた。
シンシアが操船する船は静かに進んでいるが、視界の隅を流れる星の速度が平時の倍近い速度で進んでいることを知らせる。あらためて、シンシアの操船技術の高さにアレサは舌を巻く。
そして、アレサの目論見通り、その目が星の近くに停止している2つの船影をとらえた。
「見えた!」
シンシアに目標を示しながら、アレサは胸いっぱいに息を吸い込む。
「クラリース!」
2つの影のうち、ひとつの影が反応を示した。近づくにつれて鮮明になるそれは、クラリスのものだった。
クラリスは振り向き、驚いたような表情を浮かべる。一方で、同じく声に振り向いたサリアの表情は相変わらず冷静なままだった。
「静止します。掴まって」
シンシアに言われ、アレサは船の縁をしっかりと掴んだ。
船が急静止し、立ち上がったアレサは目の前の2人と対峙する。
「驚いた……いいえ、確か、星の消滅を見たのもあなただったわね。どうやってここにたどり着いたのか、ぜひ聞かせてもらいたいわ」
サリアの口調は、それまでの印象と違ってどこか楽しそうな雰囲気すら感じられた。
しかし、その口調とは裏腹に、その表情はどこまでも酷薄な冷たさを湛えていた。
「観測記録から揺れている星の法則性を見つけて、揺れている星の位置から航路を予測しました」
アレサは静かな口調で答える。そうしなければ、胸の中で渦巻く感情が爆発して飛び出してしまいそうだった。
アレサの答えを聞き、クラリスは驚いた表情を浮かべた。膨大な観測記録の中から法則性を見つけ出すだけでも、並大抵のことではない。そのことは筆頭候補生として観測記録に向き合い続けたクラリスだからこそ理解できた。
サリアは、満足そうに眼を閉じてうなずいてみせる。
「結構。なるほど、候補生としての評価は高くないようだったけれど。あなたにふさわしい優秀なお友達だわ、クラリス」
「……はい」
状況が違えば、アレサが褒められることを自分のことのように喜べただろう。
しかし、今は明確に対立する相手として目の前にいる。
「クラリス、教えてよ。これがあなたの正しさなの?」
アレサの目がまっすぐにクラリスを見つめる。口調は穏やかだったが、一切の逃げ場がない厳しさも備えている。
「空に許容量があるならば、無秩序な星の増加は空の崩壊を招く。これは、疑いようのない事実よ。だからこそ、選ばなければならない。秩序の守り人として、これが私の選んだ正しさよ」
クラリスも真っすぐにアレサを見据え、理路整然と自らの考えを告げる。
「そっか。わかった」
アレサは微笑み、表情を和らげる。
その反応に、クラリスはハッとした表情を浮かべて思わず視線を逸らした。
アレサがクラリスに寄せる全幅の信頼は、いっそ糾弾するよりもひどくクラリスを打ち据える。
「星読みは空の秩序を守るもの。クラリスはその責任から逃げずに背負うことを選んだ」
「私は、サリアさんのことをよく知りません。だけど、きっと誰よりもこの空のことを考えていて、強い意志がある人なんだってわかります。だからクラリスもあなたを選んだ」
「それならば、なぜあなたはここにいるのかしら。見届けに来たわけではなさそうだけれど」
サリアの言葉に、アレサはうなずく。
「きっと、サリアさんは正しい。だけど、その結論は私にとってあまりにも悲観的過ぎます」
サリアは黙ってアレサの言葉の続きを待っている。
「まだ、崩壊すると決まったわけじゃない。そんなことは起こらないかもしれないし、それを防ぐもっと別の手立てがあるかもしれない。少なくとも、まだ起こっていない可能性のために、目の前の星を切り捨てることなんて私は許せません」
「あなたのそれは楽観的な願望に過ぎない」
サリアは静かに切り捨てた。
「私は楽観的願望を考慮しない。星を切り捨てるという行為に伴う責任から逃れ、問題を先送りにする不誠実さを許さない」
「楽観的観測なんかじゃありません。だって、未来はまだ観測されていない。その可能性を切り捨てることこそ、悲観的な願望です」
空気が張り詰めた。
「だから私は可能性を切り捨ててほしくない」
初めて、サリアの表情が動いた。目の前に立つアレサの認識を改めるように。
「クラリスさん」
その時、始めてシンシアが口を開いた。
うつむいていたクラリスは、シンシアのほうを見る。
「クラリスさんはいつだって正しかった。それに比べて、私もアレサさんも何が正しいかなんて全然わからなくて……だから、せめて自分自身に正直でいようって決めたんです。うそをついたり、ごまかしたり、それだけはやめようって」
シンシアの言葉はいつものように穏やかだった。
「私は……」
クラリスの声が震える。
「私は、これが正しいことだと信じてる」
「はい」
「星の未来を奪うことも、それが恐ろしいことだってことも理解してる。だけど、誰かがやらなきゃいけないことなのよ」
「そうなのかもしれません」
「だから」
「私の知ってる正しいクラリスさんは、そんな顔してません」
シンシアは、今にも泣きだしそうな笑顔を浮かべて言った。
クラリスは、とっさにシンシアから顔を背ける。シンシアの顔を、まっすぐに見ることができなかった。
「だって、ほかに方法が」
「ないかもしれない。あるかもしれない。そんなこと、誰にもわからないんです」
2人の様子を見ていたアレサは、口を開いた。
「星の可能性をどうこうしようなんて、それはきっと、思い上がりなんだよ」
クラリスの脳裏に、アレサが領分を超えて星を救おうとした時、アレサにかけた言葉が思い出された。
クラリスの膝から力が抜け、その場にへたり込む。
それを見たサリアはそっと目を閉じる。
そして理解した。
サリアは選ばれなかった。
「それがあなたの正しさなのね、アレサ」
「はい」
「なるほど。私とあなたでは観測している規模が違う。私の観測する規模においては、滅びの未来は避けられない」
「そう、かもしれません」
アレサは否定しない。
サリアの仮説を否定できる根拠を、アレサも持ち合わせていない。
「私には希望を観測することができない。だから、こうするしかなかった」
「とても……誠実だと思います」
「クラリス」
サリアに呼びかけられ、クラリスは立ち上がる。サリアを見るその目に、もう迷いや恐れは見えなかった。
それを見たサリアは、満足そうにうなずいてみせた。
「今回の件は、私の一存です。候補生クラリスは監督官である私に強制されて、ついてきただけ」
「そんな、違います! 私は自分の意志で!」
「勘違いしてはだめよ、クラリス」
サリアは静かにクラリスを制した。
「これは、あなたをかばうためじゃない。あなたに責任を果たさせるため。あなたは裁定者ではなく、観測者としての道を選んだ。ならば、その選択の責任を果たしなさい」
静かで、厳しい響きを持った言葉だった。
それは優しさではない。監督官としての任命だった。
クラリスは背筋を伸ばしてから、深々とサリアに頭を下げる。伏せた顔の影から、いくつかのしずくが落ちた。
「候補生クラリス、拝命します」
震えを押し殺した、絞り出すような声。
しかし、それを受けたサリアは静かな笑みを浮かべた。
「結構」
サリアは船を動かし、不安げに揺れる星への道をアレサに譲った。
シンシアが船を動かし、アレサは星へと手を伸ばす。触れた指先に伝わる冷たい感触と、儚い鼓動。
――どうせ無意味なんだ。生きる価値なんてない。
アレサは星を強く抱き寄せる。アレサの体温が、少しでもこの冷たさをやわらげれば良い。そう願って。
「聞こえたよ、あなたの声。無価値な命なんてない。あなたが不安な時、苦しい時、つらい時……何度だって、私たちがこうして支えてあげる。だから、もう少しだけ、生きてみよう」
アレサに伝わる鼓動が、少しずつ力を取り戻していく。
そっと手を離すと、穏やかな輝きを取り戻した星が何かを伝えるようにまたたいた。
その様子を見ていたサリアは、静かに首を振った。
「私はあなたを見落とした。その先に未来があるかもしれない」
それは、サリアが口にする最初で最後の希望的観測だった。
星の海に幾筋もの光が見える。それは星読みたちの軌跡。
夜空を行く、星を守る意思。




