十七回、婚約破棄を繰り返した令嬢の話
「エルマ・ロ・マリアベル、婚約破棄だ」
今回は珍しく露天、つまりは中庭での告知だった。
まばらに散っていた令嬢たちが、一気にこちらへ吸い寄せられてくる。
「すまない、お前は……悪くないんだ。ただ、俺が『真実の愛』を見つけてしまったばかりに……」
俺、アドベールが言うには相応しくない言葉、わたしかわたくしと言うべきだ。
そんなことを天を仰ぎながらに思っていると、中庭の梅木に隠れるようにして一人の女性がいた。絹のドレスを動きやすく加工し、腰回りには花柄のエプロンを巻いた、何とも言えないファッション。
もとい、エルマの教育係。
『令嬢夫人』への指導のため、公爵家から、わざわざ王宮へ移動してきた私たち。
それが、当本人につかまり、この有様である。
「なんだ、それは監査官服か……」
「ええ、今日は服の縫い付けを学ぶ日だったので、持参してきました」
翠色の目からは、何を考えているのやらさっぱりわからない。
何と答えればいいのだろうか、とエルマは少しの間戸惑った。
元々、そこまでいい家系の生まれでもない、というか少し貧乏なまでもある。
しかし、案の定、両親は娘に嫁いでもらおうと、必死になっていた。
五歳のころ、正念場と見たのか、幼馴染で仲もよかった『第一継承者』ラライアス王太子と婚約を結んだ。蝶よ花よと可愛がられてきた私は、幾分傲慢で、何をするにも侍女がいないと泣き喚くほどだったが、ラライアスは大らかに見守ってくださった。
それから、二年が経ったころ。あっという間に婚約は解消された。
理由は、我が貧乏男爵家は隣国との貿易において、大きな損失を出してしまったこと。領地の安定を願って、寛恕として婚約を呑んでくれていた、王太子ご一家も呆れて、届出の書類を出してきたという。
それからは、話は早い。
二度目、三度目、四度目、九度目と続き、私は十二歳となった。
十度目は、辺境伯との婚約。しかし、女公爵との不倫がすぐさまわかり、両親から縁を切った。
十三度目は、第四王子との婚約。ラライアス王太子ということもあり、貧乏男爵家一行はあれよこれよと気合を入れ、王宮の近くに教会を借り、ドレスも一流のものを仕立て、翌日には夜会まで主催した。
夜会。
その時には、もう遅かった。
誰かがあらぬ噂を流したのか、はたまた当事者が仕組んだ罠なのか。
『かのエルマ・ロ・マリアベルは、我が第四王子の命を狙おうと計画しておったのだ!』
響き渡る怒声。
十三度目は、二日で婚約が解消した。
十四度目。十五度目、十六度目。そして、今。
「長かったですね、三年も続くなんて。私、もう十七歳になってしまいました」
「そうだな、悪かった……」
そんな乾ききった会話をしているうちに、エルマの教育係が茂みから顔を出した。
分かっている、私だってもう大人に近い、こういう時は笑って別れるのが正解だ。
「姫様!なんで……なんでええ!そこで、諦めるのですか!!」
「姫様はやめてください。昔のあだ名なんですから」
しかし、視界がとたんに藍色に染まって行くのを感じた。
公爵家に帰えれば、馬車に荷物と財産全てを乗せて、ヒールとドレスを馴染みの商人に売って、それから両親に最後の挨拶をする。今まで、婚約破棄の翌日には次のお見合いが決まっていたものだが、そろそろ自立でもして、自分の力で歩いて行かないといけない。
『承知いたしました』
復讐なんてもってのほかだ。
深々と頭を下げると、エルマは少しの安堵でため息を吐いた。




