とあるエッセイと、私が思ったこと
私の赤裸々な思いと辛口と不快に思われるかも知れない内容が大いに含まれます。
ブラウザバックを視野に入れてください。
私は、全ジャンル短編週間1位制覇を目指して日々様々なジャンルに投稿をしている。
まず作品を書くことが楽しい。いろいろなジャンルに手を出すのもワクワクだ。
目標の壁となるのは、恋愛ジャンル、ファンタジージャンル、文芸からヒューマンドラマだ。もうひとつあげるのなら、エッセイジャンルだろう。
エッセイジャンルの難しさは主に2つに分けられる。
ひとつは、上位に上がるためのポイントにおいて「寡占」が重要になること。
もうひとつは、時期による1位のポイントの変動が激しいことだ。なにかの論点が発生するほど、変動が激しい。
今回書きたいのは、そんなエッセイジャンルについての話だ。
ここ数日のエッセイジャンルは、「AI感想問題」のときのように……燃えている。
AI感想。懐かしい。そんなに昔でもないのだが。
燃えているという表現が正しいのかは別として、ある事柄についてたくさんの作者さんが反応しているのだ。
前書きでも注意書きをしましたが、ここから先は本題に入るので、嫌な話だと思ったらすぐにブラウザバックするようお願い致します。
元は、一本のエッセイだった。
私はエッセイの週間短編ランキングの1位から50位までを時々読み周りをするという趣味がある。新しい視点を知れることは楽しい。
それだから、例のエッセイも表紙を飾る前に読んだ。
そして、感想を残した。
そのエッセイでは、小説家になろうにおける作者同士の交流について問題提起(宣言?)をしていた。
その流れで、「個人企画」についても否定的な発言をしていたのだ。
それが、個人企画を運営している方や参加している私達から反感を買った。
さて、私の話をしよう。
私はそれを読んでどう思ったのか。
なんと、その部分をまるまる読み飛ばしていた!!!
最初に読んだとき、私は「AI感想についてのエッセイだな」と思った。なぜなら、個人企画に関する部分をまるまる読み飛ばしていたから。
「それはAI感想っていうやつで、むかつきますよね〜(意訳)」という感想を残した。なぜなら、(以下略)
……どうしよう、アホだ。
それなら、何故私が個人企画についての話だと気づいたのか。それは、複数のユーザーさまがそのエッセイに関する投稿をしていたからだ。
私の知り合いのユーザーさま(片思いも含む)は、殆どの方が個人企画を通して知り合った方である。だから「それは違うのでは」と思うのも道理だろう。
私は、議論のもととなったエッセイを書いた方にも、もちろん知り合いのユーザーさまにも「良い方だな」という印象を抱いていた。だから、それぞれがお互いを否定する意見を書いていることが悲しい。
ここまで経緯を語ったが、この件に関する自分の意見を書いておく。
まず、私はAI感想否定派だ。AIに取り込まれて、感想を書かれても、ミリも嬉しくない。赤文字が出てきて、ワクワクしてタップして、どん底に突き落とされるのは趣味ではない。
そして、個人企画については愛している。
最近「個人企画開催の危険性について」なんていう作品を連載し始めてしまったのでびくびくしているが、大好きである。
まず、縛りがあるというのが素晴らしい。私の場合、自分で書く場合にも縛りをつけていることが多いので、縛りを考える時間が省けるというのは素晴らしい。その縛りが新しいアイデアを生み出してくれる。
そして、新しい作品と出会えるのが素晴らしい。普通に投稿しただけでは埋もれてしまう素敵な作品が、たくさんの人に読まれることで価値を増していく。
最近連載している作品は、あくまでフィクションであり、私自身は小説家になろうも個人企画も愛している。
私は知っている方だからという理由で、評価を甘くしたりすることはない。★1個から5個まで、自分が思った通りの評価をする。
確かに読み専の方からの感想は嬉しい。もらっただけで活動報告の話題にするくらいには。
けれど、作品の投稿をしている方からの感想も嬉しい。読み専の方からのほうが頻度が少なくて、特別感があるというだけだ。
このエッセイを読んだ貴方は、これでも「馴れ合い」だと思うだろうか?
私は、元のエッセイを書かれた方を擁護したいわけではないし、個人企画をやめろというわけでもない。
ただ、こういう意見の人もいるよってだけ。
お読みいただきありがとうございました。
賛否両論あると思います。感想でも、新しいエッセイでも、貴方の意見を教えていただけると嬉しいです。
エッセイを書いたら、お手数ですがメッセージなどで教えていただけると読みに行きます。




