土を巻き上げて
テテュスは九時方向に振り返り、正体不明の飛翔体を雲に漂白された空の中から見つけ出す。
目に魔力を込め、兜のディスプレイで対象を拡大して確認。朱と朱色の機体は旺盛な速度で、徐々に高度を落としながら飛行していた。
双翼と推進器を辛うじて判別。まるで飛翔鎧だ。
(高機動型ではないなら、まさか――)
新機軸の最新鋭機。そんな単語が頭を過ぎる、
ともあれ、部下には声を掛けておこう。魔力操作で通信魔法を起動。
「分隊各位。命令通り、待機していろ」
<え、隊長?>
一方的に通信を切り、カルシラたちを取り残して進発。拡張運動肢で手にした大太刀の鍔元に視線を向け、相棒の名を口にする。
「出番だぞ、リョース。全速力だ!」
再び、ストロベリーブロンドの髪が眩い銀の光を放つ。
紅銀の髪。魔力に感応し、髪自体が発光する特異体質。兜の中から光輝が漏れた。
術式が魔力を喰らい、紅焔が激しく燃え盛る。紅い軌跡が空を裂く。余りの速度に、振動が骨に食い込む。前方は防御結界が空気抵抗を減衰させるも、脚部から生じる爆発的加速の衝撃は減衰しない。緩衝作用の大きい強化服を、鎧の下に着込んでいても身体が軋む。激痛の悲鳴は歯を食いしばって咬み殺した。
神性霊媒。神々の残滓にして小さく無垢なる魂。それをして『パルウルス』と名付けられた。
パルウルスの現界には魔力が不可欠。今は蓄魔部品である魔導カートリッジを依り代にしていた。
テテュスが戦巫女になった時。神殿に祭られている土地神から下賜され、リョース《光》と名付けた。
名前を付けるのは、彼らにも心があるから。心は人格となり、意思を示す。故に戦巫女は彼らを、戦場で轡を並べる相棒として遇する。
魔力を流して同調すると、呼応したように核の宝珠が煌めく。幼精から与えられる加護によって推進器が更なる炎を吐き、限界以上の速度で墜落する飛翔体に向かった。
しかし、基地の司令部が静観する筈も無い。強制的に通信が繋がる。
<こちら、ラクリマコントロール。シルキー41、直ちに停止を。明確な命令違反です>
「なら、独断専行だ」
現場判断である程度の裁量は認められている。それを盾にテテュスは動いた。それに――
「私は巫女だ。無辜の信徒を神に代わって救うのに、理由など要らん」
通信魔法を強制解除。墜落不可避の竜機兵に、全回線を通じて呼びかける。
「おい、機体のパイロット。このままでは不時着して挽肉になるぞ⁉」
しかし、応答はない。それどころか、機体の反応も。多分、気絶しているのだろう。
(暴走の挙句、魔力切れか?)
体内魔力が枯渇することによる虚脱感や倦怠症状。重篤の場合は最悪、死に至るのが魔力切れの怖いところ。つまり、安否は不明という事。
「くっ……」
事態は思った以上に深刻だ。テテュスは唇を噛みしめる。
やがて、防御結界が消失。風圧の暴威が兜を殴打。模擬戦での消耗が原因。脳を揺らされる衝撃に襲われながらも、血が出るほどに唇を嚙んで意識を手放さない。
機体の全容を視認。朱く彩られた双翼と四肢はどこか、赤竜を彷彿とさせた。
弧を描きながら側面へと回り込む。真正面からの制動は愚策。ならば、斜めから押して水平方向の運動エネルギーを減衰、落下速度を制御。それしかない。
「やるぞ、リョース!」
再び相棒の名を呼び、噴炎を燃やして最接近。見るだけで圧迫感を覚える巨大な質量と朱色の機体。燃え上がる色彩の巨躯に改めて驚愕した。
「止まれええええええええええええええッッ!!」
気炎を吐いて魔力を送り、加護に応えて限界を超えた劫火の噴射が沈黙する機体を押す。
このままでは、村落に甚大な被害を与えるのは必至。頭に叩き込んだ地形図を頼りに、安全圏へ軌道を変える。
推力と質量の間に挟まれ、フレームが低く唸る。
そんな中、突然視界が揺れる。
(クソッ こんな時に……っ)
体力の消耗と軽度の魔力切れ。ここへ来て、演習での疲労が重くのしかかる。
飛翔鎧の機体操作をリョースに一任。彼らは魔力を持たないが、霊性で念じるままに器物操作が可能。
一方テテュスは身体に鞭打って竜機兵に魔力を流し込み、術式に接触。機体背面部で沈黙を貫く推進器の操作を試みた。
魔力走査で構造を把握。その時、思わず目を瞠った。
(何だ、これは……?)
頭部に集積された制御系術式。その複雑で精緻な構造に当惑した。これでは混線して暴走するのも無理はない。
「クッ……」
歯噛みして術式に魔力をくべ、逆噴射で急制動。現時点で自身の消耗も激しく、時間は残されていない。疲労感が意識を蝕む。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
燃え盛る噴炎で、墜落の勢いを必死に殺す。逆噴射で加速が失われていくも、このまま地面に叩きつけられては無事では済まない。もっと減速する必要があった。
「クソッ リョース!」
仕方ないので飛翔鎧の機体制御を中断。霊性で竜機兵を操作させる。
だが、彼らも万能ではない。霊性を使うには魔力が必要で、先程から湯水のごとく消費した弊害で枯渇寸前。死の恐怖が意識に上る。
それでも――――
「ありったけの魔力をくれてやるっ だから、必ず止めてみせろ!」
リョースならできる。テテュスは心の中で強く信じた。神性は信じる心を糧として、時には奇跡を起こす。
急速に流出していく魔力に意識が揺らぐ。胸中に渦巻く喪失と虚脱を感じながらも、彼我の無事を強く祈る。
テテュスが呼びかけた直後。呼応する相棒のお陰か、鋼の巨人はまるで、意識を取り戻したかのように駆動。反転し、進行方向へ推進器を噴射。一層の光と熱が閃き、ようやく機体は速度を減衰。
そこに生じる、心の僅かな弛緩。
突如、爆発が二つ。互いの推進装置が限界を迎え、立て続けに火を吹いて崩壊。機兵の術式が暴走し、その反動で連鎖爆発。魔力操作が甘くなったのも響いた。
「しまったッ⁉」
制御を失ったまま落下し、紅葉し始めた秋の森がすぐ眼前に迫る。
墜落の間際、リョースが竜機兵を操縦してテテュスを抱え込み庇う。胃の腑に浮遊感を覚えながら、疲弊し切った自身でも操作が及ぶ範囲で鎧の運動肢を動かして衝撃に備えた。
機体は、滑走しながら地面へ軟着陸。色づく木々は鋼の巨体に押し潰され、枝葉が音を立てて粉砕される。
落下の衝撃が、強化服越しにテテュスの五体を貫く
「――――っ!」
胸郭が押し潰されるような圧に晒され、息ができない。必死に歯を食い縛り、意識だけは保ち続ける。
呼吸困難で朦朧とする中。抉れる地面が土砂の暗幕となって視界を埋め尽くす。
やがて静止すると、両者の機体は沈黙。幕が下りると、すべての音が吸い込まれた静寂だけが取り残される。木々の隙間から。純白の曇天が地表を見下ろして来る。
「助、かった……」
息も絶え絶えで呻く。魔力切れの弊害で、虚脱感が全身に突き刺さっていた。
竜機兵は背中から突っ込んだので機体背部の飛翼と推進器は跡形もない。最初に接地した脚部も大破しているが、胴体部だけは損傷を免れていた。
一方で、テテュスの飛翔鎧は脚部を喪失しただけ。安全装置が働き、生身の足は無事だった。
「ありがとう。助かった」
抱きかかえてくれなければ、間違いなく死んでいた。
リョースも既に余力がなく、感謝への反応は乏しい。機体を動かしてもらうのはもう無理そうだ。
身に纏う強化服の補助関節から拡張運動肢の接続を解除。鎧の装甲を開放し、紅白の強化服で鋼鉄の腕の中から必死に這い出す。
「ぷはっ」
兜を外すと、爽やかな秋風が頬を浚う。汗ばんで火照った顔にはそれが心地良く、解放感も相俟って倦怠感が少し和らいだ。
改めて機体に目を向けると、操縦席のある胸部は無傷。リョースの制御の賜物だった。
紅白の強化服でテテュスは、薄く積もった土埃を拭って装甲の隙間にあるハンドルを回す。補助関節のお陰で、倦怠感があっても軽く回せた。
すると、排気音と共にコックピットブロックが開放され、下部に走る二本のレールによってシートごとせり出して来る。この装置で負傷した操縦者を救出する演習経験が活きた。
シートに繋がれた人物は項垂れている。だが、重要なのはそこではない。
金色の獣耳と尻尾を生やす金髪の獣人。
加圧仕様の黒い強化服に収まった小柄な体、幼い輪郭。それは、どう見ても少年。
「子、供……?」
なのに、肩の識別章は佐官級。徴兵年齢にも満たない外見との乖離がある。
絶句。予想外の事態に瞠目し、テテュスは一瞬、呼吸を忘れて固まった。




