表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝翼のテテュス ~誇り高き巫女は、王子の愛に靡かない~  作者: 三津朔夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/56

霧の城

 ナイジェルは悪びれることなく、清涼な空気をまとったまま指摘する。


「その発言は、越権行為なのでは?」

「は?」


 口から出た声が、自分でも薄く聞こえた。

 背中に視線を感じて振り返る。神殿から出向している壮年の神官。静かに見定めようとする冷徹な眼差しに、胸にかすかな痛痒つうようを覚えて落ち着かない。


「いいえ、違います」


 ダグアーラが、被せる。


「中尉は、何も変なことは言ってません」


 その瞬間、胸の奥がふっとゆるんだ。差し出された助け舟に、安堵あんどしてしまった。

 同時に、別のものがのどの奥に刺さる。かばわれたのは、発言が正しいからではない。

 自分の失言が、ダグアーラの職責内に収められただけ。


「殿下……」


 ナイジェルの眉根まゆねが一瞬だけれた。仮面の下の本心が、刃の先のようにのぞく。

 だがすぐ整う。その冷たさに、テテュスの皮膚があわ立つ。

 るぎない自信をたたえた碧眼へきがんを前に翻意ほんいが無理だと悟ったのか、神殿騎士は肩をすくめた。


「仕方ありませんね。殿下がそういうのであれば」


 浮かべた苦笑には、冷たい諦観ていかんが滲んでいた。二人の関係にヒビが入ったように感じられ、テテュスは落ち着かない。

 テテュスはさじを持つ指先に、力が入らないのを自覚した。

 さっきの我儘わがままが、少佐の迷惑になっている。迷惑どころか少佐の立場をかさに着て、自分の居場所を守った。


「大丈夫です」


 ダグアーラが、こちらを見る。


「守るって、約束しましたから」


 瞳の蒼碧そうへきが細まる。その優しさが、今はひどく甘い。甘い毒が胸の内側へ染み出し、息をするたびに広がっていく。

 安心してしまう。頼ってしまう。それが怖い。


「少佐……」


 何を言うべきなのか。テテュスは自身の本音を見失い、ありのまま出すことを恐れて言葉が迷子になる。


「さ。食べましょう。移動は強行軍ですから」

「……はい」


 ノーラが不安げにこちらを見ている。テテュスは笑ってみせた。笑える自分が、一番苦しい。

 食器の音だけが、静かに響いた。

 その静けさは、なごやかさではない。

 み込み切れずわだかまる想いが、舌を鈍らせた。

 

 〇                           〇


 ほの暗い朝。冷たい木と石の匂いが鼻先をかすめる。

 目覚めた瞬間、知らない天井が視界に落ちてきた。


(……ああ。そうだ)


 身体を起こすと、背中の筋が重い。毛布の匂いが違う。基地の布は洗剤の香りが薄く、かすかに森の匂いがした。

 感覚が鮮明になるにつれ、ソクボルグ基地に来た実感が立ち上がる。


 食堂の湯気。スプーンが皿を叩く小さな音。ノーラの笑い声。

 そして、あの目。神官の冷徹な視線。

 夕食の席はささやかな歓迎会の様相をていし、再会したネイラが軽口を叩き、スコルが冗談じょうだんを飛ばして笑いに包まれた。


 それだけで胸の奥がほどけて、危うく泣きそうになった。

 だから、笑ってしまった。

 笑って、全部を誤魔化した。

 入浴の湯気の中で、ようやく呼吸が深くなった。

 それでも、寝台に横たわった瞬間。肚底はらそこの冷えだけは残っていた。


『楽しみだな』


 そのつぶやきは、うそではない。

 まだ見ぬ専用機を操縦する事に対し、興味があるのも事実。ダグアーラによれば、反応速度は最新鋭機(ヒュルンドレキ)を上回るという。それに胸がおどったのは間違いない。


 けれどそれは、希望じゃない。

 懺悔ざんげの色を含んでいた。

 ふと、手の甲がうずく。

 指先でなぞると、後悔が背骨を駆け上がった。


「ふぅ…………」


 切り替えろ。心の中で強く念じてかぶりを振る。それだけで、頭の中のもやも少しは晴れた。

 テテュスはベッドから出て、部屋の窓を開ける。


 白濁した霧の眺望ちょうぼう。高い標高の晩秋は冬の気配を含み、無意識に呼吸が浅くなる。

 南東部高原の縁に張り付くように築かれているソクボルグ基地は、いわば天然の要塞。


 切り立った斜面の上に広がる石造りの建物群は、朝夕ちょうせきになると濃霧のうむに包まれ、遠目には輪郭りんかくすら白煙の遮幕しゃまくぼっする。


(攻め上がるには、最悪の地形ね)


 眼下を見渡して分かったが、飛翔鎧(セラフィム)での索敵さくてきも難しそうだ。テテュスは要害の堅牢けんろうさに感心する。

 視界は奪われ、足場は湿り、攻城兵器の設営にも倍の手間がかかる。その霧は守勢にとって、城壁よりも強力な防塁ぼうるいだった。

 攻める者を拒む城。近代化改修して運用するのは、参謀本部の慧眼けいがんがあればこそ。


「いやー、何度来てもご飯が美味しいねぇ♪」


 食堂に響いたのは、スコルの快活な声。昨日の内に朝食を一緒に取る約束をしていた四人は、テーブルの一角を占有せんゆうしていた。護衛のゼルヴァは、少し離れた位置で黙々と食指を動かす。

 彼女はジャガイモが入ったホクホクの煮込み料理を頬張ほおばり、満足そうに息を吐く。


「ま、高原野菜が新鮮だからね」


 応じるネイラは淡々としていた。ひじをつくと、さじを回してもてあそぶ。

 寒暖差があると野菜は糖度が増す。それをテテュスは、神殿に奉職していた頃から知っていた。


「これで、パンが白ければなぁ。ハハ……」


 逸らした視線を床に落とし、乾いた笑いが哀愁あいしゅうを漂わせる。テテュスにとってパンとは、茶色か黒なのでスコルの気持ちが分からない。ただ、彼女なりに耐え忍んで来たことはうかがえた。


「近衛師団は、随分といいもの食ってたんだね?」


 さすがお貴族サマ。庶民しょみん代表からの皮肉に、スコルのまゆがピクリと跳ねる。

 近衛師団は王都に駐屯ちゅうとんしており、穀倉地帯の恩恵を受けているようだった。最新の製粉機は性能が良いと、研修時代に聞いた事があった。


「そうだよ。お貴族様はね、しっかり経済も回しちゃうんだよ? その辺の庶民よ・り・も♪」


 胸を反らして勝ち誇るスコルに対し、ネイラは咀嚼そしゃくしていた口をへの字に曲げた。

 まるで子供のケンカだ。黒パンをもそもそ食べるテテュスが静観していると、口を開いたのはノーラ。


「白パンって、そんなにおいしいんですか?」


 少女が首をかしげるのも無理はない。暮らしていた孤児院は裕福とは言いがたく、ラクリマ基地も白パンは出なかった。


「うんっ とっても美味しいよ? ケーキみたいにね♪」

「ケーキ⁉」


 ノーラの顔が目に見えて輝き出した。その笑顔は屈託くったくがない。テテュスは胸の奥が、ふっとゆるむのを感じた。


「今度、食べに行こうか?」


 はい。幼い侍女じじょは嬉々として首を縦に振る。

 皮肉の応酬おうしゅうをしていた二人は見合わせた顔を綻ばせ、朝餉あさげの一時は穏やかな空気が流れていた。


 ヴァールヘイト基地で抱えたもの。

 越権えっけん庇護ひご、甘さ。それらは、今この食卓では語られない。

 語られないからこそ、ここは心地いい。

 食器の音が落ち着き、湯気の匂いが薄くなる頃。食堂の入口に、金色の尻尾しっぽれて現れる。ダグアーラだ。


「中尉。少し時間を頂けますか?」


 耳朶じだを打つ少年の声に、甘いうずきが胸に宿る。屈託ない笑みを浮かべる姿は見ていて微笑ほほえましい。だが少年の後方には神殿騎士がひかえており、嫌でも昨日の事を思い出した。


「おはよー♪ ダグアーラ少佐。ゴハン食べた?」


 柔らかく尻尾と手を振るのはスコル。彼は短く「はい」とだけ。

 食卓を訪れた少佐は他の面々にも会釈えしゃくし、次にテテュスへ向き直る。


「試運転の前に、最終調整をお願いします」


 嬉々として上気したほおが、旺盛おうせいな好奇心を物語っていた。自身が設計した機体の動くところを早く見たい。衝動的な愉悦ゆえつが全身からあふれ出している。ダグアーラの無邪気さに当てられ、口角を緩ませる自分がいた。


「はい」


 それ以外の言葉など、意味がない。テテュスも思わずほおほころぶ。ただ、突き刺さる視線が心に冷や水を浴びせて来る。


「天才である殿下が技術を愛し、政治を理解しておられることは重々承知しております。ですが誤解を生む余地は、作らぬに越したことはございません。愛情すら政治に変質するのが、王族なれば」


 ナイジェルの言葉に、その場の空気が凍る。ダグアーラは忠言を送る護衛へ向ける碧眼へきがんに、烈火れっかの炎を宿していた。

 政治の力を使えばこそ、研究を継続できてるのは自明。技術の牙城にあって、それを否定することはできないでいた。


「僕は、一人の技術者としてここに居ます……」


 それだけ言うと、口を引き結ぶ。震える拳に気持ちを押し込めた少年の、ささやかな抵抗だった。


「ええ、そうでしょうとも。私は殿下の口から直接、それを聞きたかったのですよ」


 言質げんちを取ったと、柔和な笑みを浮かべる。自身の立場を鑑みればこそ沈黙を貫くダグアーラ。テテュスは代わりに抗弁したい衝動が沸き起こるが、昨日の事が二の足を踏ませる。

 もどかしさにはらの底で焦燥しょうそうが募る。少年に視線を向ければ、微笑を返してくれた。一瞬、心臓が跳ねた。


「貴方に言われずとも、政治は理解しています」


 少年は柔らかい声音で、しかし確信を込めてそれを口にする。


「だからこそ、証明します。技術で」


 前人未到の大望を。揺らぐことなく。


「ナイジェルはさ。護衛が任務なら、政治に口挟むのは職分を超えてるんじゃないの?」

「一番手っ取り早いのはさ、結果で黙らせることじゃない?」


 友人二人も護衛役に苦言をていする。形勢不利を悟ったのか、青年は大仰おおぎょうに肩をすくめた。


「では、行きましょうか? 中尉」


 爽やかな笑みから差し出される手。食事を終えたテテュスは椅子を引くと、


「それじゃ、後でね♪」

「がんばれ」

「応援してますっ」


 三人は口々に鼓舞こぶして送り出してくれた。


「みんな、ありがとう」


 緊張がほどけ、胸の奥に残る冷えが霧のように薄れていく。

 ——今度こそ、大丈夫。

 そう、信じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ