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輝翼のテテュス ~誇り高き巫女は、王子の愛に靡かない~  作者: 三津朔夜


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35/40

土にまみれて

 晩秋の陽光を雲がさえぎり、乾いた風が紅葉の残りさらっていく。

 年の瀬の足音が木枯らしにかき消される朽葉月(くちばづき)(十一月)。


 ヴァールヘイト基地演習場――踏み固められた平野がゆるく起伏し、西の原生林が風の刃をやわらげる。遠く、内海へ注ぐ川筋が一本の銀糸となってのびていた。


 向かい合うのは、苔色こけいろの鋼の巨影。俊敏しゅんびんを前提にしぼられた躯体くたい、要所ごとに増設されたハードポイント。テテュスの乗る狩人(ヴェイズ)は身軽さを本懐ほんかいとする機体。重厚で制圧力に定評のある盾役(ヴェルンダリ)とは設計思想が真逆。

 紅白の強化服越しに、振動がじわりと骨まで届く。


<どうよ中尉? 少しは慣れてきたか?>

「ええ。お陰様で」


 軽口混じりの声は、対面で同型機を操る教導部隊のリヒテンタール・グヴィナー大尉たいい

 見た目は軽薄、仕事は周到。この一ヶ月、彼のしごきから得られる充足と成長は、機体操縦の妙味と醍醐味だいごいに彩られていた。


 コクピット前面、コンソールのカートリッジがかすかに脈打つ。(コア)の宝珠に宿る相棒、幼精(パルウルス)のリョースが、こちらの鼓動をなぞるように光った。


「大丈夫だ。見ていてくれ」


 ひと言で、胸のざわめきがほどける。テテュスは指先の力を抜き、操縦桿そうじゅうかんを軽くあおった。油の甘い匂い、鉄の冷え、機体内部に巡る魔力の低いうなり。全てが開かれる戦端に向けて研ぎまされる。


 足元のペダルに、そっと重心を落とす。ヴェイズが歩を進め、踏みめる度にサスペンションが短く鳴った。助走距離を取ってからきびすを返し、太刀を肩口に担いで浅く腰を落とす。

 正眼で間合いを押し付ける戦い方は、この一週間で通じないと知った。だから、今度は隠して太刀の間合いを悟らせず、動きで圧をつくる。


<そいつぁ良かった。じゃ、今日も腰砕けになるまでシゴいてやんよ♪>

「望むところ」


 向かって左手、遠くの監視塔から開始のブザー。原生林が寒風に紅葉くれはを鳴らし、川面の銀糸がかすかにきらめいた。

 テテュスは一拍だけ、息を置く。


 フットペダルを強く踏み込み、ヴェイズは地を裂く――――重い。飛翔鎧(セラフィム)と違い、竜機兵(ドラグマキナ)は想像以上に重力に縛られている。脚部をひと振りするたび、何トンという巨大な質量が遅れてついてくる。反応がにぶい。まるでねばつく糸。高速戦闘に最適化した意識と機体の間に、まだ薄い膜がある。


(飛ばすなんて、本当にできるの?)


 喉奥のどおくの問いを、テテュスはほんの一瞬だけ見つめて、しかし笑って畳んだ。約束したから。背負った願いを空へ運ぶため、今は前に出るしかない。

 視界の片隅で、宝珠がまた微かに明滅めいめつする。本当に心配症だ。自分が不甲斐ないせいもあるかもだが。


「行くぞ、リョース!」


 駆け出す乗機に対し、グヴィナー機は二本のナイフを構え、低く腰を落とした姿勢。隙がない。

 テテュスは唇の端を、少しだけ上げた。

 舞台は整った。緊張は熱に変わる。重さは刃へと変換する。


「――いざッ!」


 操縦桿を押し出す。背部の推進器(スラスター)が咆哮、重力の(くびき)を振り切り宙を駆ける。相手の視界から刃を消したまま間合いをつぶす。機体の心音が胸郭きょうかくに響いた。

 間合いが接した瞬間、袈裟斬けさげり。足が地を抉り、烈震れっしんの白刃が土煙を跳ね上げる。空振り。狩人は跳躍ちょうやくしていた。頭上で二本の鋼刃こうじんきばく。


「っ――」


 最大噴射で急浮上。だが衝撃。つばを踏まれ、機体がきしむ。相手はそのままつばを足場に一回転、後方へ抜ける。置き土産の熱波で視界が揺らぐ。


 逃がさない。背に業火(ごうか)を燃やし追従。十八トンを無理やり軽くする火の推力。地を砕く着地の刹那せつな、横一文字。まずは防御結界を断つ狙い。しかし、炎尾で砂塵さじんを裂き、正面へおどり込み吶喊とっかん。刃先は途中で止められ、鍔元つばもとが噛み合い火花が咲く。

 衝突。肩へ重い反動。胸内の結界越しに鈍痛が残る。息が浅くなる。


(重い……っ)


 呼吸が詰まり、半拍遅れる。衝撃で宙に流れる機体を支えようと、突き出した踵が亀裂に噛まれた。それは自身が放った斬撃痕。着地が乱れる。姿勢制御のアラートが一瞬(とも)って消えた。


「しまっ――!」


 地を叩く音。相手は刃を交叉こうさ、腰をさらに落として地を疾駆しっく。左右の刃が牙をく。脇構えで応じ、斬り上げ。刃と刃。火粒が散り、錬鉄れんてつの悲鳴が耳を刺した。


 だが、もう片方のナイフが防御結界に牙を突き立てる。あと一回で撃墜判定。もう、攻撃は喰らえない。推力を使って横にび退避、さらに林側へ。原生林を右手、川を背にして逃げにてっした。当然、教官は攻め手を緩めることなく追撃してくる。


「くっ……」


 忸怩じくじたる思いをつぶす。機体の返りが遅い。挙動に一々巨大な質量が重くのしかかる。もつれやしないかと、一瞬の遅滞ちたいが生じる度に祈りたくなるのはハッキリ言って苦痛だ。


 今なら分かる。こんな巨大な鉄のかたまりを空に飛ばすことが、どんなに荒唐無稽こうとうむけいであるかが。もはや狂気の沙汰さたと言って差しつかえないだろう。飛翔型の開発は不可能への挑戦なのだと、演習で毎日痛感する。


 熱がこもる背部を、風がでた。忍び寄る巨影に心内が押し潰される。圧迫感でのどまる。息を整え、操縦桿そうじゅうかんを握り直した。後方から狩人のナイフが呼吸を計って近づく。


 身を屈めさらに加速、最小限の挙動で徐々に追い詰めていく。背中の噴炎ふんえんはまだ燃えない。テテュスは焦燥しょうそうに胸を焦がした。振り返りざまの斬撃。起こりを潰されると、相手の逆襲が始まる。足を止め守勢に回った。

 挑発混じりの通信が短く弾んだ。


<どうした? そこで止まるなよ、中尉>


 軽薄な言葉とは裏腹に、太刀筋にはすきが無い。

 閉塞へいそくしていく状況の中、彼女には挑発を受け流す余裕はすでに失われていた。


「私を――――――めるなッ!」


 解放。心臓が脈打ち、髪が銀に燃える。溢れた魔力が導管を走り、装甲の継ぎ目に蒼が灯る。機体が軽い。


 <なんだとっ⁉>


 教官は、突然の魔力反応と発光現象に面食らっていた。攻撃はまだ来ない。

 ペダルを踏む。推進器(スラスター)が唸り右へ。刃を引きつけてから切り上げ。鉄火が散り、砂塵が弾けた。受け流されても即、腰で切り返す。


 正面。返す太刀の斬り下ろしを、交差した双刃が頭上で防御。威力をがれた刀身をらし、もう片方が切っ先を差し向ける。柄を手放し、刺突を左肘で跳ね上げた。そのまま体当たり。肩で押し込み、ひざと腰で圧を掛ける。魔力が横溢おういつした機体の反応が思考に追随ついずいし始め、遅れが消えた。


「オォオオッ!」


 気炎と同時に最大噴射(ふんしゃ)。相手の全速離脱を読み切り仕掛けた。着地に合わせて踏み込み、大きく引いた刀身で片手突き。左腕で作った死角からの一撃。


「甘い!」


 教官がえる。ナイフで軌道を曲げられた。鍔元つばもとが火を吐き、鏗然(こうぜん)たる叫喚きょうかんが戦場に焼き付く。

 かすかに響く、左脇に亀裂が入る異音。構わない。肩をつかみ、かぶとに頭突き。視界がつぶされた相手の動きが止まった。


 「しまっ――」


 教官の声がれる。勝機。大上段。


「これで――」


 終わりだ。全荷重を刃に載せ、落とす――


「え――」


 自機の右肘が悲鳴を上げた。限界を超えたトルクが関節を裂き、装甲が外へめくれ出す。亀裂をかばう挙動がたたった。斬撃は刃先がにぶり、更にいなされては刀勢の挽回ばんかいが絶望的。左手を繰り込んで柄を短く持ち、つばで一太刀目を迎撃。空いた懐に、もう一方の刃が真っ直ぐ左脇へ。テテュスの皮膚が粟立あわたつ。


 避けられない。左足で後退、推力を噴かし姿勢だけは保つ。

 だが遅い。頭部にナイフの先端を突き付けられ撃墜げきつい判定。


「……参った」


 息が落ちる。ストロベリーブロンドの結い髪の銀光が立ち消え、導管の蒼もしずまっていく。右腕の関節は角度を保てず、だらりと垂れた。熱の抜ける音が狭い操縦席に満ちる。

 のどの奥でつばを飲み込み、テテュスは短く目を閉じた。無理押しでこじ開けた一手――届く寸前で、機体が先に折れた。


「すまない……」


 天井てんじょうあおぎ、見守ってくれていた相棒リョース酷使こくしした乗機ヴェイズに謝罪した。

 勝てなかった理由は明瞭めいりょうだ。魔力でおくれはめられても、機体と関節の強度限界までは、カバーし切れない。


 やがて砂塵さじんが落ち着く。修理が必要となり、今日の訓練は強制終了。

 ひざ関節も限界だったらしく、教官機の肩を駆りて演習場を後にした。

 テテュスは操縦桿そうじゅうかんを手離し、サイドペダルを踏んで自動操縦に移行。


 躯体くたい稼働かどうさせる術式が勝手に運んでくれる。座席に背中を預け、目を伏せた。

 負けの痛みと、次に進むための手掛かりの輪郭りんかくだけが、身体に残った。

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