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輝翼のテテュス~女を捨てて軍に入ったけど、年下王子から言い寄られて私の情緒はグチャグチャです~  作者: 三津朔夜


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決闘代行

 そこは、荘厳そうごんな空間と形容するに相応ふさわしかった。

 空気は濃密で、花と香料の甘さが存在感を放つ。

 天をくかのような円蓋えんがい天井には龍神のフレスコ画が描かれ、白亜の円柱が支える壁面は蒼碧そうへきと金を基調とする威厳いげんの装飾で覆われている。


 それらの意匠はマーナローグ(月の湖)公国の威光を余すことなく伝えていた。

 天井から垂れ下がる豪奢ごうしゃなシャンデリアが、無数の光を放ちながら白大理石の床にこぼれ、あお絨毯じゅうたんの紋章を煌々《こうこう》と照らしていた。会場の奥には階段状に配された観覧席が設えられ、そこから王族や重臣たちが見下ろすように座している。


 高みから睥睨へいげいする視線の先。会場の中心に、ダグアーラが立っていた。

 対峙たいじする相手は屈強な有角人アントルの男性。その恵体けいたいから、少年の不利は最早明らか。周囲の視線からは期待や好奇心の他に、同情の念も感じられた。


 どうして、こうなってしまったのだろう。テテュスは悄然しょうぜんと立ち尽くす。

 傍観ぼうかんしている背中に、声を掛けて来るのは控室ひかえしつで別れた幼馴染おさななじみ


「どういう状況?」

「ああ。ミレイユか……」


 疑問符を浮かべる彼女の顔を見ると、いくらか冷静さを取り戻すことができた。

 開会直後は、何も問題なかった。ダグアーラからのテテュスの紹介も終わり、歓談が始まった際、イリアナと同年代くらいの少女たちが目をかがやかせて殺到した。


『ぜひ、テテュス様のお話をお聞かせください』


 そうせがまれ、スコルとネイラも交えて談笑に興じていた。

 きっかけは、控室での一件。そこで難癖を付けて来たクロムグリーンの女性、ユージェニーが兄のオスカーと共にテテュスの下にやって来た。


『王女殿下にするとされるその武芸。是非、我が剣で見極めたく』


 そんな挑発で決闘に誘って来た。立ち居振る舞いを見ても、武術への高い技量がうかがえた。

 黙っていると、彼は嬉々として自分の経歴を語り出す。南部での前線経験があり、叩き上げとしての自負があった。


 周囲の人間もひそやかに彼を冷やかすが、実力に対する言及はとぼしい。

 聴衆も気付いている。伊達だて酔狂すいきょうで名乗りを上げた訳ではないのだと。


 妹の逆恨さかうらみから現れた難敵を、どうめ殺しして勝つか。思考を加速させた矢先、聞こえて来たのは少年の声。


『いいですね。それでは是非ぜひ、僕と決闘けっとうしてください』


 物腰柔らかいながらも、発したのは宣戦布告。テテュスは思わず目を白黒させた。


『病み上がりで連戦したんです。自重は命令ですよ中尉?』


 そう言われてしまえば、従うほかなくなる。かくしてダグアーラとオスカー、両者合意の下で決闘が成立。英雄の武技を視れるとあって、会場は大いに沸いた。

 そして今。漏れ聞こえる声から、声をひそめた勝敗予想が白熱しているようだ。


「こういうことは、夜会で何度もあるものなのか?」


 テテュスの耳打ちにならい、ミレイユもこっそり教えてくれる。自分もやったことあるでしょという指摘は無視した。


「そうねぇ。聞いた限りだと、月に一回はあるらしいわ」


 血の気が多い。それが率直な感想だった。当事者になったこともある自分を棚に上げて。

 密談をしている間に、二人は剣を手にする。鍛錬たんれん用で刃引きがされているため、致命傷にはならない。それでも、体格が倍近い相手に挑む少年の姿を見ると、不安に胸が押しつぶされそうだった。


「あの、少佐――」

「見ていて下さい、我が剣技を。()テュ()()

「え――」


 優しげな笑みに絶句。微塵みじんも勝利を疑わない、確信に近いものを彼は抱いていた。根拠など、知る由もない。

 微笑をたたえた殿下はきびすを返し、いつの間にか立会人になったゲズゴール将軍の元へと歩みよる。その背中に発破をかけたのは、誰であろうエルディッサ。


「我が王族に伝わる剣技のえ、しかと示せ。無様な試合は許さぬぞ?」


 壇上だんじょうから尊大な態度で弟君を指差す。


「承知いたしました姉上」


 しかし当の本人は気負わず、むしろ微笑みを返す余裕すら持ち合わせていた。そして抜剣時に黄色い歓声が上がると、テテュスの胸にかすかなしこりが生じる。


(なんだ…………?)


 それは、初めての感覚だった。だが当惑するほどでもない。胸元に落とした視線を再び少佐に向け、その雄姿ゆうしを見守る。

 片手剣を正面に突き出し半身の構え。一切の無駄がなく理に適ったそれは、悠然の中に力強さを内包している。片や、オスカーも今にも相手を鯨飲げいいんせんと、襲い来る波濤はとうの如き激しさが構えから立ち昇る。いのある姿とは、よく言ったものだ。


 対峙する二人の戦意が空気に伝播でんぱし、ヒリつくような緊迫が頬に爪を立てる。

 誰もが固唾かたずを呑む中、将軍が裁定者として告げる。


「では! 己が剣を振るい、その矜持を示せィッッ‼」


 試合開始。先手必勝とばかりにオスカーが仕掛けた。


「オオオオオオオオオオッッ」


 中段突き。捨て身の突撃を、ダグアーラはこともなげに受け流す。


「ウソ……っ」


 目をみはるのは隣のミレイユ。その理由はテテュスにも痛いほどわかった。いなしたように見えるがその実、()()()()()()いっ()()

 極めて微細な誘いの動作。それを以てダグアーラは突きを交わした。テテュス程の実力がなければ見逃していた。


「オオオオオッッ!」


 何度躱されてもオスカーは諦めない。剣戟の激流に呑み込まんと、軒昂けんこうなる気迫で相手を攻め立てる。


「…………」


 それでもダグアーラは動じない。冷徹に太刀筋を分析、刀身を差し出し火花を散らして迎撃。吹き荒れる剣風を、涼しい顔で受け流す。


「強い……」


 畏怖いふを含んだ言葉が、テテュスの唇からこぼれた。

 思い違いを、していたのかもしれない。

 彼は起き抜けの丸腰状態で手練てだれの暗殺者の奇襲をやり過ごし、艦内では二人の刺客を短時間で始末した。

 そして今。テテュスを凌ぐ剣技の冴えを披露している。皆の眼前で。


「っづあッ!」


 それは、およそ緩手かんしゅとは呼べぬほどの小さなほころび。しかし、彼はそれを逃さない。


 斬撃を避けた瞬間、即座に体を寄せ密着。突き飛ばそうと肩口に体重をかける相手と拮抗。一瞬の膠着に精彩を欠いた表情でオスカーは旋回。ダグアーラはその途中に剣先を突き出し、攻撃を止めさせた。


「…………参った」

「ありがとうございます」


 オスカーが剣を下げるとダグアーラも剣を引き一礼。

 ゲズゴール将軍勝利を告げる声より早く、歓声が弾けた。

 名を呼ぶ声、称える声、熱を帯びた視線。


 そのすべてが、彼を遠くへ連れて行く。

 私はその渦の外で、立ち尽くしていた。

 触れてはいけない、と本能が告げた。


(私には無理だな……)


 万全の状態で戦えたとしても、オスカーに勝てたかどうか。それに比べ、ダグアーラは涼しげな顔で圧勝。実力の桁が違う。

 碧眼へきがんと目が合った。ただそれだけで、胸の奥に火がいた。


「テテュスちゃん」

「え――」


 ミレイユの微笑が、すべてを見抜いている気がして。

 続きを聞く前に背を向けた。聞けば終わってしまう気がして。


「――――っ」


 気が付けば、走っていた。焦がすような熱が、胸の奥から込み上げて来る。扇も忘れ、スカートをつかみ駆ける。

 ただ一度、冷たい風にさらされたくて。

 なのに火照りは引かず、ほおの熱が苦しい。コルセットが肺を締め付け、鼓膜の奥で心臓が喚いていた。


「ああ、もうっ」


 頭を振った拍子にリボンがほどける。スカートをたくし上げる手に扇はない。焦燥に駆られて走り続けた。胸の内を焦がす、炎を収めるために。

 夜の回廊は静かで冷たい。けれど火照ほてりは消えず、指先にさえ熱が残っていた。


「はあっ はっ はあ……っ」


 息を切らしてひざに両手を着く。肺に食い込むコルセットのせいで、どうしても呼吸が浅くなる。それと、さっきから鼓膜こまくの奥で心臓がうるさい。


「テテュスさま?」

「きゅう」


 顔を上げると、小さな侍女じじょと毛むくじゃらの相棒がそこにいた。

 いつの間にか、エルディッサの部屋の前だったらしい。

 メイドに「夜風に当たりたい」と申し出て、バルコニーへ出る。

 夜空はんで、風は肌を刺すほど冷たい。

 けれど肩をでた冷気が、火照りに触れて焔のように燃え広がった。


『テテュス』


 胸に響く残響が、思考を甘くとろかす。

 夜陰の静謐せいひつが、焦がれた心のわめきを風に伝える。


「まさか……」


 愕然がくぜん欄干らんかんに突っ伏す。胸元に手を当てると、熱い律動が噴き上がっていた。

 まぶたを閉じれば、あの微笑と碧眼が浮かんでしまう。それが恋しくてたまらない。


「私は……」


 その先は、言えなかった。

 言葉にしたら、もう戻れなくなる気がして。

 月光をあおぐと、胸の内まで見透かされそうで。テテュスは顔を上げる事すら拒んだ。

 それが全てを物語っていると、夢にも思わずに。

また来週

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