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輝翼のテテュス~女を捨てて軍に入ったけど、年下王子から言い寄られて私の情緒はグチャグチャです~  作者: 三津朔夜


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矜持と名誉

「いつまでほうけておるつもりだ?」


 横からひじを喰らい、少年は脇腹を押さえる。中々に手厳しい。


「ほれ。女子おなごがこの日のために着飾っておるのだ。世辞の一つくらい、あってもばちは当たらぬと思うが?」

「痛っ 姉上、解りましたから……っ」


 ぐりぐりと押し付けられる肘から逃げると、ほおを上気させたダグアーラはコホンと一つ咳払せきばらい。


「お二人とも、とてもよくお似合いですよ。魅力が際立って見えます」

「フン」

「ありがとうございます。今宵こよいの殿下も、主賓しゅひんの品格にあふれていますよ♪」


 エルディッサはツンとそっぽを向くが、真紅しんく尻尾しっぽが跳ねる辺り内心嬉しいのだろう。その点、ミレイユは素直に謝意を示し、王子に賛辞を返した。

 幼馴染おさななじみの言う通り、ダグアーラのタキシードは堂に入っていた。金髪碧眼きんぱつへきがん白皙はくせきを際立たせる出で立ちは、やんごとなき身分であることを強烈に印象付ける。


 改めて、彼は王族なのだという事を教えられた気分だった。一方で身分の違いが示されたようで、胸の奥にかすかなしびれを感じた。


「それと、中尉ちゅうい

「? はい、少佐」


 口元を押さえながら向き直る少佐に、テテュスは神妙な面持ちで背筋を正す。


「まずは、これを」


 ポケットから取り出したのは、レース地のフリルが可愛らしい黒のチョーカーが二つ。中心の紅い宝珠は薔薇石(ロザライト)

 優秀な魔法触媒でもある真紅の鉱石。手に取ると、裏に刻まれた金色の術式が透けて見える。精緻せいちな術式は防御結界。


「さっき、姉上に言われて気付きました。守るたてがあれば良いのではないかと」


 そばにいるためにも。もう一つはノーラの分。これで、戦闘に巻き込まれた時でも即死することは無い。侍女じじょは部屋でリョースとお留守番していると教える。


「ちょっと渡してきますね」

「はい、ありがとうございました」


 屈託くったくない笑顔で、ダグアーラは扉の奥に消えた。その間にテテュスは自分でチョーカーを付ける。首から下げたタグと絡まないよう注意して。

 すると、一分もしないうちに戻って来た。


「お待たせしました。では、行きましょうか」

「たわけ」


 歩を進めようとしたところに水を差すのはエルディッサ。憮然ぶぜんと弟君をにらむ。


「愚弟よ。その前に、言っておくべきことを忘れているであろうが?」

「? 何を忘れ――――ああ」


 ダグアーラは何かを思い出し、手のひらを叩く。その様子に姉君はしたり顔で頷く。


「そういえば姉上。皇国との婚礼こんれい――――ふぎゅっ」

「このたわけ! そういう事ではないわっ 下世話にも程があるぞッ!」


 象牙ぞうげ色のヒールがダグアーラのほおに食い込む。痛そうだ。

 当惑する王子は姉君の足をつかんで反論する。


「ですが、姉上。確実に皆が――」

「来春、濯風月(ようふうづき)(三月)だ。皆が気を揉んでいるのなら、挨拶の時にそなたから伝えるがよい」


 腕を組み、有無を言わさぬ迫力を前に、弟君は閉口し降参した。


『五民均衡の理念につばを吐き、国をかきす輩が居るうちはとつぐにとつげぬ』


 彼女は以前、ダグアーラの無事を知らされた後の会見で大々的に発表した。

 エルディッサは大陸北岸にある皇国の王太子の元へ嫁ぐことが決まっている。年内には婚儀こんぎが執り行われる予定だったが、会見での一言が原因で延期になった。


 万が一破談ともなれば、皇国との同盟に亀裂が入ることは間違いない。お陰で政争や暗闘が沈静化したと、クリスカから聞いた。

 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、エルディッサが先導して会場へと足を向ける。

 途中、テテュスは後ろからゲズゴール将軍に声を掛けられる。


「傷を誇るとはやはり、そなたは戦士よな」

「ありがとうございます」


 素直に礼を述べると大笑し、将軍は周囲の注目を集めた。


「中尉。準主賓しゅんしゅひん控室ひかえしつには、貴女あなた同僚どうりょうが居ますので」


 飛翔型開発における三人の試験搭乗者(テストパイロット)を今夜、ダグアーラは紹介するらしい。


「うむ。そなたらは国の将来を一身に背負う、英雄であるからな」

「もう、おじいちゃん。あんまり気負わせちゃダ~メ♪」


 古参の英雄がしたり顔でうなずいたかと思うと、愛孫まなまごにたしなめられてデレデレした。ご褒美ほうびかな。テテュスは胡乱うろんな眼差しを向けた。


「では、また後でな」


 王女王子と一旦別れ、一般控室(ひかえしつ)へ。

 天井には絢爛けんらんなシャンデリア、壁には金糸のタペストリー。絨毯じゅうたんには、獣の毛皮が織り込まれている。香水と香の混じった空気が鼻を突いた。


 どこを見渡しても、室内には軍服を着た人間は居ない。巫女みこや神官の姿も。北西部とは似ても似つかない夜会の様相に、テテュスは戸惑いを隠せない。

 そんな中、将軍を呼び止める声が聞こえる、偉丈夫いじょうふほこ体躯たいくの陰に隠れ、誰かは分からなかった。


「すまんが失礼する。ミレイユ、来なさい」


 どうやら愛孫を知り合いを紹介したいらしく、二人とは別行動となる。


「同行致しましょうか?」

「私は子供か?」


 リゼの申し出をやんわりと断り、準主賓用の控室へは一人で向かった。


(人が多い……)


 控室は既に七割方埋め尽くされている。部屋の広さも人数も、さっきまでとはまるで別世界。地上の乱戦に引き込まれたような心地がした。

 そう、戦場。戦いは控室に入った時点で始まっている。テテュスは気を引き締め、周囲に気を配り控室を目指す。


 往来の隙間を縫うように。履き慣れないハイヒールの足運びに気を払い、閉じた扇を片手に軽やかな身のこなしで人垣を躱していく。


(もう少し――)


 男性給仕を避けた瞬間、大股おおまたで歩く男が視界に飛び込んで来る。旋回して窮地きゅうちを脱し、足を踏み出す場所に開かれたおうぎが落ちていた。少女の声が聞こえる。


「ああっ わたくしとしたことが」

「う、ぉっ――」


 腰を深く落とし、辛うじて傷付けずに済んだ。安堵する間もなく、横から誰かがぶつかる。


「きゃあああああっ」


 少女の悲鳴が室内に響き渡る。視線を向けると、蜜色みついろのドレスを着飾った少女が尻もちをついていた。どうやら、ぶつかったのは彼女らしい。大方、扇を拾おうとしたのだろう。


「すまない。大丈夫――」

「ちょっと、どういうつもりなんですのっ⁉」


 いきなり金切かなきり声を浴びせられ当惑した。


「は――?」


 疑問符を浮かべて首をひねるテテュスから、扇をひったくってから少女が立ち上がる。

 改めてよく見ると、歳は十五、六の頃。成人したての生意気盛りでもある。その後ろには、数人の友達らしき同年代の少女たちが扇で口元を隠してこちらをにらんでいた。


「横からぶつかって来るなんて」

「底意地が悪いったら」

「どういう教育を受けてるんですの?」

「田舎者なのかしら?」

 

少女たちは口々に非難めいた言葉を口にする。だがまあ、友人があわや怪我けがをするところだったのだ。悪罵あくばに口さがなくなるのも、頷ける話ではある。

 このままテテュスが槍玉やりだまに挙げられるかと思ったが、さにあらず。


「成金共が」

「金に汚いのが所作に出ているわ」

「弱い者いじめだなんて」

「高くつくぞ? 安いプライドが」


 輪を形成する人垣から、心無い声がかすかに聞こえてくる。その言葉一つ一つに、彼女たちは平静を装いながらピクリと反応していた。


(なんだ……?)


 テテュスは空気が変わったのを察知し、怪訝けげんを抱きながら周囲に目配せする。

 もはや二人がかち合ったことなどはどうでもよく、少女たちと外野の間で剣呑けんのんな空気が漂い始める。互いの上げ足を取ろうと、無言で牽制し合っているようでもあった。


 北西部ではこんな事は無かった。不快な雰囲気に物申す直前。音を立てて扇が開かれた。音の方を見ると、先程ぶつかった少女が毅然きぜんとした表情でテテュスと対峙たいじする。


「ご存知かしら? ここは北西部ではなく王都で、夜会の主賓は王弟殿下。粗相そそうが許される場だとでも?」


 よく通る声。周囲は沈黙し、少女に様々な目を向ける。しかし彼女は動じず、品性をにじませ敢然かんぜんと沈黙を使う。


「ふぅむ……」


 扇を突き出し糾弾きゅうだんする少女の、なんという観察眼の高さか。テテュスは思わずうなり、あごに手をやり少女を観察。なるほど確かに、長年社交の場に身を置き続けた風格をかもし出していた。


(やはり、熟練者は違うな)


 開会まで、もう少し時間はあったハズ。先輩と仲良くなり、手ほどきを受けるのも一興か。そう思い立ち頭を下げる。


「どうかご無礼をお許しいただきたい、レディ。ご存じの通り、私はアロナ湖上神殿より軍に出向しているテテュス・アハティアラ中尉だ」


 以後お見知りおきを。にこやかに手を差し出すと、優雅さから一転。鼻白む少女は払いのける。


「生憎と、男爵家は軽々しく名乗るほど安くはなくってよッ⁉ 弁えなさい!」

「ほぅ?」


 彼女は怒りに任せてののしった。その様子にテテュスは胸の奥がしんと凍っていくのを感じた。

 周囲を睥睨へいげいすれば、誰もが傍観ぼうかんしている。目を細め、扇の陰でひそひそとささやき合う夫人たちや、あわれむような冷ややかな目を向けてくる男性陣。


 将軍は来ない。この程度の些事さじは自分で切り抜けろという心算なのだろう。ならば仕方ない。

 反撃開始だ。

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