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輝翼のテテュス~女を捨てて軍に入ったけど、年下王子から言い寄られて私の情緒はグチャグチャです~  作者: 三津朔夜


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いざ、夜会へ

 百聞ひゃくぶんは一見にかず。入浴すれば話が早いので、軍服だったミレイユとメイド二人は湯殿ゆどのへ向かった。

 案内役はエルディッサの世話係であるサエリナに任せ、テテュスはまた二人きりになる。瀟洒しょうしゃな卓上に広げられたご馳走ちそうへ食指を伸ばしながら、二人は並んで会食する。


「そういえば。夜会の前に、ドレスの礼を言っておきたいのだが」

「やめておけ」


 真紅しんく明眸めいぼうを伏せたエルディッサの反応は冷たい。


「兄上が囲っているゆえ、余も滅多めったに顔を合わせることも無い」


 触れてやらぬが吉。妹直々(じきじき)に裁定されては、テテュスも何も言えなかった。


(だが、それでは――)

「まるで愛妾、か? まあ、気持ちは解る」


 頬杖ほおづえをついて虚空こくうを見詰めるエルディッサ。その顔には、どこか寂寥せきりょうにじんでいる。


「ああ、因みに。正妃の姉上は、気高くて克己こっき的な性格をしておる。まるで、王族に連なることを宿命付けられているかのようにな……」


 端麗たんれいな顔に憂愁ゆうしゅうの影が差し、目線は卓上のケーキに落ち着く。


「解るであろう? 余の苦労が」


 フォークに刺したケーキの欠片をテテュスに向けた。向けられた視線が何を訴えているか。それを考えると、胸が詰まる。

 恐らく、きさき同士はそれ程仲が良くない。加えて、兄王のどこか頼りない振る舞いは正妃の神経を逆撫さかなでするのだろう。同性の立場からとりなそうとして、徒労に終わった過去が容易に想像できてしまう。


「ああ。息が詰まるな……」


 逡巡しゅんじゅんは一瞬で切る。考えても仕方が無いので、感じたままを口にした。らした視線で一瞥いちべつすると、王女は苦笑に目を細めた。


「ああ。全くもってその通り。兄上に、もう少し才能と自信があればな……」


 せめて、自分と同じくらいの。背もたれに背中を預け、天井を仰ぐ。やはり、寂寥せきりょうの影がどこかチラつく。


「才能の証明、か……」


 テテュスがポツリと呟くと、同意が帰って来る。つまり、彼女が奔放ほんぽうに振る舞い才能を見せつけるのは、王の血統には確たる能力があると示すため。本当に、人のために尽力する御仁ごじんだ。

 身を粉にし過ぎだと、テテュスは少し不安になる。


「頑張ったな……」


 気が付けば、自然と手が伸びていた。獣耳には触れぬよう、優しく頭を撫でる。言葉にするには、少し胸が痛かった。

 それでも誰かが言ってやらないといけない。瞠目どうもくし固まっていた王女は、やがてふっと目を細めた。


「フフン。余はまこと、誉れ高き姫君ゆえな? もっと褒めても構わぬぞ?」

「よしよし」


 さらに撫でると嬉しそうに目をつぶり、甘えて来る姿にテテュスは相好そうごうを崩す。

 やがて気が済んだのか、エルディッサは背筋を伸ばした。腹は大分膨れたので、デザートにケーキを皿に取る。


「それはそうと。そなたはどうなのだ? 兄妹きょうだいと」

「ああ……」


 言葉に詰まり、目が泳いだ。誤魔化すようにケーキを頬張ほおばれば、隣から手が伸びて来る。


「そなたも色々あるようだな。偉い偉い♪」

「…………」


 撫でられるままに、テテュスはケーキを乱暴に噛み砕く。自分が先にやったので、断るに断れない。顔を赤らめ、居心地を悪くしながらケーキを食べ続けた。


 テテュスが養子に入ったアハティアラ家で、喜んだのは夫妻だけ。当主だった祖父は「厄介事を抱え込まされた」と苦虫をつぶしていたし、テテュスが魔法や武芸で頭角を現すようになると、兄と妹との関係にも決定的な亀裂が生じた。


『お前たちも、テテュスのように頑張りなさい』


 父親としては発破のつもりだったのだろうが、その一言が余計。

 『銀髪』という名のかんむりは。彼我を隔絶させるに余りある。いくら手を伸ばしても、空を掴む事しかできない。父親の発破に絶望した二人を前に、テテュスは養子になったことを後悔した。


『テテュス。わしにお前を守らせて欲しい』


 ゲズゴール将軍にさとされ、テテュスはアハティアラ家の一員になった。

 将軍は、実子を守ってやるとは一言も言ってない。その事に、気付くのが遅過ぎた。

 だから距離を取ってるし、二十歳までは縁談を全て断ってもらうように取り計らってもらった。


「この世界は本当に、ままならないことだらけだ」

「そうだな……」


 二人は揃って、遠くを見つめた。


 〇                                〇


 ミレイユたちが風呂から上がって来ると、本格的に準備が始まった。

 リゼは慣れた手つきで肌着やコルセット、ドレスを着々と主人によそおわせていく。それはエルディッサも同様で、化粧けしょう台の前に着席している姿からは、どこか神経が張り詰めた雰囲気をまとっていた。


 その緊張が、テテュスに「夜会は戦場」だという現実をまざまざと突き付けて来る。


「何を呆けておる?」

「は?」


 きつねにつままれた顔に、真紅の明眸めいぼうが突き刺さる。二人のメイドの内、一人をエルディッサはテテュスの元へ向かわせた。


化粧けしょうがまだであろう?」


 有無を言わさぬ迫力。テテュスは唯々諾々《いいだくだく》と従い、化粧を施されるに任せた。ノーラにも「見学しておけ」と王女自らのお達しがあったので、穴が開く程観察された。落ち着かなかったが、目をつぶって「早く終われ」と数百回念じ続けたお陰で、気付けば終わっていた。

 鏡の前で、息をんだ。驚きが唇を震わせる。


「これが、私……」


 そこに居たのは、知らない誰か。

 柔らかい微笑みを浮かべる(あて)やかな淑女しゅくじょ

 軍服では決して知り得なかった表情が、そこにあった。


「うむ。似合っておるな♪」


 鏡をのぞき込んで来るのはエルディッサ。化粧後の彼女の美貌びぼうは、うるわしき美姫びきとして純白のドレスに身を包んでいた。


 白絹のドレスは、あえて装飾を絞ったシルエット重視の仕立て。

 上品なハートカットの胸元から広がる布地は波のように滑らかで、まるで雪の結晶がそのまま形を持ったかのようだった。


 ただ一点、背中に咲いたリボンのブローチだけがきらびやか。削り出した大粒の蒼き宝玉が、ちょう結びの中心で青白く輝いている。それは可憐かれんさと誇りの象徴のようで、見るものを強くきつけた。


「エルディッサも。凄く似合ってる」

「フッ 当然である♪」


 ご満悦まんえつとばかりに目を細め、エルディッサは誇らしげに胸を張った。気持ちはわかる。純白のドレスは、彼女が宿す真紅を存分に際立たせていた。


「二人とも、とっても可愛いわ♪」


 振り返ると、ほおを染めたミレイユがドレスを見せびらかして来る。

 白と桜色。ふわりと風をまとったような淡いドレスは、彼女の雰囲気にぴったりと馴染なじんでいた。


 髪も淡く巻かれて、咲きほこる春の花のように柔らかい。

 すそは緩やかなフレアを描き、歩くたびに花びらのように揺れる。一際目を引くのは、胸元にあしらわれたレースの蝶々《ちょうちょう》。ける羽が可憐さを引き立てていた。


「では、参ろうぞ?」


 不敵に笑うエルディッサが先陣を切り、テテュスたちは部屋を出る。廊下には、ダグアーラやゲズゴール将軍が待ち構えていた。


「少佐?」

「やっほー」


 いきなり顔を出してきたのはクリスカ。相変わらずのメイド服は、貴族社会の迷彩として機能していた。


「何故居る?」


 仕事。端的な返答に、テテュスは言葉が継げない。情報将校の奔走ほんそうには、ただただ頭が下がるばかり。


「着飾ると、ここまで変わるんだね。まるで、どこかのご令嬢みたい」


 普段から淡々としている彼女が、珍しく口角を上げる。笑みが、どこかいたずらっぽいのは気のせいだろうか。


「まるでじゃなくて、テテュスちゃんはれっきとしたご令嬢ですぅ」


 クリスカに舌を突き出すのはミレイユ。二人が知り合いだという事にテテュスは意外だと感じた。


「いやあ、素晴らしい! さすがはミレイユ。お前は本当に、何を着ても似合うなあ!」


 豪放な高笑を響かせるゲズゴール将軍。愛孫まなまごは感謝にうやうやしく一礼。


「そういえば将軍も、夜会に招かれていたのですね?」


 テテュスが疑問を口にすると、戦傷で顔の半分を隠す偉丈夫いじょうふは真顔になった。


「そなたは、わしと交わした約束を覚えておるか?」


 勿論もちろん。迷うことなく首肯しゅこうする。


「つまり、私の旗色を示すため、と?」


 将軍から頷きが返って来る。誰の麾下きかにいるか。それを見せつけるために、ミレイユも同伴してくれている。


「ありがとう、ミレイユ。リゼも」


 素直に感謝を述べると、二人から柔和な笑みが返って来る。


勿体もったいなきお言葉でございます」

「いいのよ。わたしも好きでやってることだから♪」


 二人と笑みを交わすと心に灯が点り、双肩そうけんにかかる過度な緊張がほどけていくようだった。


「……少佐?」


 先程から一言も話さない少年が気になり、声をかける。

 しかし答えない。まばたき一つしない碧眼へきがんに、気付けばテテュスはき込まれていた。

今度から、週一で毎週日曜に更新しようかなと。

ストック殆どない。

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