心を融かして
雄弁は銀、沈黙は金。ほの暗い灯火の中、そんな言葉が脳裏に過ぎる。
共感に口を閉ざせば恐らく、王女の不興を買うことは無い。
だが一方で。
友として言うべき台詞が、さっきから舌の上に載っている。
取るべき行動は一つだ。
「私も、殿下と――」
「禁止」
「は?」
ポツリと呟く台詞に面食らった。顔を上げると、拗ねた視線が飛んでくる。
「二人の時は、余のことをエルディッサと名で呼べ。命令である」
命令。どこか照れ隠しのようなその口調が、ダグアーラの不器用な優しさと重なっていた。
「うん、わかった。なら、エルディッサ」
「うむ」
ふっと微笑みが交わる。そうして、二人は対等な友人として向かい合う。
「それでお前は、何に一番怒っているんだ?」
「怒る? 余が?」
驚きに真紅の瞳が大きく見開かれた。それに対しテテュスは、力強く頷く。
「悲しくて怒って。やり場がないから落ち込んで。押し込めておくしかないから、胸が苦しいんじゃないのか?」
政治のゴタゴタは関係ない。大切なのは、自分がそれをどう感じるか。
「そ、れは……」
瞳が弱々しく泳ぐ。逃がさない。腰を浮かせ、両手で挟んで見つめ返す。
「逃げるな。自分の気持ちに自分で逃げたら、その心は迷子になる」
「……っ」
迷子になったら最後、自分で見つけ出すには時間が掛かる。そのせいで、テテュスは随分と遠回りをしてしまった。
憎かったのは、魔物じゃない。
あの時、何もできなかった自分自身。
本当は守りたかったのだと、ノーラと居る事で気付けた。
「気持ちに蓋なんてするな。素直に打ち明ければいい。私や、ノーラみたく」
真紅の双眸が大きく見開かれる。先程の光景を思い出してくれているなら幸いだ。
「ちゃんと向き合え。私の友達ならな」
友達。その言葉にピクリと震え、揺らぐ瞳の奥に意志が灯るのを見た。
「余は…………余は、友達の気持ちを踏みにじられるのが、一番我慢ならん……っ」
もう大丈夫。顔を綻ばせたテテュスは両手を解く。
目尻を拭った後で、勢いよく立ち上がる。遠くを見つめる真紅の明眸は、覇気と威風を取り戻していた。
「礼を言うぞテテュス。お陰で、余の心の置き所が分かった」
セリフが一々堅苦しい。その不器用さは、不思議と他人の気がしなかった。
「誰だって、友達が困ってたら助けたくなるものだ」
思えば自分は、随分とミレイユに助けられてきた気がする。テテュスは自分の侍女を預けた幼馴染が脳裏に過ぎった。
「そうか……」
安堵が滲む声。胸のつかえがとれたように、ほっと撫で下ろす。綻んだ顔に、ようやく年相応のエルディッサを見た気がした。
もう大丈夫。テテュスは甘い匂いの薬湯に身を委ね、半地下になった浴槽の縁を枕代わりに目を瞑る。
「そなたはさっき、何か言いかけなんだか? その……余は、自分の事を語るばかりで……」
再び肩まで浸かり、窺い来るその上目遣いに、思わず息を呑んだ。
(やだ。かわいいこの子…………!)
不器用なくせに、こんなにも可愛らしいなんて。
言葉にならない何かが胸にこみ上げ、思わず口元を覆ってしまう。
声が漏れたら、きっと何かが崩れてしまいそうだった。
ただ、代わりに。唇から微笑が零こぼれる。
「別に、そう大したことじゃない。……ふふっ」
喉が鳴り、肩が震えた。なんだか、久々に心から笑った気がする。脇腹はまだ痛いが。
「なっ それでは余の気が収まらんであろうがっ⁉」
顔を真っ赤にして憤慨する姿が、おかしいやら可愛いやら。声が湯殿に反響した。
ひとしきり笑い、涙を指先で払ってから言葉を紡ぐ。
「エルディッサを見ていたら、何かどうでもよくなった」
辛い過去を、一緒に背負って欲しい訳じゃない。ただ、踏まえてくれればそれでいい。
際を見極め、踏み込まない。相手を慮る優しさが、胸に染み入る心地よさで目尻が緩んだ。
湯気の向こうで、王女は顔を赤らめてぷいとそっぽを向く。
その様子があまりに愛らしくて、テテュスはまた笑った。
「えいっ」
「あだだだっ」
エルディッサの抱擁で、テテュスの脇腹がしくしくと泣き出す。
「お返しだ♪」
いたずらっぽい笑み。ふざけ合える関係が嬉しかった。
またお昼に上げます。十万字までは毎日更新したい……




