スコープ越しに
凱旋パレードを警護する近衛部隊は精鋭だ。こちらの存在に気付いていなくとも、一部の隙も無い挙動は見ているだけで息が詰まる。一切の油断が感じられない彼らの雄姿は、男にとって重圧だった。
「ったく、最高の行進日和だぜ……」
軍人崩れの闇稼業、『鷲の目』は堪らずスコープから視線を外す。大きく吸い込むと息を止め、心拍を意識で抑え込む。落ち着け。胸の中で静かに祈る。
狙撃手は鉄色の屋根に陣取り、同色の布を被って狙撃銃を構えていた。銃身を支えるスタンドも同色に染め、ひたすら息を殺して時を待つ。
屋台には防御術式が施されているが、関係ない。
弾丸にはそれを打ち消す【叛逆】の術式を刻印しているため必ず貫通する。加えて、銃身には【神速】を施術しているので、放たれた銃弾は超高速で飛翔する。確殺の条件は揃っていた。
「悪く思うな。これも仕事だ」
スコープ越しの王子に向けて呟いた。
いつもそうだ。射殺の前に、鷲の目は必ず話しかける。それは感傷でもあり、以来を完遂するための儀式でもあった。
金が要る。
義手の維持は、傷痍恩給だけでは到底賄えない。それ故、こういった汚れ仕事に手を染める外なかった。
二十年前。王が起こした戦争で自分は全て失った。なのに、当の本人は二人の妻を娶り四人の子宝に恵まれた。安穏とした城の中で。
(許されんだろ、それは)
王族暗殺に対する葛藤は何もない。寧ろ、憎悪が腹の底で燃え滾る。その狂熱が、英雄殺しへの罪悪感を焼却する。頭は冷え、緊張はない。冴え冴えとした指の感覚が心地良い。
暗殺者もまた、パレードの熱に当てられていた。
再びスコープを覗けば、王子とメイドと女性士官。三人並んで談笑していた。微笑ましい光景も、すぐに地獄へ変わる。撃てば巻き添えは必至。その事に対し、鷲の目は何も感じない。
『毒蛇』や『釣り人』が仕損じたと聞いた時は耳を疑ったが、自分はそうならない。そのための狙撃。
「さて。そろそろ――――――――ん?」
風を計算し、絶好の狙撃地点まで誘い込む直前。スコープ越しに大きく映ったのは、紅白の強化服を着た女性士官。名は確か、アハティアラ中尉。彼女は欄干に足を掛けると、ストロベリーブロンドの髪を振り乱して屋根に登った。
(何を企んでる……)
まさか、気付かれたのか。あり得ない。数キロも離れているのに、感知できるはずがない。頭では理解していながら、冷や汗が首筋を伝う。
だが、何かに気付いてなければ、挙動の端々《はしばし》にあそこまで意志を感じさせない。
(誰がヘマした?)
訊くところによると今回、刺客は自分だけではない。数人がそれぞれ自身の好位置につけている。安堵で気持ちが落ち着く反面、状況が窮まった事に憤りを隠せない。
魔力解放。大量の魔力が突如現出。眩い銀光を発して口上を空に奉じ抜刀。太刀を構える。
誰もが絶句し、視線が奪われた。
空気が震え、ただ彼女の魔力だけが市街を支配していた。
光輝を放つ相貌は、恐怖を孕んだ神性だった。
胸中には畏怖の念すら沸いた。
そして、目が合う。
「――――ッ クソッ!」
脱兎のごとく逃げ出した。その場の全てをかなぐり捨てて。考えてのことではない、身体が、本能が衝き動かした。慌てて屋根を飛び降りながら、狙撃手は毒づくことしかできない。
敵前逃亡は裏稼業では死を意味する。それでも、他に選択肢はなかった。
「勝てるかよ……っ」
相手が悪過ぎた。あそこで発砲しようものなら即座に迎撃され、瞬時に誅滅させられていた。切っ先に籠められた殺気のせいで、未だに身体を悪寒が蝕む。
「化け物がッ」
何が紅銀の巫女だ。吐き棄てた男はやがて、人垣の中に潜った。
字数が少ないので、12時にまた上げます。




