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輝翼のテテュス~女を捨てて軍に入ったけど、年下王子から言い寄られて私の情緒はグチャグチャです~  作者: 三津朔夜


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冥暗の過去

 パーシオ中尉は、熱に浮かされたように朗々《ろうろう》と語りづ付けた。


「アナタは生真面目きまじめ過ぎるが故に誤解されやすい。だがオレは違うっ 風聞なんかに惑わされて♂たりはしない!」

「もう少し、落ち着いて話せませんか?」


 体格と声で、悪目立ちしてしょうがない。悪気がないのは分かる。けれど相手への配慮は無かった。

 しかし忠言もどこ吹く風。熱い男節は止まる所を知らない。


「これが落ち着いていられようか! 燃えたぎる我が心を、手に取って見せられないのが惜しいッ!」

「えぇ……」


 心臓を取り出すなんて、グロいにも程がある。想像してしまったテテュスはドン引きしていた。


「楽しみにしていてくださいッ!」


 きらりと歯を光らせ、パーシオ中尉は満足げに去っていった。

 好奇の視線にさらされたテテュスは、呆然ぼうぜんと立ち尽くす。面倒なことになった、本当に。

 ささやき合う聴衆が人垣ひとがきを作る中。肩に置く手に目を向ければ、いたずらっぽい笑みのカルシラがいた。


「モテ期到来ですね♪」

「恋愛体質……」

「おめでとうございます」


 こぞってはやし立てる部下三人。


「そんな訳あるかッ!」


 テテュスはえた。

 言い募りたいことはいっぱいあったが、感情が喉奥のどおく渋滞じゅうたいを起こす。それが酷く、もどかしい。

 

 〇                         〇


 自室に戻ったテテュスは、すぐさま窓を開放する。

 秋の涼風が、白檀びゃくだんの香りをそっと()らした。それだけで、大分心が安らぐ。

 机の抽斗(ひきだし)から出した小箱を開け、黒いリボンに指先を留める。


「アイリス……」


 形見をそっとなぞりながら、持ち主の名前を口ずさむ。

 あれから十年。き立てる年月は、少女を大人へと変えた。内気で病弱な少女はもう居ない。

 鏡に映るのは、ストロベリーブロンドの髪に黒いリボンを結び、鳶色(とびいろ)の軍服に身を包む凛々しく女性士官。


 その手には花ではなく、剣を。命をして自分を助けてくれた彼女のように。新調した黒いリボンを指先で触れた。

 乳母(うば)でもあり、魔法の家庭教師でもあったアイリス。


 今にして思えば、彼女こそがテテュスの実母だったのだろう。瞳を閉じれば、毎晩枕元で寝物語を(そら)んじ、何度も愛おしげに抱き締められた記憶がよみがえる。

 教えられた母は男爵だんしゃく家正妻だったと見るのが恐らく正しい。死人に口は無いので、追求するすべはないが。


「恋愛なんて……っ」


 冗談じゃない。怨嗟えんさを込めて吐きてる。

 小説の中ならそれは、輝かしいまでに美化されて人々を幸せにする。だが現実は違う。自分の半生が如実にょじつにそれを物語っていた。


 ただアイリスから父の愚痴ぐちなど、一度たりとて聞いた事がない。同じように、テテュスを不義の子とさげずむ台詞せりふも。今生の別れが迫る間際ですら。


 目をつぶってくたびれた黒いリボンを抱き締める。

 そこに母の温もりはない。それでも誇りは、胸の中に灯っている。

 部屋に響くノックの音。テテュスはあわてて小箱を仕舞い、スカートを(ひるがえ)し振り返る。


「テテュスさま」


 入室してきたのは、年端としはもいかぬ侍女じじょ。小角がのぞく栗色の髪からとがった耳と蝙蝠羽こうもりばね。彼女の種は、理不尽な目を向けられることが多い。


「洗濯物、お持ちいたしました♪」


 そんな事を感じさせない彼女は、屈託くったくない笑みを向けて来る。


「ご苦労、ノーラ」


 動揺(どうよう)を隠すため、(いか)つい物言いになった。

 名前を呼ばれた少女は動き出した際、その肩が突然傾く。

 駆け寄ろうとしても、もう遅い。華奢(きゃしゃ)な身体は抵抗(むな)しく投げ出された。布束と一緒に床へ。

 悪意はない。寧ろ懸命けんめいに倒れまいとした姿勢をテテュスは好ましく思った。


「大丈夫か?」


 主人に声を掛けられた少女は、声も出せずに(うつむ)いていた。


「も、もうしわけ――」

「いい。ケガはないか?」


 謝罪の言葉を(さえぎ)り、再び(たず)ねる。少女は声も出せず、項垂(うなだ)れまま。視線を落とす白い顔に、(かげ)りが差していた。折檻(せっかん)で刻み込まれた恐怖が、未だに(ぬぐ)えないのだろう。

 伸ばした手を、背中にそっと乗せる。露わな柔肌に温もりが伝われば、緊張がほどける。


『怒らないん、ですか……?』


 出会った当初、その言葉にテテュスは胸を締め付けられた。

 どれだけの苦痛と恐怖を味わって来たのだろう。薄幸(はっこう)の少女は、未だ過去に囚われている。


「大丈夫だ。いい子だから」


 抱き締めた少女に、柔らかい声音で(ささや)き、繊細(せんさい)な手つきで頭を()でる。

 もしアイリスなら、間違いなくそうしただろうから。


 侍女(じじょ)の少女を腕の中に包み込む。過去の記憶に(とら)われている姿は、まるで他人の気がしない。

 少女の震えが収まると、二人で散らかった洗濯物を拾って抽斗(ひきだし)にしまう。


「申し訳ございませんでした……」


 (ひとみ)を潤ませて頭を下げるノーラ。心からの謝罪を遮るほど、テテュスも無粋ではない。


「廊下で転んだりとかは?」


 首を横に振る。


「頑張ったな」


 進歩を祝し、目線を合わせてまた()でる。


「…………えへへ♪」


 ()められた少女は栗色の髪を揺らして破顔する。笑顔を取り戻した様子に安堵し、テテュスの目元が緩んだ。


「テテュスさまも、嬉しそうで何よりです♪」

「は? ――――なっ⁉」


 ()まりのない顔をしていることに気付き、拳で口元を隠しながら後ずさる。雇用者としての威厳に欠ける所を見せてしまった自身の不覚に、テテュスは耳まで真っ赤にしてしまう。

 狼狽(うろた)える雇い主を目の当たりにし、少女は軽く()き出した。途端に腹の虫が鳴る。


「ぁ、ぅ……」


 今度はノーラが()で上がる番。うつむく姿がいじらしい。


「食堂に行こうか?」

「はぁい……」


 再び頭をヨシヨシしてやると、ノーラはふてくされたように顔を()らした。


「……いらない?」

「もうっ テテュスさまのイジワル!」


 鏃型(やじりがた)の尻尾をピンと張り、プリプリと怒る姿も愛らしい。過ぎた冗談だと謝罪してから、二人は部屋を後にする。スカートの(すそ)()らして。

 日差しが差し込む廊下はひんやりと、石と鉄の匂いが薫る。


 ここは魔界との縦深を守るラクリマ基地。近代化改修した石造りの城砦(じょうさい)は今もなお要衝(ようしょう)としての威容(いよう)(ほこ)り、魔族に(にら)みを()かせていた。


「献立は何でしょうね?」


 嬉々として弾む声を響かせ、楽しげに雇い主の顔をのそき込む。膝丈(ひざたけ)のスカートを()らす天真爛漫(てんしんらんまん)さに思わず口元が(ほころ)んでしまう。


 淫魔族(サキュバス)。魔王と邪神が討滅された大戦後、人族に寝返った魔族の末裔まつえい。平和が保たれた今でも、人魔の軋轢(あつれき)は絶えない。

 解雇されていく当てのない彼女を、軍の登用制度を使い専属メイドとして雇ってもう半年。


 かつては自身の手で、ノーラを助けたつもりだった。

 けれど今は。彼女を守るためにも強く()りたい、そう思う自分がいる。


 「あまり、羽目(はめ)(はず)さないように」


 テテュスは緩みそうになる口元に力を入れ、わざとらしく咳払(せきばら)い。ただ赤ら顔では威厳いげんも何もない。


「はーい♪」


 ノーラが笑うと、栗色の髪に淡い輪が生まれた。光が祝福を与えたみたいに。

 少女の歩調に合わせ食堂へ向かう。廊下は静かで、すれ違う兵士もわずか。二人で雑談に興じ、少女の笑う声が廊下の石にこだました。


 不意に、けたたましい駆動音が遠くで響く。窓の外に視線を向けると、鋼の巨人が基地の中を闊歩かっぽしていた。

 竜機兵(ドラグマキナ)。魔法と機巧(きこう)の産物は十メートルを超す人型兵器にして重装甲と魔力の暴力。


 一部の機甲部隊は稼働中。守りの要が飯時という理由だけで、全員が持ち場を離れる訳にはいかない。当然といえば当然。


「あれ? なんか、いつものヤツと違うくねえ?」

「確かに」

「どういうこった?」


 廊下の窓に顔を(ひしめ)かせるのは、兵役で徴兵された少年たち。すでに時節は白露月(しらつゆづき)(九月)という事もあり、軍服が肌に馴染んでいるようだった。


「アレは恐らく、最新鋭機だ」


 古い言葉で霧の角竜(ヒュルンドレキ)めい打たれた機体については、幼馴染おさななじみから聞かされている。士官としての威厳を保ちつつ、テテュスは機兵に興味津々《きょうみしんしん》な少年たちに教えた。


「え、マジっすか?」

「最新鋭機⁉」

「詳しくお願いします」


 三人の少年たちは瞳を輝かせてテテュスにつめ寄る。


「ちょっ⁉」


 近い近い。いきなり間合いを詰められ動揺し、思わずった。


「もぅっ テテュスさまが困ってるじゃないですか!」


 勇んで間に立つのは幼い侍女。


「何だ、このガキ」


 胡乱うろんな視線を三人から向けられても、少女は一歩も退かない。年端も行かない少女にかばわれる自身の情けなさに忸怩じくじたる思いだが、いつまでもノーラを矢面に立たせておくわけにはいかない。


「コホン。まあ、機密に触れない程度にな」


 咳払いし、又聞きの知識を披露ひろうしてやる。すると、少年たちは身内で盛り上がり始めた。

 あまり他言しないように。去り行く三人に言い含めながらテテュスは、ノーラの背中を押して食堂を目指す。


「ホントにもう、モテるんだから」

「…………」


 むくれる少女に対し、テテュスは閉口せざるを得ない。

 ともあれ、


「ありがとう」


 情けなくて恥ずかしい限りだが、謝罪の言葉は忘れない。


「どういたしまして♪」


 ノーラの笑顔がまぶしくて、目を細めた。

 窓の外では秋風が、緑葉を空の果てに誘う。

 廊下の奥から漂って来る、饗筵きょうえんの芳香に胸が躍った。

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