夜陰は奔り、剣刃が閃く
緊急通信。こんな時に。顰蹙を噛み潰しながら相手の声を待つ。無論、敵への警戒は怠らない。
<中尉。隙を見て離脱しろ>
魔導砲斉射による面制圧を仕掛けるようだ。
(無茶を言ってくれる……っ)
ただでさえ、身体に無理を強いる限界機動で応戦しているというのに。
テテュスの憂慮を一顧だにせず、肉薄する蛇尾獅子。迫る巨躯の重量で、胃の腑が潰れる逼塞感を味わった。
上昇中、紅い機体に差す漆黒。その重厚な存在感は触れ得ずとも背中が軋む。
今すぐ離脱したい。推進器と可変翼で距離を取りたい。だが、それをしたら最後。直ちに捕捉され雷撃を叩き込まれるのは自明。
(かといって、格闘戦は悪手……)
並外れた運動性能に、俊敏な空中機動。特に、尻尾の毒蛇は侮れない。帯電した角が蒼く輝く。まだ撃って来ない。こめかみに銃口を突き付けられている心地しかしない。深い戦慄に背筋が凍える。
敵の【風渦】が弱まり失速。反転。リョースの加護で【光刃】を強化。テテュスは眩い刀身を振るい、下方に斬閃を飛ばした。
斬光と蒼雷が喰らい合い、バイザーに残像が焼き付く。視界を眩耀が塗り潰した。
「チィッ」
舌打ちをしたテテュスは戦艦左舷遠方の上空から、左に弧を描いて完全に離脱。敵を射線上に残す。
空から白暈が剥がれ、夜は暗闇を取り戻す。蛇尾獅子は左舷遠方、二隻の赤竜は回頭し正面斉射の姿勢。
テテュスが通信で合図。十を超える光条が奔り夜を割る。面制圧に呑まれ、敵を焼く爆炎が散華。
ようやく、勝機が訪れた。
「頼んだぞリョース! 斬り刻め、【アウルヴァンディル】」
魔法が発動。鍔の基部より六枚の鱗が分離。光剣を灯して散り、月下の空を翔る。
|セラフ《魔導統合精密攻撃ユニット》。魔力を送りつつも誘導は幼精に任せ、噴炎を滾らせるテテュスは一気呵成に蛇尾獅子を上から強襲。
「オオオオオオオオッ!」
手負いの獣は狂暴。故に、油断はしない。鱗型の分離刃はそれぞれ独立した機動で展開。主機と歩調を合わせる。その様は、煌めく牙を剥く群狼の狩り。
獲物に堕ちても敵は然る者。間合いを詰めると咆哮を轟かせ威圧。直後に角が閃く。テテュスは怯懦に堕する心を奥歯で噛み砕く。
「遅い!」
噴射口を可変、大太刀で突き崩し交錯。制御を失い、蒼雷が周囲に放電。一撃で離脱したテテュスは毒牙に掛かることは無い。群狼の牙も無事回避して合流する。
「なっ――⁉」
絶句。視線を落とせば胴体部の装甲が剥がれ、毒の白煙が縁で泡立つ。不覚にも牙は届いていた。
攻撃阻害の防止措置として、攻撃時に防御結界は発動しない。仕様上の欠点を上手く突かれた事に歯噛みした。
次の標的は決まった。相棒と分離刃に魔力を送りつつ、敵の上空から逆落としで再び攻勢。滞空する黒獅子は双翼から極小の竜巻を放つ。上に逸れて掻い潜るも、鞭のように撓って飛翔に追従。
鬱陶しい。推進口と翼を可変、翻身して真空の渦から逃げ切った。その代償として腹部の装甲が剥落、機体骨格が歪む。最後まで保ってくれ。テテュスは兜の中で密かに祈った。接敵まであと一秒。
刀身を担いで遂に肉薄すると、敵は急旋回。毒蛇が首を伸ばし牙を剥く。
「甘い」
この構えは誘い。体を切り返し、空を噛む蛇を断ち切った。鮮血と毒が飛沫となって夜に溶ける。痛みに吼える間もなく、セラフが八方から波状攻撃。煌めく剣刃の輪が獲物を締め上げ、漆黒の巨躯を斬り刻む。飛び散る鮮血が蒸発し、煙と化した。
それでも蛇尾獅子は出血を意に介さず、竜翼と爪牙で暴虐に立ち回る。ここまで来るともう、見事という外ない。
真紅の巫女は剣舞で応戦。七つの剣刃が月夜を照らせば、獰猛な黒獅子も精彩を欠き、攻撃にも翳りを見せる。そこを六つの輝刃が串刺し、テテュスが畳み掛ける。
「ハアアアアアアアアアアアアアッ!」
月光が走り、獅子頭が空に散華。
開いた翼が震え、やがて力なく折れ伏す。
蛇尾獅子はゆっくりと墜落し、音もなく暗晦の大地に没した。
絶命を見届けたテテュスは刀身の術式を解き、分離刃を格納。やがて残光がほどけ、夜風が静寂を連れて来る。
堪らず兜を外して酸欠に喘ぎ、肩で息をしながらその場に留まる事しかできない。絹髪の銀光が空を照らす。
(本当に、強かった)
戦艦からの援護射撃が無ければどうなっていたか。満身創痍の身体で盛大に溜め息をついた。
ちゃんと周囲を頼ることができた。そこは大きな前進。
(ノーラのお陰だな)
彼女との日々が自分を変えたのだと、テテュスは確信している。
「ふぅ…………」
帰ったら、ちゃんと甘やかしてやらないと。そんな事を考え、白む息を吐き繊月を見上げた。
ストロベリーブロンドの結い髪に、銀光を宿して。
氷点下の夜気が、火照った頬に刺さる。兜を被り直すと、折良く艦橋から通信が入った。
<討伐感謝する中尉。この艦を代表して御礼申し上げる>
命の恩人だと、艦長自ら謝辞を述べる。深い敬服を言葉の端々に感じた。
<過分な評価、身に余る光栄。今夜の酒は、美味しくなりそうですか?>
勿論だとも。テテュスが冗談を返すと、豪快な笑い声が響く。
目を凝らして周囲を見渡しても特に脅威はないので、管制官の誘導に従い着艦する。誘導灯が照らす甲板からリフトに載って下降。
ゆっくりと戦艦内の階層を縦断し、格納庫で機体から降りると集まる整備兵たちに歓待を受けた。
帰還を言祝ぎ、単身で翼獣を討伐したことを称賛された。
戸惑いを感じるテテュスだが、不思議と悪い気はしなかった。
「そういえば中尉。あとで艦橋に来るようにって」
整備兵長が、艦長から言伝を預かっていたようだ。
「まだ来たばかりで、道に詳しくないでしょう?」
テテュスの前に進み出た整備兵長が恭しく一礼をする。案内役を買って出てるらしい。
「ちょっと、ズルいっすよ整備長っ それならオレが――」
「いや、俺が」
「オレオレ!」
(えぇ……)
整備長の誘い文句を端緒に男共が群がり、それならば自分がと各々《おのおの》名乗りを上げる。
「あ、いや。私の友人が詳しいので……」
やんわりと断りつつ辞去。足早にその場を後にした。
「ふう……」
思わず気圧されてしまった。肩の荷が下りたのを感じつつ、口端から吐息を零す。
艦長の心遣いは嬉しいが、あまり長居はしないでおこう。その前にまずは着替えなくては。
「ただい――――ん?」
自室に戻ると、二人どころかダグアーラまでもが姿を消していた。
〇 〇
頭の中で、火花が散った。線と線が噛み合い、空が開く音を確かに訊いた。
「うん。これなら、やれる……っ」
窓からテテュスの戦いぶりを見ながら、歓喜に沸き立つダグアーラは拳を握り締めた。
「は?」
「えっ?」
ノーラとクリスカ。窓から離れていた二人は、少年の独り言に視線を向ける。
「失礼します」
「あ、ちょっと――」
制止も聞かず、駆け出した少年は急いで自室に舞い戻った。護衛すら置き去りにして。
急いでまっさらな製図用紙を引っ張り出し、床に広げて定規を片手に筆を走らせる。既に外の戦況は佳境に入り、艦が揺れる心配もない。
テテュスが|セラフ《魔導統合精密攻撃ユニット》を使って戦闘を始めた時。それは突然、頭の中に舞い降りた。
「行けるかもしれない……」
紙に目を剥き精密な線を引く度、胸の奥で絡まっていた迷いと懸念が解きほぐされていくのを感じた。新機軸を基に、それらが綾となっており込まれていくことに琴線が震える。皮膚が粟立つ喜悦に筆跡を逸らすまいと、必死で筆を握る指に力を込めた。
かつて、彼女は教えてくれた。空を舞うのは、幼精との協業なのだと。そして、そういう補助があると、機兵の操縦も楽なのに、とも。
そこが盲点だった。
縦横無尽に線を重ねて今、ダグアーラは全く新しい理論で飛翔型竜機兵の構築をしていた。
「ここで翼を生やそう。大丈夫、君なら耐えられる」
少年は嬉々として、紙面に呟く。
前回の失敗に足りなかったもの。それは閃き。それをようやく手に入れた。
「これなら飛べる。いや、飛んでみせる!」
確信を持って引く線は力強く、次第に熱を帯びていく。
「えぇ…………」
「あの、だいじょうぶなんですか?」
少年の背方で顔を見合わせ当惑する二人を他所に、熱中して白亜のキャンバスに機体を組み上げていく。誰も到達した事のない理論と境地で、空が近付く手応えを感じた。
「待っててくださいヤルン。必ず、――――必ず約束を果たしてみせます!」
今度こそ飛ばす。竜機兵を。
少年は今、大きく飛躍しようとしていた。
「そう、だから――うん。解ってる。ここはそういう――」
図面と対話し、無意識下で複雑な計算を緻密に繰り返し、算出を基に線を描き連ねる可能性の探究者がそこに居た。
熱に浮かされたダグアーラは口角を上げ、一心不乱に設計図を描き続ける。寸分の狂いなく正確に。
まだ誰も見たことのない機体の全貌を、高速の筆致で。
創造の羽を広げた彼の瞳に、新たな翼が白紙から起き上がる。
未来が、少しずつ輪郭を持って現れ出していた。




