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輝翼のテテュス~女を捨てて軍に入ったけど、年下王子から言い寄られて私の情緒はグチャグチャです~  作者: 三津朔夜


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約束を守って

 歯車の駆動音が足裏に伝わる。

 甲板かんぱんの一区画が大口を開き、大型の魔導リフトが顔を出す。上がって来たのは、艦上戦闘の精鋭たち。


「野郎ども! 黒猫退治だ、気合入れろッ!」

『オウッ!』


 指揮しき官とおぼしき有角人(アントル)の男が(とき)の声を上げ、隊員たちが怒号でそれに応えた。

 突撃。気炎が伝播でんぱし、精鋭部隊は一気呵成いっきかせいい蛇尾獅子(ムシュマフ)へと殺到。魔法の援護射撃を受け、間合いの内側に剣戟が届く。


 かくして、蛇尾獅子(ムシュマフ)との戦端が開かれる。テテュスは護衛二人にわれる形で、ダグアーラを右舷うげんそびえる管制塔へと避難させた。


「こっち!」


 昇降口のふたが開き、上体を出したクリスカが呼びかける。最後にテテュスがふたを閉め、梯子はしごから降りればノーラの抱擁ほうように迎えられた。


「心配するな。大事ない」


 少女の頭を優しくで、彼女が落ち着くまではそのままにしておく。


「それで、状況は?」


 ダグアーラがクリスカにたずねた。戦闘指揮もできる管制塔に身を寄せていた二人は、ある程度状況の把握はあくをしていた。

 もたらされた情報によると、敵は上空から強襲。戦艦が応射したが失敗に終わり、緊急出撃(スクランブル)した直掩ちょくえんの航空編隊は敗退を余儀よぎなくされたらしい。


 舞風(ヴェヴロフト)は加速力と最高速度でまさるものの、蛇尾獅子(ムシュマフ)俊敏しゅんびんで肉弾戦に持ち込まれれば勝ち目は薄い。筋骨たくましい四肢と竜翼は、空中での運動性と自在性で飛翔鎧(セラフィム)に優る。


「私が出よう」


 戦艦にはテテュスの愛機(フィヨルズボリン)も積まれていた。推進器(スラスター)の爆発的加速力があれば、敵の捷俊しょうしゅんな動きに対抗できる。


 出撃の意志を見せると、少女の小さな肩がビクリと震える。行かないで。無言でコートを握り締める指先は雄弁ゆうべんだった。

 それでも、歴戦の巫女みこ(ほだ)されることは無い。もう、決めた。


「約束して。必ず戻って来ると」

「もちろんだ」


 テテュスの意志を尊重するクリスカが、帰還きかんの約束を提示。首を縦に振り、それを快諾。

 そっと肩を包み込んでからしゃがみ、両目に涙をためるノーラと目線を合わせる。


「ノーラも、約束してくれないか?」

「…………っ」


 微笑をたたえ、つとめて穏やかに言ったつもりだが、彼女は感極まってあふれる涙をそでで拭う。


「やくそく、します……っ」


 その代わり。


「今日は、いっしょに寝てください」

「ああ」


 可愛かわいらしい提案に、テテュスは思わず口をほころばせた。

 少女の髪をいて立ち上がると、ダグアーラが「中尉」と呼び止める。

 真剣な面差おもざしでテテュスを見据みすえる上官は、改まった口調を舌に乗せる。


「必ず生還してください中尉。これは命令です」

「了解しました」


 上官命令は絶対順守。敬礼を返すと彼も首肯しゅこうした。

 突如、艦全体がらぐ。テテュスは咄嗟とっさに転びかけるノーラを抱き寄せた。


「早いとこ、部屋に行こう」

「ですね。それがいい」


 ダグアーラがクリスカの案を採用し、四人は揺れに注意しながらテテュスの自室へと向かう。

 着替えた強化服をめ、子機(ファミリア)から(コア)を抜いて握り締める。


 回廊を走れば、振動がすねに登る。息を整えず、そのまま格納庫へ。

 手近な整備兵に声をかけ、愛機の位置を短く確認する。聞けば、クリスカが管制塔かんせいとうで話を通してくれたらしい。


「いつでも発進できますよ」


 すでに準備は万端、との事。頼もしい限りだ。


(まったく、如才にょさいないな)


 手際てぎわの良さに感謝しつつ、テテュスは案内される足を止めない。

 途中で横切る、中破機体の前。

 見ればどうの装甲が爪線に沿って裂け、金属が(めく)れ上がる。骨格が歪む。床に大小の血痕けっこん千切ちぎりではない、残された惨状さんじょうに首筋が冷えた。


 そして対面。出撃を待ちびる自分の機体。整備兵に短く礼を返し、テテュスは一足飛びで身体を内部に滑り込ませた。


「すまない。大分、待たせてしまったな」


 もう二度と、乗ることは無いと思っていた。自身の翼として駆ることに、かぶとの中でそっと笑みをこぼす。


<こちらブリッジ。中尉、貴官のコールサインは?>


 艦橋からの通信。実際には甲板かんぱん上ではなく、戦艦の中央部に位置している。

 シルキー41。最低限の言葉で済ませた。

 それから現在の戦況を手短に説明される。既に戦力は二割が欠け、戦線崩壊も時間の問題。


<……頼めるか中尉?>


 苦渋くじゅうに満ちた艦長の声。通信越しの台詞には、葛藤かっとうと辛苦が詰まっていた。


「大船に乗った気で構えていて下さい」


 長が泰然たいぜんとしていればこそ、現場が奮起できる。テテュスの返答に、豪快ごうかいな笑いが返って来た。


<大変結構! では後程、勝利の美酒にいしれようではないか!>


 諫言かんげんが飛んでこなくて良かった。普通は正気を疑うが、状況的にはこれでいい。


「シルキー41、帰還を約す」


 決意を胸に魔力を解放。強化服から飛翔鎧(セラフィム)を起動させる。


「さあ、リョース。お待ちかねの時間だ」


 大太刀のコアに宿る幼精(パルウルス)に呼びかけると、中枢の宝珠が光った。アナウンスに従い、拡張運動肢で立ち上がると格納庫から魔導リフトに乗り、ゆっくりと上昇していく。少しの間、テテュスは思考の海に沈み込む。


 今回は北西部を東進する航路。蛇尾獅子(ムシュマフ)棲息圏せいそくけんは存在しない。本来なら南部。逸脱いつだつした飛行能力一つ取っても、襲撃者の異常さがし量れるというもの。テテュスは改めて気を引き締める。


「初手から全開だ。準備はいいな?」


 神性霊媒の相棒リョースは無言で応え、背部の推進器(スラスター)や大太刀の刀身に施された術式に加護が付与されたのを感知。自身も肉体を活性化し、更なる魔力を展開すれば準備は万端。


 漏出する魔力が気流となって周囲を巡る。

 甲板が開くにつれて、繊月せんげつが顔をのぞかせた。次第に蛇尾獅子(ムシュマフ)の気配が近付いて来るのが解る。武者震むしゃぶるいに口角が跳ねる。


 飛翔。【劫火(インシネレイト)】の噴炎がリフトをあぶる。停止を待つまでもなく、右舷うげんより舞い上がり夜空へ。テテュスの魔力に当てられ、中央甲板での戦闘は中断していた。


 他方、艦首側の黒獅子は身をかがめて翼を広げ、き出しの敵意で低く唸る。味方との距離は充分。これなら問題ない。

 最大噴射。赫焉(かくえん)の風が闇夜を切り裂く。額目掛けて吶喊(とっかん)。角がさえぎる。刀身に走る斬光が角を割った際に狙いがれ、左の肩口に深々と牙を突き立てる。


「オオオオオオアアッッ!」


 テテュスは気炎を吐き、呼応する魔力で劫火ごうかたける。黒獅子を押し込み、このまま艦外に落とそうとするが鋼板に爪を突き刺し抵抗。拮抗きっこうするそばから白刃は徐々に骨肉を食い破っていく。焼けたあぶらが甘くにおう。


 蛇尾獅子(ムシュマフ)咆哮ほうこうと共に身を(よじ)り、燬滅(きめつ)する輝刃を振り抜こうとする。そんな事はさせない。テテュスは噴射口を横へ振る。側面を殴る急加速。漆黒しっこく巨躯きょくは宙を舞った。


 黒獅子が爪を伸ばす。が、今度は空気をくだけ。虚空こくうに投げ出される。肩はなおも【光刃(レイザー)】に焼かれ続け、激痛に()えた。


 大太刀(リョースビトル)の全長は三メートル。刀身が半分も埋まれば敵の爪撃が届く。戦艦が遠退とおのいた事を確認、テテュスは火勢を弱めて身を翻す。即座に背部の業炎ごうえん二発を敵に喰らわせ離脱。剛毛ごうもうげ付く臭いを置き去りにして構え直せば、刀身は血を蒸発させ白光びゃっこうを放つ。


(心臓には届かんか……)


 滞空たいくうする相手を観察。脈打つ血潮ちしおが流亡しつつも未だ戦意に衰えはない。むしろ、負傷によって明らかに激昂(げきこう)している。殺意が、兜越かぶとごしにもほおへと刺さる。


 吠声(はいせい)。振動が伝播でんぱし、高揚した気分に水を差され全身が総毛立つ。歯を食い縛り、千切れかかる集中の糸を繋ぎ留めた。

 蛇尾獅子(ムシュマフ)が魔力を双翼に(みなぎ)らせた――――来る。


 【風渦(ヴォルテクス)】。巻き起こした極小の竜巻を推力に変え、一瞬で間合いをつぶし、出血をものともせず前肢を振り上げた。【劫火インシネレイト】で下に急加速、


 反転しガラ空きの胸部へ一閃。しかしもう片方の爪が横槍よこやり。魔力をまとう爪が斬撃魔法と拮抗きっこう、だがそれも一瞬の事。数本が空の藻屑(もくず)となり長い剛毛を焼いて前肢ぜんしに食い込む。頭上から竜巻を浴びせられ、錐もみ状態で急降下。


「くっ……!」


 リョースの補助でテテュスは噴口を切り替え、左に抜けた。旋回地獄から脱出した矢先、黒獅子が強襲。鮮血を空に引き、き出しの爪牙で肉薄。テテュスは竦みそうになる五体に鞭打ち緊急回避。慌てて上昇すればうずが襲来。魔法の斬閃で相殺そうさい。酸欠にたまらず息を吐き出した。


「ぶはっ」


 肺が空気を求めて何度もあえぐ。激しい呼吸に火傷やけどあとが激痛を訴え、病み上がりの身体が強張る。

 急加速の衝撃と回転時の重圧にさらされ続け、ごっそりと体力をけずられた。敵の失血死を狙っても長期戦は必至。


 そこに勝ちの目はない。焦燥が胸を焦がす。兜の中では、汗の匂いを忘れて久しい。

 胸騒ぎが肺を押し潰す。魔力の高まりを感じ、視界の端に電光が映った。魔法の間隔が短い。普通は三十秒に一度だろうに。


 本能的に上へと逸出。見下ろせば、蒼雷が今いた空間を()く。角から発する【刻雷(スタンブランド)】。防御結界は温存、身体のきしみは無視。夜風を焼灼しょうしゃくし、このまま上昇。

 テテュスは激しくにらむ。風の渦で飛翔し、閃く角を――――。

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