病床の楽しみ
開け放たれた窓から、秋風が草花の匂いを運んでくる。
暗殺未遂から、既に二週間が過ぎた。
中央からの調査団や第三機関の立ち入り調査も今では引き揚げ収束はしたが、遠征任務が間近に迫っているので基地は相変わらず慌ただしい。
重傷で蚊帳の外に置かれたテテュスは、自室の窓から聞こえて来る喚声や重厚な駆動音を、遠くの景色として眺めていた。
「はぁ……」
日差しが照らすベッドの上で、外に広がる青空に溜め息を零す。日は昇っているが、中天まではまだ長い。
読書なら少しは気が紛れた。しかし時折、どうしても疎外感が胸にわだかまる。言い様のない不安と苛立ちを、胸の中で持て余していた。
出向当初は軍属の巫女として、恥ずかしくない活躍を。そんな強迫観念に追い立てられ、常に緊張していた。
だが今は違う。
日がな一日、ベッドの上。謹慎中なので書類仕事もなく、退屈がにじり寄って来る。手当たり次第に濫読しても、そろそろ限界だった。
因みに求婚して来たパーシオ中尉は来ない。勝負は勝負だ。
「失礼します」
ノックの後で響く、少年の声。入室を許可すると金髪碧眼の白皙、獣人の少年が喜色を滲ませやって来た。
ダグアーラ・ジョフ・マナルジョス。王弟で技術少佐。十歳の頃に魔法の新理論を完成させた天才。技術将校の地位も納得の明珠。
「その後、お加減はどうですか?」
昨日も聞かれた。嬉々とした足取りに加え、母にお話を催促する幼子のような姿に、病床の巫女は口元を押さえて吹き出す。
「そうですね。昨日とあまり変わりません」
微笑を湛え、ひらひらと手を振る。これくらいで背中が痛まなくなったのは、大変ありがたかった。お陰でご飯も美味しい。秋だから特に。
「あ――」
ビクリと金色の尻尾が震えた。かと思えば、すまなそうに肩を落とす。いじらしい姿を見て目尻が緩んだ。
「毎日、お心遣い感謝いたします少佐。回復は順調ですので、気に病む事はありませんよ」
軍医の見立てに拠れば、あり得ない回復速度らしい。ただ、テテュスとしては未だに不便極まりないのでありがたみがよく分からないが。
「はい……」
顔を赤らめ、いそいそと机からイスを引っ張り出してベッドの横に座る。
最近の楽しみの一つが、こうして王子と語らう時間。侍女のノーラに世話を焼かれる中で会話をする機会が増えたのは嬉しい誤算だが、知的好奇心を満たすという意味ではダグアーラ以上に相応しい相手も居ない。待ち遠しいとばかりに、胸の奥が微かに甘く疼く。
「それで、少佐。今日はどんなお話ですか?」
「はい。新たな飛翔型の開発に当たり、飛翔鎧を駆る現役の知見を参考にしてみたいと思いまして」
先日の公式会見で、少佐が率いる|スマド《特別魔導技術研究開発戦略室》は息を吹き返し、飛翔鎧竜機兵の開発は国家の命題になった。
ダグアーラは齢十三にして国家の未来を背負ったことになるが、その重責に苛まれる様子は一切ない。むしろその足取りは軽やかで、まるで翼が生えているかのよう。
「お話、色々聞かせてくださいね?」
好奇心に輝く白皙が眩しい。それと同時に、嬉しくもある。存在意義が病床に伏せっているだけだと、気が滅入って仕方がない。
生活に張りを感じる一方、屈託ないはにかみ顔を見てるとなんだか落ち着かなくなる。ノーラにも懐かれているが、幼い侍女と違って積極的だからだろうか。
「因みに、最初に知りたいことは?何でしょう」
居住まいを正し、テテュスはなるべく平静を装って問い掛ける。
「はいっ 聞けば中尉は、神殿から出向しているとか」
そこで、神殿の武装組織である神殿騎士団と軍との戦闘教義から運用の違いまで。そこをまずは聞きたいらしい。それくらい、お安い御用だ。
「といっても。機体は同じですので、基本はそこまで変わりませんよ?」
だからこそ、テテュスの編入もすんなりできた。
公国の飛翔鎧はヴェブロフト《舞風》とフィヨルズボリン《天津風》、そしてレイブルロフト《瑞風》。生産と運用の合理的観点から、この三種に限定されている。
搭乗者個人の適性に合わせた細かな仕様変更はあるものの、神殿だからという理由で特別何かがあるわけでもない。相違点への細やかな質問に回答を続けていくにつれ、徐々に彼の好奇心がしぼんでいくのを感じた。
「――――あ、そういえば、そうでもないかも」
テテュスは最大の相違点を思い出し、天井の一点を見詰めた。
「え? それは一体、どこですかっ⁉」
聞き役に徹していたダグアーラはベッドに手を着き、勢いよく身を乗り出す。興味津々といった様子で頬を上気させ、碧い虹彩にテテュスの顔が映り込んでいた。
(ちょっ 近――)
堪らず仰け反った。
触れ合える距離で接し、思わず鼓動が跳ね上がる。頬が熱い。紅潮しているの見透かされていると考えれば考えるほど、恥ずかしくて心臓が暴れる。
「お、落ち着いて下さい少佐。ちゃんと、ちゃんと話しますから……」
「はい♪」
赤ら顔のテテュスが両手でやんわりと制すと、破顔した少年は身を引いて腰を落ち着かせる。だが、浅く座った後ろで尻尾がブンブンと躍っていた。拳で押さえた唇から、自然と笑みがこぼれる。
「最大の違いは、幼精の運用です」
「ああっ そういえばそうでしたね!」
思い出したように拳で掌を叩く。軍内では禁句の部類に入るので、頭から抜け落ちていたようだ。
「ただ今戻りました」
「ちわーっす」
幼い淫魔族の侍女と部屋に入って来たのは、黒髪で獣人の青年ヤルン。テテュスよりも頭一つ分大きな身長で、鍛え抜かれた体は頼もしく映る。
王子を護衛である彼は、ダグアーラの無事を知るや王都から飛んで来た。
ノーラの仕事が早いと思ったら、彼に手伝ってもらったらしい。少女に気安く話せる友人が増えるのは良い傾向だ。主人として、感謝を表明する。
「へへっ こんくらい、大したことないっスよ♪」
黒い尻尾を振り、鼻の下を指先でこするヤルン。彼もまた元孤児で、似たような境遇から親しくなった。
「リョース」
「きゅう」
テテュスは相棒の名を呼び、それに応じて白い毛むくじゃらの小動物が飛び込んで来る。それを受け止め、ダグアーラの前に差し出した。
「もしかして、子機ですか?」
ご明察。笑みを浮かべ首を縦に振る。
騎士団員である戦巫女には、祭神より幼精を下賜される。以降はそれを宿した魔導カートリッジを兵器に組み込み、戦闘においては轡を並べ、共に濃密な時間を過ごす。
「機兵の操縦も、リョースと協業だと楽なんですが……」
膝上で丸まる相棒を、優しく撫でる。
飛翔型の搭乗者に抜擢されたのは光栄だ。一方で、慣熟訓練には相当の時間が必要であることも理解している。
だから、考えてしまう。神殿騎士団みたく、操作補助があれば速成訓練も可能なのではないか、と。
それを含めて打ち明けると、少佐は碧眼に微笑を湛えた。
「解りました。考えておきます」
よろしくお願いします。テテュスも微笑を返し、頭を下げた。
「それで。精神汚染のリスクは、どうやって低減してるんですか?」
公国軍が幼精の利用を見送った理由は二つ。
一つは搭載した竜機兵の暴走事故によって露呈した難制御性。もう一つは魔力を通じた同調による精神汚染。
古来より、幼精を器物に宿して武器化は何度もされた。
しかし、度重なる同調で意識の境界が曖昧になって精神が変調、廃人化する事例も後を絶たなかった。
だが軍での運用研究が白紙になった代わりに、神殿がそれを受け継いだ。
研究の結果。低減方法が見つかった。それは単純にして明快。
「日記です」
「日記?」
いわゆる綴癒だ。日記を付けさせることで、精神の変調を可視化させるのが狙い。それと心情の吐露し、感情を俯瞰する事で心の平穏を保つ目的もあった。
ベッドのサイドテーブルに目を向けると、少年も視線で追う。本棚から一冊手に取った。勿論、中身は明かさない。ダグアーラの差し伸ばす手から身を捩って庇う。皮膚が突っ張るので少し痛い。
「内容を確認する権限は、医者だけに限定されておりますので」
これでは乙女だ。羞恥を感じてしまう自分が恨めしかった。
「恥ずかしいんスか?」
「何か問題でも?」
底冷えするような低い声。その迫力に黒髪の青年は肩を震わせた。
「いやっ 別に! 変な意味じゃないっスよ⁉」
ヤルンは手を振り、慌てて訂正する。殊勝な態度を見せたので、テテュスは溜め息を吐いて溜飲を下げる。
「どうしてもと、言うのなら……」
他人に見られる前提なので、変なことは書いてない。飛翔鎧についても詳解してるので、資料にもなる筈だ。吹き抜ける風に胸がざわめく。
「ありがとうございます」
「~~っ」
微笑む顔をまともに見れない。それを目敏い少女に揶揄われて赤面。
憤慨する巫女を他所に、少年が日記に没頭しているのが幸いだった。
そういえば言い忘れてましたが、第一話から三話まで書き直しました。




