折れた翼
襲撃から一夜明け、ダグアーラはゲズゴール将軍の執務室に来ていた。
肌着でも強化服でもない。多分に裾が余った軍服姿で。半丈のパンツがあってよかった。
沈むソファが、落ち着きを拒む。不安と苛立ちを、組んだ手の中で静かに押し潰す。
屋外は号令の割声、報告書を読み上げた後に訪れるのは沈黙。
「そうですか。では、僕は二度も助けられた……」
アハティアラ中尉に。同席する有角人の女性秘書官から説明を受け、どうやって自分が保護されたのかを知った。
襲撃時。護衛役のテテュスは、昼食のために席を外していた。ダグアーラを保護してから一週間。状況に変化が無ければ、気の緩みが出るのも頷ける。そこを狙われたのは、相手が狡猾だったという外ない。
「基地の被害は三名。内、二人は同一手口で殺害。他一名には意識回復後、暇を出しています」
秘密裏に配した監視役をメイドに扮して抹殺する点からも、暗殺者の周到さが窺える。
遠征の準備に追われる基地内は慌ただしく、何とも間の悪い話でもあった。少年は己の不明を恥じて謝罪。将軍はそれをやんわりと断る。
「現在、防諜部門が敵を追ってます」
心当たりはないかと、将軍から問い質す事もない。王族、技術少佐。どちらの肩書きを狙ったのかが判然としない。刺客は情報の秘匿を徹底していた。
襲撃の目的は不明。新たな情報もない。執務室周辺でも、軍靴の往来が聞こえた。
「本当に、申し開きもございませぬ」
少年の前に立ち、今度は戦傷著しい老将が深々と頭を下げる。
「顔を上げて下さい、将軍。貴方の采配に、不満などありませんよ」
実際、彼女を護衛に就けていなければ、ダグアーラは間違いなく死んでいた。将軍と中尉、二人のお陰で自分の命がある。これ以上は、望むべくもない。
ゲズゴールが赦免から頭を上げれば、それでこの話は終わり。少年の頭はすぐに別の関心事で埋め尽くされた。
(間に合わないなぁ……)
諦念。腑抜けた顔で、ぼんやりと虚空を眺める。それもこれも、自分が搭乗したばっかりに。挙句、極秘の開発計画を白日の下に晒してしまった。急いては事を仕損じるとは、まさにこの事。
「はあ~……」
ダグアーラは、頭を抱えて深く猛省した。
部屋の中に、沈黙の帳が落ちる。
「――――さて。それでは殿下。儂と共に、これからの話をしようではありませんか?」
「これからの?」
少年は狐につままれた顔を浮かべる。
「将軍。何をお考えで?」
柳眉を寄せる秘書官が懐疑を口にする。それを前に、基地の主は不敵に笑みを深めるばかり。
「それで正直な話。殿下は飛翔型の開発を続けたいですかな?」
「勿論です」
即答した。当たり前だ。空への挑戦は、翼が折れたくらいで諦めたりはしない。
理由なんて、一つしかない。
「僕は、竜機兵が好きだから」
流れる魔力と嚙み合う歯車、機巧と術式で動く鋼鉄の巨人。それはまさに人類の叡智。先人たちが積み上げたそれらに、自らの手を加えてまだ見ぬ地平の先を切り拓く。それを達成した時の感動と云ったら堪らない。自分の生はこのためにあるのだと、その確信は今も揺るぎない。
だからこそ。開発が難航している現状が、ダグアーラには歯痒くて仕方がない。
「竜機兵にも、空を飛ぶ快感を味わって欲しいんです」
雄大な蒼穹を掴み取る快感を。どこまでも広がる地平の先の景色を。たとえ心が無くたって、体験は記憶として機体に刻まれるから。
自分は飛翔鎧で、一足先にそれを味わったから尚のこと。そう強く想った。
(そのために、頑張って来たのに……)
こんな所で終わりたくない。それが、ダグアーラの偽らざる本心だった。
「殿下のお気持ちは、分からなくもありません。ですが、事前の取り決めがあります」
「はい……」
殿下。その呼び方に、ダグアーラは微かな苛立ちを覚える。
技術少佐という地位は、自身が王族であればこそ。その現実を突き付けられるのが苦痛だった。
(わかってますよ)
弱冠十三歳、未冠の王族には何の権限もない。
それでも部下たちは、ダグアーラの才覚を認めた上で力を尽くしてくれていた。それだけは、間違いなかった。
だからこそ悔しい。臍を噛む想いで唇を引き結ぶ。
ダグアーラが率いるスマド《特別魔導技術研究開発戦略室》は解散となり、人員は散り散りとなるだろう。それは既定路線。
いかに将軍といえど、中央の人事に物申すのは明らかな越権行為。英雄の肩書きを免罪符としても、無理があるだろう。
故に、少年に言質を取る意図が判らない。
(本当に、終わりなのかな?)
いまいち実感が湧かない。実際に刻限が過ぎてないのもあるだろう。
魔術学院や王立の研究所でならば或いは。けれど、予算は付かない気がする。雀の涙が良い所だ。
「分かりました。殿下の熱い想い、このゲズゴールがしかと胸に刻みましたぞ」
隻眼隻角の偉丈夫は、ドンと胸を鳴らす。豪快な笑みに勇気づけられ、いくらか溜飲が下がる。
「何か伝手でもあるんですか?」
期待を込めて尋ねるも、将軍は首を横に振った。
「なぁに、心配ご無用。この状況を最大限活用すれば、道も開けるというもの」
茶目っ気たっぷりにウィンクすれば、少年の心に希望の火が灯る。
まだ、諦めなくていい。老将の言葉に希望を見い出し、不安に押し潰されていた肺が軽くなる。
「まさか、将軍――」
「そう。そのまさかよ」
ここへ来て、老将はニヤリと力強い笑みを浮かべる。他方、秘書官は顎を覆い床を睨む。
「まあ、開発が明るみになりましたからね……」
逡巡の後、肩を落として嘆息する。彼女の台詞は耳が痛い。ダグアーラは視線を泳がせた。
「良いですか? 殿下。こうなった以上、途中下車は許されませんよ?」
ソファの前にしゃがむと、真剣な表情で訴えかけて来る。本当に、後悔はないのかと。
「途中、下車……?」
技術開発競争という名の暴走列車。各国の情報将校が巷間に入り乱れる現在。公国での飛翔型開発の情報は、瞬く間に大陸全土を駆け巡るだろう。或いはもう、広まった後なのかも。
「そうなるともう、他国も開発に乗り出すことは必至。寧ろ、国防の観点から総力を挙げて取り組むやも知れません」
呆れ交じりの弁舌。ゲズゴールとダグアーラ。二人の翻意は見込めないと、開き直ったようだ。
「じゃあ――」
状況が変わったとは、つまりそういう事――――
「途中下車の前に、まずは飛び乗らねばな。ガッハッハッハ!」
豪快に笑う老将が頼もしい。触発されたダグアーラは拳を握って立ち上がる。
「よし……っ」
一度は折れた鋼の翼。けど、それなら直せばいい。
「今度こそ、飛ばしてみせる」
窓の外に広がるのは、雨雲が一過した蒼穹。そこに拳を突き出した。
「では、直ちに会見を開き、号令を掛けねばなるまい」
挙国一致の開発体制を。
「やっぱり、越権行為なのでは……?」
終始笑顔の将軍とは対照的に、秘書官は胡乱な眼差しを向ける。
「国体が王制といえど、民意を完全に無視などはできん。だからサーシャ、腹を括れ」
「仕方が無いですね……」
サーシャは慨嘆するも、逃げ出すことは無い。覚悟は既に、定まっているようだった。
まずは民衆を味方につけ、既成事実を作る。それが肝要だと、ゲズゴールは二人に説いた。
「では殿下、参りましょうぞ。機兵を空に飛ばすためにも、まずはしっかりと土台を作らねば」
「はいッ!」
開発が失敗したのは、予算と人員、そして期間が短すぎたから。
そこで逆転の発想。飛翔型の開発を発表し、口実に他国との技術競争を持ち出して開発の新体制を作る。
国防に資するともなれば民たちの了解を得られ、反対派も民意を無下にはできない。
(さすがは歴戦の猛者、ですね)
機に聡く、決断と行動が早い。老境なれど、未だ衰え知らず。味方として、これほど心強い存在も稀だ。
秘書へ指示を出しながら、堂々と風を切って歩く大きな背中。
遅れるまいと、ダグアーラは後を追った。
「その前に、是非とも挨拶しておきたい人が居ます」
「ほぅ……?」
訝しむ二人の視線が向けられる。しかし、少年が臆することはない。
この、千載一遇の好機をもたらしてくれた命の恩人。戦傷で伏せているのは百も承知の上。
それでも一度、会っておきたい。テテュス・アハティアラとは、どんな人物なのか。ダグアーラは少し、興味が沸いた。
改めてお礼をする意味も込めて二人に頼み、彼女の元へと案内してもらった。
心なしか、足が軽かった。




