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魔王書庫

 私が目覚め、視界に捉えたのは、天を衝くほど高い、深い漆黒の天井であった。周囲には、私の身長の三倍をも超える、威圧的な漆黒の書架が壁のようにそびえ立ち、私を囲んでいる。ここは、ピンク色の天蓋が飾られたキングサイズのベッド、体が沈んでしまうほどのフカフカのマットに寝ていた私の温室ではない。今、背中に感じるのは、冷たい硬質なマットと、少し黄ばんだ古い布団の重みであった。


 「ここは……魔王書庫なのです」


 私は、魔王城の地下深く、禁忌と知識が封じられた魔王書庫へと連れ去られていた。この書庫には何万という書物が収められ、魔法の力によって常に最新の情報が更新される、魔界の心臓とも呼べる場所である。電気、ガス、水道といった世俗のインフラは一切存在せず、この世界のあらゆる営みは魔法によって管理されている。私は、ここで世界の仕組みを学び、膨大な知識に終わりがないことを知っていた。この書庫は禁書も含むため、入室には魔王、あるいは現在の魔王補佐官である母上の許可が必須となる。


「どうして私はここにいるのかしら」


 思い出したくない、しかし、まざまざと現実を突きつけるあの酷薄な言葉が脳裏に蘇る。


 『このまま死んでくれたら1番いいのに……』


 信じたくない。夢であってほしい。だが、この硬質な書庫の中で寝かされているという事実が、その言葉が現実であったことの動かぬ証拠であった。私は体を覆う古い布団から抜け出し、扉の取手へと手をかけた。魔王書庫の扉は外開きであり、中から開ける際には、通常、鍵を必要としない。しかし、取っ手はびくともしない。


 「開かないのです……」


 外側からの強大な力よって、この扉は固く閉ざされている。すなわち、私はこの知識の監獄に幽閉されているのだ。


 『このまま死んでくれたら1番いいのに……』


 再び、その冷たい声が頭の中で響き渡る。


 「お母様は私の死を望んでいるのかな……」


 生きる気力を失いかけていた私を繋ぎとめたのは、母上と過ごしたわずか五年間の日々の記憶であった。きっと、あの言葉は、私の魔力が失われたという事態に直面した際に、母上が発してしまった混乱の言葉なのだ。もし本当に私を見捨てたのならば、私を魔王書庫へ閉じ込めるはずがない。母上は、私がここで本を読むことを誰よりも知っている。この幽閉は、魔力を失った私の存在を他の魔族に気付かせないための、苦渋の隔離措置に違いない。

 そう考えることで希望が湧き、同時に空腹が押し寄せてきた。私は昨日から何も口にしていない。ふと、書庫の片隅にあるテーブルを見ると、食事が用意されていた。テーブルの上には、魔獣の肉と魔界の野菜が挟まれたサンドイッチが置かれている。

 私はサンドイッチを齧りながら、魔王書庫の本へと手を伸ばした。日々の出来事が随時更新される新聞のようなその本には、外の世界の真実が記されている。恐る恐る読み進めた今日の緊急速報記事。


 =緊急速報!ルシス王女殿下は難病を発症した為に魔王城の地下施設にて療養に入る=


 やはり、私は病気で療養中ということになっていた。魔界の人々を納得させるには、それが最も適切な説明であろう。



 幽閉されてから一週間が経過した。

 毎日三食の食事は欠かさず用意されるが、母上たちは一度も会いに来てくれていない。やはり、私は見放されたのだろうか。


 『トントン、トントン』


 突然、扉を叩く音が響いた。食事が運ばれる時間ではない。もしや、母上か。その微かな希望に、私の目からは涙があふれ、一目散に扉へと走った。


 「お姉ちゃんいるの?リプロだよ」


 聞こえてきたのは、母上ではなく、愛する弟リプロの声であった。母上からは固く禁じられていたはずだ。それでも会いに来てくれた彼の優しさが、胸に染みる。


 「リプロなの?魔王書庫へ来ても大丈夫なの?」

 「うん。僕はお姉ちゃんが魔力を失ってもお姉ちゃんが大好きだよ。僕が守ってあげる」


 彼は、私を守るため、悪魔の能力(スキル)を使いこなすべく、カァラァと共に日々訓練に励んでいるという。リプロに真実を告げることはせず、私はこの部屋で魔力を取り戻すと約束した。


 「リプロ王子殿下、どうしてこの場所にいるのでしょうか?ここは立ち入り禁止区域です」


 弟を連れ戻しに来た何者かの声が響いた。リプロは帰らざるを得なかった。そして、魔王書庫に閉じ込められて一か月が経過した時、私の書庫生活を大きく変える大事件が起きるのであった。

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