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魔族転生


 漆黒の空が広がる魔界は、厳しき地でありながら、同時に新たな生命の誕生を祝う神秘に満ちていた。この暗黒の領域を統べる魔王は、己が齢二百を迎える頃、新たな命をこの世に送り出す。それは常に三つ子として生を受け、その中の一人が十五の歳を迎える時、父なる魔王の座を継ぎ、魔界に君臨する定めであった。先代の魔王は子らを授かると、次なる旅路、冥界へと去る。その間、魔王不在の十五年間、魔界の秩序は魔王妃の手によって守られ、三人の幼き後継者たちが厳しくも温かく育まれるのである。


 この魔界の摂理に則り、私は魔王の長女として生を受けた。三つ子のうち、最も早く生まれた者が父なる魔王の強大な魔力を最も色濃く受け継ぐとされ、私が次期魔王の最有力候補と目されていた。魔界のしきたり、魔王の血筋、己が背負う宿命。幼心にそれらを漠然と感じながら、私は魔界の王女として、未来の魔王としての日々を送っていた。そして、三歳の誕生日を迎えたその日、唐突に、まるで雷鳴が脳髄を駆け抜けるかのように、私の意識の中に膨大な情報が流れ込んできた。それは、この魔界とは全く異なる世界の記憶。遠い過去、私の前世と呼ぶべきものだった。



 前世の私は、十七歳のごく普通の少女だった。ある日、幼い子供が不意に道路へ飛び出したのを目にし、考えるよりも早く、その小さな命を救うため衝動的に身を投げた。異世界小説の定番とも言うべき場面で、私は迫り来る車に撥ねられ、短い人生の幕を閉じたのである。


 善行を積んだはずだった。当然、死後の行き先は天国だと信じて疑わなかった。だが、私の魂が連れて行かれたのは、まさかの地獄。そこには、思い出しただけでも身の毛がよだつような、恐ろしい形相の閻魔大王が鎮座していた。閻魔大王の裁きは絶対だ。死者はその巨大な鏡の前に立たされ、生前の悪行が余すところなく映し出される。そして、鏡が示す真実を突きつけられ、嘘偽りなく認めることを強要されるのだ。もしここで言い訳などしようものなら、地獄の中でも最も過酷な場所へと送られると聞いていた。

 冷や汗が背筋を伝う中、私が立たされた鏡は、ありありと私の悪行を映し出した。そこに映し出されたのは……なんと、冷蔵庫で大切に保管されていた、姉のプリンを密かに食い尽くす、私の醜い姿だった!


「お前は、姉が大事に冷蔵庫で保管していたプリンを食べたのだな?」


 深紅に染まった閻魔大王の顔は、怒りでさらに赤みを増していた。彼の威圧的な声に、私は震える喉から辛うじて言葉を絞り出す。閻魔大王に言い訳は通用しない。私はただ、真実を述べるしかなかった。


「はい、そうです」


 私の素直な告白に、閻魔大王の怒りは頂点に達した。


鬼卒ごくそつ、こいつを無間地獄へ連れて行け! この地獄で一番の苦痛を与えてやるのだ!」


 地獄の業火すら凍てつかせんばかりの怒号が広間に響き渡り、私の地獄行きが決定した。鬼卒――閻魔大王の配下であり、刑罰の執行官――に腕を掴まれ、私は無慈悲に広間から引きずり出された。


「お前も運が悪いよな。閻魔大王様はな、プリンが大好物なんだよ。だから、プリンを黙って食うなんて、許せなかったんだろうさ」


 鬼卒は、ゴツゴツとした腕で私を乱暴に引きずりながらも、どこか人間味を帯びた声で呟いた。私は信じられない思いで尋ねた。


「私は、そんな理由で地獄へ行くのですか?」

「そうだ。閻魔大王様の判断は絶対だからな。しかし、お前は書類によると、事故から子供を救った善人だから、本来なら天国に行くはずだったんだ」


 私の喉からは、何の言葉も出てこなかった。あまりにも理不尽な運命に、ただただ呆然とするばかりだった。だが、鬼卒は意外な言葉を続けた。


「だが、安心しろ。今回は閻魔大王様に内緒で、お前の地獄行きはなかったことにしてやる」


 一瞬、自分が聞き間違えたのかと思った。無間地獄からの解放。私は鬼卒に向かって、何度も頭を下げた。


「ありがとうございます!」

「しかし、問題がある。今さら天国へ送ることはできないのだ。そこでだ、お前を異世界へ転生してやろう」


 その言葉に、私の顔は一気に輝いた。


「本当ですか!」



 異世界小説をこよなく愛する私にとって、異世界への転生は、天国へ行くよりもずっと喜ばしい出来事だった。もしもわがままが許されるなら、お貴族様の令嬢に転生し、チート能力を授かって、異世界の勇者として名を馳せたい。そんな夢を抱き、私は思い切って鬼卒に要望を伝えた。 


「あの~、転生先はお貴族の令嬢で、時を止められるようなチート能力が欲しいです!」


 しかし、鬼卒の返答は無情だった。


「無理だ。転生先は魔界になる。その代わり、魔王の子に転生してやろう」


 またしても、私の喉からは言葉が出なかった。勇者ではなく、まさかの魔王。私の抱いていた夢とは真逆の現実が突きつけられたのだ。


「何を驚いているのだ。ここは地獄だぞ。人間へ転生させるのは不可能だ。嫌なら無間地獄で永遠に苦痛を受け続けるか?」


 地獄で永遠の苦痛に苛まれるよりは、遥かにマシだ。私は渋々ながらも、その条件を了承した。


「転生させてやるが、生まれてすぐに記憶があるといろいろ大変だろう。なので、三歳になったら記憶が蘇るようにしといてやる」


 そして、私は魔王の子として、この魔界へと転生したのだった。


三歳で前世の記憶を取り戻して以来、私は魔王の長女としての宿命を明確に意識するようになった。三歳から五歳までの間、魔王の子らは魔界のあらゆる知識、苛烈な戦闘訓練、そして複雑な魔力操作に至るまで、魔王となるための英才教育を受けることとなる。特に次期魔王に最も近いと目される私は、魔王妃直々から教育を受けることとなった。その結果、弟二人とは雲泥の差をつけるほどの知識、魔力、教養、そして戦闘力を身につけてしまったのである。


 五歳の誕生日を迎える日、魔王の子は悪魔と契約し、絶大なる能力スキルを手に入れることができる。そのため、どれほど大きな能力を持つ悪魔と契約するかが、魔王となる上で極めて重要な意味を持つのだった。我が父、先代の魔王もまた、三人の強力な悪魔と契約を交わしていたという。その中には、悪魔の王たるサタンの名もあった。

そして、運命の五歳の誕生日がやってきた。悪魔との契約という、私にとって人生最大の、そして未来の魔王としての能力を確立するはずのこの日に、私はなぜか魔王城の地下深くにある、埃っぽい魔王書庫へと幽閉されることになったのである。


「どうして、こうなった!?」


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