おそるべき世界
『シルバー・アーリン 〜 人間型兵器彼女との約束 〜https://ncode.syosetu.com/n9390ix/』の番外編的作品です。本編未読でもわかるように書いたつもりです。
老いたなぁ……と、しみじみ思う。
柔道三段だった体はもう、韓国料理店で鉄箸を持ってもプルプル震える。
毎日山を越えて30kmの散歩をしていた足も、今では近所をちょっと歩いただけでガクガク震えだす。
ほんの10年前まで地球防衛に関わる研究所の所長を務めていた儂が、老いさらばえたものだ……。
あの獣星人どもを追い払わせ、銀星人と同盟を結んだのは、この儂だぞ。
この叢龍剛二ともあろうものが……情けない。
退職してからは特にすることもなく、毎日布団の中でダラダラしている。
あぁ……もう、いいかな。
早くお迎えがこないものか……。
※ ※ ※ ※
おじいさんの元気が今日もない。
あたしがちっちゃい頃に見た、あのホレボレするほどの威厳はどこ行っちゃったの?
松の植木のむこう、縁側から内に入った畳の上に敷いた布団で、まるでお迎えを待つひとみたいにじーっとしてる。なんていうか、生気がない。
こうやって時空の裂け目から覗き見してるのは、なんだか悪いことしてる気分だけど──
なんとかしてあげたいな……。
幸い、あたしはなんとかしてあげられる力を持ってる。
あ……
おじいさんが、眠った……。
チャンスだ。
今があのひとを、幸せにしてあげられる、チャンス!
※ ※ ※ ※
ん……。
いつの間にか眠っておったようだ。
目を開けると、目の前に銀色の何かがぼやーっと見えた。人の顔のようだ。
儂を見てなんだか笑っとる。
人間……いや、見た目は地球人と変わらんが、皮膚が銀色だ。
見知らぬ銀星人の小娘だ。
「おはよう、おじいさん」
小娘がそう言った。
「プレゼントをしてあげたよ? 気分はどう?」
「プレゼント……だと?」
意味がわからん。
とりあえず寝起きの目を手でこすっ……
自分の手が、メカになっておった。
黒い合金でできたメカの指で、危うく自分の目を潰してしまうところだった。
「おじいさんの体、改造してあげたの」
見知らぬ銀色の小娘がニヤニヤと笑う。
「動いてみてよ? 若い頃みたいに……ううん、若い頃よりもっと動けるはずだよ?」
ボディーを見ると、スーパーロボットみたいになっていた。黒光りしておる。
銀星人の趣味なのか、腹のあたりには銀色の光が揺らめく窓のような装飾がされておる。
「どう?」
銀星人の小娘がニタァと笑った。
「気に入った?」
「なんじゃ、こりゃああああ!?」
儂は思わず叫んだ。
「誰じゃ、貴様! 人が寝てる間に何勝手なことしてくれとんじゃああああ!!」
※ ※ ※ ※
喜んでくれるはずだった。
嬉しいサプライズを受け取ってくれないわけはないと思ってた。
でも、おじいさんは、あたしが改造してあげたメカニカル・ボディーをしげしげと眺めると、激怒した! なんで!?
勝手に改造したのは確かに悪かったかもだけど、ヨボヨボのいらない体をカッコよくてめっちゃ動ける体にしてあげたんだよ!?
おじいさんはあたしを睨みつけると、憎々しげに歯ぎしりした。
「貴様……、銀星人の小娘ェ……。これは何の悪戯だ?」
あたしは全力で説明した。
「プレゼントだよ! おじいさんが年老いていくのを嘆いてたから……」
「儂の体は? どうした?」
「あー……。あれはもう必要ないものだから、あそこに……」
庭でお肉に夢中の猫ちゃんたちを指差した。
※ ※ ※ ※
うちの庭には野良猫がよくやって来る。
べつに『かわいいから』とか『情が移ったから』とかいうわけではなく、単に儂の食が細くなったから、残飯処理に都合がいいので、餌皿を10個用意してある。
その餌皿に入った儂の肉らしきものを──猫どもがうまそうに、夢中で食っておる!
儂は目の前の銀星人の小娘を見た。
小馬鹿にするようにニヘラ〜と笑っておる。
殺意が湧くのも当然であろう。
ジャキン! と殺伐とした音を立てて、儂の右腕が変形した。見ると小娘をぶっ殺すための銃がそこに生えていた。
「このふざけた小娘がアァーー!」
※ ※ ※ ※
なんで!?
おじいさんがあたしに殺意を向けてきた!
慌てて時空の裂け目に潜り込んで逃げた。移動限界距離の約50メートル先の、塀の外まで逃げた。
喜んでくれるはずだったのに……。
あたし、何か余計なこと、した?
「逃がさん!」
頭の上でおじいさんの声がした。
見上げると、おじいさんが飛んできていた。あたしが施してあげた銀のパワーで重たい体を浮かせ、頭上からあたしを銃で狙ってる。
ジャキン! と音を立てたかと思うと、そこから銀の粒子弾を浴びせてきた。
「痛い! 痛い!」
まともに頭のてっぺんに食らって、あたしは泣き叫んだ。
銀が毒になる獣星人だったら即死してただろう。
銀星人は体に銀が多く含まれてるので致命的なダメージにはならないけど、体に水が多く含まれてる地球人が超高圧の水鉄砲を食らったようなものだ。痛いは痛い!
※ ※ ※ ※
「ムウッ……!?」
連射攻撃が脳天にクリーンヒットしたというのに小娘め、生きておる。痛がってはおるが……
そうか。銀の粒子弾だから、銀星人にはあまり効かぬのか。地球人が水鉄砲を食らわされるようなものなのか。……ならば!
儂は着地すると、鉄腕を思い切りふるった。
「やーーー!」と銀星人の小娘は悲鳴をあげると、また時空の裂け目に逃げおった。
しかし──逃さん!
儂の心臓に埋め込まれた高性能レーダーが、貴様の行方を教えてくれるぞ! どこへ逃げても丸わかりである!
儂は足下から銀パワーを噴出すると、再び飛んだ。
「そこか!」
右掌の中心からシルバー・ソードを出現させ、民家の陰に隠れとった小娘へ、儂は躍りかかった。
※ ※ ※ ※
──キィン!
危なかった……。
銀製とはいっても、刀で斬られてたら、かわいいあたしの顔にかすり傷がついてたことだろう。
咄嗟にアンドロイドを召喚して、間に合った。銀の翼を盾にして、おじいさんの攻撃を受け止めてくれた。
「貴様は……」
おじいさんがアンドロイドを見て、言った。
「シルバー・アーリン……?」
「あっ。違うよ? おじいさん」
あたしは愛想笑いで自分を守りながら、説明した。
「この子はあたしが作ったアンドロイド。名前は決まってないから勝手につけて?」
約20年前、この星を獣星人の侵略から守った伝説のアンドロイド『シルバー・アーリン』をあたしは見たことがない。
でも、おじいさんは会ったこともあるはずで──もしかして、似てるの? あたしが作ったアンドロイド、伝説のヒロインに似ちゃってた? きゃっ! さすが天才のあたし!
※ ※ ※ ※
アーリンかと思った。
突然、小娘を守って現れたそのアンドロイドは、懐かしのシルバー・アーリンに似ておるように……一瞬、見えた。
しかし背中に生えたその翼を盾にしていたのを退けると、その顔がはっきりとわかった。
ブサイクで有名な女性芸人にそっくりであった。
アーリンとは似ても似つかぬ!
大体、アーリンと結婚した所員……名前は何だったか……そう、大神だ! あの野郎、研究所を出てから何の便りも寄越さん!
あれから20年ほど経っておるから、やつももう50歳近くなっておるだろう。アーリンは……アンドロイドは見た目は歳をとらないだろうから、若いままか……。
儂がこんなに惨めな老後を送っとるというのに……見た目の若いヨメとイチャイチャしておるのか……?
許せん!
昔取った杵柄、儂の柔道技、一本背負いがアンドロイドに炸裂した。
※ ※ ※ ※
「どっせい!」
「やーーー!!」
おじいさんの体がカッコよく動き、あたしのアンドロイドを投げ飛ばした。
地面に激突したアンドロイドは一撃で木っ端微塵に、跡形もなく砕け散った。
おじいさんがあたしを睨む。
「次は貴様の番だ、小娘!」
仕方ない!
こうなったら奥の手を使うしか──!
※ ※ ※ ※
「ム……?」
小娘が頭にかぶっておった小型のヘルメットのようなものを、脱いだ。
確か……銀星人は、あれを脱ぐと──
小娘の頭の中が、儂の中へ流れ込んできた。
小娘の記憶が、その光景が、儂の脳にダイレクトに、映像となって、浮かんだ。
※ ※ ※ ※
あたしたち銀星人には精神感応能力が備わってる。地球人にはないものだ。
口を使って言葉を発さなくても、考えるだけで意思が伝わる。
だからあたしたち銀星人は、あまりおおきな感情をもたない。他人の感情に脳が揺さぶられて、死にそうになるからだ。特に地球人のもつ『愛情』とか『憎しみ』みたいなのは、あたしたちにとっては毒に等しい。
地球で暮らすには、この思念遮断ヘルメットをかぶってないと、寿命がいくつあっても足りない。
あたしはそれを、脱いだ。
下手したら命にかかわるんだけど……しょうがない。
あたしの思念が、記憶が、おじいさんの脳に、直接伝わっていく。
※ ※ ※ ※
あの日──
儂が銀星人の代表トクダ・ナリと同盟締結の場にいた記念すべき日、この小娘はまだ幼い子どもだった。
映像を通じてそれを見ていた小娘の目に映った儂の姿は、小娘には初めて見る異星の英雄のようだった。
『なんて素敵なおじさんだろう』
小娘は──サトコ・ムイは、思念した。
『あたし、あのひとに憧れる! お嫁さんになりたい!』
愛情のようなものを、ついうっかりサトコは抱いてしまった。
その『愛毒』は、サトコの精神を激しく蝕んでいった。
サトコは成長し、儂のストーカーになった。
「ストーカーか、貴様アッ!」
※ ※ ※ ※
おじいさんの鋼鉄の両腕が、あたしに向かって迫ってきた。
ドンっ!
あたしは思わず目を閉じたけど、わかっていた。おじいさんの精神からは『怒り』が消えていた。
両腕はあたしをすり抜けて、後ろの壁にドンされていた。
これ……って
壁ドン!?
あたし、憧れの叢龍さまに、壁ドンされちゃった!
「サトコ……」
おじいさんが、あたしの名前を、呼んだ。
「……そうか。おまえにとって儂は……ヒーローだったのだな」
※ ※ ※ ※
「口で喋らなくても……いいよっ」
あたしはコクコクとうなずきながら、思念を送った。
「おじいさんの考えてること、ぜんぶわかるからっ。……あ、それは違う違う。あたし、ストーカーじゃなくて、叢龍所長さんの……ファンだからっ」
「ファン……か。嬉しいのう。むず痒いのう。ウフフッ」
所長さんの心が正直に嬉しがる。かわいい。
「それで、老いぼれた儂をかわいそうに思って、改造してくれたのか……。嫌がらせやいたずらではなく……」
「絶対気に入ってくれると思ったのに……。そっか、ヨボヨボになったとはいえ、80年近く使ってきた、自分の体には愛着があるのね? それを猫の餌なんかにして……ごめんなさい」
「なるほど。おまえには『要らないもの』……というよりヒーローをヒーローでなくしてしまう『疎ましいもの』にしか見えなかったのだな……。確かに、この体で動いてみて、若い頃に戻ったような喜びがあった」
「使ってくれる? ……うん! 嬉しい!」
「フ……。思念がダダ漏れというのは便利なものだな。理解し合うのに言葉など邪魔なだけのものでしかないというわけか」
「たくさん地球人のいるところでは気が狂いそうになっちゃうけどね。所長さんと二人きりなら、言葉なんて要らない──」
「そうだな」
儂の思念がサトコにダダ漏れで伝わった。
「かわいいな、おまえ。おまえみたいな若い娘が儂のファンだなどと……フフフ……ワンチャン肉体関係もありかな? そのかわいいおっぱいを、こうして、ああして……」
※ ※ ※ ※
「ぎゃああっ!」
サトコが急いでヘルメットをかぶり直した。
途端にダダ漏れだった彼女の思念が、止まった。
気まずい空気が流れたが、もう儂の思念が彼女にバレることはない。
儂はサトコに、口で伝えた。
「おまえ、儂の養女にならんか?」
「ごめんなさいーっ!」
サトコは慌てて逃げ出した。
無理もないか……。ジジイの下心をダイレクトに感受してしまったのでは……
きっと、おそるべき世界を彼女は見たのだ。
儂にはメカの体だけが残された。
これを使って、何をしよう。
役職を担っていた頃なら、色々とやりたいこともあったろう。
しかし儂は、隠居の身だ……。
フッ……。
とりあえず、空を飛んだ。