第七話「光の輪郭」
慶太が“天”に入ってから、あっという間に月日が経った。
朝は剣術の稽古、昼は妖の調査任務、夜は幻気制御の座学。
気づけば、誰よりも汗を流していた。
慶太は焦っていたのかもしれない――いや、強くならなければという思いに突き動かされていた。
そして今日、“天”の訓練場の外に設けられた試合場では、一際大きなざわめきがあった。
模擬戦――それも、正式な公開試合だった。
観客席の隅、翡翠は不安げに拳を握りしめていた。
「……大丈夫かな。相手は雷の隊の“牙”……」
その横で楸が声をかける。
「安心しろ。お前の見てる慶太は、もうただの町のガキじゃねぇ。
しかも、あの刀――“幻刀”は人を斬れねぇよ」
「え?」
「幻気を媒介に刃を生む刀だ。妖だけを断つために、刃は研がれていない。……まあ、当たればかな〜り痛ぇけどな」
楸の軽口に、翡翠は少しだけ表情を緩めた。
「……そうですよね。信じなきゃ、ですね」
「そうそう。……あとは、お前が静かに応援してくれりゃ、それが一番効くさ」
試合場の中央で、二人の対戦者が向き合った。
「雷の隊から来てくれたのは、若き“牙”――橘雷牙だ」
楸の声が場に響く。
雷牙は無言で場に立ち、鋭い目で慶太を見据えた。
肩に羽織るのは、雷の隊を示す黄色の羽織。その動き一つで、周囲の空気が変わった。
「いくぜ、新入り。遠慮はしねぇからな!」
雷牙の足元に電流が走った瞬間、慶太の意識が一気に研ぎ澄まされた。
(はえぇっ……!)
刹那、雷のように走る一撃が慶太の横をかすめる。
雷牙のスピードに、場の誰もが息を呑んだ。
だが――
慶太の目が光を捉える。
あの時、初めて幻気を発動させた夜と同じ感覚。
(……見える!)
次の瞬間、慶太の幻刀が虹の光を帯びた。
そのまま一歩踏み込み、反撃の一閃――
「そこだ!!」
雷牙の胴に鋭く入る一撃。見事、一本が決まる。
場が静まり返り、すぐに大きなどよめきに包まれた。
「……やるじゃねぇか。気に入ったぜ」
雷牙は満足げに笑い、手を差し出す。
慶太も息を切らしながら、それをしっかりと握った。
――その直後、観客席の奥から重く冷静な声が響いた。
「……まさか、雷牙が刀を握ってまだ一ヶ月の新入りに一本取られるとはな」
訓練場の柵越しに姿を現したのは、雷の隊の“頭”――轟 凪矢だった。
鋭く整った面立ち。静かな眼差しの奥に、確かな実力と経験がにじむ男だった。
「さすが楸さんの弟子だ。技も反応も、一朝一夕とは思えない」
観客席がざわつく中、凪矢の声は静かに続く。
「だが――まだ足りない。見せてもらうぞ、君の“真価”を」
その言葉に、慶太の背筋が震えた。
「次は、俺が相手だ。“虹”の使い手」
空気が凍るような緊張感が、試合場全体を包み込んだ。
──続く。