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終_syu_

作者: 猫宮いたな


「なあ、久しぶりに勝負しようぜ」



 ある時、僕は家の近くの川に散歩に来ていた。そのとき、ボルメールを見つけました。

 せっかくなので、皆さんにその手紙の内容を共有させていただきます。


 

 私の名前は、桑原友(くわばらゆう)。御年七五のクソジジイです。

 私は学生の時から卓球をやっており、ライバルと呼べる男がいました。

 そいつの名前は南條凛(なんじょうりん)。先日こいつから数年ぶりに卓球やろうと誘われました。 

 もちろん、私は了承しました。彼と会うのは久方ぶりだったから。

 

 後日、指定された場所に向かうとそこにいたのは、顔はやつれて、手足は震え、もう一目で老いを感じさせる。ジジイがいた。


「ふけたな」


「お前もな友」


 嘲笑に嘲笑で返してきた。何時までたっても、こいつは、負けず嫌いなんだな。何年たとうと芯は変わらない。それは俺も同じ。だからこそ、こいつはいつまでもライバルで、友だった。

 会話もそこそこに俺たちは台に向かった。


 俺たちが学生の頃、東京オリンピックで卓球男女混合ダブルスは金メダルを取った。あの時の感動は俺たちの脳に焼き付き、俺たちはあの舞台にあこがれた。

 でも、その舞台に立つことは叶うはずもなかった。実力不足というものだ。

ただ、今はそれでよかったと思える。もし、あの舞台に立っていたら今の俺たちはいなかったから。

 卓球台の前に立つと目の前に映るのは、俺たちの、青春。熱い体育館に、セミのジリジリと響く鳴き声。すらすらと額を流れる汗。そのすべてがあの頃を思い出させる。懐かしかった。


「「お願いします」」


 挨拶をかわし、サーブ権を決めるいつものじゃんけん。俺はパー、凛はチョキ。サーブ権を手にしたのは凛だった。

 紺色の台に敷かれた白いラインの上で球を弾ませ、凛がサーブを打つ構えを取った。

 俺もレシーブの体制になって迎え撃つ。学生の時から苦戦した凛のサーブ。

 しかし、それは想像よりもずっと、弱かった……

 回転も、スピードも、コースも。そのどれもが現役より弱かった。


 俺はチキータと呼ばれる技で、そのサーブを台の端のほうに放った。

 もしあいつが現役だったら、ここからカウンターの一つでも打ってきただろう。


 やはり、老いというのは俺たちを蝕んでいるようだった。


 まず、俺が一点を獲得した。


 また、凛のサーブの番。今度はさっきと違う、強力な回転のかかったサーブ。今度のサーブは、学生時代とは比にならない、強力なものだった。


 卓球において重要な要素。回転。

 スピードも、フィジカルも、筋力の衰えとともに弱っていく。

 コース取りも、判断能力も、ジジイの俺たちには難しい。

 しかし、回転は違う。筋力も、判断能力もいらない。ただ、技術がすべての回転。時間と共に常に強くなり続けるそれは、もはや、必殺技。

 防ぐすべなど、限られる。


 俺の足元でシュルシュルと音を立てて回るボール。音が、凛の強さを証明する。


そのまま、俺たちは接戦を繰り返し、点差も開かない。取って、取られての往来。変化が訪れたのは九対十でのことだった。


俺が一点取ればデュース、取られれば俺の負け。

もともと、一セットだけという話だから、この一点は勝敗を決める重要なものだった。


「サッ」


 現役時代のように、掛け声出して気合を入れる。しかし、不思議なことに手に力が入らない。手足は震え、思考もぼやける。

 ……いや、何にも不思議なことでもないな。凛が老いたように、俺も老いている。体も限界に近いのだろう。

 最悪なことにサーブ権は向こうにある。今日俺は凛のサーブをほとんどまともに受けれいない。


つまり……大ピンチってやつだ。


 凛が掌のボールを宙に投げた。凛のフォームから予想すると、凛が得意とするYGサーブだろう。凛がいつも試合を終わらせるときに使う決め技のサーブだ。現役時代、このサーブにはいつも苦しめられた。だからこそ分かる。このサーブはカウンターに弱いって。

 

 ぼやける視界の中で、球にかかっている回転を読む。凛の回転は強力。今の俺じゃ取れるかもわからない。

 ただ、それは回転を相殺しようとしていたから。なら、凛の回転を利用したら?


左上から流れる球をなぞるようにラケットを突き出す。すると、球は放物線を描き相手のもとに跳ねる。


 しかしそれは、あくまでサーブを返しただけ。ここから強打の打ち合いだ。ジジイどもにはつらいがな。


 一、二分のラリーが続き、お互いに息が荒れる。

 ドライブにカット、ロビングとチキータ。常に、攻めと守りが変化し続け、

凛はそのすべてを苦しそうに返している。そして、だんだんとリズムが合わなくなっている。もう凛は点を落とさないようにするので手一杯らしい。


だから、わざと高く上げて、強打を打たせる。俺の狙いはそのボールを利用したカウンターだ。


……得点は十一対九。俺の放ったカウンターは少し。ほんの少し進みすぎた。

俺のボールは台の外でコンコンと音を立てて跳ねていた。


「俺の八十六勝八十五敗今日は勝たせてもらったよ」


 負けたのに俺の中にあったのは悔しさではなく、哀愁だった。

 今まで気づいていなかった老いという毒。それが互いの体を知らず知らずに蝕んでいた。負けたくない、負けられない。その思いが心を熱くする。


「次は負けない」


 そう啖呵を切ったが次なんてあるのか、

 心の熱は、蠟燭のように、激しく燃えて、解けて、消えてしまった。

 心の奥から、次は勝てるなんて、もう言えなかった。


「じゃあ、俺は次も勝たせてもらう」


 手を振り去っていく凛の姿はどこか誇らしげで、幸せそうだった。



 後日、俺のもとに手紙が届いた。差出人は凛の息子の(あおい)くん。その手紙を手にしたとき、俺の心は最悪を予感した。


「いきなりのご連絡申し訳ありません。友さんに急ぎ伝えるべきと思いご連絡させていただきました」


 その文言は几帳面な葵くんからは想像できないほどの乱雑な文。つまり、それほどの急用らしい。


「実は、お父さんの容体が悪化し、最近は目を覚ましている時間も少なくなっています」


 読み進めればその内容は凛の容体が良くないから入院先の病院に来てほしいと。

 

 俺は震える体を起こして、弱った体に鞭打って。凛のもとへと向かった。

 その道中は夏とは思えないほど寒さを感じさせ、汗がだらだらと流れる。

 


 凛の病室についた。そこにいた凛は数日前とは想像できないほどやせ細り、青ざめた顔をしていた。


「おい、どうしたんだよ。 こないだまであんなに元気だっただろ?」


 俺の問いかけに帰ってくるのは沈黙。こいつはまだ死んではない。心電図は確かに動いている。なのにこいつは目を覚まさない。


「勝ち逃げとか許さねぇぞ!」


 俺の脳裏に流れるのは、あのころの記憶。


 こいつとの出会いは、中二の時だった。県大会の三回戦で初めて戦った。その時は俺が勝った。特に苦戦をすることもなく。

 ただ、数か月後。練習試合で凛と二回目の勝負をすることになった。凛の武器は強力な回転。俺の武器はドライブ、カット、ロビング。すべてが俺の武器だった。


 凛は俺の攻撃すべてを回転を利用して俺の武器を封じた。

 完敗。俺の心は、熱は。その時、こいつに興味を持った。


 負けず嫌いのその性根に、不屈の心。一つの武器を磨いて敵を倒す。そのすべて、俺にはなかったものだったから。


 そこから、時々、試合をすることになって、高校はふたりでスポーツ推薦をもらって同じ学校に進学した。ダブルスでペアになって、一年の時から先輩たちと同じ団体のチームで活躍した。シングルスだって、互いに互いを敵として、負けないようにと練習の日々を重ねた。


 大学は別々になったけど、それでも交流は続いた。何年も何十年も。

 互いに結婚し、子供もできた。かわいい孫も生まれた。みんな、もれなく卓球をしている。

 結局、俺たちは互いに勝ち負けを繰り返して、勝負は有耶無耶。俺たちはもう勝敗に興味はなかった。卓球は俺達を繋ぐ言葉のようなものだった……

 だったはずなのに……


「目を覚ませよ!」


 もう、幾度となく大切な人の死を見てきた。祖父母、両親、姉。友人。でも、何度経験してもこれは辛く、苦しく。悲しくなった。

 しかし、こいつはそのどれとも違う感情があった。でも、その感情を言葉にしたら、こいつにキモイって笑われそうだ。



「おい、泣いてんだ」


 一体、何時間ここにいたのだろう。もう日は沈み、月は頂点に立とうとしていた。静寂の真っ白な空間を弱弱しい声がこだました。


「言っただろ? 次も勝つって」


 凛の声はひどく震えていた。でも、その声にはあの頃と同じ熱があった。


「だから、安心しろよ。 こんなの風邪みたいなものだ」


 凛の笑顔は俺の脳裏に焼き付いた、いつもの笑顔と変わらなかった。


「なら、さっさと直してもう一回やるぞ」


 俺はそう言い残し、病室を出た。きっと、また明日会える。

 病室の外、ひどく暗い廊下で、葵くんが声をかけてきた。


「今日はありがとうございました。お父さんも喜んでいましたよ」


「そうか、ならよかったよ」


「実は、お父さんの病気は末期で、いつ亡くなってもおかしくないと。医者の先生も言ってました。お父さんは、最後に友さんとやりたいな、って言ってて……」


「葵くん。大丈夫。俺も知っているから」


心は、あの頃のように、熱く。それでいて、水をかけられたように冷たかった。



 翌日、凛が死んだと連絡がきた。なんとなく、こうなるのは分かっていた。

 あいつは、元来、負けず嫌いな性格だった。だから、いつもこう言っていた。「もう一回」と……


 でも、もう「もう一回」は訪れない。昨日の時点であいつはもう知っていたんだ。そして、俺も。


 俺の人生のほぼすべてに、あいつがいた。楽しい時もうれしい時も、悲しい時だって。あいつがいない日常なんて考えられない。心ここにあらずってやつだ。

 それにしても、あいつは性格が悪い。自分が死ぬとわかっていたから俺に試合をしようと持ち掛けた。それで自分が勝ったら、勝ち逃げってよ。納得なんてできないよな。


 そういえば、今日は九月二十一日。凛の七十六歳の誕生日だ。あと一日生きてれば祝ってやったのにな。

 せっかくだ、一緒に酒でも飲むか。あいつの好きだった、地元の日本酒で。



__もし、これを読んでる人がいたら、もしよかったら、あいつの誕生日を一緒に祝ってくれませんか。なに、「誕生日おめでとう」そう言うだけでいいんですよ。


__あいつ、派手なのは好きじゃないから。



 この手紙を見つけたその数週間後、とある老人が孤独死しているのが見つかった。その死体の近くには本人のものとみられる日記と日本酒があったという。

 そして、その日記に記されていた名前は「桑原友」。

 きっと今頃、あの二人は天国で卓球でもしているのでしょう。



「なんで、お前こうも早くこっちくんのかな⁉」


「お前に行っただろ? もう一回やるって。」


「負けっぱなしは嫌だったのか?」


「勝ち逃げなんてさせないからな。てかもう逃げれないか」


「はぁ……まあ、まずは酒でも飲もうぜ」


 俺たちはこれからも、ずっと。永遠に一緒だ。

 俺たちの熱が冷めることなんてないんだから。


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