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幽霊事変

最後まで見ていただけたら幸いです

皆さんは幽霊をご存知だろうか?

 人が何かを後悔したまま死に、魂だけになった姿。そんなものは通常生きている人間には見えはしない。そう思っていた。

「ねえー聞いてるの? 碧人!? 覚えてるー? お姉ちゃんだよー?」

 この自称姉の幽霊と出会うまでは。

   

 九条碧人 高校二年生 自分に関しての情報はこれだけだった。

 自分は一週間ほど前に事故に遭ったらしく、その影響からか記憶を失っている。

 助かったのはほとんど奇跡だったらしい。自分でも本当に事故にあったのか疑うほどの軽傷だった。

ただ、母と姉は死亡したらしい。

 生き残ったのが奇跡と言われるほどの事故。当然、他に事故にあった面々は皆亡くなっていた。

 俺はそんな知らせを聞いて、悲しくはあった。ただ記憶を失っているからかなのか、自分の人間性が皆無なのか、心の中で「そうなんだ」としか思わなかった。

 自分の薄情さに若干のショックを受けながら、病院のベットでこれからどうするかをぼんやりと考える。

(お金のことはどうしようか…家がどこかもわからないし…学校とかもあるんだよな…)

 不安しかない未来に頭を抱えている時、何か青白いものが視界に入った。

「あ、よかった碧くん! 無事だった!」

 何かがベットの下からめり込んできたと思ったら、そのまますり抜けて…宙に浮いた。

「もうー本当心配したんだから!」

 な、え、何これ。ベットって透過機能とかあったっけ?

 というか空飛んで…?

「あなたは…どちら様…?」

 なんだその質問は。もっと他に聞くことがあるだろ。

 俺からの質問を受けた宙に浮く女性は、こっちを見て固まっていた。

「なんで…私が見えてるの…?」

 何を言ってるんだこの人は。そりゃこんな目立つことしてれば気づくだろ。

 幽霊じゃあるまいし…待てよ?

 物をすり抜ける。宙に浮かぶ。さっきの発言。

「いや、そんなわ」

「私もう死んでるのに…!」

 さてと、寝るか。色々ありすぎて疲れてるんだな。

「ちょっとちょっと! なんで寝るの! 見えてるの!?」

 うるさい幻覚だ。こっちは疲れてるっていうのに。

「見えてないのか…見えてないなら…何してもいいよね…?」

「ダァァァラッシャアアアア!」

 ベットから飛び退いた後、臨戦体制をとる。

 あ、危なかった! この人何する気だったんだ!?

「やっぱり見えてるんだね! なんでかわかんないけど! 寂しい思いさせてごめんねぇ」

「確認の仕方が怖すぎるわ!」

 あんなの極道でも泣き出すレベルだ。

「いいじゃん。私たちの仲なんだしさ!」

「えーっと…それがその…あなたが誰かがわかんないんですけど…」

 そう言った瞬間、また女の幽霊? は固まった。

 まずい。こういう記憶を失ったとかって言うべきじゃなかったか?

「覚えてないのか…そっか」

 だが、意外にも反応は小さかった。

「私はね、九条鏡花っていうの。碧人のお姉ちゃんだよ。すっごい仲が良かったんだよ」

「あなたが…俺の姉…」

 なんだろう複雑な気分だ。自分はさっき姉にあんな起こされ方をしたのか。

 そもそも本当に俺の姉なのだろうか。まだこの幽霊が俺の幻覚の可能性もある。

「本当に私のこと覚えてないの?それ以外にもお母さんとか……お父さんとか…」

 そう聞いてくる鏡花が近づいてきた。

 この顔をいくらみても、家族のことを考えてみても、全く思い出せない。

 そう考えていると、病室の扉が開き、看護師さんが入ってきた。

「どうかしました!? 何かすごい音がしましたけど!?」

 看護師さんが見たのは、ベットから転げ落ち、何かからのけぞるような姿勢を取っている自分。看護師さんが近づいてきて、笑顔でこう言った。

「大丈夫だよ。落ち着いてね。今先生呼んでくるからね」

 なんだろう、心が苦しい。隣で心配そうに見てくる鏡花が腹立たしい。

 そして俺は後から来たお医者さんにカウンセリングのようなものをしてもらい、看護師さんから、慰めの言葉をたくさん頂いた…。



 あれから三日後。退院を果たした俺は自宅への帰路へとついていた。

 結果的に自分は一人暮らしすることになった。

 医者からは親戚の家などを勧められたが、その親戚も思い出せないので辞退した。

 それに…

「えーっとね、ここを右に曲がるんだよ!」

 鏡花のこともなんとかしないとな…。

 ここ三日で鏡花から知れたのは、自分の行ってた高校と、住んでた家ぐらいだ。

 他のことは聞いても「わからない」の一点張りだった。

 情報を知らないってより、教えてくれないみたいな…

「あ、着いたよー」

 そんなことを考えているうちに、家に着いたらしい。

 外観は…ボロアパートって感じだな…。密かに大富豪かもって期待してたのに。

 家を見ても何も思い出すことは…ないか。

「部屋は…ここか」

 鍵を開けて、中に入ると簡素な六畳間の部屋が見える。

「結構綺麗だな。これなら掃除する必要もなさそうだ」

「きっと管理人さんがやってくれたんだよ」

 なるほど。そういうことだったか。

 人の気遣いに感謝しながら、部屋に上がって準備をする。

「何してるのー?」

「ん?明日の学校の準備」

「え、も、もう学校行くの!?」

 入院したとはいえ自分は軽傷。あんまり休みすぎるのも良くない。

 それに学校に行けば何か手がかりが掴めるかもしれないし。

 そう考えながら積まれている段ボールを開けて中身を覗く。

 教科書教科書バール教科書ノート釘バット鉄パイプ教科書…

「どんな学校に通ってたんだ俺は!?」

 なんで勉強道具の中に鈍器が入ってるんだ!?

 こっちのダンボールは大丈夫なんだろうな…?

 隣にあった段ボールを開けると、以外にも中身は普通なもので、通帳に、生活用品、レトルト食品などが入っていた。

 なんだこっちは普通だな。ならこっちの鈍器をどうにかするか…。

 そう思いながら準備を進めていると、ふとあることが気になった。

「なぁ鏡花、俺の父親ってここには帰ってこないのか?」

 そういえば、父親に関しては誰も何も言わなかったな。まぁ鏡花に聞いたところでわからないの一点張り…

「帰ってこないよ。絶対に」

 さっきまで柔らかかった鏡花の表情が、一瞬で固くなった。冷たい瞳でそう告げた後、再び笑って、

「そんなことより、明日学校行くんなら、早く準備して寝ちゃおうよ!」

 そう言いながら、段ボールを指差した。

 なんだ…今の。俺の父親はどんな…どんな人なんだ?

 頭に渦巻く疑問を残しながら、準備を進めた。

 結局その日はあれ以上のことは聞けなかった。



「ジリリリリ!ジリリリリ!ジリリーー」

「バゴっ!」

 鳴り響くアラームを少し強めに止める。

 聞こえてくる鳥のさえずり。少し差し込んでいる日光。そして…

 眼前に迫る姉の幽霊。

「おはよう碧人。いい天気だね!」

 心臓に悪いわ。なんで起こさず目の前で待機してるんだよ。

「おはよう…ちょっと…どいて…」

 幽霊だから重さとかはないんだろうが…なんというか…暑くるしい。

 鏡花は若干しょんぼりした後、すっと浮かんでその場を離れた。

 時間を確認すると、あまり余裕がなかったので、手頃なパンを食べて家を出る。

 学校へ進むペースを上げる。ちょっとゆっくりし過ぎたかな…。

「時間は大丈夫なの?まだ学校には距離があるけど」

 上がっていたペースに急ブレーキをかけて振り返る。

「なんで着いてきてるの…?」

「え、だって暇だったし」

「帰ってくださいお願いします!」

 暇だったしじゃないわ。その不思議そうな顔やめろ!

「まぁまぁ。いないものだと思って! ね?」

 そう言ってわざとらしく舌を出してくる鏡花。姉の威厳とやらはどこに捨てたのだろう。

 だがここで時間を使っている暇もない…! 今日だけ我慢するか…。

 大きなため息をついた後、走って学校に向かった。


「はぁはぁ…なんとか間に合った…」

「いやぁ、危なかったねぇ!」

 全力で走った結果、なんとか予鈴の十分前の登校に成功した俺は教室へ向かっていた。

 多分クラスの人たちは俺が記憶を失っていることを知らない。

 こういうの知ってもらった方がいいのか…? とりあえず、前の俺がどんな感じかがわからない以上、最初は自然に挨拶から入る! 誰にも記憶を失っているとバレないように!

 そう思い扉を勢いよく開けた。

 ざわざわと騒いでいたクラスメイトが一瞬で静かになり、驚愕の表情でこちらを見つめてきた。もしかしてクラス間違えたか…?

「えと…おはよう?」

 とりあえず近くにいる男子に挨拶をしてみると、戸惑ったような表情で挨拶を返された。

「あ、あぁおはよう…」

 なんか煮え切らないな。やっぱり事故にあったこととか気遣ってくれてるのか?

 後ろにいる鏡花は複雑そうな表情でこちらをみている。おそらく記憶がない俺を心配してくれているのだろう。ついてきたのはそれが理由か?

「なぁ九条…その…もう大丈夫なのか?」

 事故のことか?クラスメイトは俺の家族が亡くなったことを知っているのだろうか?

「まだあんまり実感が湧いてないけど…とりあえず大丈夫だよ」

 そう答えると、その男子は安心した表情をした。

「そうか…ほんとよかったな…そのこと不知火にも教えてやれよ。あいつほんとはめっちゃ心配してたからさ」

 不知火?記憶を失う前の友達か。うーむ…名前を聞いても思い出せないな…。

「それと委員長にも会いに行ったらどうだ? 見舞いにも行けなかったみたいだし、あいつ泣いて喜ぶんじゃないか? 図書室にいると思うぞ」

 泣いて喜ぶ?そんな仲がよかったのか。いい友達を持っていたものだ。

「…そうしようかな。不知火…はまだ来てなさそうだし、先に委員長の方に行こうかな。ちょっと行ってくるわ」

「おぉ行ってらしゃい」

 そう言い俺は図書室を目指す。そして鏡花に顔を向ける

「記憶がなくても案外うまくできるもんだろ? わざわざついてきたのは俺が心配だったからか? もしそうならその心配はなかっただろ」

 それを聞いた鏡花は苦しそうな顔をした後、笑顔になり

「あはは、バレちゃってたかー。やっぱり姉としては心配しちゃうんだよねー」

 なんだ今の顔…。父親の時といい、やっぱり過去になんかあるのか?

 そもそもなんで他の幽霊は見えずに姉の幽霊は見えてるんだ?

 事故にあったのは母親もなのに、なんで姉だけ幽霊になってるんだ?

 そもそも俺がみてるものは…現実なのか…?

「…人! 碧人ってば! 聞こえてるー!?」

 鏡花の言葉に気付き、一気に現実に引き戻される。

「もう! 今から委員長さんのところに行くんでしょ!? しっかりしなよ!」

「あ、あぁごめんごめん。時間もないしすぐ行くよ」

 急かされた自分はうっすらとした記憶を頼りに図書室へと向かった

「…あぁびっくりした…」

 碧人のいなくなった教室では碧人の話で持ちきりだった。

「ほんと…九条のやつどうしちまったんだ…?」

「確か、事故にあったんだろう?結構酷めの…そこで何かあったのかな」

 様々な話が飛び交う教室に、扉が開く音が響く。

「お! 不知火! ちょうどいいところに来たな! さっき九条が来たぞ!」

「碧人が?」

「それでよ…ちょっと様子がおかしいんだよ。なんというか前と別人というか、あいつ事故でなんかあったのかな…」

「今碧人はどこにいるんだ?」

「今、今井に会いに図書室に行ってるぞ。不知火も行くのか?」

「図書室に…?…ちょっと行ってくる」

 そう言って不知火は図書室へと向かった。

「失礼しまーす」

 図書室に入ると本の匂いがエアコンの涼しい風に流れて漂ってきた。

 なんか懐かしい雰囲気だ。こういう所くると深呼吸したくなるんだよな。

「えーっと、委員長はどこにいるんだ…?」

 カウンターの方にも、読書用のフリースペースにも委員長の姿は見えない。

 すれ違ったかと思い、帰るかと考え始めた時、横から本を落とす音が聞こえた。

「え…九条君…?なんでここに…」

 その後に聞こえてきたのは擦り切れるような声。この人が委員長さんかな?

「これ、落としたよ」

 落とした本を拾って渡そうとした時、あることに気づいた。

 まずい、この人の名前を覚えてない!

 一旦落ち着くんだ! 名前を出さなくとも会話はできる! なんとか持たせるんだ!

「人間心理学…難しい本を読むんだね。立ったままだとなんだし、あそこに座らない?」

 委員長さんは黙ったまま、俺の前の席に座った。顔は困惑の表情のままだ。

 やっぱり事故に遭ったのに、無傷なことかな…。

「あー急にきてごめん。クラスの人たちからここにいるって聞いたからさ」

「いや大丈夫! …大丈夫なんだけど…もうここにきてもいいの?」

「うん。事故にあったっていっても俺は軽い傷しかなかったし。色々としなきゃいけないことはあるけど学校に顔は出しとかないとね」

「そ、そうじゃなくて、図書室にもうきてもいいのかって意味で…」

 何を言っているんだこの人。俺は図書室出禁だったのか?どんな悪行をしたんだよ。

「あー俺ってもしかして図書室きちゃダメだった?」

「い、いやそうじゃなくて! 九条君が大丈夫なのかなって…いつもと様子が違うし」

 俺が文字恐怖症か何かだと思っているのかな?多分本ぐらい読んでいたと思うのだが…

「いや全然大丈夫だけど…」

「そ、そっか!そ、そうだよね。ごめん…。ほんとう…急に事故にあったって聞いてびっくりしたよ…本当はお見舞いとかも行きたかったんだけど…ごめんね」

「いやいや、心配してくれてるだけでも全然…」

 うれしいと、言おうとした時、ガラガラと図書室の扉が開いた。1人の男が少し止まった後こっちに歩いてきた。

「…よ、碧人。もう学校に来てもいいのか?」

 男は俺の隣に座って、言葉を続けた。

「心配したんだよ? 急に事故にあったって聞いた時は。結構大きい事故って聞いたけど、怪我とかはないのか?」

誰だ? わざわざ図書館まで俺に会いにくるってことは、相当仲がよかったのか?

(なぁ鏡花この人の名前わかるか?…鏡花さん?)

 周りを見てみると、そこにいるはずであろう姉の姿が見当たらなかった。

「うん。怪我はそんなになかったみたいだ。ただ少しの間入院しててさ。ずっと暇だったよ」

「そうか。いろいろと大変だろ? 何か困ったことがあったら言ってくれよ」

 なんていい人なんだ。こんな人が近くにいて、俺は幸せ者だったんだろうな。

「うん。ありがとう! また困ったことがあれば言うよ」

「わ、私にも困ったことがあれば言ってね!」

「ありがとう! それじゃあ、そろそろ時間だし教室戻ろうか」

 二人の親切心に感謝しつつ、教室へ戻ることを促した時だった。

「あ、ちょっと待って。碧人に一個質問なんだけどさ…」

「うん? 何?」

「どこまで記憶が無くなってるんだ?」

 その質問で自分の顔から笑顔が消えたのがわかった。そして男の笑顔も消えていた。

 なんでわかったんだ!?一旦落ち着け!

「え…し、不知火君!? 何を…」

「き、記憶を失ってるって…何言ってんだよ不知火」

 さっき委員長が名前を言ってたからな! とりあえずこれで忘れてないアピールだ!

「じゃあ俺の下の名前言ってみてくれよ」

 詰んだぁぁぁぁ! 厄介な質問をしやがって! ここは山勘で当てるしかない!

「あんまり舐めないでもらおうか…俊斗だろ?」

「で、どこまで記憶がなくなってるんだ?」

 ちくしょう! 使えない俺の勘め!…もうここまで来たら言うしかないのか…。

「嘘…本当に記憶がないの…? だから今日は…九条君! 私の名前はわかる!?」

 俺はその問いに答えられなかった。その沈黙は二人が俺を記憶喪失と確信するには十分すぎるものだった。

「…どうして…わかったんだ?」

 不知火は笑顔に戻り、俺の嘘がわかった理由を話した。

「そんなの簡単だよ。だって碧人はあんな笑顔をするやつじゃなかったからね。見てて鳥肌が立ったよ」

 こいつは本当に友達だったのだろうか。友達の笑顔を見て鳥肌が立つって異常だと思うのだが。

「それに、記憶があるなら碧人はここに来ない。絶対にね」

 だからなんなんだよさっきから。俺はそんなに本が嫌いだったのか?

「今度はこっちの質問に答えてもらおうか。どこまで記憶をなくしているんだ?」

「…俺がわかってたことは、何もなかった。過去の出来事も、仲のよかった友達のことも、家族のことも、自分のことも…俺は今までの記憶が全部なくなった」

 俺は今の自分の状況を二人に話した。

 委員長の方は顔を青く染めて、驚愕していた。

 そして、不知火の方は…片方の口角をあげていた。

 …いま…笑ってたよな…?

「そうか…碧人…。記憶が全部ないのか…。ふふっ…はははっ!」

 不知火は声をあげて笑った後に、俺の肩に手を置いたあと、こう言った。

「そうか…よかったな!碧人!」

 それは、あまりにも予想外で、あまりにも残酷な一言だった。

 よかった? 記憶を失って? 俺が?

 俺が困惑と動揺によって、返す言葉を探している最中、委員長が叫んだ。

「あ、あんまりだよ! 不知火君! 記憶を失ってよかったなんて…いくらなんでも、酷すぎるよ! だって…わたしたちと関わった記憶もなくなっちゃてるんだよ!? 不知火君は悲しくないの!? それでも友達なの!?」

 さっきのおどおどした雰囲気とは別物だった。

 だが目に涙を浮かべながら必死に叫ぶ委員長を、不知火は無視して続けた。

「今までの記憶なんて、思い出したって仕方ない! これからのこと考え続けようじゃないか! せっかく忘れれたのに無駄にするつもりか? 高校もまだ一年以上ある! 未来のことだけ考えようぜ?」

 何言ってるんだこいつは? 忘れれた過去?

 俺は…この不知火という男とどういう関係で、どんなことがあったんだ?

 起こった事故と何か関係あるのか?

 鏡花が隠しているかことと何か関係があるのか?

「俺は…俺は過去に一体何があったんだよ!? 忘れたほうがいい? 未来だけ向いたほうがいい? どういうことなんだよ! 過去に何があったのか教えてくれよ!」

 そう不知火に問いただした時、朝会のチャイムが鳴った。

「チャイムだ。教室に戻ろうぜ碧人。それとさっきも言ったが、過去なんて忘れろよな。あ、そうだそうだ今井」

 不知火は委員長の方を向き、乾いた笑顔で告げた。

「あんな大声を図書室で出すものじゃないよ。それと勝手な決めつけで喋らないほうがいいと思うぞ? 碧人のことを少しでも理解してるつもりなら尚更だ。そして俺は…」

 貼り付けていたであろう笑顔が消え、光のない目で告げた。

「俺は碧人と友達じゃないよ」

 そう言い残し、不知火は教室に戻って行った。

 俺は回らない頭を使って、いろいろと考えたが、結論が出ることはなかった。

 疑問を抱えたまま、言葉を失っていた委員長と共に、教室へ戻った。




「ーだからここの問題はだな、三角関数を使って解いていくんだ」

 朝会が終わり、一限目が始まった。授業の内容は、記憶がないせいなのか、単純に頭が悪いのか…全くわからなかった。きっと記憶がないせいだろうな、うん。

 それ以外にさっきのことをずっと考えていたのも理由だろう。

 不知火のさっきの言葉…。友達じゃない? それを超えた親友とでも言うのだろうか。

 うーむ…考えれば考えるほどわからない…。

 悶々と考えていると声をかけられた。

「ちゃんと授業聞かなきゃダメでしょ?復帰初日から何考えてるの?」

「鏡花…お前どこ行ってたんだよ。というか授業中に話しかけてくるなよ」

 どうやら鏡花は他の人から見えないらしい。当然と言ったら当然だろう。だって俺の幻覚みたいなものなんだから…。だからここで喋っていることがバレると完全にヤバいやつになるのだ。

「いやぁ碧人の学校がどんなところか気になってね。ごめんねぇ急にいなくなって。それで委員長さんとは話せた?」

「うーん…話せたっちゃ話せたけど、途中からあそこにいる不知火がきてな…そっからよくわかんなくなったんだよ」

「不知火君…? 同じ高校だったんだ…。やっぱりまだあのこと…」

 あのこと? やっぱり不知火との間に何かあったのか?

「なぁ鏡花。何か知ってるなら教えてくれよ。みんなが何を言ってるのかわからないんだよ」

 鏡花にそう聞いた時、予想外の方向から邪魔が入った。

「えーっとじゃこの問題は、九条! 久々の学校であれだと思うが、この問題いけるか?」

「へぁ!?」

 くそっ! この先生は生徒に質問するタイプだったか! おかげで変な声が出たじゃないか!

 クラスの人からも若干笑われたし…! てか普通に問題がわかんない!

「わかんないの碧人? この問題なら私わかるよ!」

 煽りとも救済とも取れるような言葉を鏡花がかけてきた。

 ただここは頼るしかない!

「本当か!? ちょっと教えてくれよ!」

「えーでもな…教えるのはちょっと卑怯な気もするし…」

 てことはさっきの言葉ただの煽りじゃねぇか。

「あ、そうだ! 私が答えれば問題ないじゃん!」

「何言ってんだお前」

「ん? どうした九条? 答えられそうか?」

「あ、すみませんちょっと待ってください」

 思わず大きい声が出てしまった。このアホ幽霊は自分が何を言ってるのかわかってるのだろうか。

「答えるってったって無理だろ? みんなに見えてすらないんだぞ?」

「多分いけると思うから、ちょっと我慢してね?」

「は?お前。何するつもーー」

 次の瞬間俺の視界はブラックアウトし、意識が完全になくなった。

「…先生! 答えは四|三です!」

「おお! よく解けたな九条! なんだー休んでる間に予習でもしてきたのかー?」

「あー…はい! 少しだけですけど」

「そうかそうか。それはいいことだ。それじゃ次の問題は…」

 お、うまくやり過ごせたみたい! それじゃそろそろ…

「ぶっはぁ! はぁはぁ…い、生きてる!? 生きてるよな!? 俺の体に何をした!? このアホ幽霊!」

 後から追いついてくる体の感覚と、指先などあったかいのに、体の芯は冷たいとんでも現象を感じながら隣にいるこのアホを問いただした。

「え、えーっとちょっと碧人の中に入って質問に答えただけだよ。体に害とかは多分ないしさ!」

「するならするで言ってからしろ! それと多分ってなんだ! 多分って! 体が芯から冷えてるんですけど!?」

「あはは…ごめんごめん…それでさ碧人…」

 大丈夫です鏡花さん。言われなくてもわかってます…。

「すごい見られてるけど…」

 俺の学校生活が終わったてことは…。

「あーその…大丈夫か九条? ご、ごめんな? 急に当てたりして。体冷えるなら保健室行くか?」 

 やめて。急に当てたのはそうだけど、そんな可哀想な目で俺を見ないで…。

「今井、保健室まで連れて行ってやってくれないか? その間授業は止めておくから」

「は、はい! わかりました。あ、ゆっくりでいいよ? ゆっくり行こう?」

 やめて。死んじゃう。高二でどこも悪くない奴がこんな介護されてるところ見られるの死んじゃう。あ、頭は悪いか。はっ倒すぞ。一人で何考えてるんだ俺は。羞恥の極みみたいな状況だから、思考回路がバグる!

「いや、大丈夫大丈夫! 元気! 元気だから! すみません授業止めちゃって!」

「ほ、本当か? あんまり無理はするなよ?」

「何かあったら遠慮せずに言ってね」

 先生からのありがたい言葉に加え、追撃の委員長からの一言。何これ死亡ルート?

 この後、何も考えることができず、結局昼休憩まで恥ずかしさに耐えながら授業を過ごした。

 噂が広まるのは早いもので、昼休憩に入った時には、久々に登校した俺は、霊能力者になって帰ってきたということになっていた。いろいろと盛られすぎだと思う。こんなのチュリネを伝説ポ◯モンだと言ってるようなものだ。

 そして今俺は、クラスメート(主に不知火)からの質問責めから逃れるために、屋上扉前に隠れている。

 屋上に行こうと思ったが、普通に鍵が閉まっていたので、この扉の前で昼休憩が終わるのを待つことになった。

「ねぇーごめんってばー。急に中に入ったのは反省してるから、ついていくの許してよー」

「ダメだ。また喋ったりするのを見られたりしたら、本当に終わる。今だって霊能力者とか言われてるんだぞ」

「えーもう開き直ってそういうことにすればいいじゃん。そうすれば一石二鳥じゃん!」

 どこかどう二鳥なんだよ。もう石外しまくってんだよ。

「とにかくダメだ。今だって誰かに見られたらまずいんだぞ。大体、せっかく幽霊になったんだったら、生きてるうちに見たかったこととか、見に行けばいいじゃないか」

「もう!わかってないな!私が見たいところが、碧人の学校なの!」

「あのなぁ…」

 鏡花にもう一度この一大事の重要性を説こうとした時、想定していた最悪の状況が起きた。

「あ、こんなところにいた。初めてですよね。九条先輩であってますよね?」

 誰だ?先輩呼び…後輩か?そんなことより、鏡花と話しているところを見られた!まずい…広められる前になんとか隠し通さなければ!

「…そうだけど…こんなところまで何しにきたの?」

 後輩と思われる人は俺の前まで来てしゃがみ、話し始めた。

「あぁいきなりすみませんでした。さっきまで九条先輩にご相談があって探していたんです。突然なんですけど…」

 相崎愛奈…、前に関わったことはないのか? 相談ってなんだ?

「九条先輩が霊能力者って聞いて、そのことで折り入って相談が…」

「ごめんなさいそれは多分無理なご相談です」

 これ以上ないほど早い判断ができた。相崎さんの表情がほんのちょっとだけ曇った。

「相崎さん、多分噂で聞いたんだろうけど、俺に霊能力なんてないし、そっち系の相談は俺にはできないよ」

 相崎さんはそれを聞いて考えるような仕草をとった。

「…でもさっき一人で会話してませんでしたか?」

 まずいことになった…。俺に今ある選択肢は三つ。一おとなしく話だけ聞いて満足してもらう。ニしらを切ってやり過ごす。三やばいやつになりきる。…これは二しかない!

「いやいや何を言ってるんだい相崎さん。会話なんてしてるわけないじゃないか」

「えー!私と会話してたじゃん! なんで私は学校に来ちゃいけないの!?」

 聞こえない聞こえない。こんなきゃんきゃん声は聞こえない。

「え、そうですかね…?会話が聞こえてきたからこっちに来たんですけど…」

「あーそれはね…ここで動画を見てたからだよ。いやー校則でスマホ禁止だからわざわざこんな場所で見なくちゃいけなくてさ」

「あ、なるほど…そういうことだったんですね」

「そうそう」

 よし! いい流れだ! このまま一気に乗り切ってーー

「ねぇちょっと!聞いてるのー!?」

「うるっさーい! 今いい感じなんだから少し静かにしてろー!」

 そして俺はゆっくりと相崎さんに振り返り言葉を続ける。

「こんなふうに俺は誰もいないところに叫んだりしないよ」

「えっと…大丈夫ですか?それで相談したい内容なんですけど…」

「なんで話し始めようとしてるのかな!?」

 もう相談内容を話し始めるフェーズまで来てる!? 完璧に誤魔化したはずなのに!

「私もできることなら九条先輩に相談したくはないんですけど…事情が事情で…」

「ひどい言われようだな」

 本当に後輩ですか? 流れるように言葉で刺されたんですけど。

「で、その事情って何?」

「最初に言った通り、九条先輩が霊能力者という噂を聞いてこの相談をしにきたんです」

「あのね相崎さん。俺も最初に言った通り霊能力なんてないしそっち系の相談はできないんだけど」

「そんなこと知ってますよ」

「えぇ!? じゃあなんで相談しようとしてるの!?」

 そう聞くと、相崎さんは少し躊躇した。

「いや、その…」

「何?どんな理由があったの?怒らないから言ってみてよ」

「…こんな馬鹿らしい話聞いてくれるのは、霊能力者なんて噂のつく頭のおかしい先輩しかいないと思って」

「ぶっ飛ばすぞ」

 なんて理由だ! こっちはつけられたくもない噂をつけられてるっていうのに!

「怒らないって言ったじゃないですか。約束と違いますよ」

「なんだ頭のおかしい先輩って! 誰だ噂流してるやつ! もうぶっ飛ばしてやる!」

「約束破ったので話は聞いてもらいますね。これは一ヶ月前のことなんですけど…」

「ガン無視かよ!」

 なんだこの後輩。いくらなんでもマイペースすぎないか!? でも話を聞かないと終わりそうにないしな…。

 ここはおとなしく聞いて過ごそうと思った時、昼休み終了のチャイムが鳴った。

「あ…」

「残念だけど、今日はもう無理だね。また明日にでも…」

「今日の放課後、校門前で待ち合わせませんか? 何か用事とかあります?」

「え、いや特にないけど、放課後に?部活とかあるんじゃないの?」

「私は部活動をしていませんので。予定がないなら放課後に待ち合わせでいいですか?」

「え、うん。わかったよ」

「ありがとうございます。それではまた後で」

 相崎さんはお辞儀した後に教室へと戻っていった。

 約束なんかしちゃったけど、大丈夫だろうか。俺は若干の不安を覚え、放課後どうするか考える。

 だがその前に…この涙目の姉をなんとかしないと…

「何いじけてんだよ」

「ずっと無視して…学校にももうきちゃダメって…」

「家ではちゃんと話すからさ…学校は人の目とかもあるからまずいんだよ」

「本当?もう無視しない?」

「本当本当、学校以外でひと気の少ないところだったらちゃんと話すから」

「…じゃあわかった! もう学校には行かない! その代わりちゃんとはなしてよ!?」

「…はいはい…」

 本当にこの姉は…後で虫除けスプレーでもかけてみるか…。

 そう姉の撃退方法を考えながら俺は教室に戻った。


 鏡花が家へ帰り。何事もなく学校が終わった。途中の休憩時間に何度か質問されたが言葉を濁し続け、クラスのみんなからの変人認定で質問攻めは終わった。泣きそうだ。

「碧人、今日一緒に帰らない?」

 項垂れながら、約束の校門前に向かおうとした時、不知火から誘いが来た。

「最近うまいクレープ屋ができたんだよ。いろいろ大変だろうし、金は俺が出すからさ」

 なんて魅力的なお誘い…約束さえしてなければすぐにでも行ってたのにな…

「ごめん、この後約束があって今日は一緒に帰れないんだ」

「碧人に約束? そんな相手がいるの?」

「あんま舐めんなよ」

 そんなの一人や二人いるに決まってるだろう。わかんないけど。

「そうなんだ、相手は誰なの?もしかして女子?」

「女子っちゃ女子だけど、後輩だったよ」

「後輩? …そうなんだ」

「ごめんごめん、それじゃまたね」

「また明日ー」

 不知火と別れた後、俺は校門前へと向かった。俺がついた時にはすでに相崎さんは着いていた。

「ごめん! 待たせちゃった!?」

 俺が、走って近づくと、相崎さんはこちらに気付いて、軽く会釈した。

「いえ、私も今着いたくらいなので、大丈夫です。早速なんですけど、私の家まで来ていただけませんか?」

「い、家!? こんな先輩をいきなり連れていって大丈夫なの!?」

 いきなり家って…なんかいきなり緊張してきたぞ…。

「嫌で…大丈夫ですよ」

「今嫌って言いかけたよね!?」

 一瞬で緊張がなくなった。むしろリラックス状態になったませあるぞ。

「嫌ならわざわざ家まで呼ぶ必要はないんじゃない?」

「家で起こっててることなんで実際に家を見てもらった方がわかりやすいかと思ったんです」

 そういうことか…でも俺が見ても多分何も感じないんだよなぁ。

「なので家に帰る間の時間で内容を話させて貰おうと思うんですけど、いいですか?」

「うんいいよ。俺も早いうちに聞いたほうが理解しやすいだろうし」

「ありがとうございます。…一ヶ月前くらいから起こってることなんですけど…私の家に花瓶が置いてあってその 花瓶に…枯れた花がいけられてるんです」

「枯れた花?わざわざ枯れた花をいけるなんて趣味が悪いな」

「はい。しかもその花を変えても捨てても、次の日には同じ花がいけられてるんです」

「毎日いけにくるなんて律儀な幽霊だね」

「真面目に聞いてください」

「大変申し訳ございません」 

 ものすごい顔で睨まれた…相崎さんの目鋭すぎるんですけど…

「…すみません。こんな話真面目に聞く方が難しいですよね」

 割と真面目に聞いてたんだけどなぁ…。そんな聞いてないように見えたかな。

「初対面の変な噂がある変な先輩に相談してるぐらいだし、結構本当だと思ったんだけどな」

 その言葉に相崎さんは意外そうな顔をした。

「…いえ…こんな話今まで誰からも本当だと思ってもらえなくて意外で…ありがとうございます」

 相崎さんはこっちを向いて会釈をした。真正面から顔を見ると、本当に不安そうな顔をしてるな…

 よし! 俺も少しでも力になれるように…

「先輩って本当に変な人なんだ…」

「おい今何て呟いた」

 さっきの不安は変人家に呼んじゃったどうしようってことか。俺の善良な心を返せ。

「冗談です。今日は先輩についてきてもらって感謝してます」

 相崎さんは顔の表情を帰ることのないまま、お礼をしてきた。

 なんというかこう…感情がわかりづらい人だな…。

「相崎さん、代替状況はわかったけど起こっていることは、枯れた花がいけられてるってだけ?」

「はい、それ以外のことは特に何もないんです。そこもなんとなく不気味で…それと私のことは相崎でいいですよ」

「わかった、次からそう呼ぶ。…それにしてもよくわからない現象だな」

 もしも相崎の話が本当なら、相当変な現象だな…枯れてる花ってのがまた陰湿な…

「そうなんです。だから今まで誰も話をまともに聞いてくれなくて…」

「家族の人とかはどうしてるんだ?」

 ふと相崎の足が止まる。ゆっくりとこっちを向き、表情を変えずにこう呟いた。

「…家族はもういません」

 もう…いない…ってことはつまり…

「ごめん相崎…」

「大丈夫です。…少し前のことなので。それに先輩は知らなかったことですから。なんか気まずくなっちゃいましたね。ごめんなさい」

「いやいやこっちが無責任に聞いたからだ! 相崎が謝ることはない!」

「わかりました…ありがとうございます」

 そう言って、相崎はまた歩き出した。

 しばらく歩いた後、無言だった相崎が口を開いた。

「着きました。ここが私の家です」

 着いた家は二階建ての一軒家で、道中によくあるような家だった。

「どうぞあがってください」

「お邪魔しまーす」

 中も普通で廊下があり、左手にリビング、右手に二階へ続く階段、奥には洗面所があった。

「こっちです」

 リビングの方に案内され、ソファに座るように言われた。

「ペットボトルの麦茶ですけど…」

「ありがとう」

 相崎はお茶を出してくれた後、例の花瓶を持ってくると言い二階にいった。」

 ここが相崎の家…とても幽霊がいる家には見えないな…

 リビングは綺麗に掃除されていて、埃一つも見当たらない。

 そして…部屋の奥には仏壇が置いてあった。家族の…だよな…。そこには母親らしき人物の遺影が飾られていた。

 だが父親らしい人物の遺影が飾られていなかった。何か理由でもあるのか? 俺は辺りを見渡してみた。

 そして俺は信じられないものを見た…いや、見えてしまった…。

 俺の前に見えるのはうずくまってる男の姿…なんだあれ…人か? いや違う…直感でわかる、あれは幽霊だ。

 あれが枯れた花をいけてたやつか!? 見えた! なんで見えた!? いやそれより…

 今目が合っ…

「きみ…もしかして…私のことが見えているのかい…?」

「へっ!?」

 話しかけられた!? 反応しちゃった! やばいどうしよう!

 男の幽霊は立ち上がりゆっくりとこちらに近づいてきた。フラついた足取りで俺の前までゆっくりと歩いてくる。

 やばい、動けない…! 完全に腰が抜けた…!  

 男はテーブルなど無視して、目の前まで来た。その足はテーブルに触れずに透けている。間違いない…幽霊だ…

 冷や汗が止まらない。呼吸が荒くなる。心臓の音が大きく、速くなっていく。

 次の瞬間、男が頭を勢いよく下げこう言ってきた。

「娘を…私の娘を助けてくれ!」

「…は?」

 床に擦り付けんばかりの勢いで振り下げられた頭とその言葉にうまく頭が追いつかなかった。

「ま、待って、どういうこと? 娘? 助ける?」

 疑問が頭を駆け巡る中、男が顔を勢いよく近づけてきた。

「いきなりこんなことを言ってすみません…私は愛菜の父の相崎誠治

と言います。もう気づいているかもしれないけど、私は…死んだはずなのにまだ現世にいる…よく言われる幽霊になってしまったみたいですね」

「ちょ、ちょっと待ってください! 枯れた花を生け続けたのはあなたじゃないんですか?」

「あぁそれは私です」

 あんたかい。まさか本当に解決できるとは思わなかったわ。

「なんでわざわざ枯れた花を…それも毎日毎日…」

「…そのことはまた後話します。愛菜が戻ってきました」

 そう言われて耳を澄ますと、足音が聞こえてきた。その後すぐにドアが開いた。

「すみません…お待たせしました…これがこの花瓶です。それで…今日も花が…」

 目をやると相崎が枯れた花の入った花瓶を持ってきた相崎が入ってきた。

「あ、あぁありがとう」

 動揺しながら花瓶に目をやる。どうする…? この父親のこと言うか?

 俺が誠治さんの方に目で確認を取ると、申し訳なさそうに横に首を振っていた。

「あの…どうかしましたか…?」

「いや、なんでもないなんでもない。ただ綺麗な家だなと思って」

「ありがとうございます。掃除は普段からしてるんで…それでどうですかね?」

 相崎が不安そうな顔で質問してきた。

「あぁ…俺が見た感じだと特に何もないし…その現象ももうそろそろ終わると思うよ」

「そう…ですか…」

 相崎は少し俯き喋らなくなった。沈黙が続く中、相崎のスマホに着信が来た。

 相崎はスマホを見て、顔を引き攣らせた後口を開いた。

「今日はわざわざきてもらってすみません…このお礼はまたさせてもらいます」

「いやいいよ。俺ほとんど何にもしてないし」

「だけど…私のお願いを聞いてもらっただけじゃ…」

 そこで俺にはある考えが浮かぶ。 

「じゃあ、今後も話してくれない? 自分今一週間くらい学校休んでたからさ」

 ここで話せるようにしておけば、さっきの誠治さんの言ったことが知れるかもしれない。

「え…あ…はい…わかりました」

 明らさまに嫌な顔をした後にうなづいた。あんだけ嫌な顔されると傷ついちゃうんですけど! 

「本当に今日はありがとうございました。勝手で悪いんですが用事ができてしまって…」

 相崎が申し訳なさそうな、不安そうな顔をした。そこには焦りの表情があった。

 俺はもうお暇しますかね。隣にいる誠治さんも察したようで玄関の方へ移動した。

「わかった、じゃあまたなんかあったら言ってよね」

 俺もソファから立ち上がり、玄関へ向かう。後ろからトタトタと相崎がついてきた。

「それじゃお邪魔しました」

 相崎が頭を下げて、身送ってくれた。さて、誠治さんはどこに行ったかな…。

 誠治さんを探して近辺を歩いてまわる。誠治さんは、相崎の家からちょっと離れた公園にいた。

「あ、誠治さん。すみません遅れました」

 誠治さんは何度もお辞儀をししながらこちらへ近づいてきた。

「さっきはありがとうございました。花を飾ってることを隠してもらって」

「いやそれは全然…多分言っても信じてもらえなかったでしょうし」

 誠治さんは軽く笑った後、本題を話し始めた。 

「それでさっきの助けて欲しいって話なんだけどね…まず君の名前を教えてくれないかな?」

 そういえば俺は名前をこの人に言ってなかったな。 

「俺の名前は九条碧人って言います。高ニです」

「九条君…ありがとういい名前だね。…それじゃ聞いてくれるかな」

 そしてゆっくりと誠治さんは話し始めた。

「知っているかもしれないけれど、今愛菜は一人で暮らしているんだ。元々妻が十年前に先立っていて、二人で暮らしていたんだけど、私が情けないことに先月死んでしまってね…」

「それで、一人でいる相崎の面倒を見ると?」

「あっはっは、九条君がいいならそれも助かるんだけど違うんだ。私の頼みは愛菜の従兄弟から守って欲しいんだ」

「従兄弟? 守るってどう言うことなんですか?」

 相崎は命でも狙われているのか?

「守ると言うより…愛菜のそばにいてあげてほしいのです。一年ほど前から従兄弟と問題がありまして…従兄弟の名前は智というのですが、その智君が愛菜のことが好きだったらしく、見事に振られまして…」

 なんともまぁ酷い話なんだろう。でもそれくらいで守るなんて誠治さんも過保護なんじゃないか?

「それでその後から、智君は愛菜に嫌がらせするようになってね…。そして私が死んで一ヶ月、幽霊になってまだ見守っていることができたはいいんだけど、私には何もできないんだよ…。だから頼む九条君! 娘をどうか…!」

 なるほどそういうことかぁ…でもなぁ…

「自分は今日相崎と知り合ったばかりなんですけど…それでもいいなら…」

 誠治さんが固まった。思ったとおりだ。やっぱりこの人俺が相崎と初対面だって知らなかったな。

「君は初対面であそこまで相談に乗るなんて、優しい人なんだね。君さえ良ければこの話受けてくれないかな?」

 思ってたのと違う反応だ…。どうしよう…本当に俺でいいのか?でもそばにいるだけなら…

「わかりました。できる限り相崎と関わらせてもらいます」

 それを聞いた誠治さんは目を輝かせた。じゃあこれで解散しようと思ったが、ふと疑問に思ったことを聞いた。

「誠治さんは、なんで枯れた花を毎日飾ってたんですか?」

「えーっと、恥ずかしい話だけど…ちゃんと愛菜のことを見てるよって伝えたくてね…。私はもう死んでいるから生きている物に何もさわれないから枯れた花しかなくて…明日からはもうやめるよ」

 確実にやり方を間違えてるって言うのはやめておこう。この人なりに色々頑張ったんだろうな。

「そうだったんですね、だから枯れた花。わかりました、ありがとうございます。それじゃ自分はここら辺で」

「うん、今日はいろいろありがとう。そうだ、一週間後は愛菜の誕生日だから会話のネタにでもしてね」

「そうなんですね、また話してみます。ありがとうございました」

 誠治さんは手を振って見送ってくれた。俺は手を振りかえしながら今後の不安を抱えて帰った。


 ただその不安とは裏腹に話すチャンスはすぐにやってきた。

 俺が不知火と昼休憩中に教室で話していると、相崎が教室を訪ねてきた。

「こんにちは、昨日はありがとうございました」

「あれ相崎じゃないか。久しぶりだね。中学以来じゃない?」

「あ、不知火先輩。お久しぶりです。九条先輩と同じクラスだったんですね」

「そうだね。なかなか運が良かった」

「二人は知り合いなの?」

 そう言うと相崎は驚いた顔をして、不知火は「あちゃー」と言った。

「えっと…九条先輩も同じ中学でしたよね…?」

 あ、これやらかしちゃった。不知火にテヘッとウインクをする。

 不知火はため息をついた後、相崎に話し始めた。

「なぁ相崎今日の放課後暇か? 新しくできたクレープ屋があるんだが食べに行かないか? その時にいろいろ事情を話すよ」

「今日ですか…多分大丈夫です。放課後、門で待ってます」

「わかった、ありがとう。いちごクレープ奢らせてもらうよ」

 これはもう相崎にも話す流れだな…。てか、相崎初めてですよね、とか言ってなかったっけ?

 まぁそれは一旦置いておくとして…

「それで何の用があったの?」

 その言葉に相崎は思い出したかのように言った。

「今日花瓶を見てみたら花が生けられてなかったんです。九条先輩のおかげなのかなと思ってお礼を言いにきたんです」

「そ、そうかそれは良かったな。俺は、えーっとちょっと喋っただけだよ」

 その言葉に不知火と相崎は完全にドン引きしていたが気にしないでおこう。

「そ、そうですか…あ、ありがとうございました」

「碧人にも、クレープ奢ろうか?」

 だめだ完全に可哀想な人判定されてる…。

「でももう花はなくなってたんで、内容はどうであれ本当にありがとうございました」

 感謝されてはいるんだろうが…その顔はどうかと思う。引き攣ってますよー。

「それじゃあまた放課後に」

「うん、またなー」

 相崎はお辞儀した後に自分の教室に戻って行った。

「昨日の後輩って相崎だったんだな。花とか言ってたけど何があったの?」

 俺は昨日あったことを話した。ただ誠治さんのことは黙っておくことにした。

「あっはっは! そんなことがあったのか! なかなか災難だな碧人も」

「別に災難って程じゃないけどさ…」

 不知火は笑い転げながら言葉を続けた。

「霊能力者を信じるって相崎も相当参ってたんだろうね…」

「そういえば相崎と俺たちの関係ってどんな関係なんだ?」

 不知火は少し考える素振りを見せてから

「ただの中学の時の先輩後輩だよ。よく知った顔見知りってところかな、そろそろチャイムがなるよ座ろう」

そうして午後の授業受けたを受けた後、俺たちは約束の門へと向かった。 

  そこにはすでに相崎の姿があった。

「ごめん遅くなったよ」

「いや大丈夫です。私も今来たところなんで」

「なら良かった、それじゃ行こうか。ここから割と近いんだよ」「「

 クレープ屋に歩みを進めている最中に早速相崎が俺の事情について訪ねてきた。

 そのことについて不知火が短くまとめて言ってくれた。

「そう…だったんですか…。だから様子がおかしかったんですね」

「あれ気づいてた?」

「いや、高校デビューでもしたのかと…」

 どんなデビューだ。高校生で霊能力者になるのはさすがにデビューしすぎだと思うんですけど。

「まぁそんな感じで碧人は記憶がないことを隠しているんだ」

「わかりました。自分もこの事は他の人には言わないようにします」

「ありがとう、助かるよ」

 心の広い後輩だ。最初あった時はとんでもない後輩だと思ったけど、全然いい後輩だ。

「お、ついたよあそこあそこ」

 角をまがると見えたのは、クレープの甘い香りと、なかなか大きなキッチンカーがあった。

「へーキッチンカーでやってるんだ。いい香りだねー」

「そうですね。結構種類もありますよ」

 二十種類ほどのメニューがあって、どれも美味しそうだ。

「もう何にするか決めた? この碧人先輩がなんでも奢ってくれるよ」

「本当ですか? じゃあこのスペシャルストロベリークレープで」

「ちょっと待てや」

 昼休憩に言ってたことと全く違うんですけど!? しかもこの後輩息をするかのように1番高いクレープ選びやがった! なんて心の狭い後輩なんだ!

「奢らせるにしても、せめてもうちょっと安いクレープを選ぶべきじゃないかな!?」

「ふふっ、冗談ですよ」

 俺が動揺する様子を見て相崎は笑っていた。相崎が笑っているところを初めて見たかもしれない。

「碧人も大変だろうし、今日のクレープ代は僕が出すよ。誘ったのも僕だし」

 なんて太っ腹なんだ。スペシャルストロベリークレープで怖気付いてた俺とは訳が違うな。

「それで、結局何にするか二人は決まった?」

 ここは人として、奢ってもらう立場として、頼む商品は決まっている。俺と相崎は口を揃えて商品を読み上げた。

「「ストロベリースペシャルクレープで」」

 奢ってもらう立場として、全力で食べたいものを食べなければ。

 苦笑いしながら財布の中身を確認する不知火を見ながら、俺と相崎は顔を見合わせて笑いあう。  

 焦りを顔に浮かべ始めた不知火が、一つの張り紙を指差してこっちに話しかけてきた。

「オープン記念に誕生日の人はクレープ無料らしい。てことで…今日が三人とも誕生日っていう体で行くよ」

「その張り紙を見て1番にその発想が出たのか! 店の良心になんてことするんだ!」

 真っ先にその考えが浮かんだのか!? そもそも俺自分の誕生日すら知らないんだけど…

「さすがにそれはどうかと思いますけど…誕生日なら私一週間後なんでそれでなんとかいけませんかね?」

 そっか。相崎は一週間後誕生日って政治さんも言ってたっけ。

「本当!? よし今すぐ言いに行こう!」

 そして張り切って言いに行った不知火は、落ち込んだ顔でストロベリースペシャルクレープを二つ持ってきた。

「一週間くらい別にいいと思ったのに…あの店主もなかなか強情な人だよ」

 不知火が買ってくれたクレープを食べながら変える最中、不知火は無料にしてもらえなかった愚痴を言っていた。

「惜しかったですね。私があと一週間早く生まれてたらよかったですけど」

 相崎が、自分の顔くらいあるクレープをどこから食べようか迷いながら答える。

「はぁ…まぁ僕は碧人達が美味しそうならそれでいいや…」

「それじゃ遠慮なく…」

 俺はどデカいクレープを思いっきり頬張る。おぉこれは…! なんていちごを感じるんだ!

「碧人今心の中で死ぬほど雑な食レポしなかったか?」

「ははは、何をいうか」

 俺の素晴らしい食レポをクッソ雑だなんて失礼な! そう思いながらクレープをひたすら食べ続けた。

 俺と相崎がクレープを食べ終わった頃には、相崎の家についていた。

 今日相崎と過ごしてみてわかった事はいろいろあったが、はっきりしたことは一つ。

 相崎は優しい奴だ。大変な状況だろうに他人にも使えて、自分には到底できない。

「今日はありがとうございました。クレープ美味しかったです」

 相崎が別れの挨拶的なものをすませて家に入ろうとした時、俺は相崎を呼び止めた。

「なぁ相崎、来週俺の家でよかったら相崎の誕生日パーティをしない? 不知火も来ないか?」

 不知火と相崎が驚愕した様子でこっちを見る。怖いとは…思われてると思う。だって高校になってからは会ってから昨日の今日なわけだ。中学の時に俺と相崎がどんな関係だったかもわからない。

 でも俺は誠治さんのあのお願いをむげにすることもできない! だから俺はここで相崎を誘う!

 相崎はしばらく固まった後、口を開いた。

「えっと…私は…私はパーティーを開いていたたげるなら参加…したいです」

 そう答える相崎は顔が赤くなっていて、モジモジしていた。

「す、すみません、誕生日にパーティーを開いてもらえるっていうのが初めてで…なんか照れ臭くて…」

 な、なんかこっちまで恥ずかしくなってきたぞ…。自分が次の言葉を考える間の無音は不知火の発言で消えた。

「僕も参加させてもらえるものならしたいけど、碧人の家でやるの? 大丈夫なの?」

「あぁちょっと狭いけど…さすがに誕生日の主役宅でやるわけにもいかないし、誘ってのも俺だしってので俺の家にしようとしたけど、嫌だった?」

「いや大丈夫…大丈夫だよ。家族とかは大丈夫なのか気になってさ」

「それに関しては…大丈夫だ」

 一応鏡花には言っておくか。飾り付けとかもしないといけないし。

「あぁそうだ。相崎プレゼントは何がいい?」

「碧人、そういうのは聞くものじゃないと思うんだけど…」

 相崎に何をあげればいいのかっていろいろ考えてたがわからなかったから聞いちゃったけどまずかったかな…。

 相崎は面食らった顔をした後、すぐに笑い出した。

「はー…なんか緊張なくなっちゃいました…。そうですね…じゃあマフラー…マフラーをください」

「マフラー? 季節感も何もないけどそれでいいの?」

「はい。それがいいんです」

 そう言って微笑む相崎。この顔を見ても質問をする奴がいたらそいつはもう人じゃないだろう。

「わかった、じゃあ誕生日パーティーの時に…」

「誕生日パーティーって何かな?」

「おわっ!?」

 俺は思わず声を出して振り返る。誰だこの人? 

「ごめんごめん。驚かせたかな? 僕は愛菜の従兄弟の智って言うんだ。今は訳あって一緒に暮らしているんだ。ただいま愛菜」

「おかえり…なさい」

 この人が…誠治さんの言ってた智…。相崎の顔からは笑顔は消え、冷や汗が浮かんでいた。

「それでこの人たちは? 誕生日パーティーって?」

 智が笑顔のまま、相崎に質問する。

「学校のお世話になってる先輩で…来週の誕生日にパーティーを開いてくれるみたいで…」

「へーそうなんだ。まぁ中で聞かせてよ。それじゃ悪いね君たち」 

 いやいやまだ話してた最中だったんだけど。

「ちょっと待ってくださいよ。まだ話してる最中…」

 そう言って男の人に呼びかけるとものすごい眼光で睨まれる。な、なんだ?

「先輩! 今日はもう…もう帰ってください…」

 そう言って相崎は智と一緒に家の中に行ってしまった。

 俺は、相崎が来週来ないような、そんな気がした。だから…

「来週! 待ってるからね!」

 俺は俺の思いを、相崎にぶつけてから不知火と、共に相崎宅を後にした。


 それから一週間が過ぎ、誕生日当日になった。学校などで見かけた時は話しかけたりしたが、いい反応は帰ってこなかった。相崎が来るか考えていると鏡花が上機嫌に質問してきた。

「今日って誕生日パーティーするんだよね! いやー楽しみだなー。主役の子は何時くらいに来るの?」

「約束の時間までは後十分くらいだけど…」

 そう考えていると、玄関のチャイムが鳴る。

「あ、きた!? ちょっと早く開けて碧人!」

「ちょっと待てって…それに多分…」

 鏡花に急かされながらドアを開けると、具合の悪そうな不知火がいた。

「いらっしゃい。上がって上がって。…具合悪そうだけど大丈夫? 熱中症? 水ついでくるよ」

「お邪魔します…あ、水ありがとう」

 不知火は水を飲んだ後しばらくぐったりしていた。その時に鏡花が話しかけてきた。

「不知火君が誕生日なの?」

「いや、不知火じゃないよ。他にももう一人来る予定」

「もう…大丈夫なのかな…?」

「ん? 何を言ってるの?」

「いやなんでもない! 私が心配するのも違うよね! それよりパーチィーの飾り付けしようよ!」

 鏡花に無理やり話をねじ曲げられた俺は、不知火と一緒にパーティーの装飾をした。少し引っかかったが、時間があまりなかったので装飾の方を優先した。

 装飾が終わって、しばらく待っても相崎は来なかった。不知火が電話をしても連絡はない。合崎が無断で約束を破る奴には思えない…。やっぱり何かあったのか?

「俺ちょっと相崎の家まで行ってくる」

 俺が立ち上がり、相崎の家に向かおうとすると、不知火が呼び止めてきた。

「碧人…行ってどうするの?」

「どうするって…そりゃあ…」

 俺は…何をしようとした…?

「僕は碧人が相崎の家に行くことを止めない、けど家庭の事情にあまり首を突っ込まない方がいいよ。それは…相手にとっても自分にとってもいい結果にならないことがある…」

 俺の頭で何かと重なる…なんだ…どこかで…考えを巡らせる中、鏡花の呼ぶ声で気をそらされる。

「ねぇ碧人! よくわからないけど、誕生日のところに行くんでしょ? 早くいこう!」

 そうだ…今は相崎のところに行かないと!

「…わかった、でも今は…相崎のところに行ってくる」

「そう…行ってらっしゃい」

 俺は鏡花とともに相崎の家まで走って向かった。

 嫌な予感がする…当たってほしくない勘が当たりそうな…そう思いながら相崎の家の前まで行くとそこには誠治さんがいた。隣にいる鏡花は誠治さんが何か気づいたのかひどく驚いていた。誠治さんはこっちに気づくとものすごいスピードで詰め寄ってきた。

「九条君! 愛菜が…愛菜が…!」

「落ち着いてください! 何があったんですか!?」

 誠治さんは息を荒げたまま俺に話し始めた。

「九条君が開いてくれたパーティーに行く準備を愛菜がしているときに、智君がきて…そこで口論になって…そのまま…私は! 私には…どうにもできない…!」

 俺の肩に置かれている政治さんの手は震えていた。ちょっと待った…俺に触れてる…?

「玄関の鍵は開けてあります…私は現実世界に干渉してしまった…だからもう少ししたらこの世から消えてしまう…だから…お願いです…愛菜を…娘を助けてください…!」

 そう言って頭を下げる誠治さんを目の前に、俺は不知火の言葉を思い出す。ここで俺が行ったら…相崎はどうなる? 本当に救われるのか? 考えがまとまらない。息が荒くなっていく。

「ねぇ碧人! 早く行かなきゃ!」

 鏡花の声が遠くなっていく。心の中で不知火の言葉が響く。俺は…俺はどうするのが正解だ?

 その時立ち尽くす俺の前に誠治さんがうずくまった。その顔は涙に溢れていた。

「お願いします…愛菜を…娘を…助けてください…」


 誠治さんが見知らぬ女性の陰と重なる。誰かはわからない。ただその瞬間俺の中の何かがはじけた。 

 俺は走り出して、相崎の家の中に入り、二人がどこにいるか探す。二階から声が聞こえてくる。

 俺は聡にバレないよう階段をのぼる。その間に声が聞こえてくる。

「お前にはもううんざりだ! 心霊現象だのと訳のわからないことを言い出すかと思ったら、今度は俺以外の男が開くパーティーに行くだと!? 誰がお前の両親が死んだ後も面倒を見てやってたと思うんだ!」

「ご、ごめんなさ…」

「お前はずっと俺の言うことを聞いとけばいいんだよ! それでお前の望むことは叶うんだ! この家の維持費だってうちが出してる! お前の将来の職業先にも紹介してやってるんだぞ! なのにお前はよくのうのうと楽しめるな!? このクズが!」

「いやっ! やめっ!」

 クソみたいな会話だ。本当に反吐が出る。こんなの…こんなのぶっ壊してやる。

 俺は勢いよくドアを開け、相崎につかみかかろうとしていた智もといゴミの顔面に飛び蹴りを入れる。

「来るのが遅いぞ相崎! 主役が遅れてどうするんだ!」

「先…輩…?」

 俺は驚きで固まっている相崎を連れて行こうとしたところを智に掴まれた。

「…どうやって入ったんだお前? しかもいきなり蹴りを入れるなんてどう言う神経してるんだ?」

 失神もしなかったか。やっぱりそううまくはいかないよな。

「いやぁ二人の会話を聞いてたらちょっと…蹴りたくなっちゃって…」

「頭おかしいんじゃないのか!? ん…? お前前誕生日パーティー開くとか言ってた…なるほどな。それで愛菜を連れて行こうとしたわけだ。ハハハハハ!」

 急に智は笑い出した。なんだこいつ、何から何まで気持ち悪いな。

「そいつはなもらった恩すら返せないようなやつだ! 俺が今までやってきたことも忘れて、自分だけ楽しもうとするようなやつだ! 死んだお前の親もお前のせいで大変だっただろうな! 誰からも必要とされてなかった! そしてこれからも! お前は誰からも必要とされない! 生まれてこない方がよかったんじゃないのか!?」

 その言葉を聞いて俯く相崎。俺は殴りそうになるのをグッと堪えて、相崎に向かって叫んだ。

「誰からも必要とされないなら…俺が相崎を必要とする! 俺が相崎を必要としない奴分相崎を必要としてやる! お前が突き放した相崎のそばに俺はずっといる! 俺には相崎が必要だ! 生まれてこない方がよかったなんてこの先俺がずっと言わせない!」

 相崎はただこっちを見つめた。目を見開いて、何も言わずに。

「何言ってるんだ馬鹿かお前は! お前が愛菜を必要としても愛菜はお前には応えない! おい愛菜! 早くこっちに来い!」

 そう智が呼びかけると相崎は智の元まで行って、思いっきりビンタをした。

「な…お前…何して…!」

「あなたについていっていいことは何もなかった! それに私は一人から必要とされるなら誰からも必要とされなくてもいい!」

 相当ビンタが効いたのだろう。智はよろよろしながら必死に叫んだ。

「なら…ならもう知らない! 今日からはもう一人で生きていけ! 二度と俺の前に顔を出すな!」

 負け犬は捨て台詞を残して、部屋から出ていった。そして俺と相崎は顔を見合わせた後、大笑いした。

「先輩…きてくれてありがとうございました…」

「…俺はパーティに誘いにきただけだよ」

 俺は脱力して仰向けになる。そこに鏡花と誠治さんがきた。誠治さんはもう体の三分の一が崩壊していた。

「誠治さん…体が…」

「いいんです…九条君…本当に…本当にありがとう」

「先輩…なんで…お父さんの名前を…」

 相崎が俺に質問する。合崎には見えてないんだった…! こんなに近くにいて、今にも崩れそうなのに! 間違いなくこの人が相崎のそばにずっといて、ずっと見守り続けてきたのに…! 気づかれずにいなくなるなんてダメだ! 

 どうすれば…そうだ…これしかない。

「誠治さん…俺の体の中に入ってください」

「九条君…? 何を…」

「俺の中に入れば相崎とも喋れる! あなたが一番相崎のことを思っているのに、何も言わずにいなくなるなんてダメだ! 体が崩れる前に早く!」

 誠治さんは俺が本気とわかると、一言残して俺の中に入った、途端に俺の意識が途切れる。

「本当にありがとう…九条君」

「先輩…さっきから何言ってるんですか?」

 目の前に見えるのは、愛すべき娘。一人にさせてしまった…私の娘…。

「愛菜…信じなくていい、これから父さんの言うことを聞いてくれ」

 あんまり長くは持たない…時間がない。もっと…もっと長く一緒にいたかった。

「先輩…本当にどうしたんですか…急にどうして父さんなんて…」

「こんな一方的でごめん…一人にして残してしまってごめん…母さんがいなくなって十年…寂しい思いをさせてごめん…大事な時にそばにいなくなってごめん」

 違うだろ…私が言いたいのは…謝罪じゃない! 

「なんでそんなことを知って…いるの…? 父さんは死んでもういない…そんなことはありえない…」

 そうだ…私はもういないはずの人間…今はありえないはずの特別な時間…。

 その時間ももう無くなりそうだ…もう感覚が…絞り出してでも言わなくては…!

「愛菜…誕生日…おめでとう…。プレゼントは…私の机の二番目に棚に…あるから…」

「待ってよ! まだ…まだ何も…!」

 あぁ…もっと一緒に暮らしたかった…できることならずっと見守りたかった…。

 見てるか…? 私たちの娘は…ここまで大きく育ってくれた…。今から私もそっちで見守るよ…。

 最後に…これだけは…言わないと…。私はあるだけの力を振り絞り最後の…最後の言葉をかける。

「愛菜…私の…私たちの元へ生まれてきてくれて…ありがとう…!」

 いけないな…九条君に涙を流させてしまった…ありがとう九条君…君のおかげで私は安心していける。

 本当に…ありがとう…


「ん…ここは…? 俺は誠治さんに体を預けて…なんで泣いてるんだ…? 俺」

「起きましたか先輩」

 あれから十分ほど経って先輩が目を覚ました。…多分今度はちゃんと九条先輩なんだろう。

 私の手元には箱が置いてある。本当に父さんの棚にあった…。

「相崎…誠治さんとは…なんだその箱?」

「お父さんからの誕生日プレゼント…だと思います…」

「誠司さんからの……開けないの…?」

 本当は…開けるのが怖い。これを開けてしまったら、もう本当に親との関わりが消えるんじゃないかって…。

 でも…私はもう大丈夫。もう一人じゃない。私は思い切って箱の蓋を外す。

 中から出てきたのは、編みかけのマフラーと、一つの手紙。 

 私は書いてある手紙に目を通す。これ…お父さんの字じゃない…お母…さん?

『愛菜へ 誕生日おめでとう。手紙でお誕生日をお祝いすることを許してね。多分この手紙はお母さんがいない時に読んでるんだと思う。本当は…マフラーをちゃんと完成させてこんな手紙じゃなくて直接お祝いしたかったけど、ごめんね。こんな中途半端でつけてもあったかくないマフラーをあげたくないけど、多分誠治さんは保管して、いつか愛菜にあげちゃうと思う。だから私の気持ちもこの手紙に』

 読んでる手が震える。目が霞んでちゃんと見れなくなりそう。

『こんな早くにいなくなってごめんね。ランドセルを背負ったところとか、愛菜が彼氏なんて連れてきて、誠治さんが動揺するところは、空からしっかり見ようと思います。そばにはいられないけど、ちゃんと見てます。愛菜に尽くせる時間は少なかったけど、ずっと楽しかった。愛菜のことをずっと…ずっと愛してる。私の、私たちのもとに生まれてきてくれて本当にありがとう。 お母さんより』

 私は箱の中のマフラーを胸に持ってくる。所々に穴が空いていて、未完成のマフラー。でも…でも…

「ちゃんと…あったかいよ…私も…私もお母さんとお父さんの元に…生まれれてよかったよ…」

 私はうずくまって泣いた。声をあげて泣いてしまった。今までずっと残っていたものが全部出ていく気がした。

 しばらく泣いた後、私は九条先輩の方を向く。

「すいません…お見苦しいところを…」

「大丈夫だよ、それよりも…良かったな…」

「はい…ありがとうございます…それじゃあ行きましょう! パーティー!」

 私の言葉に先輩は笑った後、続けた。

「うん…そうだね行こう! 装飾もしてるしすごいんだよ」

 私は…もう大丈夫。これまでも、これからも幸せでいる。私はマフラーを丁寧に箱に戻した後、家を出る。

「お母さん、お父さん…行ってきます」

 私はもう一人じゃないから。

                             幽霊事変 前編 完




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