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私は少し埃かぶっているそれを開きました。
ところどころにメモされてる下手くそな文字。
……間違いありません。これは私の教科書です。
「に、兄ちゃん?なんか、さっき何もないところから本がでてこなかった?」
「……マジックじゃあないらしいぞ」
後ろの2人の会話なんて気にしてられません!
それより、どうしてこの本がここにあるのか、です。
これでなにをしろというのでしょうか?
そう思っていると、今度はひらひらと紙が落ちてきました。
「……兄ちゃん、俺今起きてる?」
「……ああ、悲しいことにな」
「ああ、もう!今はちょっと黙っててください!」
2人を怒鳴りつけると、私は落ちてきた紙に目を通しました。
◇ ◇ ◇
馬鹿だ馬鹿だと思っておったが、まさかこんな失敗をするとは!!
リン。
お主の描いた魔法陣は『禁忌の魔法陣』と呼ばれるものじゃ。
……まさか、『禁忌の魔法陣』がどんなものか忘れたわけじゃあなかろうな?
空間を強引に捻じ曲げ、異世界へと繋がる魔法陣。
普通の魔法陣と違って、危険じゃから描いてはならんと何度も言ったじゃろう!!
運よくお主だけがそちらに送られてしもうただけじゃったが、万が一わしがこの魔法陣に気づかんかったらどうなっておったか……
明日こちらに来られる殿下の命を危険にさらすところじゃったのじゃぞっ!反省せいっ!
……できることなら召還術を用いてお主をこちらへ呼び戻したいのじゃが……わしにはできん。
じゃから、お主には自力でこちらに戻ってもらう必要がある。
その参考にお主が昔使っておった教科書をそちらへ召喚しておいた。
お主のつるっつるの脳みそでどこまでできるかはわからんが……
国のために、必ずやこちらへ戻ってくるのじゃぞ!
◇ ◇ ◇
……お師匠様、どうして弟子を心配するよりも前に説教をするのですか。
それに、つるっつるの脳みそって……私は悲しいです。お師匠様。
というか、自力で帰る方法を探さなければならないのですか?!
しかも、昔の教科書が参考になるわけがありません!
まだ偉大な召喚師の文献のほうが参考になりますよ!
ちょっと焦りすぎです、お師匠様!
「……あの、さ」
私がうんうんと唸っていると、気まずそうにユウトさんが口を開きました。
「状況がよくわかんないんだけど……説明してくれる?」
◇ ◇ ◇
私はイチミヤカケルさんに言ったことをそのまま全部ユウトさんに話しました。
聞き終わったユウトさんはニコっと笑うと、イチミヤカケルさんの肩を軽く叩きました。
「別にここに住まわせてもいいんじゃねーの?兄ちゃん」
「ほ、本当ですか?!」
「なっ!なに馬鹿なこと言ってんだ!悠斗!」
ユウトさんはわからず屋ではなかったようです!
……そうです、これが人情というものです!
イチミヤカケルさんも見習ってください!
「いいじゃん。この子可愛いし」
「……そう言う問題じゃねぇだろ、ペットじゃねぇんだから……」
「大体、困っている可愛い女の子を追い出すなんて可哀想じゃん」
「だからってなぁ……」
ごもっともです、ユウトさん!
ええ、ええ!まさしくその通りです!
しかも2回も可愛いと言われました!
……この顔に産んでくださった母上には感謝しないといけませんね。
帰ったら真っ先に母上に手紙を書きましょう。
「頑固だなぁ、兄ちゃんは……」
ユウトさんはそう言ってしばらく黙りこみました。
そして、何か思いついたのか突然こちらを見ました。
「ねえ、君ってさ家事とかできる?」
「家事って……掃除とか、洗濯とか、食事の準備とかですか?」
「そうそう!」
……どうしましょう?
私は同じ年齢の子に比べたらできるほうだと自負しております。
ですが、それはフェルディナン国内での話です。
ここでの基準がわからない今、できると言ってもいいのでしょうか?
……でも、できないと言ってしまったら追い出されてしまうでしょう。
だったら言う言葉は一つです!
「できます!」
「だってさ、兄ちゃん。それなら……」
「そいつが嘘ついてたらどうすんだよ」
……なんで、なんでそこで口をはさむのですかイチミヤカケルさん!!
そこは黙って了承してくださいよ!
とりあえず了承を貰って後はうやむやにしてしまおう!作戦のじゃまをしないでください!
……ひとまず、今私がすべきことは否定をすることですね。
「う、嘘なんて言ってません!」
「だったら証拠を見せろ」
イチミヤカケルさんはそう言って、近くに置いてあった袋を私に渡しました。
「そのなかには今日の晩御飯になる予定だったカレーの材料が入ってる。……カレーすら作れない奴だったら家から追い出すからな」
イチミヤカケルさんはそれだけ言ってユウトさんを連れて部屋から出て行きました。
袋の中を覗くと、玉ねぎ、人参、お肉にジャガイモ。そして箱。
……さて、大変なことになりました。
「……かれえって、どんな食べ物なんでしょうか?」
……声に出したところで、答えてくれるわけがありませんでした。