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どうして顔を青ざめたんでしょうか、不思議に思って私はじっと彼を見つめました。
よく見ると、彼のその目を私はどこかで見たことがありました。
昔、「化け物」と私を罵った人の目にそっくりです。
恐怖と嫌悪とが入り混じったその目を見ても、今では何ともありません。
どうやら私は自分が思っているよりも成長しているようです。
私は再びニコリと微笑みました。
「私は召喚術で貴方を傷つけようとはしません。安心してください」
「っ……あ、ああ……」
イチミヤカケルさんはほっとした様子でした。
けれど、まだほっとするのは早いですよ。イチミヤカケルさん。
大事な話はまだ終わっていないのです。
「あの、帰る方法が見つかるまでここにいさせてくれませんか?イチミヤカケルさん」
至極あっさりとその言葉を紡げば、イチミヤカケルさんはしばらく何も言いませんでした。
そして、話の意味を理解したのか、彼の目が大きく見開かれました。
「えっ、えぇぇぇええええぇぇえ!!!!!!」
◇ ◇ ◇
「な、なんでだよ!来れたんだから、帰ることもできるだろ?!」
「多分そうだと思うんですけど……何せ、失敗してこちらに来てしまいましたから」
本当、困りました。
頬に手を添えて、はぁっと溜息をつけばイチミヤカケルさんはまた青ざめました。
「ま、まさか……失敗が日常茶飯事だった……わけじゃないよな?」
「そうですよ?」
だからなんだと言うのでしょうか?
私が即答すれば、イチミヤカケルさんは頭を抱えて「生きてて良かった」と呟きました。
……ああ、さっきの召喚術が成功したことを喜んでいるのですね。
失敗しても命に関わることは何もないのに、心配性ですね。イチミヤカケルさんは。
「……って、そういう問題じゃないだろ!!」
「っ……い、いきなり怒鳴らないでください……」
「え、あ、ごめん……じゃなくって!!」
イチミヤカケルさんは今度は顔を真っ赤にしています。
……青ざめたり赤くなったり、大変ですね。疲れないんでしょうか?
「お前が勝手に失敗したんだろ?俺は関係ないだろ!」
「そうですね」
「だったら、さっさと俺の家から出てけっ!」
……ひ、ひどい!
私、「ここにいさせてくれませんか?」って頼んだんですよ?
偉そうな態度なんてなに1つしてない……はずです。
それなのに、追い出すなんてひどいです!
「い、いいじゃないですか!1人で暮らすのにここまで広くなくていいでしょう?」
「弟もいるから2人だ!」
「3人で暮らしても何の問題のない広さじゃないですか!!」
というかイチミヤカケルさんには弟さんがいらしたのですね。
まあ、今の私には関係ありません。
こんな見知らぬ場所で私が死ぬなんてことになったら、フェルディナン国の危機です。
ここは意地でもここに住まわせてもらわなければなりません。
「お願いします!私は向こうに生きて帰らないといけないのです!」
私は深々とイチミヤカケルさんに頭を下げます。
「………」
……ここは人情的に「しょうがないなぁ」という場面でしょう!
なんで、彼は黙ったままなんですか!
というか、私はいつまで頭を下げていればいいんですか!!
「ただいまー、兄ちゃん今日の晩御飯なにー?」
◇ ◇ ◇
声が聞こえて足音がすると、私よりも年下に見える男の子が入ってきました。
……目が合うと、部屋が静寂に包まれました。
しばらくすると男の子は苦笑して、イチミヤカケルを見ました。
「兄ちゃん……彼女を連れてくるなとは言わないけどさぁ……コスプレさせるのはやめようぜ?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、悠斗……こいつをどうにかしてくれ」
こすぷれ……とはなんでしょう?
……というか、どうにかしてくれとはなんですか!
私はここに住まわせてもらえばいいんです。
あ、でも食事もいただければ嬉しいですね!!
「どうにかしてくれって……え、もしかしてストーカー?警察に突き出す?」
「……いや、そうじゃないんだけど……」
……すとーかー……なんか、嫌な響きです。
そして、またけいさつという言葉が出ました。
これは……絶対絶命?
いえ、まだ諦めるのは早いです、リン・バルデュス!
わからず屋のお兄さんの弟もわからず屋とは限りません。
彼を説得しましょう!
私はそう意気込んで顔をあげました。
「あ、あの!!」
そう叫んで、私は弟さん……ユウトさんを見ました。
……そこで、また私は"感じ"ました。
もしや、この世界は召喚師の素質を持った人が生まれるのは日常的なのでしょうか?
……いやいや、今はそんなことを考えている場合ではありません。
先ほどイチミヤカケルさんに話したことを全部ユウトさんに話そうとして口を開きました。
……否、開こうとしたのですが。
ゴツン!
頭に衝撃。
クラりとしましたが、私は負けません!
(お師匠様の拳骨に比べたら……こんなもの!)
私は頭に落ちてきたものを拾い……愕然としました。
それは、私が捨てたと思っていた召喚術の教科書だったのです!