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この時になってやっと私はおかしいことに気づきました。
私の国……フェルディナン国は大国です。
世界の5分の1はフェルディナン国の領土となっています。
そんな大国を知らないのは明らかにおかしいのです。
ふと、小さなころに読んだ絵本を思い出しました。
召喚師によって別の世界からいろいろなものが召喚されるお話です。
それは、見たことのない、食べ物であったり、飲み物であったり、本であったり、物であったり、人であったり。
(実際にはそんなことは召喚師にはできません。モノの指定はそのモノの名前を知っていなければならないのですから)
……もしかして、あのお話のように私は別の世界からこの男の子を召喚してしまったのでしょうか?
でも、それもおかしな話です。
なぜなら、もしそうなら彼が実技室に召喚されるはずなのです。
私がここにいる理由にはなりません。
……大変困ったことになりました。
「……おい、お前大丈夫か?」
男の子は心配そうに私を見ております。
全然大丈夫ではありません。
こんな失敗をお師匠様に知られでもしたら、きっと何時間も正座で説教でしょう。
……いや、そもそも帰れるかどうかわかりませんからその心配はまだしなくていいでしょう。
「とりあえずさ、なんでお前が俺の家にいるのか聞いてもいいか?」
「……え、この立派な建物があなたの家なんですか?」
「立派?別に、普通の家だろ」
な、なんて裕福な国なのでしょう!
私の母上と父上が住んでいる家はこれの半分程度の広さしかないと言うのに。
これが普通なのですか!
さきほどから驚かされてばかりです。
「って、話をはぐらかすな!俺の質問に答えろ!」
……怒られてしまいました。
純粋にびっくりしただけなのに、生活は裕福でも心は満たされてないのかもしれませんね。
とりあえず本当のことを素直に話しておきましょう。
「召喚術に失敗して、気が付いたらここにいました」
「……ふざけるな、真面目に答えろ」
……また怒られてしまいました。
なんなんですか、この男の子は。
短気ですよ、短気。
きっとお師匠様以上に短気です。
「私は本当のことを言ってます。信じられないかもしれませんが、信じてください」
「信じられるかっ!……だいたい、召喚術ってなんだよ。召喚術って。ゲームのしすぎじゃねぇの?」
「……げえむ……ですか?なんですか、それ」
どうやらこの国には召喚術はないそうです。
まあ、私の国にげえむというものがないのでお互い様かもしれません。
……どうしましょう?召喚術を見せるべきなのでしょうか?
でも、さっき失敗したばかりですから自信がありません。
ないのですが……
「……こういうときって警察に連絡すべきなのか?」
……けいさつ、というものがなんなのかはわかりませんが、この言い方からしていいところではないでしょう。
なにせ、この人からしてみれば私は不審者です。
……騎士団のようなところかもしれません。
そんなところに入れられたら最後、きっと私は処刑でしょう。
なにせ、身分を証明できるものがありませんから。
ここは腹をくくって召喚術を見せてあげましょう!!
私はポケットがら朱墨を取り出しました。
「その、けいさつというところに連絡する前に、これを見てもらえないでしょうか?」
「あ?……何を見れば……って、お前なにやってんだよ!!」
私はつるつるとする床に魔法陣を描きはじめました。
今までで一番すばやく、綺麗に魔法陣が描けました。
「てめぇ……人の家になに落書きしてんだ……」
全く、黙って見ててほしいです。
私はきょろきょろと周りを見回しました。
テーブルの上にコップがあったので、それをモノとして指定しました。
場所は……
「……失礼ですが、貴方のお名前は?」
「は?」
「お名前は?」
「……一宮翔だけど」
「イチミヤカケルですね。ついでに手を広げて、手のひらを上にしてそのまま待っていてください」
「はぁ?」
意味がわかんねぇ……と男の子は言いながら、しぶしぶ私の言った通りにしてくれました。
そうです、素直が一番ですよ。イチミヤカケルさん。
場所をイチミヤカケルの手のひらに指定して、すばやくノートにそれを書き写すと、私は魔法陣の上に手を乗せました。
そして、さきほどと同じように口を開きます。
「 召喚師リン・バルデュスが命ずる 発動せよ 」
すると、テーブルの上のコップと彼の手のひらから光が発せられました。
……この様子だと成功のようです。
男の子が、ひぃっと声をあげましたが気にしません。
発せられた光が消えると、彼の手のひらの上にコップがありました。
「うわっ!!」
男の子がびっくりしてコップから手を離します。
……幸いにもコップは割れませんでした。
「これが召喚術です。……わかってもらえましたか?イチミヤカケルさん」
成功したことが嬉しくてニコリと微笑むと、イチミヤカケルさんは顔を青ざめました。