【番外編】殿下 王宮の離れにて
王宮の離れに、見習い召喚師がやってきたらしい。
家庭教師のルーウェンが「わたしの自慢の妹なんですよ」とはにかんでいた。
……あのルーウェンが、だぞ?
「殿下、ここの文字をまた間違えましたね?では、100回書き取りしましょうか」
って、腹黒い笑みを見せるあの男が、だぞ?
俺がびっくりして、「お前シスコンだったのか」って言ったらその日の休み時間が無くなった。
……むかついたので、ルーウェンの代わりにその妹をいじめにいこう。
俺は華麗に王宮の窓から外へ出ていくと、離れに向かった。
王宮の離れの窓から部屋を覗く。
そこにはダーレンとハルキ、そしてもう1人。
「おししょうさまぁ、こんなのおぼえられませんっ!」
「覚えるのがお前の仕事じゃ、リン」
「うえぇぇええっ!!」
「大丈夫だよ、リン。すぐに覚えられるよ」
……ルーウェンの、妹……だよな?
俺は目を疑った。
だって、そこにいるのは項垂れる小さな女の子。
……あのルーウェンの妹が、こんなに可愛いわけがない!
だって、あのルーウェンだぞ?
「殿下、早くしないと今日の昼食がなくなってしまいますよ?」
って、俺を脅すやつの妹だぞ?
お、同じ血が流れてるとは思えない。
「……殿下」
そうしてる間に俺の存在に気付いたのか、ハルキが呆れた顔をして俺に話しかけた。
いつものことなので、俺は気にしない。
「よっ」
そう言って手をあげれば、ハルキは深いため息を吐いた。
「……こんなのが王子なんて、この国は間違ってる……」
「ん?なんか言ったか、ハルキ」
「……いえ、何も言っていませんよ。殿下」
「そうか」
……非常に不愉快なことを言われた気がしたけど、気のせいか。
ふと、部屋の中にいた女の子を見ると、こちらを気にするようにちらちらと見ている。
ダーレンはそれを見たからか、溜息を吐いた。
「……リン、殿下がいらっしゃったから挨拶をしなさい」
「え、いいの?おししょうさま」
「かまわん。集中力が切れとるお主に何を言っても無駄じゃからな」
「やった!ありがとう、おししょうさま!」
……さりげなく自分が馬鹿にされてることに気づいていないのか。
ますますルーウェンに似ていない。というか、言われなきゃ妹だなんて絶対思わない。
リン、と呼ばれた女の子は立ち上がると、ちょこちょことこちらにやってきた。
……小さい。本当に小さい。ちょこまかして可愛い。
「こんにちわ、でんか。わたくしはリン・バルデュスともうします。じゃくはいものではございますが、せえいっぱい……」
「リン、せいいっぱい、だよ」
「……せいいっぱいべんがくにいそしみ、りっぱなしょうかんしとして、でんかのやくにたちたいとおもっております。よろしくおねがいします」
リンはそういうとペコリ、とお辞儀をした。
若輩者って……意味わかってんのか、こいつ……
そんなことを思ってる間に、リンの隣にいたハルキがリンの頭を撫でた。
「よくできたね。リン」
「えへへ」
「その調子で魔法陣も覚えていくんじゃぞ」
のほほん、とした雰囲気。
ここは本当に王宮の離れなのかと疑いたくなった。
少なくとも、ダーレンとハルキだけのときはこんな雰囲気じゃなかったと思う。
いつもは、どこかピリピリとした雰囲気だった。(まあ、なんとなくその原因はわかるけど)
なのに、なんだ!この、のほほんとした雰囲気は!
しかもその雰囲気を作ってるのがあの、ルーウェンの妹だぞ?
「でんか」
リンが俺に声を掛ける。
なんだ、と思ってそちらを見ると、彼女はこう言った。
「でんかは、アベル・アーサー・フェルディナンさまをごぞんじですか?」
「……は?」
「おにいちゃんのせいとさんらしいのですが、さぼりぐせのあるどうしようもないせいとさんらしいのです」
……ルーウェンか。ルーウェンなのか。
というか、殿下=アベル・アーサー・フェルディナンと繋がらないのか、こいつは。
リンの後ろでダーレンとハルキは声を押し殺して笑ってるし!
だんだんと険しくなる俺の顔に気づかないのか、リンは続ける。
「もしでんかがアベル・アーサー・フェルディナンさまにおあいになられましたら、どうかおつたえねがえないでしょうか?」
「……なにをだ?」
あれか、「お兄ちゃんを困らせないでください」とか、「真面目にしてください」とかか?
……ルーウェンの妹にまで説教されるのか、と思っていたらリンは真面目な顔をして「耳をお貸しください」と言う。
一体こいつは何を言うつもりなのか。
しぶしぶ貸すと、彼女はこう俺に言った。
「リン・バルデュスに、さぼりかたのごくいをおしえてください」
……ああ、すっげー馬鹿だ。こいつ。
◇ ◇ ◇
「……か……殿下!!」
「うわっ!!……んだよ、ルーウェンか」
「……今はお昼寝の時間ではないのですがね」
「そうだったっけ?」
俺がとぼけたように言うと、目の前の男は手を額に当てると、溜息を吐いた。
「そんなに、リンが心配ですか。殿下」
「……お前は心配じゃないのかよ」
俺が問うとルーウェンは弱弱しく笑う。
「心配ですよ。でも、ある意味あの子にとっては幸せなのかもしれない」
「……戦争、か」
「さすがの殿下にもわかりますか」
「……あたりまえだろ」
遠くない未来、この国と他国との間で戦争が起きるだろう。
ダーレン・ブロウの死後、リン・バルデュスがこの国唯一の召喚師になった瞬間に。
どの国もこの国の領土を狙い、小さな綻びを見つけてはそれを戦争の理由にするだろう。
そのとき一番傷つくのは、おそらく彼女だろうということもわかっている。
それでも。
「……あいつがいないと、この国は終わるんだ。そんなこと、あいつは望まない」
それに、なによりも。
「……あいつがいないと、気が狂いそうだ」
傍にいて、笑っていてほしい。
あいつが隣で笑ってさえいれば、それだけでいいのに。
「殿下」
心配そうな視線を向けるルーウェンに、俺は力なく笑った。
「ルーウェン、今日は、何をするんだ?」
「……今日は政治学です」
「……ああ、そうだったな。はじめよう、この話はこれで終わりだ」
ふと、俺は窓から空を見る。
雲ひとつない青空。
こんなにもいい天気なのに、あいつはまだ帰ってこない。
どうしても殿下が書きたくて……。
リン9歳。殿下12歳。ルーウェン21歳(現在27)。
ちなみにリン兄(上)はルーウェンの1歳年上。名前はまだ未定。