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この人……ハルキさんはお師匠様の一番弟子。私にとっての兄弟子でした。

そのとき私は9歳、ハルキさんは14歳でした。

けれど、今の私よりも優れた召喚師でした。そして、兵法にも優れておりました。

魔法陣を描く速さはお師匠様と同じ……いえ、それ以上だったと思います。

その上正確に描くものですから、お師匠様はいつもハルキさんを褒めていました。

(……私はいっぱい比べられて、叱られてばかりでしたが)

陛下もそんな彼の能力を高く買っておりました。

その時は王直属の召喚師はハルキさんで、私はそれの補佐をすることになるのだと思っておりました。

……それなのに。



「……どう、してっ……」

「……リン?」



私のかすれた声に、ハルキさんは心配そうな声を私に向けました。

その声があの日と変わらず柔らかな声で、私はますます悲しく、彼を憎く思いました。

そして同時に、自分を情けなく思うのです。

もしも私が今ここにいる男のように聡明だったならば、と。

悔しくて、悔しくて、私は絞り出すように言葉を紡ぎました。



「……どうして……私を、利用したんですかっ……!」






 ◇ ◇ ◇






私が10歳、そしてハルキさんが15歳のとき。

その日は、お師匠様が陛下に呼ばれたため、離れには私とハルキさんの2人だけでした。

ハルキさんはその若さで既にお師匠様の全てを引き継いだと言ってもよいほどの能力を持っており、お師匠様の代わりに私に勉強を教えてくれたのです。

それは、私にとって初めてのハルキさんの授業でした。

……それは最後でもありましたが。

私が何度も紙に魔法陣を描いていると、ハルキさんは褒めてくれました。

お師匠様には叱られてばかりだったので、とても嬉しかったのです。

そのせいで私は浮かれていたのでしょう。

ハルキさんが「じゃあ、実際に実技室で描いてみようか?リン」と優しく言ったのを、私は「はい!」と答えてしまった。

お師匠様に、「わしが居らんときに召喚術を使ったらいかん」と何度も言われていたのに。

お師匠様はきっと、こうなることを懸念していたのでしょう。

あの日ほど、自分を馬鹿だと思った日はありませんでした。



「リン。僕の言った通りに、魔法陣を描くんだよ」

「わ、わかりました!」

「緊張しなくていいよ、リン。君は緊張をするから間違えてしまうんだ。気楽にすればいい」



そのころの私はお師匠様のように怒鳴らないで、優しく教えてくれるハルキさんが好きだった。

父上からも、母上からも、王宮にいるはずのお兄ちゃん達からも離れたこの場所で唯一本当の家族のように思える人だったから。

だから、無我夢中で彼の期待に答えようと魔法陣を描いたのに。

モノの指定も、場所の指定も何にしたのか私は覚えていません。

ただ、ハルキさんに褒めてもらいたい一心で、それを描いていました。

そして描き終わった魔法陣を見て、ハルキさんは満足そうに微笑んで私の頭を撫でたのです。



「……綺麗に描けたね、リン。それじゃあ、それを発動させてみようか?」

「はい!」



もしもこの時にお師匠様の言いつけを守ってさえいれば。

もしもこの時にモノの指定か場所の指定のどちらかに何にしたのか理解していれば。

……こんなことにならなかったのに。



「 召喚師リン・バルデュスが命ずる 発動せよ 」



私がそう言うと、ハルキさんは光に包まれて、実技室から消えてしまいました。

彼は最後に「ありがとう」という言葉を残しました。

……これほど、残酷な「ありがとう」を私は聞いたことがありませんでした。






 ◇ ◇ ◇






「……ああ、君にそう言われても仕方ないかもね」



私の言葉に、ハルキさんはそう返しました。

その言葉も先ほどと変わらず優しげで、本当にこの人は私を利用したのかと疑いたくもなりました。

けれど、間違いなくこの人は私を利用したのです。……あの日の私を、この人は利用したのです。



「でも、君しかいなかったんだ。僕を、ここへ帰すことのできる子は。君しか」

「私、しか?それに、帰すって……」

「この世界が僕の故郷なんだよ、リン。僕があの国にいたのは事故だ。……あの男、ダーレン・ブロウの召還術の失敗だ」



かつて師匠と呼んでいた人を、彼が呼び捨てにしたことに驚きましたが、それ以上にあのお師匠様が失敗したということに驚きました。

けれど、言われてみれば心当たりがありました。

お師匠様からの、あの紙です。

  

  【……できることなら召還術を用いてお主をこちらへ呼び戻したいのじゃが……わしにはできん。】


あの言葉は、そのときの失敗を思い出しての言葉だったのかもしれません。



「……そのうえ、ダーレン・ブロウは僕が頼んでも帰してくれなかった」



吐き捨てるように言うその声は、酷く低く、冷たく聞こえました。

それなのに、私を包むその腕は暖かくて私を混乱させます。

どうして、こんなに暖かい人がこんなに冷たい声を出せるのですか?

その問いに答えるわけもなく、ハルキさんは話し続けます。



「いや、最初は帰そうとしてくれていたよ。……なのに、帰る方法が見つかった途端、僕を帰すことを拒んだ」

「……それは……だって、貴方はフェルディナン国に必要なお方です!お師匠様と、陛下に認められたお方なのですよ?

そんなお方を、どうしてこの国から追い出すことを認めるというのですか。いえ、認めるはずがございません!」



私がそういうと、ハルキさんはゆっくりと私の背を撫ぜました。

それはまるで、癇癪を起こした子どもを宥めるようでした。



「そうだね、君はあの国でずっと暮らしていたからね。そういう考えが身についていてもおかしくない」

「私"は"?ハルキさんは違うというのですか?」

「うん。僕は違うよ。……そういえば、君は英雄サムエル・アルテーンのように死ぬのが本望だと言っていたね」

「……はい」

「それは、今でも?」  

「はい」



迷いもなく告げると、ハルキさんは深いため息をつきました。

抱きしめる力が弱くなり始めていたのに、また強くなります。



「それは、あの国の刷り込みなんだよ。リン」

「刷り……込み?」

「うん。……僕はね、そんなの大間違いだって思う。国のために命を落とすのは馬鹿らしい、ってね」

「そんなこと……っ」



ない、と言おうと思ったのに、ハルキさんはそれを防ぐためか私の顔を彼の胸に強く押しつけました。

もがく私を無視して、彼は私にいました。



「……ねえ、リン。君がどうしてここに来たのかわからないけど、これはチャンスだと思うんだ」



   このままずっと、この世界で暮らそう?






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