夢―記憶
三題噺もどき―ごひゃくよんじゅういち。
心地のいい風が吹いている。
歩き回り、火照った体には、丁度いい涼しさだった。
帽子もかぶりなさいと渡されていたけど、暑いし視界が悪いので被っていない。
顎紐を首に引っ掛けて、麦わら帽子を背中に背負っている。
「あ!!」
視界一面に黄色が広がる中で、ひらりと舞った蝶に視線が定まる。
小さな蝶は、風に吹かれながらよろよろとあっちへ行きこっちへ行き。
それを追いかけようと、足を進めたが。
「危ないから、走らない」
腕をひかれていたことを忘れていた。
殆どつんのめるように足をとめさせられたので、多少の不満は残れど、それ以上に蝶が気になるので気にしているようで、気にしていない。
「ちょうちょ!」
「そうだね~」
あれが見えないのかと思って、指を刺して伝えてみる。
あそこに、ひらひら舞うあれが欲しいのだけど。
しかし、それはそれとして、手に持っているのは何だろう。
「……」
「……のむ?」
透明のカップに入れられた何かを、ストローで飲んでいる。
わたしの水分補給は麦茶なのに、何を飲んでいるんだろう。
手に持っているそれが、とてもとても気になって仕方ない。
「はい」
道を少しだけ逸れて、他の人が通れるように気を使いながら目線を合わせてくる。
かがんだ手元には、カップがあり、ストローを向けられている。
飲んでもいいと言うことだろうか。それなら、遠慮なく。
「……!!」
「っふ」
軽く一口だけもらったそれは、甘くてすっぱくてぱちぱちと口の中で弾けた。
初めての感覚で、驚きが一身に襲ってきた。
思わず視界もぱちぱちとした。
「おいしい?」
「んーいらない……」
レモネードというらしい、それは。あまり口に合わなかった。
なにより、あのぱちぱちと弾けるのは好きではない。
こんなもの飲んでたなんて……なんてものを。
「―あ」
カップを母へと押し返し、何だろうと考えていると。
「上見て上」
何かと思い、言われるがまま上を向く。
そこには、大きな風船が浮いていた。
「わぁ!!」
空には色とりどりの風船。
「気球っていうんだよ」
その気球という風船には、人が乗っているだの何だのと。
母が言い始めていたけれど。
―わたしはそれより、あれが欲しい。
「―――!!」
放されていた手のひらは、空を切った。
気球を追いかけることに精一杯の耳には、母の声は聞こえない。
あれはどこに行くんだろう。あれはどこまで行くんだろう。
あれは。
あの、自由に浮かぶ気球は。
「………」
夢から覚めた。
夢というより、アレは記憶だろう。
そういえば、そんな過去もあったはずだ。
知らないけど。
「……」
視界に広がるのは、カーテン越しの光が作り出した深海。
最近、新しく買い替えたのだけど。
この色の方が、案外落ち着く。床も綺麗に変えたりしたから、尚更。
「……」
あの日、あの後どうなったかは思いだせないけど。
ま、私のことだし。どうせ転んだりでもしたんだろう。
自由に飛ぶものを追いかけるなんてことは、私にはできやしないんだから。
お題:深海・レモネード・気球