192話 ドラゴンさん、贈り物をする
「はぁぁ…満 足」
「それは良かったのぅ」
奏の誕生日パーティーは大盛況で終わりを迎えた。その主役たる奏は、お風呂で瑠華により隅々まで磨かれてご満悦だった。今は瑠華の部屋にて瑠華に髪をとかされながらドライヤーで乾かされている。
「ありがと、瑠華ちゃん。料理もケーキもすっごく美味しかった」
「礼には及ばんよ。これが妾の役目じゃからの」
「それでもだよ。私は感謝を忘れる人にはなりたくないの。瑠華ちゃんの優しさを当たり前なんて思いたくない」
「律儀じゃのぅ…よし。乾いたのじゃ」
「ん。ありが…あれ? なんか…」
後ろに立つ瑠華に振り返って礼を伝えようとした奏だったが、その時鼻に掛かった髪から漂うほのかな甘い匂いに気付く。
「気付いたかえ? どうじゃ?」
「どうって…良い匂いだけど…」
改めて自分の髪の毛を一房手に取り、その匂いを確認する。すると何処か花のような甘い香りに後から柑橘系の爽やかな香りが漂い、その好ましい香りに思わず深く息を吸い込んだ。
「これ好き…」
「それは重畳じゃな。実はこれは妾が作ったものなのじゃよ」
「ふぇっ!? 瑠華ちゃんが!?」
ギョッと目を見開いて驚いた様子の奏にクスクスと忍び笑いを零しつつ、使ったヘアオイルが入った小瓶を取り出す。
「妾からの贈り物じゃよ」
「えっ…」
「改めてじゃが…誕生日おめでとう、奏」
そう言ってふわりと微笑みを浮かべながら小瓶を差し出せば、奏が震える手でそれを受け取った。
「…ありがとう、瑠華ちゃん。嬉しい…ほんとに嬉しい…!」
今にも泣きそうな表情で心底嬉しそうにそう言われれば、送り手冥利に尽きるというものだ。瑠華にとってはこれが正しい選択だったのかは今日までずっと分からなかったが、少なくとも今の奏を見れたというだけでその答えは明白だろう。
「瑠華ちゃんから物としてプレゼントを貰うなんて…ふふっ。凪沙が羨ましがるね」
「そうじゃのぅ…しかし奏。これで終わりだと思ってはおるまいな?」
「えっ」
「元々はそれだけにするつもりだったのじゃが…少し、な」
少し歯切れの悪い言い方をした事に奏が疑問を抱くも、次の瞬間には瑠華の差し出した物に目を奪われた。
瑠華が取り出した、片手に収まってしまう程に小さな箱。そしてその蓋を開いて現れたのは、雫の形をした透明な石。金色の金具が取り付けられたソレは、奏の記憶の通りならば―――
「これ…イヤリング?」
「うむ。何、そう高価なものでは無い。ただ…ネックレスが無くなってしもうたじゃろう? その代わりとなればと思うてのぅ」
「そんなの気にしなくても…」
奏としては確かにネックレスは無くなってしまったが、その宝石自体は文字通り肌身離さず持っているのでさして気にしたことは無かった。だがだからといって、瑠華からの贈り物を拒否するなんて選択肢はこれっぽっちも無い。
「綺麗…これ水晶?」
「いや、水晶ではない。そもそも宝石ですらない」
「成程…」
確かに瑠華は高いものではないと言った。であればこれは、ガラス等で出来た宝石のように見える偽物なのだろうと奏は思う。しかしそんな事はどうでもいいのだ。ただそれを瑠華から貰ったというだけで、奏にとってはダイヤにも勝る宝石になる。
「着けて、くれる?」
「無論じゃ」
かつてネックレスを貰った時のように頼めば、快く瑠華が引き受ける。ただあの時と違う事が一つある。それは奏の目の前にしっかりとした鏡がある事だ。
瑠華が箱から取り出したイヤリングを丁寧に奏の耳へと着けていくと、鏡に映る自分の姿に思わず奏の顔がニヤける。
「むふふ…」
「随分嬉しそうじゃのぅ?」
「それは当然だよ。ネックレスを貰った時も嬉しかったけど、あれは純粋な瑠華ちゃんからの贈り物じゃなかったからね。でもこれは瑠華ちゃんが私の為に用意してくれた物でしょ? そりゃ嬉しいよ」
そう奏が答えると、着けて貰ったイヤリングを指でなぞる。するとチリンと涼やかな音を奏で、透明だった石が淡く青色に輝いた。
「ふぇっ!?」
「それはただのイヤリングでは無い。今はまだ足りぬが、長く身に付け奏の魔力に馴染めばその真価を発揮するじゃろう」
「……もしかして、これ瑠華ちゃん作った?」
「当然じゃろう。この世界にそのような高度な魔装具は存在せんからの」
「わぁ…って、魔装具?」
聞いた事のない単語に、思わず奏が小首を傾げる。
「魔装具は身に付ける魔道具の総称じゃな。以前渡したネックレスもまた魔装具じゃし、【柊】の皆に渡している木札も魔装具じゃ」
「あ、そうだったんだ……これはどんな効果があるの?」
「その時になってのお楽しみじゃな。…というより、まだ定まっていないのじゃ。それは“無銘”同様、持ち主によって変化するものじゃからの」
「そっかぁ…じゃあ楽しみにしておくね」
もう一度嬉しげに石を撫でる。今度は魔力が足りなかったようで透明なままだったが、これが今後どうなるのか奏は楽しみで仕方が無かった。
◆ ◆ ◆
「……贈り物とは、良いものじゃの。のぅ、メル?」
皆が寝静まった深夜。奏が眠るベッドに腰掛けそう呟く瑠華の手には、古びた懐中時計が握られていた。
歪んだ蓋に千切れた鎖、そして砕けた硝子。もうそれが時を刻む事は無い。止まった針が示すのは、決して戻る事の無い時間。
「んん…」
「……もう二度と、失う訳にはいかぬのじゃ」
懐中時計を仕舞うと、穏やかに眠る奏の頭を優しく撫でて微笑む。そしてその手がそのまま奏の耳元へと滑ると、未だ着けたままのイヤリングをなぞった。するとその瞬間、透明な石が水色へと染まる。
「……素質自体は、メル以上やも知れんのぅ。まだまだ足りぬが…奏ならば、もしかするやもしれんな」
そう呟く瑠華の眼差しは何処までも優しく……何処までも、暗いものだった。




