188話 ドラゴンさん、約束を果たす
「るー姉るー姉」
「ん? どうしたのじゃ?」
ある日の昼下がり。ソファーで寛いでいた瑠華の元へ、徐に茜が近付いてきた。ちなみにその膝には奏が寝ている。凪沙と三本勝負のジャンケンをし、みごと勝ち取ったのだ。
「アレ、明日使いたい。ダメ?」
「アレ? アレとは……あぁ、成程。特に予定は無い故、構わんぞ」
「やたっ!」
瑠華からの承諾を得て、満面の笑みを浮かべる茜。だがその会話を聞いていた奏からすれば、なんの事やらさっぱりである。
「瑠華ちゃん。アレって?」
「ん? 実は以前茜にある頼み事をした事があってのぅ。その見返りとして何でもすると言っておったのじゃよ」
「何でも!?」
瑠華の口から飛び出た言葉に思わずガバッと起き上がり、目を丸くして瑠華に詰め寄る。瑠華としてはそこまで驚く理由が分からず、小首を傾げた。
「そうじゃが…そう驚くものか?」
「瑠華ちゃん。何でもって言葉を甘く見ない方が良いよ。特に瑠華ちゃんの場合は」
妙に実感の伴った言葉に、そこまで言うのなら今後は気を付けておこうかと思う瑠華だった。
「でも茜に何を頼んだの?」
「服の修復を少しな。妾はあまり得意では無い故」
「あぁ…苦手だもんね、裁縫」
「うむ……」
瑠華としては裁縫も出来るようになりたいものの一つではあるのだが、どうにも力加減が上手く出来ず悪戦苦闘中である。まぁ世の中には適材適所という言葉があるので、任せられる人材がいるのならそちらに完全に任せるべきかとも思ってはいるのだが。
「るー姉からのお願いなら幾らでも大丈夫だよ」
「茜、それ見返り目当てじゃないよね?」
「……そんな訳ないじゃん」
「の割りには変な間があったよね!?」
ぎゃいのぎゃいのと奏と茜が言い合う姿を後目に、これ幸いとばかりに凪沙が瑠華の膝上へと頭を預けた。
「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」
「持論か?」
「どっかで聞いた」
「曖昧じゃのぅ……」
◆ ◆ ◆
次の日。瑠華は茜に頼まれて駅前で待機していた。その時点でまた以前と同じようなお出掛けかと予想したのだが、それは茜自身に否定された。
「何をさせるつもりなのかのぅ…」
「るー姉お待たせっ!」
茜の目的は一体何なのかを推理していると、その中心人物たる茜が瑠華の元へと駆け足で近づいて来た。
「そこまで待っておらんよ。して妾に何をして欲しいのじゃ?」
「して欲しいっていうか…ちょっと付き合って欲しい場所があるの」
「ふむ?」
そう言うや否や茜が瑠華の手を取って歩き出す。確信的な答えを聞けていないが、まぁ言葉通り付き合えば分かるかと素直に引っ張られる。
そうして駅前から歩き続ける事数分。茜が足を止めたのは、瑠華もたまに行くことのあるショッピングモールだった。
「ここか?」
流石にわざわざお出掛けで向かうには特異な場所に思わず茜に問い掛けるも、茜はそれに大きく頷いて答えた。
「あのね。プレゼントを買いたいの」
「プレゼント?」
「うん。もうそろそろかー姉の誕生日だから」
「成程。それで何を買えば良いか分からず妾を引き連れたのじゃな」
「それもあるし、折角だからるー姉も買うかなって。いつもはるー姉ってケーキが贈り物って感じでしょ?」
「そうじゃな。特別扱いになりかねん故」
瑠華達の住む【柊】にはかなりの人数が居る。その子たち全てから慕われる瑠華は自身の影響力を自覚している為、今まで贈り物は手作りケーキなどの消え物にしていたのだ。
「でもやっぱりるー姉にとってかー姉は他の皆より特別でしょ? 最近かー姉すっごく頑張ってるし、少しはご褒美があっても良いと思うの」
「褒美、か……ふむ。確かにそれもありやも知れんな」
瑠華としては贈り物をする事自体に忌避感は無い。それに危惧する事に関しても、奏相手ならば他の皆は納得するだろうと思う。であれば茜の言葉に従うのも吝かでは無い訳で。
瑠華の気持ちが変化したのを見て、足早に茜が手を引いて店内へと入る。そのまま向かったのはモール内にある小さな雑貨店。
「無難なのはやはり文具か?」
「そうだね。でもかー姉はそこまで拘り無いよね?」
「そうじゃな。元々本人が金欠気味であるが故に安い物を使いがちじゃ」
「だからこそいい物をとは思わなくもないけど…」
「何だかんだ物は大切にするからの。現に昔茜達から貰った手紙などは丁寧に保管しておる」
「何それ初耳なんだけど」
「流石にわざわざ言わんじゃろ。たまに読み返しておるようじゃぞ」
「……それるー姉も?」
「当然じゃ」
まだ幼かった頃の誕生日プレゼントは大抵が手紙などになる。瑠華や奏は年長者が故に一番そうした手紙を貰っており、二人とも大切に保管していた。特に瑠華の場合は状態保存の魔法を掛けた上で保管しているので、例え広範囲殲滅魔法を受けたとしても無傷で済むという明らかやり過ぎ仕様である。
「なんか恥ずかしい事書いてた気がする…っ!」
「そうでもないと思うが……」
「るー姉のその言葉は一番信用出来ないから」
茜にさえもそう言われてしまい、内心少し傷付く瑠華なのであった。




