184話 ドラゴンさん、ダンジョンを創る
「よく来てくれたわね。歓迎するわ」
「お久しぶりです、結華さん!」
瑠華が人知れずやらかした翌日。瑠華と奏はある場所を訪れていた。その場所で待っていた結華に出迎えられ、そのまま中へと案内される。
「ここが来年からやっと動き出すと思えば、感慨深いものがあるわね」
「そんなに長く関わっていたんですか?」
「ええ。それも私だけじゃないの。私みたいに子を持った探索者だったり……もう、後悔したくない人だったりが、ずっとずっと待ち望んでいた場所なのよ。探索者養成学校というのはね」
そう言ってなんとも言えない表情を浮かべ、結華がその場所―――新設された探索者養成学校の校舎を見上げる。今日瑠華達が結華に呼ばれたのは、この学校を紹介する為だった。
「基本授業は高等教育の基礎部分に加えて、ダンジョン学と呼ばれる独自の学習をカリキュラムに組み込んであるわ」
「ダンジョン学?」
「座学や実技を含んだ総合的な科目ね。実際にダンジョンにも潜ってもらって、学びをその身をもって実践して貰おうと考えているわ。……そこで、その、瑠華にお願いがあるのだけれど…」
「妾にか?」
珍しい母親からのお願いという言葉に、思わず首を傾げてしまう。しかし内容によるが他ならぬ今生の肉親の頼みだ。叶えられるのであれば叶えたいと思う。
「ええ。…そうね、取り敢えずその場所に向かいましょうか」
「? 承知した」
「場所…?」
二人とも疑問を覚えながらも、歩き出した結華の後ろを付いていく。だが校舎を抜けて広いグランドに出ても結華の足は止まらなかった。
「―――ここよ」
「ふむ?」
漸く結華が足を止めたのは、ただでさえ広いグランドの奥。しかしそこにあったのは予定地と刻まれて突き立てられた立札と、少し小高い丘だけだった。
「予定地とあるが……ここに何を建てるつもりなのじゃ?」
「ダンジョンよ」
「……ん?」
「ダンジョンよ」
思わず聞き間違いかと聞き返すも、結華は至極真面目な表情で同じ言葉を口にする。それにより聞き間違いでないことは分かったが、だからといって理解出来る訳ではない。
「ダンジョンってあのダンジョン…?」
「ええ。思い描いた通りのダンジョンよ」
「ダンジョンって作れる物だっけ……?」
「いや。ダンジョンはあくまで自然生、成……もしやとは思うが」
「うんっ! ここにダンジョン作って!」
とてもいい笑顔を瑠華に向けてそう言い放つ結華に、瑠華が思わず片手で顔を覆って天を仰いだ。
「……その意味を理解しておるのか?」
「ダンジョンを作れるという事は、ダンジョンを壊す事も出来るという事。そして現状、ダンジョンを作る事は勿論、破壊する手段も確立されていない」
「それが分かっていて何故…」
「だって瑠華なら出来るでしょ?」
…結華の言葉通り、正直に言ってしまえば確かに作る事は出来る。だが当然ながらそれは、人間の出来る領域を遥かに超越した行為だ。
「これ設計図なんだけど」
「………」
瑠華の返事を聞く事もなく、結華がどんどん話を進めていく。取り出した模造紙を広げれば、そこにはどんな構造でどんなモンスターを配置するのか等が事細かに記されていた。
「母よ。妾は」
「そういえばこの前、自衛隊基地の魔力探知警戒網に未確認飛行物体が探知されたんだけど…」
「………」
「それがダンジョンから出てきたモンスターなんじゃないかって事で私に依頼が来てね? そのお陰で私深夜に起こされて調査させられて殆ど寝れてないの」
「……作れば良いのじゃろう。作れば」
「あらほんと? じゃあこの設計図通りにお願いね」
そう言って結華がニコニコとした笑顔を浮かべて手渡してきた設計図を受け取り、瑠華がはぁぁ……と深く溜息を吐いた。そしてそんな難色を示していた瑠華が突然折れるという様子を見ていた奏は、話の流れが見えなかった故にただ視線を右往左往させて困惑する。
「え? え?」
「……中々面倒な設計じゃのう?」
「だって一応学び舎だし?」
「言い訳は考えておるのか? こんな都合の良いダンジョンが突然敷地内に現れるなど違和感極まりないが」
「そこはほら、私だから」
「……」
暗に探索者としての威光でゴリ押すと言っている結華に対し、思わず呆れたようなジト目を向ける瑠華だった。
「ちょ、ちょっと待って!? そもそも瑠華ちゃんダンジョン作れるの!?」
「……ここまで来て否定する必要性もなかろうな。作れるぞ。それこそこの世界で最も深いダンジョンであろうともな」
「えぇぇ……じゃあ破壊も?」
「理論上可能じゃがしたくはないな。何処まで影響が出るか分からん故」
「影響?」
「まぁ余波とも言い換えられる。先程までそこにあったものが突如消え去れば、少なからず周りに被害があるじゃろうからな」
例に挙げるとすれば、消滅する際に周りのものごと引き込んで消滅するなどだろうか。流石にそこまでは瑠華であろうともケアし切れない。
「ふむ……少し下がっておれ」
「う、うん」
設計図から顔を上げた瑠華が小高い丘へと近付き、手を伸ばして触れると集中するように目を閉じた。そのまま内にある魔力を高めて地面へと流し込んでいけば、魔力の高鳴りを示すかのように瑠華の髪が揺れる。
「流石計器を壊すだけの事はあるわね…思わず鳥肌立っちゃった」
瑠華から漏れ出した魔力の断片を感じ取り、ブルリと結華が身体を震わせた。だが奏は、どちらかと言うとその魔力に心地良さを感じていて。
(やっぱり瑠華ちゃんの魔力好きだなぁ……)
瑠華の魔力を過分に取り込んでいる今の奏にとって、以前よりも瑠華の魔力はより心地良い物へと変わっていた。さらに今までにない程濃い瑠華の魔力に当てられた事によるものなのか、無意識に奏の瞳孔が縦に裂ける。するとそれによって、魔力の流れがより鮮明に奏の瞳に写った。
「中々骨が折れるのぅ……」
そう呟く瑠華の前で膨大な魔力の流れが渦を巻き、丘の壁面を捻じ曲げる。現実には絶対に有り得ない光景を引き起こしながらどんどん集中を高めて設計図通りのダンジョンを構築していくと、流石の瑠華もかなりの疲労感を覚え始めた。
(生身だと厳しいものがあるのぅ……っ)
感覚器官たる角や翼を展開すれば遥かにマシになっただろうが、流石に奏達が見る前でそれを露出する事は出来ない。だがそのせいで膨大な魔力を制御する事に大半の労力を割かれ、殆ど暴走間近状態になっていた。それでもなお制御し続けられているのは、偏に瑠華の根性のお陰でしかない。
「ふぅ……なんとか、じゃな」
疲労を感じさせる息を深く吐きながら、瑠華が手を離してその目を開く。すると何も無かったはずのそこには、ぽっかりと巨大な穴が開いていた。これもまた、結華から指定されたものだ。
「凄いというか…言葉が出ないというか…」
「……ねぇ瑠華ちゃん」
「ふぅ……なんじゃ?」
未だに肩で息をする瑠華が、奏に呼ばれ振り向く。すると奏の眼がいつの間にか〖竜眼〗を展開していた事に少し驚いたが、大方自分の魔力に当てられたのだろうと一人納得する。
「……ダンジョンってさ、人でも作れるの?」
「それは……」
奏が何を聞きたがっているのか。それを理解した瑠華が思わず口を噤む。だがその力強い眼差しに見詰められれば、思わず苦笑を返すしかなくて。
「……まぁ、人には過ぎた力じゃろうな」
「………」
「人には……人間には、どれだけ足掻こうが、努力しようが、そこには必ず限界が存在する。基本超える事が出来ない、種族としての限界がな。……そして世界に干渉する事は、その限界の外にある。人が人である限り、決してなし得ぬ所業じゃよ」
「人が、人である限り…」
「つまりそれをなし得る妾という存在は―――………
………―――――紛れもなく、“化け物”であろうな」




