182話 ドラゴンさん、ガッツリやらかす
……書いちゃった。
奏の要望通りに“一途”を脇差へと作り直した日の夜。ふと外に出たくなった瑠華は、窓から外へと抜け出していた。
そのまま軽々と屋根上へと上がれば、曇天の夜空が瑠華を出迎える。
「ふむ……」
本当は少し夜空を見ながら晩酌をするつもりだったのだが、これではその目的は果たせそうにない。雲を無理矢理晴らす事も無論可能ではあるのだが、流石に騒ぎになる事が予想される為にそんな行動は出来る訳もなく。ならばどうするか?
「久しぶりに飛ぶかのぅ」
そういうや否や、バサリと翼をはためかせて一気に雲の上まで飛び立つ。―――そう。空が雲のせいで見えないのならば、雲の上まで行けば良いのだ。
そうして十秒と掛からずに雲を突き抜けた瑠華を出迎えたのは、期待通りの満点の星空。吹き抜ける冷たい夜風が頬を撫で、心地良さげに瑠華目を細めた。
「気持ちの良い夜じゃな」
空の上での晩酌もいいが、そこまで忙しなく過ごしたい訳でも無かった瑠華は、ブラブラとそのまま散歩する事にした。
純白の髪を夜空に靡かせながら、気の向くままに飛び続ける。たまに雲の切れ目から覗く地上の様子を見れば、ここが以前とはまるで異なる世界なのだと改めて思う。
「何度見ても不思議なものじゃな。世界が変わればこうも姿も変わるのか…」
数多くの世界を見てきた瑠華だが、それぞれがこうして全く異なる様相を見せる理由については未だ完全には理解出来ていなかった。
(我らが与える知識の違い…いや、そもそもの土台の違いか……?)
考えられる可能性は多々あるが、それを確かめる術は無い。……いや、厳密にはあるが、それは母より禁忌とされている為にする事は出来ない。
(世界を使い潰す行為は許されぬからのぅ…)
かつて遊び半分で世界を使い潰した妹を叱咤した事を思い出して、思わず瑠華が苦笑いを浮かべた……その瞬間。
――――ブツンッ!
「……ん?」
何かを引きちぎったような、もしくは突き破ったような感覚が伝わり、思わず瑠華が思考の海から引き戻される。だが辺りを見渡しても破壊したそれらしきものは見当たらず、その場で小首を傾げた。
「気の所為か…?」
無意識に速さを上げ過ぎて空気の壁でも突き破ってしまったのかと思ったが、その割りには周りの雲に影響が少ない。
うーんと頭を悩ませる瑠華だったが、その時耳鳴りのような音が聞こえ始め、それがどんどん近付いてくるかのように大きくなっていくのが分かった。
「……逃げるか」
一瞬その音の正体が分からなかった瑠華だったが、魔力の膜を広げてその正体を把握した瞬間逃亡へと思考を切り替えた。
音が聞こえる方へ背を向け、翼を動かして加速を始める。だが周りの被害を考慮する必要がある関係上一気に加速する事は難しく、先に加速を始めていた方に分があるのは自明の理だった。
「確実に見付かっておるな…っ!?」
元々〖認識阻害〗はそこまで強く展開していなかったので、そこに“何か”がいるという事は分かってしまう。これは逃げられないと思った瑠華が、突然の悪寒に従い片翼を閉じて回転しながら高度を下げる。するとそのすぐ後に、瑠華がいた場所へと無数の弾丸が通り過ぎた。
「事前通告も無しか……」
思わず恨み節を呟きながら瑠華が後ろを振り返り、キーンと甲高い轟音を上げながら瑠華へと迫るソレ―――戦闘機を睨み付ける。
「……折角じゃ。遊ぶとするか」
このまま振り切る事も勿論余裕で出来る。だがこのまま何もせずに逃げるだけというのも、面白くない。加えて紫乃から肩代わりしている“欲”もかなり溜まっていた事もあり、遊んでやる事にした。
「付いて来られるか?」
不敵に微笑み、不規則な軌跡を描きながら戦闘機の前で踊るように加速する。それを戦闘機が何とか追従しつつ機関砲から弾丸をばら撒くも、瑠華は煽るようにそれをスレスレで躱していく。
「ただの弾丸では無いようじゃが…当たらなければ問題はあるまい」
そうして躱し続けていると、ふと射線が増えている事に気付く。どうやら増援が来たらしく、合計で三機の戦闘機に追い掛けられる事になった。
「お主らも暇じゃな……」
高々自分一人の為に投入される戦力としては過剰としか言いようのない状況に、思わず呆れてしまう。だがそんな増援も虚しく、一発として瑠華に当たる事は無かった。
「ほれほれ。そんなものか?」
そう挑発しながらだんだん興に乗ってきた瑠華が、以前作っておいた呪符をばら撒く。そして喚び出した炎の渦が戦闘機へと襲い掛かれば、まさかの反撃に慌てた様子で回避機動を取る。
だが当然ながらこれは瑠華にとっては遊びだ。故にそう大袈裟な回避をせずとも攻撃が当たる事は無い。
「む…」
するとそうした手加減によって回避の合間で隙を見付けたのか、一機の戦闘機から何かが飛び出した。白い胴体に赤い線が着色されたその細長い物体は、機体から離れた途端に急加速を始める。
「……魔力を追尾しておるのか」
未だ続く射撃を錐揉み回転しながら降下して躱していると、その物体がピッタリと後ろを追尾してきている事に気付いた。
戦闘機を引き離さないよう瑠華が加減している影響で次第にそれとの距離が近付いているのを把握しつつ、試しに魔力を追尾しているのならと囮として魔力弾を何個かばら撒いてみる。
「そこまで精度は良くないのじゃな」
魔力弾をばら撒いた瞬間明らかに追尾性能が低下したのを見て、予想外の兵器ではあったがまぁこんなものかと思う。だがこのままこの兵器を放置すると地上に被害が出る可能性があると気付いた瑠華が、遠隔でその兵器に魔力干渉を行いその制御を乗っ取った。
「ほれ。お返しじゃ」
乗っ取ったそれがぐるんと向きを変え、射出した戦闘機目掛けて飛翔する。だが真正面だったこともあり、機関砲による迎撃でそれは命中する事なく爆散した。
「……そろそろ潮時じゃな」
だいぶ楽しんで満足した事もあり、爆散した際に発生した黒煙に紛れ〖認識阻害〗を最大展開して空域から撤退する。
そうして対象を見失い戸惑うように旋回する戦闘機達を後目に、悠々と帰路に着く瑠華だった。
◆ ◆ ◆
『……―――続いてのニュースです。昨夜未明、自衛隊の魔力探知警戒網に未確認飛翔物体が検知され、戦闘機がスクランブル発進する事態が発生しました。
当戦闘機はその後未確認飛翔物体と遭遇、通信を試みましたが応じず、基地付近へと直進を続けた為交戦に入りました。しかし数分の交戦の後未確認飛翔物体が忽然と消え去った事により、基地へ帰投したとの事です。また交戦時試作魔力追尾ミサイルの発射を行ったとの事で、現在その有用性がどれ程のものだったのかの検証が行われているそうです。このミサイルはダンジョンブレイクに対する対応を目的として開発されている為、その有用性については続報が待たれます。
未確認飛翔物体に関しましては魔力探知に反応した事からダンジョンから出てきたモンスターであるとの見方が強く、現在目撃者からの情報提供を求めています。続いて――――………』