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178話 奏視点

 深い深い微睡みの中にいた意識が一気に浮上するのを感じる。

 ゆっくりと瞼を上げれば、カーテンの隙間から差し込む優しい朝日が私を出迎えた。


「んん…」


 まだまだ身体が怠くて寝ていたいけれど、瑠華ちゃんに怒られるのも嫌だから起き上がる。既に隣には瑠華ちゃんの姿が無くて、もう温かくもないから大分時間が経っているらしい。


「んん〜…ッ」


 上半身を起こして軽く伸び。腕は筋肉痛からか少しジンジンして、それが昨日の出来事を鮮明に呼び起こしてくる。


「えへへ〜……」


 そのせいでつい顔がニヤケてしまい、頬に手を当てて身を捩る。なにせ昨日私はとうとう成し遂げたのだ。この時をずっと、ずっと待ち侘びていた。


 逸る気持ちをどうどうと抑えながら、ベッド脇に置いたポーチからソレを取り出す。途端にズッシリとした重さが私の手に伝わり、心臓がバクバクと波打つ。

 ゆっくりと柄に手を掛けて、引き抜く。そうして現れた“一途”という文字が、夢ではなかったと私に教えてくれる。


「……ありがとね」


 長い間…といっても半年くらいだけれど、紛れも無くこの子は私の掛け替えの無い相棒だ。柄に付いた細かい傷も、折れた刀身に走る痛々しい罅も、全てが私とこの子の努力の証。


「んー…瑠華ちゃんに頼んでみようかな」


 武器を新調した事もあって直ぐに必要になる訳ではないけれど、折れたままというのは流石に可哀想だ。

 瑠華ちゃんなら問題無く直せるだろうしと思い、“一途”をポーチへと仕舞って取り敢えず服を着替える。そしてポーチ片手に下へと降りると、窓の外を見詰める紫乃ちゃんの姿が目に入った。


「紫乃ちゃん、どうしたの?」


「あっ…おはようございます、奏様。その…見て頂ければ分かるかと」


「ん?」


 なんで言いにくそうにしたのかは疑問だけれど、言われた通りに紫乃ちゃんの隣へと近付いて窓を覗く。するとそこには武器を持った瑠華ちゃんの姿と……見た事の無い女の子が立っていた。

 二人は少し距離を取ると、次の瞬間知らない女の子が瑠華ちゃんの方へと駆け出した。そしてそのまま持っていた武器…多分刀かな。それを瑠華ちゃんの方へと振り下ろす。でもそれは瑠華ちゃんの薙刀でいなされた。その動きは軽やかだけれど、何処か真剣さは少なくて。


「模擬戦…?」


「はい」


 私の疑問に紫乃ちゃんが答える。まぁそれが分かったところで、そもそもの疑問があるんだけど。


「…あの子誰?」


「……実は私にもよく分からないんです。今朝方に訪ねて来られた方で、直ぐに瑠華様が対応したので」


「ふぅん……」


 そうして紫乃ちゃんと会話を交わす間にも、二人の応酬は続いていた。基本は瑠華ちゃんが攻撃を受ける立ち回りをしているけれど、女の子の方に隙があると容赦無くそこを突いてくる。私との模擬戦と同じ動きだ。


 暫くすれば流石に女の子の方がバテてきたみたいで、とうとう膝を着いてしまった。瑠華ちゃんはそんな女の子を怒る様子も無く、ただ苦笑しながら手を差し伸べて立ち上がらせる。その淀みない一連の流れに、チクッとした痛みが私の胸に走ったのを感じた。

 案の定女の子の顔は上気していて、私はそれが激しく動いたからでは無いと直感する。


「か、奏様…?」


「……ん、ごめん。ちょっと」


 瑠華ちゃんのあの性格はいつもの事だし諦めもあるけれど、流石に限度がある。瑠華ちゃんにその気はなくても、他の人はそうとは限らないんだから。


 私は何となくムカムカとした気持ちを抱えながら、タオルを取ってきて外に出た。すると瑠華ちゃんが私の存在に気付いて、小首を傾げながら私の名前を呼ぶ。


「奏? 身体は良いのか?」


「ちょっと怠さはあるけど大丈夫だよ。それより……その子誰?」


「ひっ!?」


 最後の方は自分も思った以上に低い声が出たからか、私が目線を向けた瞬間悲鳴を上げて瑠華ちゃんの後ろに……よし、この子は敵だ。


「これこれ。殺気を向けるでない」


「あたっ」


 ぺしっと瑠華ちゃんに額を叩かれ、むぅ…と頬を膨らませる。殺気を向けていたかは分からないけれど、元々瑠華ちゃんが招いた事なのは自覚して欲しい。


「此奴は…あー、何と呼べば良いか…」


 私に紹介しようとした瑠華ちゃんだったけれど、途端に歯切れが悪くなる。言い訳を考えているのではなくて、本当に呼び方に困っているみたいだ。


「えと、その…稲荷、と申します」


「稲荷ちゃん?」


「それで良いのかお主…いやまぁ本人が構わんならば口出しはせんが…以前修学旅行で妾が出掛けた事は覚えておろう?」


「え? うん。あれだよね、真夜中の」


「うむ。此奴はその時に助けた存在でな。どうにも妾を追い掛けて来たようなのじゃ」


「えー……」


 つまりまた瑠華ちゃんが誑し込んだ訳だ。あーあ。可哀想に。


「……流石に傷付くぞ、奏」


「えへ。まぁ事情は把握したよ。で? その子どうするの?」


「来てしまったものは仕方無いからのぅ……」


「ご、ごめんなさい…で、でも、瑠華様のお役に立ちたくて…あの時の感謝も、何も返せませんでしたから……」


「そのようなもの気にせんで良いのに、律儀じゃのぅ…紫乃」


「はい、此処に」


 瑠華ちゃんが呼んだ瞬間、シュタッと隣りに紫乃ちゃんが現れた。なにそれ知らないんだけど!?


「稲荷の事を頼む。基本は紫乃と同じ扱いになるじゃろう」


「かしこまりました。では稲荷様、こちらへ」


「は、はいっ!」


 紫乃ちゃんに連れられて稲荷ちゃんが【柊】の中へと入っていくのを見送りながら、手にしていたタオルを瑠華ちゃんへと手渡す。


「む、感謝するのじゃ」


「いーえ。でも紫乃ちゃんと同じ扱いって事は同じ存在なの?」


「あー…まぁ、似たようなものじゃな。戸籍は無いぞ」


 瑠華ちゃんが言葉を濁したという事は、それなりにヤバい存在なんだろう。モンスターならモンスターだってハッキリさせるだろうし。ま、瑠華ちゃんが良いっていうなら別に良いんだけどね。


「あ、そうだった。瑠華ちゃん、お願いしたい事があるんだけど」


「“一途”の事じゃろう。破片は回収しておる故、修復する事は造作もないぞ?」


 わーお。瑠華ちゃんに隠し事は通用しないねほんとに。でも破片まで回収してくれているとは思わなかったよ。


「あれは既に奏の魔力が完璧に馴染んで魔鋼化しておったからの。修復するならば必要になると思ったまでじゃ」


「ん? マコウ…?」


「魔の鋼と書いて魔鋼じゃ。一般的な鉄等の鉱物に魔力が馴染む事で変質したものじゃよ。特に使い続けた武具は魔鋼になりやすくてな。より使用者の魔力に馴染み、より高い効果を発揮する事が出来るようになるのじゃ」


「ほへぇ…」


 うん、多分半分聞き流した気がするよ? 取り敢えず私専用の鋼鉄になったって考え方で良い? あ、良いんだ。


「それでどうするのじゃ? 修復ならば直ぐに可能じゃが」


「え、あー……なら、ちょっと考えがあるんだけど?」


「ふむ?」


 修復してもらうのは確定なんだけど、折角ならちゃんと使える武器にしたいよねって。






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