175話 奏、苦戦する
「これでっ…最後っ!」
すばしっこく逃げ回っていた最後のインベーダーをその切っ先に捉え、その瞬間またしても奏の耳にファンファーレが鳴り響く。
『5th stage clear!』
「やっと終わった……」
最終ステージをやっとの思いで突破した奏が、疲労困憊な様子で一息つく。だが実際のところ敵の種類や攻撃手段は増えてはおらず、難易度が上昇した訳では無かった。では何故ここまで奏が疲弊したのか。それは純粋に敵の数が増加していったからだ。
最初は一体であったインベーダーだが、その次は二体、またその次は四体とまるで倍々ゲームの如く増加していった。結果として最終ステージでは十六体ものインベーダーを同時に相手取る事になり、正直奏の思考能力は限界だった。
:お疲れ様やで。
:凄い数だったな。
:でも何だかんだ危なげは無かった。
:それな。
数が増えたとはいえその個体の能力値が上昇した訳では無い。であれば被弾に気を付けながら一体ずつ落ち着いて処理するのは、そこまで難しいものでもなかった。
「疲れた!」
:素直過ぎるwww
:いやまぁ分かるけど。
:次がラストか。
:一旦休憩挟む?
「そだね。もうお昼前だし」
腕に付けたDバンドを見れば、時刻はそろそろお昼時に差し掛かる頃だった。
ここが“stage”という独自階層を持つならばこれ以上敵が出てくる事は無いだろうが、それでも一応武器は手放さずにポーチから今日のお昼を取り出す。
「いただきま〜す」
ラップに包まれたおにぎりにパクッと齧り付き、その味に舌鼓を打つ。瑠華お手製のおにぎりは中央に具材が入っているだけでなく、混ぜご飯を使っているので何処を食べても味がするようになっていた。
:美味しそう。
:奏ちゃんってなんでも美味しそうに食べるよね。
:それ瑠華ちゃんお手製?
「そだよ。それに帰ったらハンバーグも作ってくれるって約束してくれたんだ〜」
:あら。
:奏ちゃんハンバーグ好きなん?
「うん。というか瑠華ちゃんの作るハンバーグが好き」
まぁハンバーグだけでなく、基本的に瑠華の作るものならば何でも好きなのだが。
「よしっ。十分休んだしそろそろ行こっか」
最後のおにぎりを口に詰め込み、水筒で水分補給を済ませて気合いを入れ直す。完全に回復した訳では無いが、気力はだいぶ持ち直していた。
:おっ、いくか。
:(瑠華)怪我せんようにな。
:もう親目線なんよなそれ…。
:がんばー!
瑠華の激励にチラリと目を通した奏が喜びを内で抑えつつスマホを仕舞う。ここまで被弾無しで来たのだ。今更油断で怪我をするなどあってはならないと自身を戒める。
「ふぅ…よしっ」
短く息を吐いて、いよいよその先へと進む。どこからが最終ステージに相当するのかが分からないので、十分に警戒しながら足を動かす。すると壁に走っていた光の線がだんだんと少なくなっている事に気付いた。
「そろそろ、かな」
光が少なくなり、頼りになるものが無くなっていく中、それでも怯まずに進んで行く。
:まさにラスボス前みたい。
:こっちもドキドキしてきた……。
緊張からか激しく暴れる心臓の動きを自覚しつつ、何時でも動けるように刀へと手を添える。
そうして最後の光の線が消え去った瞬間、奏の眼前へと光る文字が浮かび上がった。
『Final stage select phase』
『1th stage : result〈S〉』
『2th stage : result〈S〉』
『3th stage : result〈S〉』
『4th stage : result〈AA〉』
『5th stage : result〈A〉』
「な、なにこれ……」
怒涛の勢いで表示されていく文字列に、思わず奏が気圧される。しかしそんな奏を待ってくれる程、ダンジョンは優しくない。
『Overall Judgment―――select level : hell』
「へ、へる…?」
実は英語に疎い奏である。表示された文字列の半分も理解出来ていないままに文字が掻き消え、代わりにその文字が光の線となって奥の方へと飛んでいく。そしてその光の線が、まるで布を織るかのように組み合わさっていくと………
:まっずい。
:まぁ予想はしてたけどさぁ……。
:難易度hellって最高難易度じゃぁ…
リスナーの悲痛な声は奏には届かない。いや、もしここに画面があったとしても、今の奏の目に映る余裕は無かった。
「わ、たし……?」
光の線が集まり組み合い出来上がったものを見て、思わず奏がそう呟く。真っ白な光の塊のようにみえるそれは、確かに何処と無く奏に似ているように見えた。
『start』
「っ!?」
そうして始まりが告げられた瞬間――――奏は、後ろへと吹き飛ばされた。
:はぁ!?
:今何が起きた!?
:多分咄嗟に奏ちゃんが構えた刀で攻撃を受け止めたんだと思う。にしても威力やばすぎでしょ……
「いったぁ……」
幸いにして壁にぶつかる事は無かったが、ジンジンと手に伝わる衝撃がその威力を物語る。咄嗟に強化した刀で受け止めていなかったらと思うと、ゾッと奏の背筋に嫌な汗が流れる。
「今度はこっちの番!」
また先に動かれる前にと一気に距離を詰める。だがその勢いのままに振るった刀は、敵の手に握られた光の棒によって受け流された。
追撃を警戒して刀を引き戻せば、思った通りに奏の腹部に向けてその棒が振るわれる。
先程の攻撃はこれだったかと思いながら、すんでのところで跳んで躱し、今度はその握る手に向けて刀を振り下ろす。
「―――かっっったぁっ!?」
見事にその手を捉えた太刀筋だったが、ガギンと嫌な音を立てて弾かれた。思わず取りこぼしそうになった刀を何とか保持し、後ろに下がる。
「これどんな無理ゲー、って!?」
一旦下がる事で態勢を整えようとした奏だったが、敵が一瞬で追従してきた事に少し慌ててしまう。そのまま横薙ぎに振るわれた棒を必死で受け流した奏だったが、ここである一つの疑念が浮かんだ。
(今の動き……)
動きが早く中々その動作をじっくり見る事が出来なかったが、ここまで至近距離からであれば流石に見える。そして見えたからこそ分かった。今の動きには、覚えがあると。
「チィッ!」
どこまで逃げても追い掛けてくる敵に嫌気がさしてくる。これでは碌に考えが纏まらない。
「美影っ!」
「ガウッ!」
このままでは押し切られると思った奏が、自らの影から美影を呼び出した。
影から飛び出した瞬間敵に噛み付きに掛かった美影だったが、それはひらりと躱されてしまう。だがそれでいい。考える時間を作れれば。
(多分敵は私の動きを真似てる)
先程感じた疑念。それは一種の既視感だった。そして何度か攻撃を受けて、漸くそれが自分の動きに似ているのだと気付く事が出来た。
(でもそれが分かってもなぁ…)
自分の動きを真似ているからといって、そこから打開策が見付かるかと言われればそうでは無い。寧ろ絶望感が増しただけだ。
「当たってもかったいしなぁ…」
自らの刀を見れば、中腹よりも先辺りに少しの刃毀れが見えた。今までずっと戦いを共にしてきた相棒が、ここまでのダメージを受けたのは初めての事だ。
:どうすれば勝てるん?
:これ実は勝つ方法があります。
:(瑠華)内緒じゃぞ。
:デスヨネー。
:兎に角がんばれ…!
:頑張れー!
「キャウンッ!」
「っ、美影!」
思考に沈みかけた奏を引き戻したのは、悲痛な美影の鳴き声。血が出た様子は無いが、光の棒でかなり強く吹き飛ばされたようだ。闘志は衰えていないが、立ち上がる事が出来ずに膝を着く。
「戻って!」
「……ガゥ」
動けない美影を影へと戻し、追撃しようとしていた敵の攻撃に割り込んで受け流す。
「こんの…っ!」
そのまま刃を滑らせるようにして手を狙うが、まるでガラス面をなぞるかのような感触が奏の手に伝わった。
(駄目か…)
棒を振りかぶったのを見て間に合わないと思った奏が、また受け流す体勢へと切り替える。
だが幾ら強化していようと刀は刀。本来攻撃を受け止めるのには向かない武器だ。それに加え今の奏の武器は何度も敵の攻撃を受け止め続けていた。故に。
―――――――バキンッ!
「あっ……」
無慈悲な音が、辺りに響いた。




