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172話 ドラゴンさん、試練を与える

 時は少し流れ、世の雰囲気は本格的な受験シーズンへと移ろい始めた。それは瑠華達の通う学校でも例外ではない。…ただし瑠華と奏は受験する予定は無いので、その対象には当てはまらなかったが。


「んー…」


「まだ悩んでおるのか?」


「まぁね」


 夕食を食べ終えたダイニングにて、結華が残した資料と睨めっこをしていた奏がぐてぇっと机に溶ける。受験しない二人にとって渡りに船としか言い様の無い結華の提案ではあるが、奏は何故か未だに悩んでいた。


「何を迷う事がある。こちらに不利な条件など無いのじゃろう?」


「それはそうなんだけど…私の入学って瑠華ちゃんのお零れみたいなものじゃん?」


「……ん?」


「先駆者云々と言ってはいたけれど、私達より適任な存在は他にも沢山居るし……」


「自分には不相応だと?」


「それもあるし…ほらこれ」


 むくりと起き上がった奏がピラっと資料を瑠華の方へと掲げ、とある文面をその指でなぞった。


「…振分け試験とな?」


「うん。入学に関しては試験も無い学校だけれど、そのクラス分けに関する試験はあるんだって。でもこれも私達は免除扱いで、瑠華ちゃんと同じ場所に振り分けられるって」


「ふむ…つまりそれが気に入らないと?」


「瑠華ちゃんと一緒なのが嫌な訳じゃないよ? ただ……今の私に、瑠華ちゃんと同じクラスに振り分けられるだけの実力があるのかなって」


 瑠華の実力を知っているからこそ、瑠華はまず間違いなく最高クラスに振り分けられると予想出来る。しかし瑠華が居るからとそこに無条件で振り分けられるのを受け入れられる程、自分の実力に自信を持てない。


「私は今の立場に胡座をかきたい訳じゃないの。勿論瑠華ちゃんの隣りは譲れない。でもそれは“今は”私の我儘でしかない」


「………」


「…瑠華ちゃんから見て、私はどう?」


「どう、とは?」


「少しは、瑠華ちゃんの期待に応えられるくらいには強くなれたかな…?」


 そう言って不安げに瞳を揺らしこちらを見詰める奏に、瑠華がふわりと微笑んだ。


「強くなっておるよ。しかとな」


「ほんとッ!?」


「嘘は言わんよ。奏は強くなった。それは紛れも無い事実じゃ」


 目を合わせ芯の通った声でそう告げる瑠華に、ギュッと胸が締め付けられる。憧れであり目標である瑠華からそう評されて、嬉しくない筈がない。だがそれでもやはりこびり付いた劣等感は、そう簡単に拭える物ではなくて。


「それでも自信を持てぬと言うならば……ふむ、妾から奏に試練でも与えてみるかの?」


「試練?」


 瑠華はかつて多くの人間に試練を与え、その成長を見守ってきた。自らが課す試練の影響が如何に大きいものかは、これまでの記憶が裏付ける。


「丁度面白そうなダンジョンを見掛けてな」


 そう言って瑠華がスマホを取り出すと、慣れた様子でスイスイと操作し目的のページを開く。それは所謂ダンジョン攻略サイトと呼ばれるものであった。

 探索者、そしてダンジョンというものが日常的になった現代において、ダンジョンの情報というものはネットに纏められるようになった。瑠華もまた日々そこから情報を仕入れ、自身の知識の更新を行っている。そしてその過程で見付けた、とあるダンジョンがあった。


「これじゃ」


「どれどれ……【電脳ダンジョン】?」


 瑠華が差し出したスマホの画面を覗き込むと、そんな文言が画面に浮かんでいた。奏としては聞いた事のないダンジョンであり、思わず小首を傾げる。


「比較的新しいダンジョンでな。難易度はEとなっておる。…そしてこのダンジョンには、とある特殊な性質があるのじゃ」


「特殊……」


「うむ。ただこれは実際に見た方が良かろう。故にこのダンジョンに関して調べるのは禁止じゃ」


「えぇ〜…」


「奏には、このダンジョンを一人で攻略して貰う」


「……えっ、一人?」


「そうじゃ。それでこそ自信も付くというもの。妾は一切の手助けをせん」


 奏にとってソロでダンジョンに潜るというのは、別に初めての事では無い。完全踏破とはいかないまでも、Fランクダンジョンに何度か一人で潜った事はある。だがEランクダンジョンを一人でというのは初めての経験だ。それに加えて瑠華の言い方的に、一人で完全踏破させるつもりのようだ。


「無論木札の効果により奏の安全は保証する。それが妾の役目じゃからの」


「それって試練になるのかな…」


「ならば置いていくか? 配信するならば、それを見て妾が危険と判断した時点でここまで転移させるという事も可能じゃしのぅ」


「んー…じゃあ今回はそっちでお願いしようかな。瑠華ちゃんには負担掛けちゃうけど」


「何、いつもの事じゃ」


「それ喜べないなぁ……」


 瑠華からすれば今に始まった事では無いので今更だが、それが自身の不甲斐無さから来る物だと思えば、奏は素直に受け入れる事は出来なかった。


(まぁ口ではそう言っておくが…先日御両親に誓ったばかりじゃしの。一切手を抜くつもりは無いのじゃ)


 試練と言いはしたが、実際は瑠華による過保護なまでの警備体制の元行われる訓練よりも生温いものだ。当然危険が迫るまで手出しはしないが……奏に傷一つ許すつもりはない。痛みも教訓ではあるが、それは瑠華の目の前でのみ許されるものだ。


「瑠華ちゃんから何か私に求める条件とかってある?」


「そうじゃな…まずは無傷で帰ってくる事。これは最優先事項じゃ」


「うん、それは大丈夫…だと思う」


「他には…絶対では無いが、新たなスキルを獲得出来るとなお良いな」


「新しいスキルかぁ…確かにそろそろ欲しいなぁ…」


 一応報酬として〖竜眼〗を直近で獲得しているが、それはあまり戦闘に直接関与しないものなので奏の意識からは外されていた。

 ……まぁ獲得出来る前提で奏は考えているが、そもそもの話スキルを得ること自体が稀だということを忘れている。その時点で奏もまた瑠華の事を言えないのだが……知らぬは本人ばかりである。


「後求める事といえば…全力を出すようにとしか言えんのぅ。出し惜しみは無しじゃ」


「ん、頑張るね」


 どのような構造のダンジョンで、何が出るのかも分からない。漠然とした不安はあれど、それと同時にどこかワクワクとした気持ちが湧き上がるのを奏は感じていた。


(瑠華ちゃんの事だから色々と手を回すだろうけど…それが杞憂で終わるようにしないとね)


「あっ、そうだ。だったら何かご褒美くれない? そっちの方がより頑張れそう」


「褒美か……」


 腕を組み、少し考える。確かに試練には得られるものが無くてはならない。とはいえ今回は、そこまで大層なものを用意する程のものでも無い。


「中々思い付かんが……ならば夕餉は奏の好きなものを用意しておこうかの」


「それってハンバーグ?」


「うむ」


【柊】の皆が好きな瑠華の料理はオムライスだが、奏はそれ以外に瑠華の作るハンバーグが大好きだった。中々な手間を要する料理であるが故にそこまで作る機会は無かったが、紫乃が居る今ならばそこまで時間はかからないだろう。


「紫乃、その時は手伝っておくれ」


「勿論でございます」


 思えば紫乃が来てからは初めて作る事になる。この機会に作り方を教えるのもありだろう。そうすればこの先も――――


(…………)


「じゃあ早速今度の休みの日に行ってくるね」


「うむ。しっかりとした準備をしてから向かうようにの。普段妾が用意しているものは今回使えんのじゃから」


「え? ……あっ」


 具体的に言えば替えの服や武器、緊急時の食料や飲料、救命道具などである。これらは普段は瑠華が用意しているものなので、これまで奏が用意した事は無かった。


「如何にこれまで瑠華様に頼っていたかが分かりますね…」


「言わないで。今私が一番痛感してるから……」


「はぁ……」


 まだ始まってすらいないのに、もう先が思いやられる瑠華だった。





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