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171話 閑話 キルラの一日

 瑠華の従魔たるキルラの一日は実にゆっくりとしたものだ。これは瑠華が全ての従魔に自由な行動を許しているからでもある。


「キュッ」


 朝早くに瑠華の影からスルリと抜け出すと、瑠華の頬にチュッと口付けてついでに少しの魔力を貰う。これが所謂朝ご飯になる。


「気を付けてな」


「キュキュ」


 形だけの心配ではあるものの、主たる瑠華からの言葉にしかと頷く。そして隣りに眠る奏を起こさないようにスルスルとベッドを抜け出して部屋の外へ。すると朝の準備の為に起きてきた紫乃とばったり出会した。


「おや、おはようございます、キルラ様」


「キュッ」


 紫乃の挨拶に短く鳴いて答えると、その足に近付いて紫乃の身体へと登り始める。いきなりの事に紫乃が一瞬ビクッと身体を震わせるも、前にも同じように登られた事があるのでそこまでの動揺は無かった。


「では共に参りましょうか」

 

「キュウ」


 ちなみに何故紫乃の身体に登ったのかと言えば、単に階段を降りるのが面倒だっただけである。


 紫乃と共に下へと降りると、そのまま紫乃の身体に巻き付いてキッチンまで同行する。そしてそこで漸く紫乃から離れると、朝御飯を作り始める紫乃をジッと見守り始める。今までは瑠華の役割であった朝御飯だが、最近では紫乃が担当する頻度が多くなっていた。


「紫乃おねーちゃんおはよー」


「はい、おはようございます」


「あっ、キルラちゃんもおはよー」


「キュッ」


 弥生達と同じく、今ではキルラもまた【柊】の皆に受け入れられている存在だ。元々ただの犬にしか見えない弥生達とは違ってまるっきり蛇の姿であるキルラが受け入れられるかを瑠華は心配していたりしたのだが、それは全くの杞憂であった。……そしてそれは、瑠華が連れて来たからという至極単純な理由からだったりする。

 起きてきた子らに頭を撫でられ、クネクネと嬉しそうに身体をうねらせるキルラの姿に紫乃が思わず苦笑した。


(一応かなり強い魔物なんですけどね…)


 瑠華はキルラの事を戦いが嫌いだと説明していたが、それはキルラが弱いという事と同義では無い。寧ろかなり強い部類に入る魔物だ。その上で瑠華の―――レギノルカの加護も受けている。正直言って、正面から戦いたくない存在である。


「おはよう紫乃。今日もすまんな」


「おはようございます瑠華様、奏様。これが私の仕事ですのでお気になさらず」


 紫乃は瑠華からこの【柊】の管理を任されている事に対して、強い誇りを持っている。故にこうして朝の用意等をする事を負担に思った事は無い。


 その後皆が朝御飯を食べ終えて学校へと向かうのを、紫乃とキルラ、そして弥生達が見送る。ここからは瑠華達が帰ってくるまで各々自由時間だ。


「キルラ様。またお手伝い願えますか?」


「キュッ!」


 紫乃がキルラを伴い、キッチンへと戻る。するとそこには、使い終えた食器や調理器具がシンクに薄高く積まれていた。


「ではキルラ様は調理器具の方をお願いしますね。私は食器を洗いますので」


「キュゥ」


 紫乃に頼まれた通り、汚れた調理器具に向き直ってがぱりと口を開く。そして勢い良く水を吹き出せば、みるみるうちにその汚れが流されていく。最初の頃は勢い余って周りを水浸しにしていたキルラだったが、今ではシンクの中でちゃんと済ませられるように成長していた。


「キュッ」


「…あ、ありがとうございましたキルラ様」


「キュルル♪」


 満足気に鳴いたキルラがスルスルとキッチンから去る。この後はキルラの極個人的な時間だ。


 〈キルラ外行くの?〉


「キュッ」


 〈じゃあ開けてあげるねっ!〉


 地面を這っていたキルラに気付いた弥生がそう声を掛け、一足先に玄関まで走る。【柊】の玄関は内側からは押して開けるタイプなので、弥生でも開ける事が出来る。


 弥生に開けてもらった扉から外に出ると、真っ直ぐと庭の一角へと向かう。その先にあったのは、レンガに囲まれた小さな畑。それはキルラが瑠華に頼んで作って貰ったものだ。


「ギュゥゥ…」


 そこに植えられているのは、それぞれキルラが選んだ旬の野菜達。一つ一つの葉の状態を確認したり、雑草を引き抜いたり、地面に頭を突き刺して地中に潜って土を解したり、水を優しく与えたりと甲斐甲斐しく世話を焼いていく。全ては大好きな自らの主に喜んで貰う為に。


「キュル?」


 ポンポンと尻尾で土を整えているとふと目線を感じ、その方向へと顔を向ける。するとその先に居たのは、尻尾をブンブンと振ってこちらを見詰める弥生の姿で。


 〈楽しい?〉


「キュッ」


 〈わたしもやりたいっ!〉


「キュゥ? ……キュッ」


 同じ従魔としての仲間意識もあり、キルラは後輩たる弥生達を好いていた。なのでそんな可愛い後輩から手伝いたいと言われれば否はなく。丁度根腐れを起こして処分予定であった苗を尻尾で示し、それを引き抜くように頼む。


 〈任せてっ!〉


 早速とばかりにその茎をガブッと咥えると、その元気さとは裏腹に優しく畝から引き抜いた。キルラがこの畑を大切に管理している事を、弥生はしっかりと理解していたのである。

 キルラがその完璧な対応に満足気に頷くと、何も無くなった場所の土を整える、今のところ植える予定は無いので、瑠華に何か希望があれば聞いておこうとキルラは思った。


「キルラ様。こちら本日の献立に使ってもよろしいでしょうか?」


「キュ」


 育てはするキルラだが、当然料理までは出来ない。なのでこの畑から紫乃が必要な分を持っていく事を容認している。紫乃としてもかなり質の高い野菜が手に入るので、とても有難く思っていた。


 〈暇? ひま?〉


「……キュ」


 〈じゃあ遊ぼっ!〉


 そう言って容赦無くキルラを咥えて持ち上げると、そのまま有無を言わせず睦月達の方へと走り去って行く。

 ほぼ全力に近い走りによって激しくぐわんぐわんと頭を揺られる事になったキルラだったが、これもまた今に始まった事では無いのでもう諦めていた。


「……キュゥゥ」


 先輩としては窘める必要がある行為ではあるが、弥生達よりも上位の魔物であるキルラは迂闊に弥生達を叱れない。戦う事があまりない影響で加減が出来ないからだ。

 なのでせめて後輩の躾はしっかりしておいて欲しいと、後で主に頼んでおこうと思う事しか出来ないのだった。










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