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170話 ドラゴンさん、誓う

 満足した結華は最後に瑠華をもう一度抱き締めてから帰って行った。その後ろ姿を見送った後、瑠華は奏へと向き直って戸惑いがちに口を開いた。


「奏…言いたくないのであれば言わんでも良いのじゃが…」


「何を受け取ったのかって事を聞きたいんでしょ? 別に瑠華ちゃんなら大丈夫だよ」


 絶対的な信頼を持っている瑠華から聞かれたのだ。答えられない理由など無かった。

 スイスイと慣れた様子でスマホのロックを外し、送られてきた写真を出してその画面を瑠華へと向ける。


「これは…」


 そこに写っていたのは、大人の男女二人組の姿。そしてその腕に抱かれる、小さな赤子。


「……成程。確かに驚くやもしれんな」


「その反応的に瑠華ちゃんは私の両親を知ってたの?」


「直接的には知らんよ。ただ…妾の両親の親しい知人であったようじゃ」


 瑠華は自身の両親については少しばかり調べていた。そしてその過程で、奏…厳密には奏の両親と浅からぬ縁があると知ったのだ。


「そうだったんだ…」


「……会いたいか?」


「え? うーん……正直、分かんない。だって私の記憶は【柊】での記憶の方が圧倒的に多いんだもん。こうして写真を見て、漸くあぁこんな顔だったなって思ったくらいで」


「……」


「顔も、声も、殆ど朧気で…こんな私は、親不孝者かな…?」


 写真を覗き込み、眉を垂らしてギュッとスマホを握り締める。まるで沙汰を待つ様な姿に、瑠華は掛ける言葉が見付からなかった。その答えを、瑠華は知らない。


「……なんてねっ。気にしないでいいよ。ただの独り言だから」


「……なれば、一つ提案したい事がある」


「提案?」


「うむ…実は――――…………」



 ◆ ◆ ◆



 次の日。本来であれば学校のある平日だが、今回は修学旅行後の振替休日となっていた。しかしそんな日に瑠華と奏の姿は【柊】に無く、とある場所へと向かう電車に揺られていた。


「………」


「……不安か?」


 出掛ける時からずっと何か思い詰めた様子で黙りこくる奏に、瑠華が心配そうに声を掛ける。その言葉に気丈に振る舞おうとするも、浮かべた笑顔は力無いものだった。


「辛いか?」


 ううんと奏が首を振る。辛い訳では無い。嫌な訳でも無い。だが…分からないのだ。自分がどんな顔をすれば良いのかが。

 そんな何時もとはまるで違う弱々しい奏の様子に、瑠華がスッと手を伸ばしてその震える手を握る。優しく、しかし力強く握られた手は、少なからず奏に勇気を与えた。


「ありがと」


「これくらいならば幾らでもしよう。奏が笑っていられるのならば」


「ふふっ…なんか告白みたいだね」


 何時もなら絶対に口にしない言葉がするりと出てくるあたり、だいぶ精神的に参っているようだと瑠華は思う。


 暫く電車に揺られ、遂に目的の駅へと辿り着く。プシューっと開く扉から外へと出ると、まだ残る夏の気配が二人を包んだ。


「ここからは?」


「バスが出ておる。五分程度で着くそうじゃ」


「ん」


 繋いだままの手を引かれ、目当てのバスへと乗り込む。中には瑠華達の他には誰も居らず、幾ら平日とはいえあまりにも少ない。そんな人気(ひとけ)の無いバスは、瑠華達が乗り込むと同時に出発した。

 交わす言葉も無いままバスに揺られる事数分。停車したのはとある山奥。降りた二人の開けた視界の先に映ったのは広大な自然と…無数に立ち並ぶ石の塔。


「ここが…」


「奏の御両親が眠る場所じゃ」


 奏が両親の写真を貰ったように、瑠華もまた結華からある情報を貰っていた。それが奏の両親が眠る墓地の場所だったのだ。―――教えるかどうかは、瑠華が判断して欲しいと。


(知らない方が酷だと思いはしたが…)


 未だに瑠華の手を強く握っている奏を見れば、それが正解であるかは分からなかった。内心を読む事が出来る瑠華だが、その気持ちを読む事までは出来ない。瑠華が知り得るのは、あくまで当人が言語化出来ている物だけに過ぎない。


 近くに敷設された水場から桶に水を汲んで、並ぶ墓石の間を通り抜ける。スイスイと迷いなく進む瑠華だが、その手はずっと奏の手を握って離さない。まだ覚悟が出来ていない奏からすれば、多少無理矢理にでも引っ張ってくれる事が有難かった。


「………」


「……ここじゃ」


 二人の前に立つ幅広い墓石。そこには大きく『岩佐(いわさ)』という文字が刻まれており、その横に小さく『(ひびき)』と『直哉(なおや)』という文字が並んでいた。


「岩佐…」


「良き名じゃな」


「うん…掃除、しよっか」


「うむ」


 一度墓前で手を合わせ、その後瑠華が用意してきた雑巾を水に浸して優しく拭いていく。墓石自体にそう酷い汚れは無く、恐らくは結華などが定期的に訪れて管理していたのだろう。


「…怖かったかな。辛かったかな。…最期は、何を思ったのかな」


「…それを知る事は最早叶わん。じゃがきっと残される奏の事だったじゃろうな」


「………」


 死人に口なし。それを確認する術が無かったとしても、瑠華はきっとそうだっただろうと確信していた。奏の両親なのだから、その人柄もきっと奏に似ているだろうと。

 ―――自分の事より誰かの事を想える、奏に。


 拭き終わり綺麗になった墓に、花と線香を供える。急だった為にお供え物は用意出来なかったが、せめてこれだけでも瑠華が用意したものだ。


 しゃがみこみ、奏が手を合わせて目を瞑る。その様子を横で眺めていた瑠華もまた、同じように手を合わせた。


(…何を想うべきかのぅ?)


 今まで数多くの別れを繰り返してきた瑠華だが、こうして墓参りをするのは初めての経験だ。それに加えて会った事も見た事も無い人の墓である。何を考え、何を想うべきかが分からなかった。


(……いや、存外単純なのやもしれんな)


 今は亡き人に贈る言葉。そこに一切の制限は無い。自分が伝えたいと思った事全てを伝えれば良いのだ、と。


(……必ずや、護ると誓おう)


 残された奏を、必ず最後まで護る。それは宣誓であり覚悟だ。……そして、懺悔でもある。


(その責任が、妾にはある。御二方の大切な奏を、変えてしまった責任を、妾は取らねばならん)


 ゆっくりと瞼を上げ、そのまま目線を奏の方へと流す。未だ真剣な様子で手を合わせる奏にフッと微笑み、また墓石へと目線を戻す。


「…必ず」


 静かに紡がれた声は、吹き抜けた風の音に溶けて消えた。







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