166話 奏視点
スマホに保存された写真を眺め、またつい顔がニヤけてしまうのを自覚する。普通修学旅行の時なんかは学校側が写真を撮る人を雇うものだけれど、その点ウチの学校はスマホの所持が認められているから自由に写真が撮れるんだ。お陰で私のフォルダは新しい画像…まぁ瑠華ちゃんでいっぱいになった。いつも一緒にいるからこそ、日常的に写真をあんまり撮らなくなっちゃうからね。こういう時じゃないと中々増えないんだ。
「かな姉またやらしい顔してる」
「やらしいって…」
トテトテと凪沙が近付いてきたと思えば、とんでもない事を口走る。ただニヤけてただけじゃん……。
「私も行きたかった」
「いや流石にそれは無理でしょ」
普通の旅行とは違って、修学旅行は学校行事だ。流石に学年の違う凪沙も共に行く事は出来ない。
「むぅ…じゃあ写真くらい私にも見せて」
「勿論良いよ。おいで」
凪沙が私に対して嫉妬しているのは分かるけれど、それもまた可愛いと思う。歳は近いとはいえ、やっぱり凪沙は私の妹だから。
ソファーに坐る私の隣りにいそいそと腰掛けると、私が持っていたスマホの画面を覗き込む。今見ていたのは瑠華ちゃんの着物姿だったから、凪沙が驚いて目を見開いたのが分かった。
「着物…?」
「うん。ちょっと機会に恵まれてね」
本来の日程には無かったものだから、ほんとに幸運だったと思う。瑠華ちゃんの着物姿なんて、今後いつ見れるか分かんないからね。
二人で一緒に覗き込むにはスマホの画面は少し小さいけれど、肩を寄せ合って見るのもそれはそれで楽しいし嬉しい。今の様子からは考えられないくらい、昔は私や瑠華ちゃんにベッタリな甘えん坊だったからね。
「瑠華お姉ちゃんも写真撮ってたの?」
「どうだろ…瑠華ちゃんがスマホを外で取り出すのって結構珍しいし」
それを聞こうにも、今瑠華ちゃんはお出掛け中だ。なんでも役所に提出する書類を持っていくらしい。時間が掛かるだろうから、好きにご飯は食べておいてとは言われている。
瑠華ちゃんがこうして一人で出掛ける事は珍しくないし、皆大事な事だって分かってるから駄々を捏ねる事は無い。寂しがりはするけど。
「紫乃ちゃん、今日のご飯なぁに?」
「今日は……アジの南蛮漬けですね。瑠華様が朝仕込んでいましたので、直ぐに出来ますよ」
「抜かりない瑠華ちゃんだ…」
私の言葉に紫乃がクスクスと笑って、「瑠華様らしいですね」と呟いたのに私も頷く。瑠華ちゃんって他人の思考を読む事が出来るっぽいし、実際未来予知とかもしようと思えば出来ちゃいそう。
「瑠華お姉ちゃんいつ帰ってくる?」
「うーん…多分その時に連絡があると思うけど」
噂をすればなんとやらで、ピコンと私のスマホに瑠華ちゃんからの連絡が届いた。メッセージ内容を開けば、予想通りそろそろ帰るの文字が。
「今からなら夜ご飯には間に合うかな?」
「待ちますか?」
「そうしようかな。ちょっとくらいなら皆も待てるでしょ?」
瑠華ちゃんが遅くに一人で食べるのは今に始まった事じゃないけれど、どうせなら皆で囲んで食べたい。というかそうしないと瑠華ちゃんがちゃんと食べてるか心配になる。昔瑠華ちゃん、節約の為とか言って食事抜いてたからね……。
しっかり者で頼りになる瑠華ちゃんだけど、そういう所はズボラというか雑になる。それも皆には隠すから尚更タチが悪い。茜に泣き落としでもさせてみようか……。
「おや……?」
「ん? どうしたの?」
「…誰かが来たみたいです」
紫乃ちゃんが何処か固い声でそう言った次の瞬間、滅多に鳴る事がないインターホンが鳴り響いた。基本的に宅配がある日は瑠華ちゃんから連絡があるから、これは宅配じゃない。
「誰だろ?」
「少なくとも私は知らない魔力です…」
「魔力で分かるの?」
「一応は分かります。特にこの場所は瑠華様の影響が強いので、魔力などは感知しやすいのです」
「へぇ…」
瑠華ちゃんは多分当たり前に出来るんだろうね。私の場合自分のは結構分かるけど、他人の魔力は全然分かんない。
「取り敢えず対応してきますね。ここが分かる時点で害は無いはずですし」
「そだね」
滅多に使われることの無いインターホンだけど、ちゃんとカメラ付きの良いやつだ。だから紫乃ちゃんが壁に取り付けられたモニターを覗き込みに行ったのだけれど……なんか困ったような表情で私を見てきた。
「全く知らない女性です…」
「怪しそう?」
「怪しいかどうかは分かりかねますが…身なりは綺麗です」
話を聞くだけじゃなんとも言えないので、私も紫乃ちゃんの方へと近付きモニターを覗き込む。そこには、少し不安そうにソワソワした様子の女性の姿があった。スーツを着こなした大人の女性で、怪しいという定義には当てはまらなそうだけど……
(……なんか、見た事あるというか)
実際には多分見た事は無いんだろう。でも何処か既視感の様なものを感じる人だった。兎も角これ以上何も返答しないまま待たせる訳にはいかないので、ボタンを押してマイクをオンにする。
「ど、どちら様ですか…?」
『っ! 始めまして。私、阿賀崎結華と申します。本日は少しご提案したい事がございまして、お伺いさせて頂きました』
人の良さそうな笑みを浮かべて、その人…結華さんはスラスラと淀みなく答えた。提案したい事とはいってもその内容はまるで分からないし、明らかに怪しい。でも一言も答えない私に不信感を抱かれている事に気付いたのか、続けて結華さんが口を開く。
『既に【八車重工業】様とは話を通してありますので、ご心配でしたらそちらに確認頂ければ分かるかと』
「っ!?」
まさかそっちの方面から繋げてくるとは思わず、つい目を見開いてしまう。でももしそれで確認が取れたのなら、結華さんの言葉には信憑性が大いに増す事になる。
「…ちょっと、待ってください」
『はい』
一言断りを入れて、慌ててスマホからしずちゃんに連絡を取る。
『しずちゃん、結華さんって人が突然訪ねてきたんだけど、知ってる?』
『あら、もう行ったんだ。知ってるよー。安心していい人だから大丈夫』
数分と待たず返信が来て、結華さんの言葉が紛れもない真実だと知る。本当はもっと色々聞きたいけれど、結華さんをいつまでも外で待たせる訳にはいかないから取り敢えずそこで切る。
「…確認、出来ました。どうぞ」
『有難うございます!』
パァッ! って言葉が似合う程に嬉しそうな笑みを浮かべ、結華さんが画面外へと消える。すぐ近くの窓から外を見れば、正面の門を開けて入ってくる姿が見えた。
「よろしいのですか?」
「まぁしずちゃんは知ってる人みたいだし、それにここを認識して入れる以上、瑠華ちゃんも知ってる人って事だから」
「…そうですね。では私はお迎えする準備をしてきますね」
「お願いね」
パタパタとキッチンへ紫乃ちゃんの背中を見送り、ふぅ…と一つ息を吐く。こんな時こそ瑠華ちゃんが居てくれたらって思うけど、居ないものは仕方が無い。意を決して玄関まで向かい、その扉を開く。するとそのすぐ前に立っていた結華さんが私にお辞儀をしてきた。どうやらこちらが開けるまで律儀に待っていたらしい。
「ど、どうぞ…」
「お邪魔させていただきます」
慣れないながらも中へと案内すれば、結華さんが何かを探すようにしてこっそり視線をキョロキョロと彷徨わせたのが分かった。
「…瑠華ちゃんなら、まだ帰ってません」
「ッ!? あ、えと…もしかして知って…?」
「結華さんと瑠華ちゃんの関係は知りません。でもそういう人が探すのは大抵瑠華ちゃんなので」
「そ、そうなの…」
「?」
なんだろ。結華さんが何処と無く嬉しそうな表情を浮かべたような……?




