144話 ドラゴンさん、推測を立てる
少し進めば、三匹のホーンラビットの姿が。どうやら食事中の様で、こちらの存在には未だ気付いていないようだ。
息を潜めて近くの茂みに身を隠し、作戦会議を始める。
「瑠華お姉ちゃん、外したら直ぐ動いてね」
「無論じゃ」
凪沙が矢を番え、瑠華が薙刀を構え直す。そしてふぅ…と静かに息を吐くと、キリキリと弦を引き絞っていく。狙うは凪沙から一番近い個体。
満を持して限界まで引き伸ばされた弦から手を離せば、軽やかな風切り音を響かせながら吸い込まれるようにホーンラビットの頭を穿った。
「ふぅ…よし」
「見事じゃ」
瑠華に褒められた事で舞い上がる気持ちを抑えつつ、次なる矢を番えて弓を構える。
まだ他のホーンラビットは何処からの攻撃か理解出来ていないようで、キョロキョロと忙しなく頭を動かしていた。その間にもう一本の矢が飛翔し、次は動いていたからか胴体に命中する。
その攻撃では絶命まで至らず、結果としてこちらの存在に気付かれてしまった。
「気付かれた」
「任せよ」
それが分かった瞬間瑠華が飛び出し、一気に距離を詰める。狙うは手負いのホーンラビット。
狙い澄まされた刃がその命を刈り取ると同時に、飛んできた矢がもう一体の目を貫く。
「良い援護じゃな。それに狙いも正確じゃ」
「頑張ったもん」
実際のところ凪沙は一人でダンジョンに潜るなどはしなかったものの、【柊】の庭で紫乃に協力してもらいながら弓の練習は重ねていた。なのでその腕前は以前瑠華が見た時よりも確実に向上している。
:上手ーい。
:味方近くの敵を狙撃するのって怖いんだよな。
:腕に自信があって味方信頼してないと無理。
:…最悪瑠華ちゃんなら躱すんだろうけど。
まぁ当たる方が可笑しいので。
ドロップ品を回収し、先へ進む。今日中に踏破するつもりではあるものの、凪沙の疲労を考慮すると厳しそうだと瑠華は思った。
(常に気を張っておる故、精神的な疲労が大きいじゃろうな)
初心者である事もそうだが、扱う得物が弓という遠距離武器である為敵の接近をいち早く感知する必要がある。その事もあって凪沙は常に周りを警戒して、身体が固くなりがちになってしまっていた。これでは疲労の蓄積が大きくなってしまう。
「…ん、敵。二体」
「リトルウルフじゃな」
瑠華がどう対処しようかと考えているうちに、次の敵を凪沙が発見する。しかしそのリトルウルフは距離がそこそこ離れている上に木の影に隠れており、視認出来るものでは無かった。
「良く見付けたのう?」
「何となく居そうだった。首筋がピリピリする感じ」
「ふむ…」
その言葉を聞き、瑠華が思考に耽る。
(奏は視覚に異常が生じた。茜は聴覚…であれば、凪沙は触覚という事になるのかの?)
凪沙の魔力の捉え方が温度の変化だという事は分かっている。ならば瑠華の予想は、そこまで的外れのものでは無いのかもしれない。
「瑠華お姉ちゃん?」
「……ん、すまんな。これは凪沙だけでやってみるかえ?」
「うん」
凪沙の呼び掛けで思考の海に沈んでいた意識を引き戻し、リトルウルフが見える位置へと移動する。そして凪沙が狙いを定めて放った矢が、一体のリトルウルフの肩を穿った。
「外れじゃ」
「ん。次」
リトルウルフはホーンラビットと比べると動きが素早い。近付かれる前に[速射]を使って素早く新しい矢を番え、動き出した無傷のリトルウルフを狙う。
「ッ!」
放たれた矢が躱され、虚しく地面に刺さる。嘆く時間は無い。逸る気持ちを抑えてもう一度構える。弓を引き絞ってから矢が放たれるまでの時間は更に短くなり、流石にこれは反応出来なかったのか前脚に命中した。
長い矢が突き刺さった事で走る事が出来なくなり、動きが鈍くなったところを落ち着いて仕留める。
「ふぅぅ……」
余程緊張していたのか、凪沙が肩の力を抜くように大きく息を吐く。
:おぉー!
:瑠華ちゃんがいるとはいえ、良く焦らず当てたねぇ。
:自分弓だけで戦うの怖すぎて無理だったわ。
:普通はソロで潜らんからな。
「良くやった、凪沙」
「えへへ…」
労うようにポンポンと頭を撫でれば、途端に凪沙の顔が緩んでグリグリと頭を瑠華の手へと押し付けた。普段落ち着いている凪沙だが、その分甘える時はとことん甘えるたちなのだ。
「まだいけそうか?」
「うんっ、大丈夫!」
瑠華に撫でられた事で気力が回復したのか、ご機嫌な調子で頷く。瑠華としては疲労度合いが心配だったが、この調子が継続出来るのであれば問題無いだろうと判断した。
(まぁ最悪妾が抱えて行けば良かろうな)
◆ ◆ ◆
瑠華達が平原ダンジョンに潜っている一方で、奏は【柊】にやって来たお客さんの対応をしていた。
「ようこそ、梓沙さん!」
「お邪魔するわね」
「これ皆で食べてねー」
そう言ってサナが渡してきたお菓子の詰め合わせを紫乃が受け取り、奥へと案内する。
「瑠華ちゃんは?」
「今ダンジョンに行ってます。にしても二人同時に来るなんて驚きました」
「まぁ私だけ来ても他の子達が困るでしょうしね」
そう言って梓沙が向けた視線を辿れば、【柊】の子達に纏わり付かれるサナの姿が。それで言わんとしていることが分かったのか、奏が苦笑を浮かべた。
「皆さん人見知りという訳では無いのですが…」
「あんまり知らない大人がここに来る事無いからねぇ」
平日の夕食を作ってくれるパートの人くらいしか普段【柊】を訪れる大人は居らず、結果として警戒心が高くなっているのは事実だった。
「さて。まぁ感謝を伝えに来たのは勿論の事なんだけど…一つ聞いておきたい事があるの」
「何ですか?」
「―――奏ちゃんって、瑠華ちゃんの何処が好きなの?」
「……へっ!?」




